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目の前に聳え立つビルを見上げるには、首をほぼ垂直に曲げなくてはならないくらい、高い。この建物は、一体?


「あの、中原さん、ここは、、?」


恐ろしく広い地下駐車場に車を止め、ここまで案内してくれた中原さんに、恐る恐るそう尋ねる。確か今日は、穴場で花火を見せてくれるとの約束だったはず。、、ここがその穴場とは、思えないし思いたくない。だって、明らかに、そこらのビルと格が違う。



「うちの拠点だ。ここからならよく見えるぞ」


ケロっとした様子でいう中原さんの言葉に目眩がした。嗚呼、嫌な予感は当たってしまったらしい。



「、、、どうしてそれを先に言ってくれなかったんですか」



「あ?別に気にするこたあねえよ」


「気にしますよ!ていうかいいんですか?!こんな目的に大切な拠点を使っちゃって!」


「ボスに許可は取ってるが、一つ条件がある」


条件、、なんだろう、まさか入場料とるとか?いやマフィアがそんな細々とした金稼ぎをするとは思えない。


「ボスが一度みょうじと話してみたい、だってよ」



「?!!今日ですか?!」


「話すっつっても数分だけだ」


そういう問題ではないです、中原さん。心の準備というものが、あるんです。そう心の中でつぶやく私をよそに、中原さんは何やら警備の人と話している。今日は花火を見るつもりだけだったのに。予想外にことは大きくなっていた。


「よし、じゃあ行くぞ」


「、、はい」


どうしよう、普通にカジュアルな格好で来てしまったけど、こんなんで幾ら一度会ったことのある人とはいえ、マフィアのボスのような偉いお方と会っていいのだろうか。森さんがよくても周りの付き人さんとかに、無礼者め!って怒られそう、、。だめだ心配が尽きない。



「スーツとかで来た方が良かったですかね私、、」


「そんな畏まる必要性ねえよ」


今の所、私たち以外の人影は見当たらない。マフィアも夜は仕事をしないのだろうか。それとも、夜だからこそ外で何か調査や任務に当たっているのかな?なんて考えながらどこぞの高級ホテルのように豪華な絨毯が敷かれた建物の中を進んで行くと、見るからに高級そうな着物を纏った一人の女性の姿が見えた。


「何じゃ中也。女子なんか連れて、一丁前に逢引かえ?」


「五月蝿えな、まだ帰ってなかったのかよ姐さん」


「鴎外殿と話があっての。で、その愛い女子は誰じゃ」


「うちのゴキンジョサンって奴だ」


「みょうじなまえといいます、、」


「尾崎紅葉じゃ。よしなに」


「今日、花火あがるだろ?うちの建物からならよく見えるから連れてきてやった」


「ほう、そうか。、、浴衣じゃなくていいのかえ?」


私をマジマジとみてそう呟く尾崎さんに「浴衣を持っていないんですよ」と苦笑いと共に言えば、ふむ、と少し考え込んだあと、そうじゃと何か思いついたように手を叩く。


「わっちのを着せてやろう」


「?!?!!そんな!悪いですよ!」


「何、気にするでない。浴衣は持っているが余り着る機会がなくての。中也、この娘、借りて行ってもよいな?まだ時間はあるじゃろう」


「、、駄目だっつっても、どうせ連れてくんだろ。出来たら呼べよ」


「勿論じゃ。では、なまえといったな?着いてまいれ」


「ええ、ええええ」


出会って1分も経ってない尾崎さんの突拍子のない提案に、困惑しっぱなしの私へ中原さんは諦めろとでも言わんばかりに「早く済ませろよ」と手を振る。ああ、これはもう拒否権はないんですね。
コツコツと、細いヒールで優雅に歩く尾崎さんの後ろについて行くこと以外、私には選択肢がなかった。



