10

掃除を終えたのは外が静かになってからだった。麦わらくん、疲れて寝ちゃったのかもしれないな、なんて考えながらおれも船の外へ出てみる。

「おお、ニア。お掃除オツカレ!」
「シャチくん重たい」
 
外へ出るなりシャチくんがおれの肩へ手を回してきた。

「隅々までピッカピカだよ。次使うときビビればいい」
「なになにご機嫌斜め? 機嫌直せよニア。なんたってここは! 夢の女人国だぜ!」
「……そうね、いいよなあ。女の子侍らせてお酒飲んだりしたい気持ちはおれよく分かるよ」
 
こくん、と頷いて見せると反対側からペンギンくんがやってきて肩に手を回してくる。二人揃ってなんなんだ。立ちづらいし歩きにくい。

「ニアおまえ話わかる!」
「何語なの。おれのことなんだと思ってたわけ。おれだって女の子好きだよ」
「え!」
「え?」
「……はあ。離して。重たい」
 
ふたりの手を払いのけると、左右から身を詰められて再び挟まれる。顔が近い。顔が近いよ。

「意外そうな顔しないでよ、心外だなあ」
「だってお前、キャプテン好き好きワンワン! って感じじゃん!」
「犬じゃん?」
「ははは、ヒトだよお」
 
左右からガクガク揺さぶらて笑いながら否定すると、シャチくんは「そうだ!」と声をあげておれの身体を揺する手を止める。

「じゃあ次の島でさ、飲みに行こうぜ!」
「わーい、お兄さんたちのオゴリのお酒だ」
「決定かよ! いや別にいいけどさ」
「あはは、楽しみにしてるね。次の島」 なにやら盛り上がるふたりを置いて、おれは麦わらくんの帽子をじっと眺めているローくんの方へと歩み寄った。
「よかったね、目が覚めて」
「……覚めていきなりこれじゃなぁ」
 
耳を澄ましてみるまでもなく、奥の森からは麦わらくんの叫び声が聞こえている。

「死んじゃうよりずっといい」
「今に死ぬぞ、あのままなら」
 
ローくんの隣が空いていたので、おれはゆっくり腰を下ろした。

「ローくんはすごいなあ。人の命を繋いでいけるんだね」
 
するとローくんはこちらに顔を向けて、おれの目をじーっと見る。
生かしたいひとを、救いたいときに救えなければ意味がない。そう言っているようだった。

「ローくんが麦わらくんの命を繋いで、意味がないなんてことないよ」
「……、ニア」
「よくあの戦争のど真ん中から、一番人気の麦わらくんを連れ出せたね。えらいえらい」
 
ローくんの頭をぽんと撫でてみると、ローくんはきまりの悪そうに口を噤む。

「馬鹿にしてやがんのか」
「してないよ。分かるくせに」
「…………疲れた。休むからお前も中入れ」
「うん、そうする」
 
ちょうどそのときだった。
海岸から見える沖の方。凪の帯で轟音と共に大きな大きな水柱が立ったのは。



「びっくりしたね、まさかレイリーさんが来るなんて」

麦わらくんは今後二週間は安静だと告げ、ハートの海賊団の潜水艦は、海底深く潜っていた。
いつまでも海賊団をあげて経過観察をするわけにもいかないし、女ヶ島の湾岸で過ごし続けるのも限度があるし。

「ニア、レイリーと顔見知りなのか?」
「んん? んー、おれ殆どシャボンディに住んでるみたいなモンだったからね。賭場で何回か会ったくらいで……ギリギリお互い顔覚えてるくらいだよ」
 
