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 そんな決意から数日。
 自分はポアロのテーブル席に突っ伏していた。

 その周りに散乱するのはぐちゃぐちゃにいろんなことが書き込まれた無地のノートと大量の付箋紙、シャーペン、消しゴム、等々。自分は店内の迷惑にならない程度にため息をつく。
 漫画家とは絵が描けるだけでなれるわけではない。そんなことは充分わかっていたつもりだったのだが、まさかここまで苦戦するとは……。

「心央さん、調子はどうです?」

 ことりとカフェモカをテーブルに置きつつ、そっと声を掛けてくれる梓さん。自分は何も言わず、ただ苦笑していた。

「あまりに家だと進まないのでここに持ってきたんですけど……効果は薄かったみたいです」
「そうですか……」

 梓さんも困ったように笑う。
 漫画家を志し、いざ投稿作を描こうとしたのだが、ストーリーの面で詰まってしまったのだ。正確に言えば、出来るには出来たのだが……なんだか味気ない仕上がりになってしまっているのである。うーんとノートを睨みながらカフェモカに口を付ける自分を見て、梓さんはそっと言った。

「何か手伝えることがあったら言ってね? ……といっても、私もあんまり詳しいわけでは無いんだけど……」
「あはは、梓さんありがとうございます。その気持ちだけでも十分すぎるくらいです」

 梓さんがテーブルを離れたので、自分も再びペンを持ってノートに向かう。だがやはり、あまりいいアイデアは浮かんできそうにない。ま、生まれて初めて物語を作るのだから当たり前っちゃ当たり前だけどね。
 でも応募したい賞の締め切りを考えても、出来れは今日か明日には物語の大枠を仕上げて、ネームに取り掛かりたいんだよなあ。話の雰囲気的に作画に時間かけた方がいいだろうし。でもなあ……。そんなことをぐるぐる考えながらため息をついた。

「どうしたものか……」
「なるほど、行き詰っているらしいとは聞いていましたが、項垂れるほどでしたか」
「へあっ!?」

 しれっと目の前にいるのは前世からの最推しの彼だ。思わず変な声が出てしまった。神出鬼没は心臓に悪いからやめて欲しい。まだ心臓バクバクしてるよもう……。

「びっくりした……脅かさないでくださいよ」
「あはは、すみません」

 口では謝罪の言葉を述べているが、表情はニコニコしているばっかりだ。絶対反省してないなこの人。ていうか、

「仕事はいいんですか?」
「ええ。今の時間帯はお客さんも少ないですし、大丈夫かと」

 ちらりと周りを見回して言う。確かにお客さんは少な目な感じだ。さいですか。

 とりあえずもう一度集中しようかと思ったけど、目の前の彼がちらついて全然集中できない。ただでさえ詰まっていたのに、目の前で再押しの顔にちらつかれてみろ。集中なんてできるわけがない。

 と言うか最近、友達関係になってからすごいぐいぐい来るんだよな安室さん。前はここまで積極的じゃなかったのに。……どうしたものか。そんなことを思っていると、不意に安室さんが訊ねてきた。

「そういえば心央さんって、どんな話の漫画を描いているんですか?」
「え」

 思わず顔を上げた。安室さんはいつの間にか自分の前の席に腰かけて、頬杖をついてこちらを見ていたようだ。なんだそのあざといポーズは、と口をついて出そうになったが、咄嗟に舌を噛むことで紛らわす。

「なんで、急に?」
「心央さんが漫画家を本格的に志すと聞いて、どんな話を書くのか以前から気になってまして」
「はあ……」

 どんな話、かあ。そう言われると説明が難しい。口で上手く説明するのは話の内容からして結構骨が折れるだろう。でもだからといって教えずに逃げることも出来なさそうだ。考えた末、自分はノートに挟まっていた1枚の紙を差し出した。

