03 最高かよ

■ ■ ■

『調査の結果、特にこれといって気になる点は見当たりませんでした』
「そうか……わかった。一応そのファイルは僕のPCと携帯に送っておいてくれ」
『了解しました。それでは失礼します』
「ああ」

 電話を切り、思わず小さなため息をひとつ。すると数秒ほどして携帯に一通のファイルが届いた。一通りざっと確認して、溢れるため息を噛み殺す。
 携帯をしまい、すぐに気分を切り替えて喫茶店店員の顔を作ると、何事も無かったかのように店内に戻った。

 先ほどかかってきた電話は部下からの報告の電話である。実は、手を離せない僕に変わってある人物についての調査を頼んでいたのだ。

 調査対象の名は「脇坂心央」。
 最近ポアロに通い始めた女性だ。

 いつも通りの接客をしながら、先ほど閲覧した内容を頭の中で反芻する。
 彼女はこの近くの会社でOLをしているごく一般的な女性。その会社も特にこれといって黒いつながりは見つからない。コナンくんや蘭さん、毛利探偵とも顔見知り。他の交友関係にも黒い影は無し。親族関係も特に気になる点は見られない。

 至極ありふれた、どこにでもいそうな一般人。調査結果を見れば確かにそんな印象を受ける。だが僕の頭の中には未だもやもやとした違和感が払拭できずにいた。

(何故か、引っかかるんだよな)

 テーブルを片しながらそんなことを考える。
 そもそも彼女を調査するよう部下に頼んだきっかけは、彼女のとある行動にあった。

 数日前、ポアロに初めて訪れたという彼女は、僕の顔を見るなりいきなり号泣し始めた。何の前触れもなく突然両目からほろりと涙が零れ落ちたのである。
 その瞬間、店内の空気が一気にざわめき始めたのは言うまでもない。

 それには流石の僕も動揺した。目を合わせて顔を赤らめられた経験は数あれど、泣かれた経験は皆無だ。しかも初対面の女性となれば尚更である。彼女は一緒に来ていたという友人に背中をさすられながらしばらく泣き続け、その後店を後にした。

 一緒の席に座っていた蘭さんに彼女について尋ねれば、「普段は冷静で淡々としていて、こんなふうに公共の場で突然泣くような人じゃない」と少し心配そうに教えてくれた。一緒に来ていたというコナンくんも同じようなことを言う。

『ねえ、安室さん』

 小声で僕の名前を呼ぶコナンくん。そっと顔を近づけてみると、どこか探りを入れるような表情で話しかけてきた。

『もしかして心央さんって、安室さんの知り合い?』
『いや……正真正銘、彼女とは初対面のはずだけど』
『じゃあなんで、安室さんの顔を見た途端に泣いちゃったのかな』
『さあ……少なくとも僕はこれといって心当たりは無いな』
『……』

 途端に小学生らしからぬ表情を浮かべて黙り込む。きっと彼女のことについて考えているのだろう。それからすぐに蘭さんに腕を引かれ、慌ただしく店内を後にした。
 僕も業務の合間を見て部下に連絡し、彼女の調査を指示。……そして、今に至るというわけである。

(どこからどう見たって普通の女性だ……なのにどうして、違和感が消えない?)

 すると、カランコロンとドアベルが鳴った。咄嗟に営業スマイルを入り口に向ける。
 そこに立っていたのは噂の彼女。

「いらっしゃいませ、心央さん。今日も来てくださったんですね」
「…………どうも」

 いつも通り挨拶をすれば、彼女は何でもなさそうに微笑んだ。少しだけ返事にラグがあったのが気になるが、特に指摘することも無く僕は彼女をいつもの席に案内する。注文を取ろうとしたところで別のテーブルから呼び出しがあった。彼女にごゆっくりと声をかけてからテーブルを離れる。注文を取ってから急いで厨房へ向かう。

 ちらりと彼女の様子を窺えば、お冷を持っていったらしい梓さんと楽しそうに会話を繰り広げている。歳も近いため話が合うのか、彼女たちはよく店内で楽しそうに会話していた。
 そこでふと、僕の頭にある考えが浮かぶ。僕の中にあるちょっとした悪戯心がくすぐられた。注文の品を別のテーブルに届けた後で、彼女のテーブルへ向かう。

「お待たせしました。ハムサンドとアイスコーヒーです」

 料理を持ってすっと彼女の目の前に現れると、彼女はあからさまに驚きの声をあげた。

「あ、安室さん!? どうして、自分まだ注文してないのに」

 予想通りの返答が来て、思わず笑みが零れる。予め頭の中に作っていたセリフを彼女に伝えた。

「朝来店された際にはモーニングセット。お昼ごろにはハムサンドとミルク1杯のアイスコーヒー。おやつ時にはホットケーキとミルク2杯のブレンドコーヒー。夜にはシーザーサラダとビーフカレー、ですよね?」

 それを聞いた瞬間、ピシリと彼女が動きを止めた。驚愕の表情を浮かべたまま固まる彼女を見て笑いをこらえながら言葉を並べていく。

「毎日いらしてくださる上に、時間帯によって頼むメニューはほとんど同じ……覚えるのは簡単ですよ、心央さん」

 テーブルに料理を並べている間も彼女はピシリと固まっている。アイスコーヒーにミルクを添え、彼女に視線を合わせた。

「ですが毎日同じメニューは栄養が偏りますから、僕としてはおすすめできませんね。毎日来てくださるのは嬉しいですけど」

 それではごゆっくり、と席を離れる。背後では心配そうに彼女に声をかける梓さんの声がしていた。構わずに厨房へ身を引っ込める。

 胸の内に燻るこの違和感、気にならないといえば嘘になる。
 ――ならばじっくり信用と好感を得て、綻びを出させ、掴んでしまえばいい。そういった類の行為は得意だ。

 僕は誰にも見られぬように強気に瞳を光らせた。
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