間延びした相槌を打つシャチくんは、未だその心を女ヶ島に引き摺られているようだった。

「食材は分けて貰ったからしばらく大丈夫だけど……やっぱりどっかの島に降りてフラフラしたいよねえ」
 
ここ最近、息がつまりそうだったもんなあとおれはキッチンで冷たいコーヒーを淹れる支度をしながらボヤく。

「ニア、おれにもー」
「おれもー」
「おれのはミルクいれてー」
「あのね〜、そういうのはお湯沸かす前に言ってよ」
 
そう返しつつ、おれはふたつのカップに氷をたくさん詰め込んで熱くて濃いコーヒーを注いだ。氷が半分くらい溶ける頃にはいい具合に冷えてるだろうな。

「お湯沸かしといたげるから、あとは自分らでやって」
「ケチー! いつもやってくれんじゃん」
「ニアのコーヒーがいい!」
「コーヒー! コーヒー!」
 
椅子に腰掛けたまま口々にブーイングしてくるクルーくんたちの声を背中に受けつつ、おれはカップをトレーに乗せてキッチンを離れる。

「いまはダメ。ローくんに呼ばれてるから」
 
豆置いとくからね、とペンギンくんの横をすり抜けながら告げると曖昧な返事が返ってきた。

「またそれだよ。船長ちょっとニアのこと独り占めしすぎだよな」
「そーだそーだ!」
「はは、ローくんに言っとくよ」
「待って! おれが言ったって言わないで!」
「おれも!」
「はいはい。わかったわかった」

賑やかな部屋を抜け出して、おれはまっすぐローくんがいる船長室へ向かって歩く。
休むから一緒に来いとは言われたものの、なんでおれを呼びつけたんだろう。



「ローくん、コーヒー淹れてきたよ」
「入れ」
「ん」
 
軽いノックのあと、おれは船長室へと踏み入った。ローくんは少し難しい顔をしながら買ったまま読めずにいた医学書へ視線を落としている。

「休むんじゃなかったの」
「……活字が読みたかった」
「そ。お砂糖ひとつ入れたけどよかった?」
「ああ」
「んー」
 
デスクの上へトレーを置いて、冷えたカップをローくんへ手渡した。

「……ここのところずっとバタバタしてたから疲れたんじゃないの。夜はちゃんと寝てる?」
「寝てる」
「ほんとかなあ……わ、なに」
 
ふたりでコーヒーを飲みながら他愛もないやりとりをする。ローくんの顔を覗き込んでその目の下にある隈でも見てやろうと思ったら、するりとローくんの腕が伸びてきた。そのまま片手で抱きしめてくるので、おれは大人しくしてることにしよう。

「…………浮気でもしてみろ。おれはお前をこの部屋から一歩も出してやらなくなるからな」
「は? え? 浮気?……ああ、なに。シャチくんたちとの話聞いてたの」
「聞こえた」
「聞いてたわけね」
 
やれやれ、ほんとに皆が居ないところでは素直なんだけどこのひと。でもすこしタチが悪い。

「しないよ、浮気なんて」
「……それでいい」
「うんうん。おれには……おれにはローくんだけだよ」
 
そう言ってご機嫌を取るために身を屈め、ローくんの頬へキスを贈ってみる。誤魔化されねェからなと訴える視線は微かに鋭かったけど、そんな眼差しすらおれは嬉しかった。

「そうだ。ローくんに手術を頼みたいんだよ」
「あ?」
「これ」
 
パンツの生地を引っ張って裾を捲れば、顔を出すのはドンキホーテのシンボルマーク。

「腹括るわけだから、消そうと思って」
「…………」
「でもローくんに手間かけちゃうし、次の島でお医者さんのところ行こうかなあとか。自分でやろうかなあとか、思ったんだけど……」
「…………ハァ」
「ローくん?」
 
黙ったままのローくんは、大げさに溜息をついた。

「いつになったら言い出すんだと思ってた」
「あれ? 待たせちゃってた? ごめんね」
「別に」
「気になってたなら言ってよね。すぐお願いしたのに」
「……お前から言い出さなきゃ意味がねェだろ」
 
そう言ったローくんは真面目な顔を崩して、ひとの悪い笑みを浮かべる。

「え? うん……うん?」
「そんな彫物、無かったみてェに綺麗にしてやる」
「へえ、嬉しいなあ。トラファルガー先生に頼んで良かった」
「その呼び方はよせ」
「はあい」
「先行ってベッドに寝てろ。支度したらすぐ向かう」
 