**********



「うむ、、これは少し色味が地味すぎる、、これは柄が幼稚すぎるのう」


立派な桐の箪笥から、バサバサと浴衣を出していく尾崎さんを見て私は呆気に取られていた。床に色とりどりの浴衣が散っていく様は、圧巻だ。


「あの、尾崎さん、適当なものでいいですよ、、というか本当に着てもいいんですか?」


「何を言うておる。御主に最も似つかわしい浴衣を選ばなくては中也に会わせる顔がない」


「は、はあ」


「ところでなまえよ、御主と中也は恋仲ではないのかえ?」


「こっ、恋仲?!?!!」



突然ぶっこまれた質問に身体中を駆け巡る血液が一気に顔へ集まるのを感じた。私と中原さんが、恋仲、つまり、付き合ってるか、ってことだよね、いや、そんな、烏滸がましいにも程がある。


「何じゃ、違うのか?」


「ちがっ、ちち違います!お友達です!」


「ほう、、その割には顔が紅いが?」


ニヤリと、ニヒルな笑みで尾崎さんに見つめられ鼓動が早鐘のように忙しかく脈打つ。



「まあよい。時間が解決する問題というものは、幾らでもある」


「、、、?」


どういう意味かよくわからず、首をかしげる私に尾崎さんは「これなんかどうかえ?」と、紺色の生地に大きな朝顔が描かれた古典柄の浴衣を勧めてきた。派手すぎず、かと言って地味でもない、私好みの雰囲気だ。


「すごく素敵だと思います!」


「御主は色白いから、藍色も映えそうじゃな。どれ、着付けが終わったら髪結もしてやろう」


テキパキと私に浴衣を着せていく尾崎さんは、とても楽しそうに見える。それにしても、手際がいいなあ。一応、自分でも浴衣くらいなら着付けは出来なくもない。しかし、普段から着物をお召しになっているのだろう、尾崎さんの手によりあっという間に私はカジュアルな洋装からシックな浴衣姿に変わった。


「平素はむさ苦しい連中に囲まれてばかりで、どうもいかん。やはり、女子は良いのう」


慣れた手つきで私の髪を結っていく尾崎さんに「女性はあまりいないんですか?」と聞けば残念なことにな、と返ってきた。そうか、でもそうだよね、マフィアとかヤクザって、男社会が基本ってイメージだもの。


「、、、男連中に囲まれて育ったとはいえ、ああ見えて中々に気の利く奴じゃ。懲りずに相手をしてやってくれ」


「!、、勿論です。だって、私から仲良くしてくださいって、お願いしましたから」



私の言葉に、少し驚いた表情をした尾崎さんだったが、「頼むぞ」ととても優しい声で呟く。その様子はまるで中原さんのお姉さんのように見えた。きっと、昔からの仲なんだろう。


「さ、お待ちかねの坊を呼んでやるとするかの」


そう言う尾崎さんに渡された鏡をみると、そこに映っていた私は、自分で言うのもなんだが普段とは別人に見えた。す、すごい。この髪型どうやってしたんだろう?
まじまじと鏡を見ていると、ガチャリと扉が開くとともに聞き慣れた声が「遅えよ」と悪態を吐く。


「女子の準備は手間取るでな。それより、言うことがあるじゃろ?」


「えっと、中原さん、お待たせしてすみません」


「、、、」


浴衣が崩れないよう普段より小さな歩幅で中原さんの元へ行き謝るが、中原さんは何も言わないどころか、穴が開くんじゃないかと思うくらい私のことを見てくる。



「、、中原さん?」







「、、、最高かよ」




ぽつりと、呟かれた言葉に思わず耳を疑う。尾崎さんは「当然じゃ。誰が手掛けたと思うとる」とすごくご満悦な様子で呆然とする私の肩を抱く。中原さんの発言にショート寸前の頭だったが、尾崎さんはとっても良い匂いがするということは理解できた。



「鴎外殿に挨拶へ行かねばなるまい。早う行ってまいれ」


「鴎外殿、、?」


「うちの頼りない首領じゃ」


あれ?でも森さんって確か下の名前はリンタロウさんじゃなかったっけ。あれはエリスちゃんがつけたあだ名が何かだったってことかな?


「なに惚けておる。さっさとなまえを案内してやらんか」


ぺしりと軽く尾崎さんに頭を叩かれてようやく我に返り「、、行くぞ」と言い歩き出す中原さんの後を追うべく、尾崎さんに頭を下げ御礼を言い、再びふかふかの絨毯の上を歩いた。






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