■15■
尾崎さんの部屋を出てからというもの中原さんは、何も喋ることなく黙々と廊下を歩いていく。その歩調は、浴衣で普段よりゆっくりしか歩けない私に合わせてはくれているものの、何故か視線が交わらない。
「あの、中原さん」
「、、、何だ」
「、、何か怒ってます?」
「ハア?何でそうなるんだよ」
「だって、中原さん、何も喋らないし目も合わせてくれないから」
つい小さくなる声で思っていたことを告げると、それまで正面を向いていた顔が此方に向けられる。その表情は、やはり少し不機嫌そうに見えた。
「、、、あー!クソ!いいから黙ってついて来い!いいな!」
じいっと、尾崎さんの部屋に入ってきた時のように私のことを見たかと思いきや急にそんなことを言い出す中原さんに思わず「ええ、、」と戸惑いを露わにしてしまった。
再び訪れた沈黙に、ほんの少し気まずさを感じながらも言われた通り黙って中原さんに着いて行く。エレベーターに乗り最上階へ行くと、如何にも偉い人がいますよと言いたげな空間が現れた。
森さんがいるであろう部屋の入り口の前には、ガードマンらしきスーツ姿の屈強な男性が二人いる。、、うわあ、どうしよう、、急に怖くなってきた。
「客人だ」
中原さんがそう言うと、ガードマンの人たちは入り口の前から少し離れ頭をさげる。コンコンと、中原さんが短いノックをすれば中から「どうぞ」という声が返ってきた。
中に入ると、黒い革張りの椅子に座った森さんがいらっしゃった。
「失礼します。大変お待たせ致しましたボス」
「気にすることないよ。大方、紅葉君に捕まっていたんだろう」
ピタリと言い当てた森さんに少し驚いていると、「久しぶりだね、なまえくん」と声をかけられたので慌ててお辞儀をした。
「お久しぶりです!、、あの時は、森さんがマフィアの頭領をしてるとは知らず、、至らない態度ですみませんでした」
「そんなに畏まらなくていいよ、エリスちゃんも君の事を気に入っていたからね」
「!ありがとうございます」
その言葉に緊張が解れた私を見て隣にいた中原さんは「だから言っただろうが」と呆れたように言うが、仕方ない事だと思う。
「ところでなまえくん、いきなり本題に入るんだけど、君、その能力を此処で使う気はないかい?」
「、、、?此処で使うんですか?」
私の能力、というのは動物と会話が出来る事を言ってるのだろうか。しかし、使うと言われてもパッと見た限り此処には動物はいない。森さんが何かペットを飼っているというならばその子で試すことも出来るけど、、。
「単刀直入に言うとマフィアの構成員に君を勧誘したい」
「、、、?」
人はあまりにも予想外の事を突然言われると、何も言葉が出てこなくなるらしい。私の聞き間違いでなければ、森さんは、今、私をマフィアに勧誘したいと言った?いや、そんなまさか。
中原さんもきっと驚いてるに違いない。そう思い隣に立つ彼の表情をチラリと窺ってみたが、その顔は予想に反して平常なものだった。
「えっと、、お誘いは嬉しいんですが、その、」
「此方も直ぐにとは言わない。じっくり考えてもらって構わないよ」
言葉を選びすぎてしどろもどろになっている私に、森さんは変わらず笑顔でそう言う。その言葉を聞いて、安堵すると同時に、少し恐怖にも似た何かを覚えた。まるで、最終的に私が選べる選択肢は、まるで1つかのような、そんなニュアンスも孕んでいそうな言葉だ。
「ボス、」
「嗚呼、そろそろ花火が始まる時間だね。話したいことは伝えれたから、もう構わないよ。時間を取らせたね」
「いえ、有難うございました。じゃあ、いくぞみょうじ」
「っあ、はい。では、失礼します」
「また遊びにおいで」
ニッコリと、目を細めそう言う森さんに一礼して中原さんの後に続き部屋を出る。窓の外に見える空は、すっかり夜色に染まっていた。
