■9■
春の柔らかな日差しから少しずつ、照りつけるような太陽の光が眩しい季節になろうとしている。あと少しで、梅雨がやって来る。
少しだけ蒸し暑さを感じながら、先日取材した内容を記事に起こしていると、「みょうじさん」と背後から声をかけられたので目線をそちらに向けると、上司が立っていた。
「何でしょうか」
「今度、特集で梅雨時に使える便利なアイテムを取り上げるんだが、君に市場調査を頼みたいんだ」
「それくらい構いませんが、私でいいんですか?」
「若い女性の方が流行の物に敏感だろう?それに君は持ち物のセンスもいいしね」
「煽ててもらわなくても行きますよ。いつ頃までに行けばいいでしょうか?」
「そうだな、無理にとは言わないが来週の金曜までには頼みたいんだけど、大丈夫かな?」
「わかりました。じゃあ、今週末の休みに見に行ってみます」
折角の休日に予定が入ってしまったが、まあ市場調査と言ってもそんなに堅苦しいものでもないし、私が欲しいなと思う梅雨時に使える物を見繕ってきたら良いだろう。横浜なら色んなお店もあるし、そう苦労はしなさそうだ。
**********
仕事が終わり帰宅して着替えていると、机の上に置いた携帯からメールの受信を告げる着信音が鳴り響く。誰だろう、あまり私用でメールを使うことがない私はてっきり職場の人からだと思って受信箱を開き、送信元の名前に思わず目を見開いた。
、、、中原さんからだ。
連絡先を交換したものの、初日に確認メールをしただけで其れからは特に何もなかった中原さんからのメールに、少しだけ胸が跳ねた。
【今度の土曜、空いてるか】
今度の土曜、ちょうど私が市場調査に出かけようと思っている日だ。空いてるか空いてないかでいうと、
【休日なので、空いてます。如何かしましたか?】
そう返信すること数分、夕飯の支度をしているとポケットに入れた携帯が震えだす。これは、電話?
慌てて焜炉の火を消し、着信元を見れば何とつい先ほどまでメールでやり取りをしていた中原さんからだった。
「もしもし、みょうじです」
『悪いな、今大丈夫か?』
「はい、もう帰宅してるので」
『そうか。あー、、、メールの件なんだが、ちょっと頼みてえ事がある。嫌なら断ってくれ』
「?私に出来ることならやりますよ」
お願い、、何だろう。郵便物の受け取りとかかな?それか鍵を閉め忘れたから閉めといてくれとか?それくらいならお安い御用だ。
『、、、今度、うちのボスが寵愛してるお嬢の誕生日なんだが、何あげていいか分かんねえんだよ』
だから、一緒に見繕って欲しい、
その言いにくそうな声から、電話口の向こうで気まずそうな顔をしている中原さんが目に浮かぶ。思ってもみなかった内容に思わず目を瞬かせてしまった。中原さんの言うボスとは、つまりマフィアのボス、ってことだよね、、?そんなお偉い方のお嬢様へのプレゼントを私みたいな庶民が選ぶお手伝いをしていいのだろうか?
「私で大丈夫なんですか、、?もっとこう、金銭感覚が富裕層的な方じゃなくていいんですか?」
『あのな、マフィアは成金趣味じゃねえ』
「あ、そうなんですね。じゃあ大丈夫です。お手伝いしますよ」
あまりにもあっさり引き受けた私に中原さんは驚いた様子で『いいのか?』と念を押してくる。
「はい。私もちょうど土曜日は街に出かけようと思ってたので」
『そうか、済まねえな』
「気にしないでください。出かける時間は中原さんに合わせますね」
『ああ、また連絡する。じゃあな』
「はい、失礼します」
通話終了ボタンを押し、ふう、と一息つく。
まさか、こんなことになろうとは考えもしなかった。
中原さんとお出かけ、か。少し緊張するけど、それ以上に楽しみの方が勝っているせいか、自然と頬が緩む。こっちに引っ越してきてからというもの、職場の同僚や学生時代の友人とは中々予定が合わない為、誰かと買い物に行くだなんて、すごく久しぶりだ。
こんなに休日が待ち遠しく思うのは、初めてだった。
**********
土曜日、指定された時間までに準備を済まし念のため姿見で髪の毛を整えていると、呼び鈴が鳴る。
「できたか?」
お気に入りの靴を履き玄関の扉を開け外に出ると、其処にはいつも通りお洒落な格好をした中原さんが立っていた。今日も素敵な帽子を被っている彼に「はい」と答えれば、まじまじと頭の上からつま先まで見られる。何だろう、どこか変かな?
