09 召された

■ ■ ■

「詳しい話を聞かせていただけませんか」

 落ち着いた声で安室さんは言う。真剣そうな彼の言葉を無下には出来ず、自分は静かに頷いた。視線は相変わらず合わせられないままだったが。辺りに散らばってしまった写真を拾い集めて、一枚残らず元の封筒に入れる。再び滑り落ちたりしないよう、軽く口を織り込んで簡易的に封をした。

「とりあえず場所を移しましょうか。……ここではあまり込み入った話も出来ないでしょうし」

 安室さんに言われてハッとした。改めて今自分がいる場所を再認識したのである。ここはマンションの入り口であるのだから、意図せず他の住人や通行人に聞かれる可能性は十分にある。

 どこか夜でもやっている喫茶店にでも行こうかと安室さんに提案されたが、自分は静かに断った。あまり外でこの話をしたくないという気持ちが半分、彼に気を使わせてしまうのが忍びないという気持ちが半分だった。それを察してくれたのかは知らないが、彼はわかりましたと言って自分を車に乗り込むように促してくれる。自分は先ほどと同じように助手席に乗り込む。続いて安室さんも乗り込んだ。エンジン音がしないだけで車内は酷く静かに感じる。
 ……さっきまであんなに楽しかったのが嘘みたいだ。

「さて……、落ち着きましたか?」
「はい。すみません」
「いいんです、これは僕が故意にやったこと。心央さんは何も悪くありませんから」

 安室さんは優しく笑う。外灯が仄かに彼の顔を照らして、コントラストがエモエモのエモだなんて余計なことが頭を過る。そんなこと考えてる場合じゃねーぞと瞬時に脳内のシリアスクラッシャークソオタク思考を殴り飛ばし、シリアスモードに切り替えた。ぎゅっと、膝の上に置いた手を握りこむ。

「……何から、話せばいいのか……」
「そうですね。それでは僕の質問に答えてくれませんか? 答えたくないものははっきり拒絶してもらって構いませんから」

 彼の提案を聞き、それならと自分は了承する。

 それから彼の質問に答えるような形で、事の概要をぽつぽつと話した。
 少し前……正確に言えば3週間ほど前から、昼夜問わず非通知で無言電話がかかってきたりしていたこと。部屋に居る時や仕事帰りにどこからか視線を感じたりしていたこと。『今日着てる服可愛いね』『逃げるなんて無駄だよ』なんていう意味深で気味の悪いメールが届いたりしていたこと。

 安室さんは、尋ねられたことに瞬時に答えることのできない自分を決して急かしたりせず、余計な口を挟むことも無く、ゆっくりでいいからとひたすら聞き役に徹してくれた。もしかしたらこういうことに慣れているのかもしれない。そのおかげもあってかで少しずつ落ち着きを取り戻してくる。
 一通り被害について伝えると、安室さんは考え込むようにして言った。

「僕以外に、誰か相談したりとかはしなかったんですか」
「大学からの親しい友人に、一度だけ。自分が初めてポアロに来た時に一緒にいたあの子です」

 もしかしたら覚えていないかもしれないと思ったが、安室さんは覚えていたようだ。ああ、彼女ですかと納得したように声を漏らす。よかったね、覚えられてたよ。イケメン大好きの彼女にそっと念を送った。

「警察に行こうとは思わなかったんですか」
「いずれ行こうとは思っていたんですが……。警察の方は確か、実害が出ないときちんと調べてくれないんですよね。なので、行きかねていたんです。正直まだそこまで深刻な感じがしなかったので」

 そう言ってから自分は内心ハッとした。現役警察官を前にこんなことを言うのは流石にアレだっただろうか。だが自分の心配は徒労だったようで、安室さんはそう思うのも無理はないですよねと自分の意見を否定しなかった。まあ、彼からすれば自分は何も知らない一般人なのだから別にそんなこと気にも留めなかったのだろうが。

「心央さん」
「はい、なんでしょうか」

 自分の名前を呼んだ安室さんは、少しだけ躊躇うような様子を見せる。これはあまり見ないレアな姿だなあ眼福と思いながら彼の言葉を待っていると、彼は言葉を選ぶようにそっと言う。

「こういうことは以前にも?」

 たった一言。
 その言葉に、自分はどきりとする。

「……どうしてそう思ったんですか?」

 思わず口が動いた。少し息が詰まるような心地がして、声が出しにくい。なるべく平静を装ったつもりだったのだが、観察眼の鋭い安室さんには通用しなかったようだった。その証拠に、彼はわずかに眉を寄せてみせる。

「ただの勘ですよ。特にこれと言った根拠はありません。……でも、どうやら正解の様ですね」

 自分は肯定するでも否定するでもなく目を細める。車内に沈黙が落ちる。

 ……思い出したく、なかったなあ。

 そう思ったが口にせず、自分は彼から視線を外した。
 あの時、封筒を受け取り開封したあの時、自分は思い出してしまったのだ。この世界に来る前の最後の記憶――

 ――ストーカーに刺されて死んだのだということを。
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