14 待つのも疲れた
「これでしょ? ジョディさんたちが探してるのって」
病室の扉を開いた私に美琴は開口一番、何でもなさそうに言った。その差し出した手にあるのは小さな小包らしきもの。差出人の欄には「楠田陸道」と書かれている。私はええ、と曖昧に言葉を濁しながらそれを戸惑いがちに受け取った。面食らったような表情を浮かべる私を見て、美琴はにっこりと微笑む。
「よくわかったわね、私がこれを探しているって」
「わかるよ。病院の中が妙に騒がしいし、贈り物がーとか爆弾がーとか、そういうことがひっきりなしに聞こえてくるんだもん」
そういってちょいと自身の耳――入り口から遠い方の耳だ――を指さす。そこにはシンプルな白いイヤホンが刺さっている。一瞬ですべてを察した私はあっと目を見開く。
「聞いてたの!?」
「ちょっと暇だなって思って、ジョディさんの携帯からね」
「ええ!?」
にしし、と白い歯を見せて悪だくみでもするように微笑む美琴を他所に、私は大慌てで自身の携帯を手に取る。水無怜奈の眠る病棟は電子機器の使用を控えるよう言われているため電源を落としているのだ。にもかかわらず美琴が盗聴できたということは、実は電源がきちんと切れていなかったということになる。それが本当なら大問題だ。二つ折りの携帯を急いで開く。
しかし携帯の電源はきちんと切れていた。あら?と目を丸くして固まる私を見て、にゃは、と美琴はこらえ切れなかった笑みを零す。
「冗談だよ。病院で盗聴なんてできるわけないじゃん。これはテレビを見る時に使うイヤホン」
「もう! 嫌な冗談やめてよね!」
ごめんごめんと笑う美琴の表情に、反省の色は一切見られない。全く、と溜息をつきつつ、ふと沸き上がった疑問を美琴に投げかける。
「ちょっと待って? ならどうやって捜査状況を……」
「簡単だよ。さっきお手洗いに行ったときに聞いたの。贈り物がどうとか爆弾がどうとか。多分何かあったんだろうなーって思いながら病室に戻ったら差出人に覚えのないこの小包があって、その直後にジョディさんが入ってきた。ならこう考えるのが自然でしょ。『この小包に爆弾が仕掛けられていて、それをジョディさんたちが回収してる』って」
美琴の口からつらつらと飛び出す推理の正確さに、私は思わず固まった。そんなわずかな情報からこうも正確に状況を推理することができるとは……。
静かに感心している私を他所に、美琴は大きなため息をつきながら頭の後ろで手を組み、ベッドにもたれかかった。
「あーあ、私も捜査協力したいなあ。電子機器禁止だから携帯もパソコンも使えないし、平日昼間のテレビなんてつまんないし」
「無茶言わないの。まだ目が覚めて一日しか経ってないじゃない」
検査の結果はそこまで悪いものではないらしいが、何せ1週間も昏睡状態だったのだ。体力的な面から考えてもあまり無理はさせられない。本人もそれをよくわかっているようで、唇を尖らせたまま
「わかってますよーだ」
とふてくされたように返事をしていた。
「じゃあ私は行くけど、大人しくしているのよ?」
「はあい。ジョディさんも頑張ってね。コナンくんやジェイムスさん、秀一さんにもよろしく言っといて」
「わかったわ」
小包を持って美琴の病室を後にしようとしたその時。
「ジョディさん!」
美琴が大きな声で私の名を呼んだ。そのあまりの慌てっぷりに私も弾かれたように振り返る。どうしたの、と問いかけようとしたところで、美琴はテレビを指さした。
――そこには、未だ昏睡状態にあるはずの水無怜奈が映っていた。
「なっ……!」
思わずテレビに近づくと、美琴はテレビに刺さっていたイヤホンを乱暴に引っこ抜く。すると鮮明な音声が耳に飛び込んできた。
『今はすっかり元気になりました。視聴者の皆さん、本当にご心配かけてすみませんでした――』
はきはきと話し、笑顔すら浮かべている水無怜奈。だがそれを見ている私は冷静さを欠いていた。
