■17■



ぼんやりと靄がかかった意識が次第に覚醒し、五感が情報を拾い出す。遠くで船の汽笛が鳴るのが聞こえた。潮風特有の湿っぽい匂いが鼻につく。ゆっくりと、目を開けるが窓らしきものもなく、室内に明かりも付いていないためどういう場所なのかがイマイチわからない。しかし、今私がいる場所は海の近く、もしくは海の上だということだけは確信が持てた。此処は一体何処なんだろうか。起き上がり、辺りを見渡そうとするが手足が拘束されていることに気づき、自分の置かれている状況が非常にまずいということも理解した。


「お目覚めかな?」


背後から嫌に優しい声色がそう問いかけてきた。この声は、確か気を失う前、帰り道に私に声をかけてきたあの男のものだ。拘束されているせいで自由の利かない身体だが、首だけは動いたので、声のする方へ顔を向ける。


「、、、此処は何処ですか?貴方は、誰ですか?」


「おやおや、そんなに睨まないでおくれよ。手荒な真似をして済まなかったね。なあに、私はしがない商人さ。此処は私の所有する貨物船の中。あと1時間もすれば出航する。本当に済まないねえ。君のような一般人を巻き込むのは私としても大変心苦しいことだよ。しかし、恨むなら私ではなく、中原中也を恨むんだねえ」


「っ、中原さんと、何か関係があるんですか?!」


「関係があるも何も、今年一番の大きな取引を彼に邪魔されてしまったのさ。いやあ大きな損害を被ってしまったよ。お陰でうちの組織は落ちぶれてしまってね。いやはやさすがポートマフィアの五大幹部といったところだよ。戦闘能力も高いし頭も切れる、お返しをしようにもなかなか弱点を見つけるのに苦労したなあ。そんな時に、中原中也が目にかけてる女性が一人いるという情報を小耳にはさんでね。全く彼も隅に置けないね、卑しいマフィアの分際でこんな可憐なお嬢さんと仲良くしてるだなんて」


段々と暗闇に慣れてきた目が男の顔を捉え出す。その顔は、恐ろしいほどに完璧な笑顔のはずなのに、全く笑っているように見えなかった。光の宿っていない瞳には、氷よりも冷たく、炎のように燃え盛る激しく昂った感情が見え隠れしているようだ。ぞくりと、背筋に冷たいものが走る。


「貴女には、恨みなんてものは1ミリもない。でも、最もうちの組織にとって損失なく、かつ中原中也にダメージを与えられる方法が、これだったってだけさ」


「、、私なんか攫っても、中原さんにはそんな大きな痛手にはならないと思いますよ」


「謙遜しなくてもいいさ。君は確実に中原中也の中で特別な存在だよ。嗚呼、どんな顔をするかなあ中原中也は。君が攫われたと知ったら、嘸かし絶望してくれるんだろうなあ。いやあ残念で仕方ないよその顔を実際に拝むことが出来ないだなんて!」




男の高笑いが響き渡る。なんて面倒な人に目をつけられてしまったのだろう。それよりこの男は、私を攫ってどうするつもりなのか、殺される?売られる?それとも、私のような一般人では考えつかないような、もっと酷い仕打ちを?
そんな悪い考えがぐるぐるぐるぐると頭の中を駆け回る。しかし、男はあと1時間で船が出ると言っていた。つまり、まだ望みは消えたわけではない。出航までに誰かが見つけてくれれば、助かる可能性は十分にあるはずだ。

中原さん、

きつく目を閉じ、届くはずがないのに、心の中で彼の名前を繰り返し呼ぶことしか、私にはできなかった。




- 17 -

*前次#


ALICE+