「一応、まだ決定では無いので文章だけですけど、それでよければ……」
「ありがとうございます。是非」

 途中だし、恥ずかしいからあんまり人に見せたくないんだけど……仕方ない。ここで言い逃れも出来なさそうだったし。そんな自分の感情を知ることも無く彼は微笑んでそれを受け取り、早速目を走らせ始めた。

 自分が今書いているのはひとりの青年の物語だ。
 荒廃が進んだ地球に孤独に暮らすその男は防護服に身を包み、毎日街――かつてそうだった場所――に降りて、ひとり作業をしていた。それは、その街に無造作に転がった遺骨を拾うこと。彼はかつて軍人であり、この世界が廃れる原因となった伝染病を世界中に撒き散らすのを阻止できなかったことをずっと悔やんでいた。そしてその罪滅ぼしとして人々の骨を拾い、墓を作っているのだ。
 総てが狂ってしまったこの世界で、彼は今日も骨を拾う。嘆きも怒りも悲しみも、全てその身に背負いこんで。

 ……とまあ、説明するのならこんな感じだろうか。我ながら重いテーマを選んだなとは思う。でもテーマがはっきりしているから自分のような初めて描く人でも芯をしっかりできるし、何より描きたかったんだもん。仕方がないじゃないか(横暴)。
 全体にざっと目を通した安室さんは口元に手をやりつつ言う。

「僕はこのままでも充分面白いと思いますけど」
「うーんでもなんか、味気ないというか……。あまりにも物語が静かすぎるんですよね」

 自分でも上手く言えないんですけど、と苦笑しつつカップに口を付ける。すると安室さんは不意に言った。

「心央さん。少し提案しても?」
「? なんでしょう」
「途中に出てくる、ひとりの少年がいるでしょう」
「はい。いますね」

 安室さんの言った少年とは、途中で出てくる登場人物のひとりのことだ。
 病気の副作用で発狂してしまったこの街の中でただひとり正気を保った少年であり、途中で主人公の青年に助けられる物語のキーパーソン的な立場にいる。

「あの子がどうかしましたか?」
「彼を、この主人公の青年に引き取らせてはいかがでしょう」
「引き取らせる……」

 ふむ、と自分は考え込む。青年の孤独さを出すために、少年とは結局その後2度と会うことは無い、といったような描写にするつもりだったため、その意見は考えもしなかった。それにしても、

「どうして引き取らせようと思ったんです?」
「ええ、だって……」

 自分の問いかけに、安室さんはふっと目を伏せる。

「初めから終わりまでずっとひとりきりなんて、寂しいじゃないですか」

 その儚げな表情があまりにも美しくて、一瞬心臓が止まった……というのはいつものことだからこの際置いといて。
 ずっとひとりじゃ寂しい、という彼の言葉が自分の胸に響く。そうだった。彼は多くの別れを経験して、今ここにいる。普段見る顔が明るい笑顔ばかりだったから時々忘れそうになるけれど、彼は心に孤独を飼っているんだった。となると、物語の青年と自分を無意識に重ねて考えてしまった……のかな。流石にこれは深読みしすぎ? 悪いオタクの性が出てる?

「心央さん? どうかしましたか?」

 ずっと黙っていたのを不思議に思ったらしい安室さんが尋ねる。自分はハッとして、笑って誤魔化した。

「そうですね……安室さんの案、結構いいかもしれません。アイデアお借りしても?」
「もちろんどうぞ。僕はそのつもりで言ったんですから」

 すると梓さんが安室さんを呼ぶ声が聞こえた。それじゃあこれで、とテーブルを離れる直前に安室さんは自分にだけ聞こえるように小声でささやく。

「頑張ってくださいね。作品、楽しみにしてます」

 そしてにっこり微笑んで何事も無かったかのように去っていってしまった。

 自分はたっぷり10秒ほどフリーズした後、ぼふんと頭から煙を吐いた。顔が熱い。きっと真っ赤になっているだろう。ああ、なんてことしてくれたんだ。
 ……でも。

 そんなこと言われて、頑張れないわけがないじゃないか!

 自分は鼻息を荒くしながら、ペンを握りなおした。
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