「そんな……どうして!?」
「多分、電波ジャックか何かでこの病院だけにこの映像を流しているっぽいね。一瞬だけ砂嵐が流れた後に、この映像に切り替わったし」
でもどうして、とつぶやきながら冷静に状況を判断する美琴。だがその表情は苦し気だ。彼女もまたこの状況に混乱しているのだろう。
「とにかく、私はボスにこれを報告してくるわ。彼らは外にいるからこの映像のことも知らないだろうし」
「え、直接行くの? 無線とかは」
「病院じゃ電波を出すものは使えないでしょ? だから無線も携帯電話も使えないの。直接向かうしかないわ」
はやる気持ちを押さえつけて、私はボスの元に向かうため足早に美琴の病室を後にする。
――彼女が何か考え込むような表情をしていたことには、最後まで気づけなかった。
***
ボスにテレビ映像の報告をした後、大急ぎで水無怜奈の病室へ向かった。あの映像が本当かどうか――水無怜奈が目を覚ましたのかどうか、確かめるために。私が駆け付けた時には同じ考えを持った数人の捜査官が、既に病室に集まっていた。かき分けるようにして彼女の部屋へ入ると、彼女は変わらぬ様子で目を閉じ、横たわっている。私はほっと胸を撫でおろした。だがそれと同時に疑問も沸きあがる。
「じゃあ何だったの。さっきのテレビ……」
「踊らされてたんだよ」
「え?」
不意に投げかけられた言葉に戸惑いつつ、視線を本人――シュウへ向ける。彼はいつものように落ち着き払って言った。
「俺たちは、奴らの手のひらで、思い通りにな」
「踊らされてた?」
「さっきのテレビの映像は、前に彼女が爆発事故に巻き込まれ怪我をした後の番組復帰のコメント映像に入院着とバックを合成したもの……ぼくこの前彼女の大ファンのおじさんのうちでそれを撮ったビデオを見せてもらったから間違いないよ」
一緒にいたコナンくんが補足する。だが私の疑問は晴れない。
「でも、なんで彼らはそんな映像をわざわざ電波ジャックまでして流したのよ」
「FBIの人たちをここに集めるためさ。病院内で無線や携帯電話を使わないのを見越してね」
「だから! 私たちをここに集めて一体何を……」
思わず声を荒げる。するとそれを遮るようにシュウが口を挟んだ。
「さっきまで探し回っていただろう」
「え?」
「奴らが病院内にばらまいた玩具、今どこにある?」
「ああ、爆弾なら信管を外してポケットに……回収したらすぐ別の部屋へ調べに行かなきゃいけないから、って……、――!!」
取り出した爆弾を見てようやく気が付いた。どうして今までこんな単純なことに気が付かなかったんだ。ハッとして顔を上げる。
「ま、まさかこれに!?」
シュウが静かに頷く。一気に背筋に冷たいものが走った。
「ああ。その玩具に付けられていたんだよ。厄介なおまけがね」
「発信機! 爆弾に発信機が取り付けられていたのね!」
「ああ」
周りの捜査官達の表情が一気に焦りに満ち始める。我々はもしかしたら、大変なことをしてしまったのかもしれない。つまり、とジェイムスが状況を整理するために口を開く。
「これまで彼らがやってきたことは総て、その発信機でこの水無怜奈の病室を突き止めるためだったというわけだよ。最初の植木鉢でいかにも爆弾で攻めてくるように匂わせ、配送された爆弾の多さを知り、焦って回収した我々が先ほどの水無怜奈のテレビ映像でここに駆け付けるようにな……」
「じゃあ、組織はもう」
「ああ。ここを睨んで笑みを浮かべながら次の手を打っているだろう」
捜査官の表情が凍り付いた。戸惑いがちに別の捜査官が指示を仰ぐ。
「ど、どうします?」
「……」
どうしたものかと考え込むジェイムス。すると、この場に不釣り合いなほど明るく呑気な声が響いた。
「私もまーぜて!」
「!」
