08
「わ、ニアだ!」
「ニアくん?」
「マジだ」
ダイニングには夕食を済ませたクルーくんたちが残っていて、思い思いに過ごしていたらしい。おれは3人に担がれるように部屋の中へと通されて、広いテーブルの席に座らされた。
「こ、こんばんは、ニアです。アイスをたべにきました……」
「アイス?」
「堅すぎだろ、どうしちまったんだよ。てか船長は?」
前後左右から話しかけられててんてこまい。ローくん。分かってて外に出したな。
「えっと。捕虜はおしまいなんだって。ここの新入り……? として扱ってね。あんまりいい気しないだろうけど、この船に乗る以上はみんなから信頼して貰えるようにがんばります」
どうぞよろしく、と腰を上げて頭を下ろす。すると辺りはシーンと静かになった。
突然すぎるだろ。まずはローくんからクルーくんたちに説明すべきところじゃないのか、ここは。そう思って遅れて部屋へ入ってきたローくんを恨めしそうに睨む。
「そう言うわけだ。害があるわけでもねェ。文句ある奴はいるか」
「文句ナーシ! キャプテンのお友だちだもんね。よかったねキャプテン、ニアがお誘いに乗ってくれて」
静かな室内に、ベポくんの陽気な声が響く。
おれは少々怯えつつ顔を上げてクルーくんたちの顔色を伺おうとした。その時。割れるような大笑いと、手を叩く音がする。おれは咄嗟に耳を塞いでしまった。
「ニアの話はシャチたちから聞きました! 水臭いじゃないですか、話してくださいよ船長!」
「ようこそニアくん、ハートの海賊団へ!」
「心配してたんだぜー! この船に捕虜なんて初めてだったからさー!」
歓迎してもらえて嬉しい反面、本当にこの海賊団は大丈夫なんだろうか……という不安も込み上げてくる。だがその辺りは船長であるローくんを信頼しているからこそなんだろうな。
「う……うん? うん。船のルールとか知らないから、ちゃんと覚えるよ。おれに出来そうなことあったらなんでも言って」
「買い物上手なんだってな? 今度の買い出し当番おれなんだ。良かったらついてきてくれよ」
「うん、いいよ。喜んで」
「料理はできるか? 明日、夕飯の支度手伝ってくれよ」
「人並みにはできるつもりだから大丈夫だと思う。みんなの味の好みとか、教えてね」
四方八方から話しかけられていよいよ目が回りそうになったところに、他のクルーくんたちをぐいぐい押し退けてベポくんがやってきた。
「はい、ニア。アイスとスプーンだよ」
「ああ……ありがとう、ベポくん」
「どういたしまして! あ! そうだ!」
ベポくんはアイスの蓋をぱかっと開いて、スプーンで一口ぶん掬った。それからおれに向かって銀のスプーンをさし向ける。
「はい、どうぞ」
「ッ、なに。なに……?」
やだやだなんだこの白くまくんかわいい。
「あーん、だよ?」
「わかっ……わかるけど」
「おれね、キャプテンからニアの話を初めて聞いたときからずっと気になってたんだ。早く会ってみたいって。絶対仲良くなれると思ってたから」
「…………ベポくんは天使なのかなあ」
「おれは白くまだよ」
溶けちゃうよ、と言われてしまえば食いつくより他ない。するとまわりのクルーくんたちはまるで初めてエサを食べた鳥かなにかを見ているようなリアクションを起こすのでもうたまらない。穴があったら入りたい。なんだこれすごく恥ずかしい。
「……美味しい、です」
「全部食べさせたげよっか」
「いい! それはいいよ。スプーンちょうだい」
「ざんねーん」
ベポくんは笑いながらスプーンをおれに渡してくれる。
しかしこれだけの人数に見守られながらアイスを一人で食べるってのも居心地が悪いというかむず痒い。なのでおれはアイスをベポくんにも食べてもらうことにした。