言うなりローくんは医学書を閉じて立ち上がった。

「……ローくん」
「なんだ」
「やさしくしてね」
「誰に向かって言ってんだ。すぐに終わる」
 
不敵な笑みを絶やさないローくんにもう一言付け加えて部屋のドアノブへと手をかけた。

「手術室、すっごいピカピカだから」
「そりゃすげぇ」
「信じてないだろ。腰抜かさないでよ」
 
捨て台詞を吐いたおれは、軽い足取りで手術室へとひとりで向かう。

ドフィのマークを足首に彫ったのはいつだったろうなあ。おれが彫るって言ったんだっけ、ドフィに彫れって言われたんだっけ?
もう覚えてないくらいにおれの足首にずっとずっと居座ったその墨は消されてしまうことが決まって今なお、あの人を彷彿とさせる笑顔をおれに向けていた。

「見れば見るほど忌々しいな」
「素直だなあ、ローくん」

手術台にうつ伏せに寝転んだまま軽口を叩く。おれの足首はいまやローくんの手の内で、容赦なく皮を剥がれていた。彼の能力でもってすればこの程度の施術なんてろくな痛みも伴わず、言葉通り「すぐに終わる」ものである。

「……変な感じ」
「なにが」
「魔法みたいだ」
「ガキか」
 
そもそも普通は綺麗さっぱり消してしまえないからこそ、覚悟や拘束の意味で彫られる物なのだ。消しちゃったことが知れたら、きっとドフィはすごく怒るだろうなあ。
だけどもう決めたことだから。なにがあってもローくんについていきたいんだ、おれは。

「……しばらく新世界へ入るつもりはない」
「そうなの?」
「ああ。機を待つ」
「まあ、いまは何処もかしこもバタついてるからね。うちは少数精鋭な海賊団だし……わざわざ渋滞してるようなとこに急いで突っ込まなくたっていいか」
 
なるほどね、と納得して見せるとローくんは微かに笑った。

「おれはローくんがやりたいようにしてるそばに居られたら満足だよ」
「そうか」
「うん」
「新世界へ入ったら、まずはドフラミンゴの足元を崩すつもりでいると言ってもか」
 
綺麗に縫い合わされたのであろう足首の患部を撫でられつつ、おれはしばし言い淀む。その沈黙は迷いからくるものじゃなかった。ただなんとなく、ああ、ローくんは本気なんだなあと思うとやっぱり何処か寂しいような、怖いような。

「……ローくんが望むならそれがいい」
「お前は?」
「おれの気持ちどうこうじゃなくて。強かった方が勝つし、油断した方が負ける。そういう世界なんだから。大丈夫。ちゃんと分かってるし、おれはローくんのものだよ」
 
模範解答を投げてやればローくんはさっきのおれと同じように黙した。

「……ごめん、なにか間違った?」
「物分かりが良すぎる」
「って言われてもなあ。どうすりゃいいの」
「…………動くな」
 
ローくんに触れられてる足首がじんわりと暖かくなる。彼の能力から解放された途端、仄かな違和感を覚えた。起き上がって目をやれど、特におかしいところはない。それどころか手術痕はおろか傷の繋ぎ目ひとつなかった。

「ほんとに消えちゃった」
「ああ」
「…………どうしようローくん」
「あ?」
「ここ、軽い」
 
ドフィの笑顔が消えてしまった足首が、やけに軽い。

「今更こわい」
「……」
「ちゅーして、ローくん。おれ……すごいこと、しちゃったんじゃ、」
 
ついさっきまで軽口を叩けていたというのに。こうしていざ目の当たりにすれば怯んだ。おれの中から、ずっとずっと大切にしてきたものが無くなっていくように思えたからだ。おれの中から、ドフィがなくなっていく。
 
でもその代わり、ローくんへの想いばかりが積み重なっていく。

「はやく、ろー、……っん……ぅ、ン」
 
前後不覚に陥る間際、顎を掬い取られて唇を食まれた。齧り付くような口づけが必要以上の熱をおれに知らしめてくる。荒々しくおれの口内を味わい尽くさんとするローくんの舌をなんとか追いかけた。
 
ドフィを裏切るたび、どうしようもなく恐ろしい。彼に背くということは後戻りできないということだ。逃げ場を無くすということだ。
こんなにこんなに恐ろしい思いをしてまでも、おれはローくんのそばにいたい。全くもって馬鹿な話だとは思うが、おれは命を賭けてもローくんと一緒がよかった。
 