ぴょこんと通路の向こうから美琴が顔を出す。これにはこの場の誰もが予想をしていなかったようで、シュウですらわずかに目を丸くしていた。さも当たり前のように会話の輪に混ざる彼女に、どうしてここに居るのかと疑問に思っていると、コナンくんがそれを代弁してくれる。
「美琴姉ちゃん、病室から出て大丈夫なの?」
「うん。リハビリも兼ねて散歩に行ってくるって言って出てきたから平気平気」
一緒に引き連れてきた点滴の管を揺らしながら、ちゃっかりブイサインをしてみせる。果たしてその言葉が本当なのかは怪しいけれど、今は追究しないでおこう。
「それよりさ、水無怜奈を違う病院に移すんでしょ? 私も作戦会議参加したい!」
「まだそうすると決まったわけじゃ」
「さっきまでの話立ち聞きしちゃったんだけど、病室まで組織にバレたんだったらもうこの病院に長く留まってる意味も無いんじゃない?」
美琴はあっけらかんと話の核心を突いてみせる。美琴のことをあまり知らない(探り屋としての情報はあるが、直接会ったことは無いため彼女とイコールで結びつけられない)他の捜査官達はなんだこいつはとでも言いたげに眉を寄せているが、彼女はさして気にしていない様子だった。
その言葉を聞いたジェイムスは決断したようにうむ、と頷く。
「そうだな。こうなればここに長居は無用。これより最終手段をとる。3台の車に分乗し、彼らを攪乱しつつこの病院から脱出するんだ。囮の車に乗る捜査官は、出来るだけ彼らを遠くまで引き付けるように。誰がどの車両に乗車するかはジョディ君に聞いてくれ」
「ねえ」
「ん?」
不意にコナンくんが口を開いた。捜査官達の視線が一気に彼に向けられる。
「僕の知り合いのおじさんの、ビートルに乗せて運ばない?」
「え?」
思わず聞き返す。対するコナンくんは、さも名案だとでも言いたげに自身の考えを披露した。
「後部座席なら寝かせられるし。その悪い人達はきっと、ストレッチャーが乗せられる大きい車で運ぶって思ってるだろうから、絶対にバレないと思うよ!」
「そ、そうかもしれないけど……」
私が言いよどんでいると、コナンくんは早速携帯を取り出した。
「じゃあ僕、外に出て電話で呼ぶね。すぐ来てくれると思うから――」
だがその言葉を最後まで言い切る前に、シュウがさっとコナンくんの携帯を取り上げてしまった。あ、とコナンくんがシュウを見上げる。
「いくらボウヤでも、そいつはできない相談だ。これは我々FBIの仕事」
ぱちんと音を立てて二つ折りの携帯を閉じる。そして軽くかがむようにして彼にそれを返した。
「これ以上、一般市民を巻き込むわけにもいかん」
「で、でも……」
「後は我々に任せるんだ」
なんだか消化不良気味の表情を浮かべているが、コナンくんは渋々頷いた。そしてそのまま視線は美琴へと向けられる。
「お前もだ、美琴」
「え?」
まさか話を振られるとは思っていなかったのか、美琴はまるで狐につままれたように間抜けな表情をしている。
「作戦会議に参加したい気持ちはわかるが、今回は手を引いてもらう」
「なんで! 私だって脱出案を提案するくらいのことならできるよ!」
「なんでもだ。意識が戻ったばかりで何があるかわからないんだろ。まずは身体を大事にしろ」
シュウの振りかざす至極まっとうな正論にぐぬぬ、と苦し気に引き下がる美琴。恐らくシュウが本気で美琴のことを思ってかけた言葉だとわかったから引き下がったのだろう。
すると、タイミングよく廊下の向こうから白衣を身に着けた医師が現れた。美琴を担当している医師である。大慌てで駆け寄ってきた彼曰く、検査の時間になっても病室に美琴が居ないものだからずっと探し回っていたのだとか。やはり医師に断って出てきたというのは嘘だったらしい。後ろめたさからか、美琴の表情が明らかに曇った。
「ほら、早く戻れ」
「あーあ、折角面白くなりそうだと思ったのに……」
ぶうぶうと文句を零しながら美琴は医師の元に歩いていく。絶対後で作戦の結果教えてよね!という言葉を残して彼女はこの場を後にした。
