■13■
日が暮れるのがすっかり遅くなった。もう午後7時を過ぎたというのに西の空はまだぼんやりと明るい。昼間の茹だるような暑さは少し和らぎ、幾分か過ごしやすい時間帯になった。
この時期になると冷麺やざる蕎麦、素麺といった簡単でかつ冷たい物ばかりを作ってしまうからいけない。こんなんじゃあ夏バテしてしまう。
テレビをつけ番組表をみるが大した内容をしていない。これならまだ公共放送でもつけてた方がマシだ。
堅苦しい表情でニュースを読み上げる男性キャスターの声をぼんやりと聞きながら冷麺をずるずると啜っていると、遠くでドン、という爆発音がするのが聞こえた。この音は、打ち上げ花火?
網戸を開けベランダに出ると、どうやら当たったらしい。遠くで花火が次から次へと上がっていくのが肉眼でも確認できた。そうか、もうそんな時期なのか。そうだよね、夏といえば花火だよね。
ちらりと、隣の部屋に目をやるが明かりがついていない。ということは、今日は中原さんはお留守のようだ。
「ちゃんと写るかなぁ、、」
普段あまり写真を撮る性分でもないが、今年初めて見る花火に少し気分が高まった私は、携帯電話のカメラを立ち上げ、暗闇に咲く小さな花を画面に捉える。パシャリ、という安っぽいデジタル音が鳴り、撮った写真を確認すると、少しタイミングがずれてはいるものの、なんとか写っていた。
【中原さん、花火ですよ!】
画像を添付したメールを送るのは初めてだ。中原さんも、何処かでこの花火を見ているのかな、なんて考えながらベランダで遠くの空にあがる花火の鑑賞を続ける。頬をなでる風は昼間の熱気をまだ少し含んでいるのか、少し生温い。
もうそろそろ終わるのだろう、クライマックスを感じさせるかのように打ち上げ数が増えだした。さて、これが終わったらお風呂にでも入ろうかな、そう思った時だった。ポケットに入れてた携帯が震えだす。何となく、彼からだろうなとは思っていたが、画面に表示された名前を見てつい頬が緩んだ。
『手前な、あんなんじゃわかんねえよ』
「ええっ、ちゃんと撮れてましたよ」
開口一番の台詞に思わず笑ってしまった。やはりわかりにくかったか。
「中原さんは見てなかったんですか?花火」
『ついさっきまで会議があったからな』
「そうなんですね、勿体無い。綺麗でしたよ」
『あんなちっせえの花火に入らねえよ』
「いいんですー。でも、、そうですね、確かにせっかく見るならもう少し大きいのが見たかったです」
とは言ったものの、もう花火は終わってしまったらしい。さっきまで色とりどりの火花が散っていた空は藍色に塗りつぶされていた。
『来週末、もっと規模のでけえ花火大会があるぞ』
「あー、そういえば同僚の女の子がそんなこと言ってました」
浴衣を着て彼氏とその花火大会に行くんだと嬉しそうに話していた同期の顔が頭に思い浮かぶ。いいなあ、まるで青春じゃないか。
「花火を間近で見るのは苦手なんですけど、それは少し遠くからでもいいから見たみたいですね」
『ああ、雷といいデカい音が嫌いなのかお前』
「そうなんですよねえ。それに人混みも得意ではありません」
『、、人もいない上に花火もよく見える穴場があるけど、連れてってやろうか?』
「えっ、そんなとこあるんですか?!」
『まあな』
そ、それは是非行きたい、、。人ごみがない上に花火も近くじゃないのによく見える場所なんて、最高じゃないか。
「中原さんさえよければお願いします!」
『じゃあ、来週の夜連れて行ってやるよ』
「やった!ありがとうございます!」
思わぬお誘いに胸が踊る。横浜の規模の大きい花火大会か、きっと私が今まで見てきたどの花火より盛大なんだろうなあ。
通話が終わった電話をポケットにしまい、部屋に戻りお風呂を溜める。ああ、来週末が楽しみだ。
- 13 -
*前次#
ALICE+