「はい、ベポくんも」
「え? おれ?」
「良くしてくれたお礼……にもなんないだろうけど。おれと仲良くしてくれる?」
「もちろん!」
にっこり笑ったベポくんが、おっきく口を開けてスプーンを待ってる。おれは急いでアイスを掬って、そーっと近づけてみた。
「ベポ」
和やかな空気を壊すような声の主はローくんだ。咄嗟におれはスプーンを持った手を引っ込めてしまう。ツカツカと足音を立てておれ達に向かってやってきた。
「お前らも」
おれの横へと腰を下ろしたローくんは、ゆっくりとクルーくんたちへ視線を流す。
「訳あって、こいつを船に乗せる」
「訳あってって……お友だちだからでしょ? キャプテン」
「ベポ、黙ってろ」
「スミマセン……」
打たれ弱いところのあるベポくんは俯いてしまった。かわいそうに……。
「こいつが抱えてる情報は他の海賊も欲しがる奴は居るだろう。だがもうニアはこの船の人間だ。誰にもくれてやるつもりはねェから、そのつもりでいろ」
するとローくんはおれの手を引っ掴んで、スプーンへと食いついた。あんたいったいどういうつもりでみんなが見てるまえでそんなこと……とおれが混乱していると、ローくんは掴んでいたおれの手を離す。
「お前もだ。わかったな」
「あ…………あいあい、きゃぷてん?」
「おれのことはどう呼ぶんだ」
「ローくん」
「上出来だ」
わしゃわしゃっとローくんがおれの頭を撫でくりまわすので、ベポくんやシャチくんも続いておれの頭を撫でてきた。
「…………あ」
ぱたっと音がする。アイスをテーブルに落としたのかと思って下を見ると、次々にぱたぱた雫が落ちる。それはおれの涙というやつで、慌てて止めようにも止まっちゃくれない。
「ご、ごめん。なんか、出てきちゃった」
「ティッシュ! ティッシュあるか!」
「ある! 投げるぞ!」
「おお!」
賑やかな室内で、おれ一人がわけもわからず泣いている。ローくんも驚いたようで、すこしおれのほうへ身を寄せてきた。
「…………嬉しくてびっくりしちゃった」
「ガキか」
「……そうかも」
放り投げられたティッシュをベポくんがキャッチしてくれて、おれに差し出してくれる。
「アイス溶けちゃうじゃん……ローくんのばか」
「ああ? おれのせいか」
「キャプテンがニア泣かした!」
「泣ーかしたー泣ーかしたー!」
「うるせェお前ら」
溢れて止まらない涙をぐいぐい拭いながらおれはみんなに隠れてくすくす笑った。
ローくんはいいクルーくんたちに囲まれてるんだなあと改めて思ったからだ。
おれもその輪の中に入れてもらえて嬉しい。歓迎してくれるのなら、おれはおれの持ち得るすべてでみんなに気持ちを返していきたい。
「みんな、ありがとう。これからよろしくね」
その夜は歓迎会だと称して、ずいぶん遅くまで飲み食いさせてもらってしまった。ソファで眠ってしまうひともいれば、テーブルに突っ伏して寝てしまうひともいる。もう眠たいからと部屋へ戻っていくひとも。
おれは辛うじて意識のあるシャチくんの隣で静かに飲み続けながら、後の一切れになったピザを取り合うじゃんけんをするベポくんとペンギンくんを見守る。ローくんは炙ったイカを噛みながら、手に持った夕刊の文字を追いかけていた。
「……飲んだ飲んだ」
「ニア、もう眠たくなっちゃった?」
「ううん。夜更かしは得意」
「まだワインがあったかな。持ってこようか」
「んーん、もうお開きでしょ。みんなも寝たほうがいいんじゃない? シャチくんもう船漕いじゃってる」
「ほんとだ。おれ部屋に連れてくよ」
ペンギンくんはそう言って、シャチくんの身体をぐいっと引き寄せて肩を担いだ。
「今日はありがとね。ゆっくり休んで」