「……嵐みたいだったね」
「ああ。あいつはいつもそうだよ」
なんだか疲れた顔で呟くコナンくんに、シュウは苦笑しながら答えた。気を取り直したようにジェイムスがそれでは、と口を開く。
「ではまず、各自回収した爆弾から発信機を見つけ、それを潰してから……」
「いや」
だがシュウがその言葉をさっと遮った、
「潰すのは、私の話を聞いてからにしていただきたい。」
「なんだね赤井君」
「先ほどのボウヤの言葉で思いついたんですよ。奴らの目をくらまし、水無怜奈をここから連れ出す妙策を」
シュウは不敵な笑みを浮かべて、そう言い放った。
***
「えー! なにそれ! 水無怜奈をまた組織に戻したの!?」
「ああ」
美琴はここが病院だというのにも構わず、大声を上げる。俺は特に何とも思うことなく相槌を打った。
約1時間前。一連の作戦が無事に終了し、一先ず解散して仮眠をとろうということになった。そこで俺は一応報告も兼ねて顔を出しておいた方がいいかと美琴の病室に立ち寄ったのだ。病室に入ったのが俺だとわかった瞬間、美琴は縋りつくような勢いで事の顛末を急かしてきた。なので言われた通りに一連の流れを話したところで、冒頭のセリフを叫ばれたというわけである。
大声を出してしまったことに気付いたらしい美琴はハッと口元を抑え一瞬固まった後、こそこそとわざとらしく音量を落としてベッドサイドのパイプ椅子に腰かけた俺に話しかける。
「確かに彼女はCIAの諜報員だけど……でもそれは流石に良くないんじゃない?」
その表情は不安と心配に満ちている。水無怜奈がCIAの諜報員だという情報を掴んだのは言うまでもなく彼女自身であるが、やはりこの作戦の結末に納得がいかないようだ。俺は美琴の質問に答えるように補足した。
「勿論、ただ戻したわけじゃないさ。彼女とはきちんと契約を結んである」
「契約?」
「そうだ。組織の情報をこちらにも流してもらうようにとね」
「……ちょっと待って? 水無怜奈ってずっと昏睡状態だったんでしょ? いつそんな約束を……」
「一昨日の夜……丁度君が意識を取り戻す少し前に、ボウヤが彼女の意識が戻ったことを見抜いてな」
「えっ、意識戻ってたんだ」
「ああ。それで今回の取引について持ち掛けたというわけさ」
俺の説明を聞いて納得がいったらしい。なるほどね、とため息交じりにつぶやきながらベッドへ身を預けるようにしてもたれかかった。
「……やっぱり参加したかったなあ。事後報告なんて寂しいし」
「寂しい?」
「なんていうか、仲間ハズレ感?」
うーん、と考え込むように腕を組んで美琴は言葉を選ぶ。
「……私だって、FBIの仲間意識ってやつ、無いわけじゃないんだよ。だって今までいろいろ協力してきたしさ」
「今回はこんな状況だったから仕方がないさ。次はまた、美琴にも協力してもらうからそのつもりでいろ」
特に何も考えず、思うままに返答した。だがその瞬間、美琴の表情がわずかに陰る。
「次、ね」
ぽつりとつぶやかれた言葉が妙に耳に残る。
美琴は俺から視線を逸らし、少し遠くを見るように目を細めた。
「その"次"も、いつまで続くかなあ」
美琴の言葉を聞いてようやく、自身が彼女の地雷踏み抜いたことに気が付いた。
20歳まで生きられるかどうかすらわからない彼女にとって、"次"は当たり前じゃない。もう二度と来ないかもしれない、不確かなものなのだ。こんな単純なことにも気が付かないとは。
「……美琴」
なんとかフォローしようと思ったが、うまい言葉が見つからない。どうしたものかと眉根を寄せていると、美琴の顔がこちらに向けられた。
ぱちりと視線がぶつかったかと思えば、ふっと微笑まれる。
「なーんてね。びっくりした?」
まさかそんなことを言われるとは想定していなかった俺は、思わずきょとりと固まってしまう。美琴はそんな俺の顔を見てケラケラと笑っていた。先ほどまで持たれていた上半身を反動でうんと起こす。
