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公園で鴉と猫から中原さんは実はマフィアだという衝撃すぎる事実を明かされた直後、その張本人とバッタリ遭遇してしまった私は、以前交わした約束を果たすため、夜ご飯へ行くことになった。うん、今日は取り敢えずご近所付き合いの為にもこの誘いに乗るとしよう。それで今後、鴉に言われた通りできるだけ距離を置けばいい、頭の中でそう自分に言い聞かせる。
何か食べたいものはあるかと聞かれたので、好物の焼き鳥を所望すると「女だからもっと小洒落たもん頼むかと思った」とまたしても笑われた。フレンチやイタリアンも嫌いではないけど、焼き鳥は好きな串を好きなタイミングで注文できるし、何より美味しい。兎にも角にも今日の私は完全に焼き鳥の気分だからこればっかりは譲れない。それに、ドレスコードのあるような格式高いお店に、恋人じゃない男性と入るのは些か抵抗があった。
そんなこんなで中原さんお勧めの落ち着いた雰囲気の焼き鳥屋にきたわけだが、串もお酒も種類が豊富でどれも美味しいし、中原さんとの他愛ない話も彼がマフィアだということを忘れてしまいそうなくらい弾んだ。
「へえ、あんた新聞社で働いてんのか」
「はい。といっても、まだ下っ端なので記事は書かせてもらえないんですけどね」
「この道を選んだ理由とかはあるのか?」
「そうですね、、私達メディアの報道内容って、世間に良くも悪くも影響を与えますよね。中には、事実とは異なった記事もありますけど、私はできる限り、真実を伝えていけたらなぁ、なんて思ったりして。あと、文章書くのが好きだったので」
「若いのに立派なもんだな」
「若いって、、中原さんも私と同い年でしょう」
「まあな。だからその敬語辞めろって言ってるだろ」
「これは癖みたいなものなので、気にしないでください。それより、その帽子、あまり見かけないデザインですよね」
「ああ、これか?いいだろ。一番気に入ってるやつだ」
自慢気に帽子を見せてくる中原さんは、きっとお洒落が好きなんだと思う。以前シャツを返した時と、泥酔してた時、そして今日で会うのが3度目だがどの日も素敵な帽子を被っていた。
その後も色んな話をした。好きな音楽、映画、小説について。
しかし、彼の口から彼自身の職業について語られることはなかった。
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「わあ、綺麗な月ですよ中原さん」
お店を出ると、夜空には雲ひとつなく、大きな満月が煌々と輝いていた。
「えらい楽しそうだな」
「ふふ、そうですね、美味しいものと、美味しいお酒、それから御喋り、私の大好きなものが一度に味わえたから、この上なく幸せです」
「そりゃ良かった」
「ふふふ、御馳走様でした」
「、、、だいぶ酔ってるだろ」
「ええ、そんな事ないですよ。この前の中原さんよりは、ずうっとマシです」
私がそう言うと、中原さんは苦い顔をして「頼むからあの事は忘れてくれ、、、」と頭を抱えた。
春の夜風が心地よく火照った頬を撫でていく。ああ、気持ちいな。この前の飲みのあととは全然違う、楽しくって、嬉しくってスキップしたくなるような擽ったい気分だ。
「おい、あんまりフラフラ歩くなよ轢かれるぞ」
「へーきです。そんなにドジじゃありませんもん」
「ったく、おら、こっち来い」
「わあっ、中原さんてば紳士ですねえ」
「五月蝿え!蹴るぞ!」
物騒な事を言ってるけど、ぐいと手を繋ぎ私を歩道側にする中原さんの手から伝わる温かさに、少し心臓が跳ねた。
ふわふわとした頭の中で、ふと夕方喋った鴉の言葉を思い出す。
マフィア、それが中原さんの本当の姿。
「如何した?気分でも悪くなったか?」
急に立ち止まった私をみて、心配そうに気遣ってくれる中原さんの顔を見ると、胸に熱いものがこみ上げてきた。
「ううっ、」
「な、お前こんなとこで吐くなよって、、、如何した?!」
口元を手で覆い呻き声をあげる私が吐きそうだと勘違いしていたらしい。ポロポロと溢れる涙を拭う事なく静かに泣く私の顔を見てぎょっとする中原さんだが、私だって驚いている。酒を飲んで情緒不安定になるようなタイプではないのに、何泣いてるんだ私。
「ううっ、すみません何でもないです気にしないでくださいっ」
「あのなあ、隣で女が泣いてるのに気にしないで歩ける男がいるかよ?」
「、、、中原さんは、良い人ですよね。良い人すぎて、意味わかんないです。もう意味がわからないんですよ」
「はあ?!それはこっちの台詞だっつうの!」
「それなのに、何で、何で中原さんは」
マフィアなんですか、私達の横を通り過ぎていく車のエンジン音に掻き消されそうなほど、小さな声だったが、私の言葉に目を見開く中原さんの様子からするとちゃんと聞こえていたらしい。嗚呼、言ってしまった。お酒の勢いって、怖い。
「手前、、なんでそれを?」
「、、聞いちゃったんです。知り合いから。それで、忠告されたんです。中原中也は、マフィアだから、仲良くなるなって」
途切れ途切れの私の話を、繋いだ手を離さないまま中原さんは何も言わずに聞いてくれた。
「私もそうするべきだなって、思いました。だから、今日を最後にもう、あまり関わらないようにしよう、って。でも、そんなの嫌です。こんなに優しくて素敵な人と、仲良くできないなんて、嫌です。ごめんなさい、勝手な事ばかり言って」
言いたい事をすべて出し切った私は、涙も出なくなっていた。如何なるんだろう私、口封じで殺されちゃうのかな。そんな最悪なケースが頭を過ぎった。もし、殺される事はなくても、中原さんは今後私と関わろうとはしてくれないだろう。ひょっとしたら明日には引っ越しているかもしれない。どっちも嫌だな、いや勿論殺される方が嫌だけど。
私達の間に、静寂が訪れる。
次第に冷静さを取り戻す頭でそんな事を考えていたら、中原さんが沈黙を破った。
「、、その知り合いってのが、誰かは気になる所だが、構わねえよ」
「、、、へ?」
「だから、みょうじが俺の正体知ってるからって、別に構わねえって言ってるんだよ」
「それって、、仲良くしてくれるって事ですか?」
恐る恐る、そう聞けば「好きにしろ」という言葉が返ってきた。
「、、ふふ、」
「何笑ってやがる」
「いいえ、何でもないです。ふふ」
「、、ほんっと訳わかんねえ女」
「ねえ、中原さん、」
また、ご飯食べに行きましょうね。
涙でふやけた笑顔しか出来ない私に、中原さんは「仕方無え奴だな」と、呆れたように言ったが、その声色は優しいものだった。
月は、相変わらず柔らかな光で夜空を照らしていた。
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