「ニアもな。おやすみ」
ズルズルと半分シャチくんを引きずりながら、ペンギンくんはすこし名残惜しげに部屋を出ていく。残ったのはおれとベポくん。それからローくんの3人だ。
「一服してきていーい?」
「ん? ああ、たばこ」
「そお。中じゃ吸えないと思って」
そんなやり取りにローくんはすこし反応を見せた。夕刊を畳み、腰をあげる。
「おれも行く」
「え? キャプテン吸わないじゃん」
「ベポ。もう寝ろ」
「ごめんねベポくん、ローくん借りてくね」
「なんだあ。でも二人で話したいこともあるもんね。大丈夫、おれよく分かる」
二人ともおやすみ、とベポくんは食器を下げて部屋を後にした。とうとう部屋にはおれとローくんだけになってしまう。
「おれ、ほんとに煙草吸いに出るつもりで」
「ああ」
「ついてくるんだね。いいんだけど」
ついつい何か企んでるんじゃないかと思ってしまいがちだ。疑ってるわけじゃないけど、なんだか勘ぐってしまうのは悪いクセなのかもしれない。
おれはポケットに入れっぱなしだった煙草を取り出しながら、甲板へのドアへと向かう。ローくんが後ろからついてくるのでドアを開いて先に出るよう促した。
「……妙な真似を」
「ローくんファーストだよ」
「なんだそりゃ」
夜風がおれの酔いを覚ましていくようだ。灰皿にちょうどいいと持ち出したビールの空き缶を地べたに置いて床に座り込む。
「あー……星もきれい。涼しいし」
「飲み過ぎたんじゃねェのか」
「んー、平気。ちょうどいい。気分もいい」
ふわふわした手つきで久しぶりに咥えた煙草へ火を灯した。ジジっと草が焼ける音がして、おれは胸いっぱいに煙を吸い込む。
「いつからだ、それ」
「いつだったかなあ。ああでも最近だ。ほんと最近。一年……?」
「へえ」
「……お仕事で役に立つかなと思って吸い始めたんだけど、今じゃすっかりおれのパートナー」
笑みを作って煙草の箱を振って見せれば、壁に背中を預けて立ったままだったローくんがしゃがみ込んできた。
「いやな匂いだ」
「あれ? 嫌い? なら、」
「いい」
「……そ?」
「……そのまま吸ってろ」
するとローくんは煙の匂いを辿るみたいに、今までよりもずっと近くに顔を寄せてくる。
「…………ローくん?」
「喋るな」
「んー……わかったよ」
座り込むおれの肩に頭を乗っけてくるローくんは、たっぷり五分はおれにくっついて離れなかった。そんなにいい匂いがするのかな、思い出の匂いっていうやつは。
ローくんがおれにくっついて離れなくなってしまってからも、おれは久しぶりの煙を楽しんでいた。記憶に深く結びつくと言われている匂いに、ここまで効果があるとも思わなかったので少々驚く。これを選んだのはおれだけど、勝手に妬いてみたりもした。
「ローくん、どうしたの。甘えたさん」
「……懐かしい匂いがする」
「でしょうねえ」
「知ってて選んだのか」
「うん、まあ、そうだよ」
するとローくんは顔をあげないまま、ばかじゃねぇのと呟く。
「コラソンの真似をすれば、なにか変わるかなと思って」
「は?」
「……おまじないみたいな。ローくんに好かれたいとか、そういう」
「くだらねェ」
「辛辣だ」
へらへら笑って、おれは空き缶の中へ灰を落とした。
「……でももう変えよっかな」
目的は果たされたわけだし、妬いちゃうし。
「辞めるって選択肢はねェのかよ」
「命令? 命令なら……減煙から」
「別に好きにすりゃいい。だが船の中では吸わせねェからな」
「それ結局減煙だよねえ。まあ、いいけど」
わかったよ、とおれは肩に乗っかったままのローくんのあたまをぽんぽん撫でてみた。
「コラソンはどうしてドンキホーテを裏切ったの?」