「あーもうこんな空気やめやめ! やっぱり私にしんみりなんて似合わないよ」
そうでしょ?と俺に話を振る。確かに、先ほどのような儚い雰囲気は彼女には似合わない。俺も肯定の意味を込めて頷く。
「君は本当に明るくて前向きだな」
ぽつりと、独り言めいた言葉を零す。
病にその身を蝕まれ、明日があるかもわからないというのに、常に笑顔を振りまき底抜けに明るい彼女が羨ましいと、時折心の奥底で感じていたのだ。その原動力が一体どこから来るのだろう、とも考えていた。
俺の言葉を聞いた美琴は、いつもと変わらない表情で、さも当たり前のように言う。
「だって、後ろ向きじゃ何も始まらないじゃん」
美琴は微笑みながら、ふと視線を下げる。その視線の先にあったのは、点滴に繋がれた自身の生白く細い腕だった。
「私ね、病気のせいであんまり長く生きられないでしょ? いつ死ぬかわからないって、お医者さんからもよく言われてたんだ」
開いた窓から入り込んだ夜風がカーテンを揺らしている。近くに公園があるためだろうか、濡れた植物のにおいも一緒に引き連れていた。昼間とは違って、夜は時の流れが一段とゆったり感じられる。
「だから決めたの」
少女はすっと顔を上げた。同時に、かけられた白い掛布団をぐっと軽く握りこむ。
「いつ死んでも後悔しないように、いつでも全力で生きようって」
その眼差しは決意で満ち溢れるように輝いている。
「私の人生は私のものだから」
そうでしょ? そう言ってこちらに視線を向け、普段と変わらない笑みを浮かべた。
その笑顔を見た瞬間、ふと胸の内にずっと渦巻いていた重苦しい感情が少しだけ楽になったような気がした。
"彼女"への思いを完全に断ち切らないまま、目の前の少女のことを特別に思っていいものか。この感情は絶対に表に出さず、しまったままにしていたほうがいいのではないか。そんなことばかりをずっと考えていたが、もしかしたら明日にも死ぬかもしれないという少女のことを考えれば、自分の悩みなんてちっぽけなものに感じられてしまう。それに実際大したことではないのだ。答えはもう半分以上出ているも同然なのだから。
「……君は本当に強いな」
本当に、彼女は見た目よりずっと達観している。精神的な面で言えば、俺よりもずっと大人だ。
そんな俺の思いは露知らず、美琴は面食らったように2、3回まばたきをした後、にやりと口の端を持ち上げる。
「何? 結婚する?」
「どうしてそうなる」
何をどう話を解釈したらそうなるんだ。俺が苦笑すれば美琴は冗談だよと笑った。そこでふと時計を見ると、思った以上に時間が経過していることに気が付く。面会時間ギリギリだ。
「すまない。もうこんな時間になってしまった」
「いいよ全然! 私も秀一さんとお喋りできて楽しかったし」
パイプ椅子を片付ける俺に美琴は言う。ついでに窓とカーテンも閉めてやればありがとうと礼を言われた。
「明日は朝から検査だったか」
「うん。超憂鬱だけど、秀一さんに会えるって思ったら頑張れるんだ。だからさ、……明日もまた会おうね?」
少しだけ眉を下げて瞳を潤ませ、こちらの顔色を窺うように尋ねる。俺は出来る限り優しい表情を心掛け、もちろんだと肯定した。途端に彼女の表情が明るくなる。
「絶対だからね!」
「わかったよ。お休み」
「おやすみなさい!」
美琴の言葉を背に受けつつ、病室を出る。暗い廊下は誰も歩いておらず、俺しかいないようだった。
「明日……か」
今しがた彼女とかわした約束を思い出して、静かに眉をひそめる。
俺も大概残酷だ。
もう二度とその明日はやってこないことを知っているのに、それを決して口にしないのだから。
ボウヤの立てた計画と、その言葉が頭を過る。
『一か八かの大勝負……乗って見る気、ある?』
俺は何も言わず、暗い廊下を歩いて病室を後にした。