だっておれはローくんのことが好きで好きで、すきで。

「ん、んッ……ふ、ぁ……っんん、あ」
 
夢中になって縋り付いていると、ローくんの唇は離れてしまった。
おしまいにと上唇を舐められてハッとする。

「…………おしゃぶり貰って泣き止む赤ん坊か」
「……近いかも」
「納得してんじゃねェよ」
 
とは言う割に随分と機嫌が良さそうだ。抱き寄せられて、おれはすっかり安堵する。瞼を閉じれば眠ってしまいそうなくらい心地がいい。

「おまえが心配するようなことはなにもねェ」
「……うん」
「おれの隣に居りゃいいんだ」
 
島が見えてきたという報告を受けるまで、おれはローくんの腕のなかで安らいでいた。

「……間の悪ィ。あのまま抱いてやろうかと思った」
「手術台の上でするのはヤダよ」
 
甲板で上陸準備を整えつつ、おれはやんわりとお断りする。

「お前だって尻尾振ってしがみ付いてたじゃねェか」
「否定できない」
「手ェ出されて、今みたいに拒否できんのか?」
「……流されちゃう」
「そら見ろ」
「うるさいな」
 
船を港に停めた頃には陽が落ちかかっていた。夏の夜特有の暖かさのある風が吹いていて、島へ双眼鏡を向けてみれば賑やかな街灯りが見える。
双眼鏡をローくんへ手渡して、おれはポケットから煙草を取り出すと火を付けた。ジリジリ燃えてく草の匂いがおれの頭をスッキリさせていく。

「穏やかそうな島で良かったね。今回随分使っちゃったから薬と器具も補充しよう」
「ああ、そうだな」
「必要なものあったら書き出しておいて」
「わかった」
 
そんなやり取りをしていると、向こうからシャチくんが軽い足取りでこちらへやって来た。

「まーたふたりで内緒の話かよ、ニア」
「そんなんじゃ……あ、そうだローくん。みんながローくんはおれのこと独り占めしすぎだって怒ってたよ」
「……シャチ」
「おおおおおおれじゃないですよ!」
「はは」
 
愉快そうに煙を吐き出すと、おれはシャチくんに向かって微笑む。

「嬉しいんだよね。おれ。みんなに好かれてるみたいで」
「み……みたいじゃねぇよ! どこまで控えめなんだお前! キャプテン、今日こそニアは借りていきますからね! おれたちお酒飲み行く約束してんすから!」
 
がうがう吠えるシャチくんのほうがよっぽど犬みたいだ。

「ローくん、遊んで来てもいーい?」
「……ハメを外しすぎるなよ」
「うん」
「約束は守れ」
「うん」
「明日は買い出しに付き合ってもらう」
「はーい! じゃあ行ってきます! シャチくん、ペンギンくん呼んで来よ」
 
ローくんに別れを告げたおれは勇んでシャチくんの腕を掴んで引っ張る。
よろけた拍子に、シャチくんはおれの肩を抱いて歩き出すのでそのままふたりで浮かれたまんまペンギンくんを呼びに行った。


   ◆


女の子だ。
可愛い女の子がたくさんいる!

おれたち三人は雰囲気の良さそうな飲み屋に入るなり目を輝かせた。普段見ることのない景色が広がっていたからだ。落ち着いた印象のあるその店は終始和やかな空気ととびきり可愛い女の子で、航海に疲れたおれたちをもてなしてくれた。

「ニアくん、灰皿替えますね」
「ありがとお」
「次はなに飲むの? ニアくん」
「ん〜……お姉さんが決めて♡」
「たばこ火ィつける?」
「つける〜♡」
 
極楽かなここは。

「至れり尽くせりでまずい。住みたくなる」
「ニアほんと飲める奴だよな」
「美味しいお酒好き! お姉さんも大好き! あ、ペンギンくん、次なに飲むの?」
「ニアが決めて♡」
「っはは、やめてよお」
 
運ばれてくるお酒のグラスを持って、本日何度目かわからない乾杯をする。シャチくんはすでにクラクラしてて、隣に座るお姉さんに凭れかかって半分寝てた。

「シャチくんはすーぐ酔っ払っちゃうね」
「弱くはないんだけどな」
「女の子に酔ったのかも」
「はは、確かに」
 
めいっぱい羽を伸ばしていると、だんだん夜も更けていく。おれのお腹の中はイカれたちゃんぽん状態なわけだけど、いいお酒があると全部飲みたくなるから仕方ない。これだけいいお酒を揃えるお店が悪いよね。
そんなこんなで途中で目が覚めたシャチくんを含めたおれたちとお姉さんがたの宴会は、閉店ギリギリまで続いてしまった。