単刀直入に問うと、ローくんは静かにおれの肩から頭をあげる。
そうしておれの隣へ腰を下ろした。
「……見ちゃいられなかったみたいで」
「ドフィを?」
「ああ」
ローくんはゆっくりゆっくり、たいせつにコラソンのことを思い出しながら話してくれる。簡潔に言えば、あらゆるものを壊して奪い、世界のなにもかもを崩壊させようとしているドフィを止めたいというのが死んだコラソンの願いだったという。
いくらか端折って語るローくんは、まるで少年に戻ったような顔をしている。
「……ローくんは、コラソンの代わりをやるの」
「そのつもりだ」
「はは、おれたちおんなじだね」
コラソンの名に執着して、どうしようもなく欲しいものを追いかけて。おれたちは少し似てるのかもしれない。
「だけどコラソン代理としてじゃなくってさ。おれはおれとして、ローくんと一緒に居るよ」
「ああ、そうしろ」
「でも残念だな。もしかしてそうかもなって思ってたんだけど……こんなのおれ失恋じゃんね」
「はあ?」
「だってローくんはコラソンが好きなんでしょ」
ローくんは呆気にとられたように目を開いて、俺をまっすぐ見た。
「……お前……はあ、もういい」
「え? え? なに、待って。いや確かにおれは恋だったらよかったのにとか意味深に言っちゃったけど、いやそれは別に嘘じゃないんだけどさ」
「うるせえな」
「だ、って…………煙草の匂いだけでメロメロ〜ってなっちゃうなんて重症もいいとこ、」
「黙ってろ」
途端、おれの視界は真っ暗になる。何故ならローくんがおれの後ろの壁に手を突いて、ぐっと顔を近づけてきたからだ。ローくんは顔近づける癖でもあるのかな。ああでもダメだな、すっごく好きな顔が目の前にあるのは心臓に悪い。
「……ははは」
「なんだ」
「じゃあ黙らせてほしいなって思っ」
冗談混じりにおれのほうからも顔を近づけてみたら、思っていたよりあっさりローくんはキスをしてくる。すこし触れるだけの子どもだましみたいな口付けだった。
「…………意外だ」
「なにが」
ローくんは至近距離からおれを見下ろしながら、微かに苛立ちの滲む声で囁く。
「言っても分からねェならどうすりゃいい」
「おれなにか分かってない?」
「……確かにおれにとってのコラさんは大事なひとだ。ここは曲がらねェ。だからおれはお前がアイツをどう思っていようが許すつもりだ」
いまだ話の見えない言葉の羅列に、おれは首を傾げてしまう。
「うん? うん、それで?」
「おれのことしか考えられなくなりゃいいのにと思うのはお前だけだ」
おれがなんにも言い返せないでいると、ローくんは追いうちに「ばか」と呟いた。
「ローくんが、おれを好きだっていうのは、そういう……そういうことなの」
「ああ」
「や、やだな……おれはてっきり……どう都合良く解釈したって昔馴染みだからとか、友だちだからとか、そういう」
「お友だちがいいならお友だちでいてやろうか」
「……そのつもりない言い方」
「わかってきたじゃねぇか」
くつくつ笑うローくんは、おれの手から煙草を取り上げて缶の中へ押し込んでしまう。中に少し残ったビールで鎮火された音が虚しくジュッと響いた。
「なにそれ……そんなの、ほんとのほんとに恋してるみたいな」
「してるよ」
「……」
ローくんがローくんじゃないみたいだ。
「だっておれの気持ちはそんな可愛いもんじゃないし、綺麗じゃない。ほんと言うと騙してでもドフィのところ連れて帰れたらいいと思ってたし、もう……もう何、おれ全然駄目じゃん」
「どう騙すつもりだったんだ?」
「…………ドフィに殺されるから帰ってきてとか。コラソンのことが大事ならいくらでも揺さぶれると思ったし。酷いこといっぱい考えたよ。だからローくんはおれなんかじゃ」
