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それから自分たちは車内で今後の対応について話した。安室さんはあくまで"自分がどうしたいか"を尊重してくれるらしい。いくつかの意見を提案した後、自分に選択を委ねた。
そして自分が選択したのは『経過観察』。身辺警護を強化してもらいつつ、相手の出方を窺うというものだ。自分の選択を聞いて安室さんは「今はそれが最適解でしょうね」と優しく笑った。
安室さんと別れた――ひとりだと心配だと言って彼は自分の部屋の前までわざわざついてきてくれた――後、自分はひとりシャワーを浴びながら色々考え事をしていた。
成り行きで付き合ってもらうことになったけど、正直申し訳ない気持ちで一杯過ぎる。ただでさえ彼は忙しいだろうに、それに加えて自分の身辺警護と調査だなんて……本業に支障が出たりしないのかな。……いや、出なさそうだな。軽々こなしている姿が目に浮かぶ。もうそろそろ人間やめるんじゃないかな?ってくらいなんでもこなしそうだもんなあの人……。
「これから、どうなるんだろう」
シャワーのお湯をキュッと止め、自分はひとり呟く。
ふと過るのは前世で見た最後の映像だった。むせかえる血の匂い、無機質な男の声、焼けるように熱い傷口、周囲のざわめき、――
「……」
……止めよう。多分これ延々考えてたら病むやつだ。ただでさえこれから姿の見えないストーカーと本格的に戦っていかなきゃいけないんだから、せめてメンタルだけでも明るく保っていかないとね。
自分は強引に回想を打ち切り、風呂場を後にした。
***
数日後、会社にて。
お昼にしようかなと席を立つと、誰かに名前を呼ばれた。聞き覚えのある声に振り返れば、そこには親友が立っていた。お昼を一緒に食べないかということで話しかけてきたらしい。特に先約も入っていなかった自分はうんと肯定する。
こっちで食べようと親友に連れてこられたのはいつもの場所。ここは入り組んだところにあるためか、日当たりがいいのにもかかわらず人がほとんど居ない。そのため自分たちはよくここで昼食をとっていた。
朝出勤前に買ってきたコンビニのサンドイッチを開封して、さっそくぱくりと一口。うーん、美味しいけどポアロのハムサンドのほうが自分は好きかなあ。テイクアウトとか出来ればいいのに……。そんなことを思っていると、隣に座っていた親友がそっと声をかけてきた。
「最近は、どう?」
何が、とは言わない。だが自分達にはそれで充分だった。サンドイッチを頬張りつつ、何でもなさそうに言う。
「うん、割と平気」
「そっか……」
少しだけ声のトーンが落ちる。それだけ自分のことを心配してくれているのだろう。すると彼女は眉を寄せながら私の目を真っすぐ見て言う。
「なんかあったら言ってよ? 本当に、何かあってからじゃ遅いんだから」
「わかってるってば」
はは、と苦笑して見せる。いやーホント、前世と同じ死に方だけはマジ勘弁ッスわ。そんな自分の心の声が聞こえたのかどうかは知らないが、「ならいいけど」と言って彼女は持参した弁当のおかずを口に運んだ。自分は彼女を安心させるために、もうひとつ彼女の知らない情報を付け加える。
「それに、色々あって探偵さんを雇うことになったからさ。少し気が楽になった気がする」
「探偵を?」
「うん」
「そっか、安室さんそういう依頼も受けてくれるんだ」
「あれ? なんで安室さんだってわかったの?」
思わず自分は目を丸くする。探偵の話は今初めて言ったハズなのに……。すると、彼女はきらりと瞳を輝かせ、ふふんと得意げに鼻を鳴らした。すらりと右手の人差し指が立てられる。
「心央が知ってる探偵っていったら精々、毛利さんか安室さんでしょ?」
「うーん、確かにそうだね」
「でも毛利さんは最近有名になったから、忙しくて引き受けてくれないかもしれない、というかそもそも依頼料が払えないくらい高いかも! っというわけで、まだ毛利さんほど忙しくなさそうなイケメンでかっこいい安室さんに決めた! って感じ?」
結論しか合っていない推理を得意げに披露する友人。どうよ!とでも言わんばかりに胸を張っている。そのあまりにも堂々とした態度に思わずおお、と圧倒されてしまう。
「名推理じゃん」
「へへーん! 私も探偵なれるかな?」
「まあ結論しかあって無いけどね」
「えっそうなの?」
良い筋いってると思ったんだけどなーと難しそうな顔をして首を傾げる友人を見て、自分は小さく笑った。それを見て、彼女もへへ、と人懐こい笑みを浮かべる。
「私にも何かできることがあったら言ってね」
「うん。ありがとう」
大丈夫。
こんなに心強い友人もいるんだから、今世ではきっとあんなことになるはずがない。
***
仕事が終わって会社を出る。