人気のない廊下を進んでいくと、目の前に階段が現れた。ここは最上階だから恐らく、屋上へと続くものだろう。非常灯の明かりだけが足元を照らす階段を昇ろうとすると、不意に手を差し出されその意味がわからず首をかしげてしまった。
「っ、?」
「転けそうだからな」
「なっ、、!そんなに鈍臭く見えます?!」
そんな皮肉めいた事を言う中原さんに思わず声を上げてしまったが、「いいから握っとけ」と言われてしまったのでおずおずとその手を取った。
一瞬どきりとした自分が馬鹿みたいだ。しかし、ここが暗くて良かったと思う、今の私はきっと耳まで真っ赤だ。
1つ1つ、足を進めていくと鉄製の重たそうな扉が見えてきた。
中原さんがノブを握り回すと、ギイ、と錆びた音を立てながら開く扉の向こうには、陽は落ちたというのにうっすらと明るい横浜の夜空が広がっている。
「此処からなら、よく見えるだろ」
「すごい、、横浜で一番高いビルなんじゃないですか?」
「まあ、3本の指には入るだろうな」
階段を昇る前に繋がれた手は、離れる気配はない。それが少し気恥ずかしかったが、中原さんと手を繋ぐのはこれが3度目だと気づく。1度目は、初めてご飯に行った日、2度目は雷がすごかった夜。今日が初めてではないはずなのに、何故か今までで一番緊張している自分がいた。
「あんまり、深く考えるなよ」
「、、、え?」
「勧誘の話だよ。どうせ、混乱してたんだろ」
「、、はい」
「なあ、1つ聞いていいか?」
「何ですか?」
「、、なんで直ぐ断らなかったんだ?」
「それは、、」
中原さんの質問に、答えようとしたその時、港がある方向の空に、大きな大輪の花火が1つ上がった。どうやら、始まったらしい。
答えることを忘れ、次々と夜空に咲いては散っていく花火に私は目を奪われた。今まで見てきたどの花火よりも、盛大な打ち上げ方だ。少し遅れて聞こえてくる音が、距離を感じさせる。
「、、こんな綺麗な花火、初めて見ました。ありがとうございます」
「後悔、してないのか」
「何でですか?」
「いや、それならいい」
「、、、確かに、最初来た時は少し吃驚しました。でも、今は来てよかったなと、心から思ってます」
そう言ってふと、隣を見れば先ほどまで夜空に向けられていた視線が、私を捉えていた。出会ってから今まで、中原さんのいろんな表情を見てきたつもりだったが、どう形容すればいいのかわからない、こんな顔は初めてだ。
「さっきの質問、今答えていいですか?」
「ああ」
「、、、怖かったんです。断るのも、受け入れるのも、どちらの選択肢を選んでも、中原さんとの関係性が崩れるんじゃないかって、咄嗟に思ってしまって」
「、、、」
「でも、、、きっと断ると思います。私みたいな平凡な人生を送ってきた人間が裏社会に入っても、迷惑ばっかかけちゃうと思うんで」
「、、そうか」
私の言葉に、そう短く答えた中原さんに何だかすみません、と小さく謝る。再び辺りは花火が遠くで打ち上がる音だけに包まれだす。もう直ぐ終わるのだろうか、先ほどまでより多くの花火が一気に打ち上げられている。そして、最後の一発と思わしき、大輪の花火がパラパラと落ちていった。
「どっちを選ぶかはみょうじの自由だ。俺は断ろうが受け入れようが否定はしない。ただ、1つだけ言っとく。例え一般人のままだろうと、構成員になろうとも、疎遠になるつもりは更々ねえよ」
「、、はい」
「それともう1つ。この先何かあっても、俺はお前を守るつもりだ」
揺るぎない瞳で真っ直ぐに私の目を見つめ、中原さんはそう言う。
その言葉が堪らなく嬉しくて、恥ずかしくて、私は小さな声ではい、としか答えられなかった。
花火の煙が風に乗ってここまで運ばれてきたのか、硝煙特有のツンとした匂いが鼻を掠めた。
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