おれなんかじゃ、いけないよ。
「あれだけ欲しい欲しい言っておいて迫られりゃ怯むのか」
「……だって、」
言葉に詰まるおれの頬を、ローくんはむいっと摘み上げた。
「……いたい」
「そんなの俺だって同じことだ」
「へ?」
「まだアイツの所にいるなら少なからずドフラミンゴへの情もあるだろうと思ったが。おれは奴を殺してでもお前を獲るつもりだった」
「おれの意思は」
「おれは海賊だぞ、ニア。欲しいものは欲しいってだけで手元に置く」
「横暴だ」
「言えた口かよ」
摘んだ頬を離したローくんは、ひとつ欠伸をしてから立ち上がる。
「そろそろ戻るか。三時だ」
「…………ずるいよローくん」
「ああ?」
「ローくんがそれでいいならおれもいいけど!」
ふいっと顔を背けておれは空き缶を持って腰を上げた。
「おやすみ」
「待て。どこ行くつもりだ」
「部屋に戻るんだけど?」
「あの物置きは、もうおまえの部屋じゃねぇよ」
「……不寝番でもしようか。交代してくる」
するとローくんはガシッとおれの腕を掴む。
「今夜のおまえの寝床は船長室だ」
「それって命令?」
「…………どっちがいい」
「もっと可愛く誘ってよ」
いたずら心からそう言えば、ローくんはしばらく思い悩んだように見えた。
「もう待たせるな」
突然腰を引き寄せられて身体のバランスを崩してしまったので、あれよあれよとローくんに支えられてしまう。
そのまま引き摺るように、おれは船内に連れられて船長室までの廊下を歩かされた。
「お風呂」
「沸いてねェよ」
「シャワー」
「これ以上おれを待たせる気ならおれにも考えが」
「わーかった。わかったよ」
しぶしぶ降参すると、ローくんは満足げに船長室への扉を開く。
ふかふかのベッドでとっても寝心地もよさそうなのに何故だか近寄りがたい。
抱き枕にされる程度ですみますようにと願っているうちにベッドの上へ放り投げられ、部屋の明かりを落とされる。
「お……おやすみ」
「まだ逃げるつもりか?」
「逃げないけど……やだ、すごい緊張する。ダメかも。がっかりさせちゃったらどうしよう」
ぐるぐると目を回すおれをよそに、ローくんは愉快そうに静かな笑いを零した。
おれは処女でも童貞でもないけど。あんなに大好きだったローくんとそういうことになるなんて夢にも思わなかったわけなのでこの緊張は当然のもの、だと思う。
「……ローくん、ほんとに」
「ああ」
ベッドのうえに放り投げられたおれは既に降参の姿勢だった。
背中を丸めて枕を抱きかかえる。背中のほうからローくんの声が聞こえるので、いったいどんな顔してるのか見てやろうと振り返った。
「…………なにその顔」
「べつに」
複雑そうな、でもどこか愉しそうな。そんな顔だった。あかりの薄い部屋でもそれくらいは見て取れる。黙って大人しくしているとローくんの手が伸びてきた。
そうしてあれよあれよと衣服を脱がされて、なんだか心もとない。肌寒さを感じたおれはそっとローくんに向かって腕を伸ばしてその首をぐいっと引き寄せた。
「……恥ずかしい」
「なにを今更」
初めてでもねぇくせにと呟くローくんの声には明らかな嫉妬みたいなのが含まれている。
「好きな人にされるのは初めてだから」
媚びるように吐息を混ぜて告げればローくんは押し黙った。
「……だからローくん、好きにしていいよ」
近づいてきたローくんの頬へ唇を寄せて。
それが合図になったみたくおれの心拍数をどんどんあげていく。
ローくんの大きな手が、長い指が。おれの身体のあちこちを触って撫でて。それだけでもうおれは舞い上がってしまうくらいに嬉しかったし、頭が真っ白になってしまいそうだった。
「……くすぐったいよ」