「、、、雰囲気変わるもんだな」
「へ?ああ、そういえば中原さんと私服で会うの初めてですね」
似合ってますか?普段はあまり履かないスカートの裾を持ち、くるりと回りながら冗談のつもりでそう尋ねると「ああ、似合ってる」と予想外の返事が返ってきたので思わず顔が熱くなる。てっきり、馬子にも衣装だなとか、そういう事を言われると思ってたのに。
じゃあ行くぞと、前を歩く中原さんに顔が赤くなっているのがバレませんようにと祈りながら階段を降りると、中原さんの足は駐車場に向かいだす。
そこには見慣れない黒の自動車が停まっていた。
「中原さん、車持ってたんですか」
「一応な。普段は職場に置いてる」
そうだったんだ。それにしてもいい車だなあなんて感心しながら助手席に乗ると、当たり前のことだが中原さんの匂いがする。鼻をかすめる煙草と微かな香水の香りは、不思議と安心してしまう。
慣れた手つきでギアを操作する姿に思わず見とれていると、「みょうじは何の用があるんだよ」と中原さんに聞かれ、そういえば私の目的を言ってなかったことを思い出す。
「大した用事ではないんです。今度梅雨時に組む特集のネタ集めみたいなものですね」
「あー、そういやあもうすぐ梅雨入りだな」
「嫌ですねえ、洗濯物が乾かなくなっちゃいます」
「俺は車が汚れるのが嫌だ」
確かに、乗る前に思ったことだが中原さんの車はピカピカに磨かれていた。
恐らく、車好きというよりは綺麗好きなんだと思う。一人暮らしなのにクリーニングに出さずわざわざ自分で洗濯してたし。
そんな他愛ない話をしているとあっという間に車は市街地に入り、立体駐車場に車を停めた私達は取り敢えず百貨店に足を運んだ。中原さん曰く、そのお嬢さんはまだ幼いらしい。
何年ぶりかに玩具売り場にきた私は、その種類の豊富さに驚かされた。
「すごいですね、今時の子供はこんな本格的な玩具が買い与えられてるとは、、」
「確かにすげえな。これなんか細部まで拘ってやがる」
そう呟く中原さんの手には、精巧な作りの玩具の銃が握られていた。やはり、お仕事でもよく使うことがあるのだろうか。くるくると手先で器用にそれを弄ぶ中原さんは、様になっている。
「流石といいますか、似合いますね」
「そうか?まあ俺はあんまり使わねえけどな」
「へえ。てっきりマフィアって銃弾戦ばかりだと思ってました。あ、それより、その女の子がよく何して遊んでるかとか、わかります?」
私の質問に中原さんは顎に手を添えすこし考え込む仕草をしたあと、「そういえば、しょっちゅう落書きしてるな」と答えてくれた。なるほど、お絵描きが好きなのか。子供らしくて実に可愛らしい。
「それなら、少し高価なクレヨンとか色鉛筆とかいいかもしれませんね。あと最近だと、自分の描いた絵をシールに出来る玩具とかもありますよ」
「成る程、やっぱこういうのは女の方が考えるの得意だな」
感心したように呟く中原さんの様子からすると、この案を気に入ってくれたようだ。その後最近出たばかりだというその玩具をお会計に持って行き、包装されていく玩具を見ながら名前も顔も知らない女の子だけど、喜んでくれるといいな、なんて思ってしまった。
その後は私の用件を済ませる為に、少し凝った生活用品や、北欧からの輸入雑貨を取り扱っているお店に寄った。意外にも、私より中原さんの方が様々な物に興味を惹かれていたことに驚いたが、可愛らしいとこもあるんだなと、また新たな一面を見つけたような気分になり、嬉しくなったことは彼には内緒だ。
- 9 -
*前次#
ALICE+