すると近くの駐車場に一台の白い車が止まっていた。そしてその運転席に座っているのはとても見覚えのある彼。何やら彼はスマホを操作していたようだったが、コンコンと自分がガラスをノックするとこちらに気が付いたらしい。するすると窓が下がる。
「お疲れ様です、心央さん」
完璧スマイル。流石100億の男。
彼がストーカーの依頼を受けてくれた次の日からほぼ毎日会社へ送迎してくれているのだが……うん、やっぱり慣れない。
「ここまでしなくていいんですよ」
「大切な依頼人に何かあったら危ないですから」
そう言われて思わずぐっと言葉が詰まる。
大切な依頼人、ねえ。
こういうシチュエーションの夢小説だって山のように読んできたけど、実際になるとこうも心臓が落ち着かないものなんだなあ……。
「心央さん?」
「あっすみません! すぐに乗ります!」
大急ぎで助手席に乗り込むと、安室さんは早速エンジンを始動して駐車場を後にした。帰宅時間ということもあってか道はそれなりに混んでいる。その間、車の中で話をした。勿論、ストーカーの件についてだ。
「迷惑メールの発信元は、複数のサーバーを介していたため探れませんでした。それから郵便物についていた指紋からも特に怪しい人物は発見されず。無言電話も非通知でしたし……なかなか用心深い人物の様ですね」
「ええ……」
あくまで落ち着いて返答する。あれから色々と安室さんは調べてくれているようだったが、未だにこれと言った手がかりは掴めていないようだった。安室さんの言う通り、相手は簡単には尻尾を出さない用心深い人物であるようだ。信号が赤になり、車が一時停止する。安室さんの視線がちらりとこちらに向いた。
「心央さんは誰か思い当たる人物はいないんですか? 例えば、大学の友人とか、会社の同僚とか」
「思い当たる人物、ですか……」
そう言われて自分は口元に手を当て、ううんと呟いた。思い当たる人物、ねえ……。
すると、ある人物を思い出した。今日のお昼休みに親友と誰が怪しいかという話になった時に話題に上がったある人物だ。
彼は自分と同期の男の子で、どこか人付き合いが苦手そうな雰囲気を持っていた。少し長めの黒い髪と不健康そうな顔、猫背気味な背格好特徴的な彼は、やはりというか社内でも少し浮き気味の人間だった。
「あいつ心央のことじいって見てたことが何度かあったからさ、もしかしてそうなんじゃない?」
と、親友談。
自分は正直彼とは一度も話したことが無いから全く想像がつかないのだが、前世が前世なので油断はできないだろう。
それを安室さんに伝えたところ、ふむと考え込むような様子で言う。
「考えられなくはないですね。密かに思いを寄せているという可能性が捨てきれるわけでもありませんし。僕の方でも彼のことを調べてみます」
おねがいします、と自分は言う。言ったものの、やっぱり申し訳ない気持ちはぬぐえない。なんだかおんぶにだっこになってしまっている自覚がある。頼りになるのは本当なんだけどね、だからこそ何もできないのが申し訳ないというか……。
ああ、自分がこう……探り屋的な?ハッカー的な?そういう能力を身に着けたハイスペックトリッパ―だったらよかったんだけどなあ。生憎一般人夢なもんで、ううん。
そんな会話をしているうちに、家に到着した。
一時的に車を近くにとめて安室さんも一緒に車を降りる。まずいつものようにポストを確認したところで、思わずびくりと肩を震わせてしまう。ポストには見覚えのある茶封筒が。あの日以来、例の盗撮写真は毎日のように届いていたのだが……今日は一段と分厚いようだった。郵便受けに差し込まれた厚い封筒を手に取る。ずっしりと重いのは気分だけではなさそうだ。
「中を確認しても?」
安室さんの言葉に自分は静かに頷いて封筒を差し出す。彼は失礼しますと言って自分から封筒を受け取り、丁寧に封を切った。静かに中身を取り出し、顔をしかめた。
「自分も見て、いいですか」
「心央さん」
「わかってます。大丈夫ですから」
「……わかりました」
安室さんは観念したように、数枚の写真を自分に手渡す。だがその写真は今まで届いたものと随分違っていた。
自分が被写体である写真の他に、安室さんと一緒にいるところの写真が数枚ある。しかもその写真にはマジックペンのようなもので荒々しく言葉が殴り書きされていた。『許さない』『殺してやる』――そんな言葉の数々に、思わず背中に冷たいものが走る。
「この犯人にしては、随分感情的ですね」
さりげなく自分の手から写真をとりあげながら安室さんは冷静に言う。確かにそれはそうだ。今まで届いた迷惑メールでも、ここまで過激な言葉を使うことは無かったのに。
「何か、あったんでしょうか」
「そうですね……もしかしたら、犯人に何らかの心境の変化が――」
そこで不意に、安室さんは言葉を切った。どうやら一枚の写真に目が留まったらしい。どうかしたのだろうかと自分は声をかける。
「安室さん?」
「……心央さん。いい報告があります」
安室さんはフッと不敵に笑った。
「この件、近いうちに解決できそうです」