「さっさとぶち込めって?」
「言ってな……っん、は……」
ローくんが鎖骨をべろりと舐めてくる。やだ。恥ずかしい。嬉しい。気持ちいい。けど、やっぱり恥ずかしい。なんだこれ。こんなの知らない。鎖骨舐めてもらっただけでこんなにふわふわするなんて意味がわからない。
「ここは?」
「……あっ、は……気持ち、いいよ」
ローくんの頭が首元からおれの胸へと降りていく。乳首も、だめだ。なんなんだろこれ。すこし触ってもらっただけなのに。ただローくんの唇がやさしく食んだだけなのに。
おれはわけもわからずに、ふかふかの枕を抱え込んで顔を埋めた。
ローくんが楽しそうに愛撫してくる間、おれは耐えるように息を吐いて、抑えきれない声を漏らし続けることしかできないでいる。
「はっ……あ、ア、ぁ……っ、んん♡」
だめだ。だめだめだめ。
感じすぎてるのわかる。気持ちいいのしか分からなくなる。まだまだこれからだって知ってるのに。相手がローくんだってだけで、こんな風になるなんて思わなかった。
身を捩りながら快感を受け流していると、とうとうローくんの長い指が、勃ちあがりきったおれのそれを絡め取る。
「ひっ……ん、ンンン……!」
「まだなんにもしちゃいねェだろうが」
流石に大げさすぎると思われたのかなんなのか、ローくんは不思議そうに言った。
なのに手を止めるつもりはないようで、ローくんのひんやりした指はゆっくり上下してどんどんおれを追い込んでくる。
たまらずおれは枕から顔を離して胸いっぱいに空気を吸い込んだ。
「はっ……あ、わかっ……んない、きもち……っ、から」
「そうかよ」
「なんで……っ、あ、なん……ッ、やだ、やだっ……あっ、あ、ぅ……んんっ」
まったくコントロールがきかない。頭も体も。ただひたすらローくんに与えられる気持ちいいのを受け止めて、熱を上げ続けている。
跳ねる腰をごまかしたくて脚をばたつかせてみるけどあまり意味もなく。内股に力を入れてなんとか果てるのを我慢するというなんとも情けない状況だった。
「あっ、は……ッあ!」
「もうイきそうじゃねぇか」
「ん、ンンっ、やっ……ちが、ちがぁっ」
同じ男としてこんなに早く出しちゃうなんてことあっていいわけない。いいわけないのに。はやく出したい出したいって素直なおれの下半身が訴えてる。
胸をそらしても、奥歯を噛み締めても無駄だった。
「何が違うって? ん?」
「あっ、あ……っく、ン……やだぁっ、だめ、ほんと……っ、むり、出ちゃ、う」
信じられない。自分の体のことなのに。
「やっ……なんで、待っ……あっ、は、ッ……ろー、くんっ」
「我慢するな。出せよ」
「ッ……ん、んん、あっ、あ……ッやぁあっ」
大げさなくらいに背中が跳ねて、一瞬目の前がまっくらになった。やだ。やだやだ今までこんな無様なイキ方したことない。
いまもう何も見たくなくて自分の視界を手で覆う。まだふわふわしてる。
「…………っ、はーッ……は、あ」
「早い」
「うる、さい……ほんと」
「若いからか?」
「……」
おれは八つ当たりみたく舌打ちしてから脚を伸ばしてローくんの下半身を探り当て、がちがちに硬くなったそれを足の裏でぐいぐい押してやった。
「ローくんだって、まだまだぴちぴちでしょ」
「……、へえ?」
あ、やばい。まずい。おれ変なスイッチ押しちゃったかも。
そう思って脚を退かそうとしたけど遅かった。ローくんの手がおれの脚を捕まえる。ぐいっと力任せに引っ張られて背中がシーツの上を滑った。
「いっ、な、なに」
「……余裕無さそうに見えてしっかり煽ってきやがる」
「そんなつもり」
「無いなら無いでタチが悪ィよ」
待って待って待って。おれだってプライドあるんだよ。
