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中原さんと食事に行ってから、一週間が経とうとしていた。あれから、私達の間に特に変わったことはない。というのも、中原さんがこのアパートに帰ってくることがめっきりなくなったからだ。仕事が忙しいのだろうか。
換気のために開けた窓から入ってくる風は、少しだけ初夏の匂いがする。これを食べたらゴミを出して仕事に行かなきゃ。新緑が風に吹かれ揺れる様子を、朝ごはんを食べながらぼうっと眺めていると、電線に見覚えのある一羽の鴉が止まった。
『俺の忠告、無視したな』
「、、、本当にあなた達は物知りね」
『まあいいさ。それより、何で中原中也が最近この家に帰ってこないか、教えてやろうか?』
「知ってるの?!」
『等価交換だ、その手にあるパンを分けてくれたら教えてやってもいいぜ』
何と目敏くずる賢い鴉何だろう。しかし、食パン一切れなんて安いものだ。窓から小さくちぎったそれを鴉に向けて投げると、器用に嘴でくわえてみせた。こんなとこ、御近所様に見つかったら怒られそう。
「もう少し食べる?」
『いや、もういい。さて本題に入るとしよう』
自分たちのシマで麻薬密売を目論んでる組織の計画を耳にしたマフィアたちは、その計画を潰すために取引場所や日時を調べているが、これが中々尻尾を掴めないでいる。当初は規模の小さい暴力団やヤクザの取引かと思っていたが、如何やら香港のマフィアが絡んでいるらしく、予想より大きな事態になり、中原中也をはじめとする幹部も出払うようになった、と話す鴉の内容は私の想像を遥かに上回るほど衝撃的なものだった。マフィア、麻薬密売、どれも現実味のないものばかりだ。
「そんな事になってたんだ、、」
『連中は如何やら港を中心に捜査してるが、的が外れてる』
「、、、?普通、そういう取引って港でしょ」
『普通はな。だが、密売人達はその裏をかいて、敢えて県境の山のなかで取引をする』
「如何してそんなに詳しく知ってるの?」
鴉曰く、彼らは日中は人里にでてくるが、夜は基本的に山で過ごすらしい。それ故にここ最近、滅多に人が通らない山道で不審な動きをする密売人達の事を知っている、とのこと。真逆彼らも鴉に見られているとは考えもしなかっただろう。
『迷惑な話だ。人の寝床にズカズカと土足で入ってきやがって。おかげて落ち着いて寝れやしない』
「そっか、、鴉も大変なんだね」
『まあ、そういうわけだ。この話を如何活かすかはなまえに任せる。ご馳走さん』
「ああ、うん。此方こそありがとうね」
漆黒の羽を伸ばし、優雅に飛び去っていく鴉の姿を見送る。またどこかで上手いこと餌を得るんだろうな。
さて、それより如何しよう。こんな話を聞いたところで、一般市民である私には何も密売を阻止するような力はない。そう、私には、だ。
中原さんに、如何にかしてこの事を伝えなくては、そう思ったが勿論、マフィアが何処にいるかなんて知る由もない。しまった、鴉に聞いておけばよかった。いやでも他の動物も彼らの居場所くらいなら、知っているかも、、?なんて考えもしたが、冷静になって考えると単身でマフィアの元に行くだなんて恐ろしいこと、出来るはずがない。あの夜、中原さんと連絡先を交換しなかったことが悔いられる。
ふと時計を見ると、普段出勤のために家を出る時間を少し過ぎていたため私は慌てて支度をし職場に向かった。
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仕事中も、頭の中はあの話でいっぱいだった。それなのに今日は明日が締め切りの書類が多く、物思いに耽る暇はほとんどと言ってよいほどなかった。
会社を出たのは9時前になろうとする頃だった。こんな時間まで残ったのは初めてだ。
疲れた、早く帰って横になりたい。
コツ、コツ、
重い足取りで家路を歩いていると、一つの足音が此方に近づいて来るのが聞こえた。、、まさかね。
ふと、最近この辺りで変質者が出たという話が頭を過るが、考えすぎだ。疲れていると、思考回路が悪い方に働くからよくない。
どうか、偶然私と同じ方向に帰っている人でありますように、振り返ることなくそう祈りながら少し歩くスピードを速める。すると、背後から聞こえる足音が速くなるのがわかった。
こうなったら、走るしかない、そう思った瞬間肩を掴まれ心臓が口から飛び出そうになる。
叫んで助けを呼ぼうとしたが、その人の顔を見て私は思わずその場にヘナヘナと力なく座り込んでしまった。
「び、びっくりさせないでくださいよ中原さん、、、。心臓が止まるかと、、、」
「ああ、悪い。そんなに驚くと思わなかった」
あまり悪びれた様子のない中原さんに「取り敢えず立てよ」と手を差し出されたのでその手を取り、立ち上がる。ああ、怖かった。本当に死ぬかと思った。
「こんな時間まで仕事かよ?」
「ええ、、、仕事が立て込んでて。中原さんも忙しそうですね」
「まあな、久々に家に帰るようになったが、暫くは休まりそうにもない」
隣を歩く中原さんの顔は、少し疲労の色が窺えた。如何やら鴉の言ってた通りのようだ。このタイミングで会ったのは何かの縁かもしれない。そう思えてならなかった。
「あの、、、今から私が話すこと、半信半疑で聞いてもらっても構いませんか?」
「あ?何で半信半疑なんだよ」
「信じきってもらうのは、少し申し訳ないからです。何なら信じてもらわなくてもいいんです」
「、、、わかった。聞いてやるよ」
何かを察してくれたのか、真剣な声でそう言ってくれた中原さんに私は、全てを話した。私が動物と会話できること、中原さんがマフィアだということは、実は鴉に聞いたこと、その鴉に麻薬の取引の詳細を教えてもらったこと、我ながら滅茶苦茶なこと言ってるなという自覚はあったが、何れも事実だ。
一通り話し終えると、あの夜のような沈黙がおとずれた。頭のおかしい女だと思われているのかも知れない。
「動物と話せる異能、か」
「、、異能?」
「ああ、みょうじのその力は、恐らくだが異能だ。今まで敵味方問わず色んな異能を見てきたが、何つうか、お伽話にでも出てきそうだな」
「私の話、信じてくれるんですか?」
「相手が嘯いてるかどうか判断出来なくてマフィアの幹部が務まると思うか?それに、俺には手前が嘘をつくような奴には見えねえよ」
「、、、今まで、誰にも話したことなかったんです。どうせ、信じてもらえないだろうなと思ってたし、言った所で何の役にも立たないから」
「そうか?その異能なら情報屋とかに向いてそうだけどな」
「そんな大それたことわたしには出来ませんよ」
「やってみないとわかんねえぜ?まあ、今の話、帰ったら早速うちのボスに報告させてもらう。話してくれて有難うな」
動物と話せるおかげで人から感謝されることは、これが初めてだった。この情報が役に立ち、中原さんが1日でも早く安らげる日が来るといい。お節介かも知れないが、そんな事を願ってしまった。
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