今までたくさん抱いて抱かれてきたわけだからね? だからおれだってもうちょっとローくんのこと気持ちよくしてあげて楽しんでもらいたいってちょっとでも……ちょっとでも思ったりもしたけどこれは本当に無理かもしれない。
「ろ、ローくん」
「あ?」
「嫌いになんない……?」
「まだお前はそんな馬鹿言ってんのか」
いい加減にしろ、と付け加えたローくんは若干イライラしてたけど。それでもなんだか楽しんでるみたい。もういいよ。ローくんが楽しいならもうそれでいい。
おれいまほんとに使いものになんないから。
ぐずぐずに溶けたみたい。身体が全部。
自分の脚がついてるのかついてないのかわからないくらいだった。ローくんの指がおれの中をずっと虐めてくる。もうずっとだ。何分くらいこうされてるか見当もつかない。すっかりおれの頭はダメになってしまってるから、多分このまま死ぬんじゃないかとすら思った。
「あっ、あ゙……ぁ……も、ろー、くん、しんっ……死ん、じゃ」
「…………」
「なんか、言えっ……んんん、あ、あっ」
中をほぐしてくれてるのは分かるよ。分かるけどもういい。もういいのに。ローくんだって分かってるくせに、ローくんは指を抜いてくれない。
没頭しているのかなんなのか。ローくんが考えてることが全くわからないよ。もうつらい。はやく入れてほしい。どれだけ焦らすつもりだこの鬼畜海賊。
「……本当に」
「ンッ、な、に」
「ここで感じるんだな」
「触診……ですか、せん、せぇっ」
馬鹿じゃないの馬鹿じゃないの馬鹿じゃないの? ローくんもローくんだけどこんな状況でもしっかり憎まれ口叩いてしまうおれもおれだ。
「ほんとに、もうだめ、ろーくん」
浅い呼吸の合間に絞り出すように告げる。ローくんの指が、ぐぐっと内側を押してきた。
「だから?」
「だから……? おれ、このままじゃ……っ、ろーくんの指、……ひっ、ン、ゆびでイ、きそ」
「へえ。後ろでイケるんだな」
「……ッ処女じゃなくてごめんねって、いえば……きげん、よくなる?」
「なわけあるか」
まあ男なんてそんなもんだ。おれも同じ生き物だからよく分かる。でもだってもう仕方ないことだし……とも思うけど、嫉妬丸出しなローくんは可愛い。本気なんだなあ、とぼんやり思う。おれのこと、ちゃんと好きなんだ、たぶん、このひと。たぶん。
「……ローくん、っは、あ、まじで……きつい……っよすぎるから、だめ」
「ああ。随分ヨさそうだ」
「ッ、のヤロ……! ガキかよローくん……っ! おれ、抱かれるの……ふあッ、ろーくん、で、さいごにする……から、もお、ゆるして、ほんとに、やだあ」
おれを虐め続ける指が疎ましくてローくんの腕をぎゅっと掴む。男に抱かれて、気持ちいいことを知ってるおれにとってこの状況はかなりつらい。
「……それで?」
「それ、で……? ……もお、おれ我慢してるの……わかっ、わか、って」
「そんなにいいならイっていい」
「ばか! ばかぁ……ローくんとのはじめて、うしろでイくのっ……ろーくんのが、いいっ、って言っ……ん、んンッ」
急にローくんはおれの中を這い回っていた指を引き抜いた。長い間焦らされ続けたそこは自分でもはっきり分かるくらいにひくひくしてる。みっともないけどとめられない。
おれは半分泣きながら、蚊の鳴くような声で「はやくいれて」と喉を震わせた。
途端、あり得ないくらいの熱の塊がおれのお腹のなかに入ってきて、ああ、やっとローくんのが、と思ったときには。
「あっ…………! っ、ンン、んっ、あっ、あ゙はっ……〜ッ!」
ローくんとのセックスだ。ローくんとセックスしてるんだ。
こんな幸せすぎることあっていいのかもわからない。頭の中がとうとうぐちゃぐちゃになったみたいで、なんにも考えられなかった。分かるのはおれは入れられただけでイったんだなってことと、ローくんがおれの腰を掴んでるなってことくらい。
「はっ……は、あ、あ?」
「ひっくり返すぞ」
「え? っン、は、あ、あ゙ぁッ……?」
事態を把握しきれないおれをよそにローくんはおれの身体をひっくり返した。
バック? ばっくでするの? なんて気づく頃にはおれの背中にはローくんのお腹がぴったりくっついている。
「待っ、まっ、て、ろーくん」
「いやだね……っ」
「おれイっ……た、イったから、まって、ちょっとだけ……! きつい、んだってぇっ」
喘ぎ混じりに訴えかけるも、ローくんは休ませてくれるつもりはないみたいで。
「ほんと、無理ぃ……っ、イきすぎ、てるもん……! やだ、だめ、だめっ、らっ、あっ!」
「ははっ、何言ってんのか分かんねェよ」
「だから待って、へ、いって、ぅ……ッん、ん、っあっあっあ゙っ、ァ!」
頭と肩は枕とシーツに沈んでいくのに、抱えられた腰はぐいっと持ち上がる。
「……ッ、ニア……」
「ひっ、あっ、あんッ……っあ、ぁ゙ッ! あン゙、ん、あ、ハァッ……っく、ぅ」
膝立ちになったローくんが、後ろから容赦なくせめてくるのでおれはもうどうしようもない。逃げ場もない。いや逃げたいわけじゃないんだけど。ああ、きもちいい。きもちいい、けど、それが怖い。怖すぎる。こんなえっちしたことない!
「っはぁ、あ、おっきぃ……ッん!」
自然としなる背中に、ローくんの唇が落ちてくる。キスというよりは齧り付くような感じだ。じゅっと吸われるたびに腰は跳ねて下半身にちからが入る。締め付けたローくんの形が感じ取れる、というよりは教え込まれるみたいな。
ローくんのかたちに拡げられたそこは、もっともっとと浅ましくうねるばかり。
「あっ、あ、すご、ぃぃ……っや、ヤぁあッ」
「ッはは、跳ねる跳ねる」
「やっ、あぁ……ッあっ、あ、あ、あ゙ンっ、そこ、っそこ、やだぁ……! ごちゅごちゅしちゃ……あっ、あっ!」
もうローくんのは全部おさまりきってるのに、もっと奥に進もうとしてるみたいでおれの奥はどんどん暴かれる。
弱いところにローくんの先っぽが何度も何度も擦り付けられて、気が気じゃない。
「ここか?」
「う、あっ、あっ、んん、ンンッ」
枕におでこを押し付けながらも、なんとか頷いてみせた。
「だめ、やっ、らめ、ら……ッあ!」
「なにがダメ……なんだよ、ッ」
「あぁっ! あ゙ッ、すぐイっぢゃ……んっ、あ、ッすきって、しゅきって、なっちゃ……からぁっ」
とろとろの脳みそはほとんど機能してない。
自分がなにを口走ってるのかもよく理解できないでいる。
「ッ、じゃあ、ローくん好きって言いながらイけよ……っ」
「はぁっ、あ、ア、あ……?」
めいれい? それって命令かな? ふわふわの頭がそう判断したのと同時に、いろんな気持ちが胸のところから込み上げてきておれを快楽の海へ叩き落としてきた。抗えない。ローくんの命令聞きたい。ローくんの命令しか聞きたくない。
「あっ、あ゙、ろー、くんッロー……っくん!」
「ニア……、ニアッ」
「すき、すき、ろーくん、あっ、ンッいっ、いく……ろぉく、あっ、イッ……す、きぃっ……!」
後ろに伸ばした腕をローくんが掴んでくれる。汗で滑りそうになりながらも、おれは必死にローくんの手を繋いで離さなかった。
背中を抱き込まれたとき、一層強くローくんのがおれのきもちいいところに叩きつけられる。おれが今宵一あられもない声をあげたのと同時に、お腹のなかに熱いのが流れ込んできたのが分かった。覚えてられたのはここまで。
まるで眠りに落ちてくみたいにおれの意識は遠くなっていった。