   ◆


「ニア、大丈夫かぁ?」
「ちゃんと歩けンのか?」
「あうけう」
「喋れてねーの」
「んんんんん〜ある、けう」
「言ってもまだハタチだしなあ、ニア」
 
左右からシャチくんとペンギンくんに支えられて、おれは船までの道を歩いている。

「しゃちくん、このみち……やーらかいね」
「やーらかくねーよお。砂利だよ砂利」
 
ギャハハと笑うシャチくんの笑い声がうるさい。

「…………あ」
「ん?」
「どしたニア」
「やばい……ようじおもいだした」
「明日にしろよ、明日に」
「あしたは、ろーくんとおかいものらから」
 
お店を出るときにお姉さんから貰ったお水のボトルのキャップをなんとか開けて、おれはぐいっとそれを飲み干す。

「ん……ごめん、先かえってて」
「ええ〜? 帰って飲み直そうって言ったじゃんか!」
「ごめんってしゃちくん……大事なようなんだよね。ひとりでいかして」
 
ね、おねがい。とポーズを取ってみた。

「ちょっと頭すっきりしてきたから……、へーきへーき」
「おいニア、どこ行くかくらい言ってけよー!」
 
若干まともになった足取りで、おれはふたりから離れていく。

「ほってもらいに」
「ほっ……?」
「うん。じゃあね、おやしゅみ」
 
ひらひら手を振って、おれは元来た道を戻り始めた。
目指すのはついさっき閉店したお店。飲んでるときにお姉さんと約束したこと、忘れてた。


   ◆


結局ふたりになってしまったおれたちは、船で飲み直すために深夜も営業している酒屋で酒を買ったりつまみを買ったり。
ペンギンが小腹が空いたってんで、軽くラーメンを食って。結構いい気分のまま、ゆっくりゆっくりポーラータングまで戻って行った。時計は夜中の三時を指している。

「…………それでハタチのガキを夜の歓楽街へ置いて帰って来たのかテメエら。いい度胸だ」
「わー! ごめんなさい船長! おれらも酔ってたから引き止めなきゃ! って気持ちが、」
「うるせえ!」
 
夜中だというのにロー船長は起きていて、ニアを置いてふたりで帰って来たおれたちを問い詰めた。おれもペンギンもさすがに酔いも覚めてさっきから謝り通しである。
ああ多分、この人ニアを出迎えるために起きてたんだな。

「ったく世話の焼ける……アイツ何しに行ったんだ。店は閉まったんだろ」
「いや、それがなんか……約束があるって」
「約束だ?」
 
凄まないでくださいよお! おっかねぇよお!

「ほ……」
「あ?」
「ほって、もらいにいく……? って」
 
訝しげな船長の視線は鋭く研ぎ澄まされて、その眼差しで斬り殺されるのかと思った。

「……ペンギン」
「ッはい」
「そりゃ本当か」
「……言ってましたね」
「…………チッ」
 
掘ってもらう。掘ってもらうって、そういうこと? そういうことなのかなこれは? ニアってそういう趣味なの? お姉さんに? 綺麗なお姉さんに掘られに行っちゃったの? それどういうことなんだよ! 早く帰って来てくれよ! 船長怖いよニア!

「とっとと店の場所を教えろ馬鹿野郎ども」
「「あ、……アイアイキャプテ、」」
「たらいま〜! たらーいまーあ!」
 
とうとう船長の手が出そうだってときに、ドアが開くのと一緒にご機嫌な声が響いた。

「んあ? あれー? ローくんまらおきて……ンンっ、まだおきれたの?」
 
やっと帰ってきてくれたニアの酔いはまだ覚めていないようで、どうやら向かった先で飲んできたようだ。すぐさまキャプテンはおれたちからニアへと視線を移し、床を踏みしめながらドアの方へ歩いていく。

「馬鹿野郎。ハメを外しすぎるなと言ったろうが……」
「ん……? おこってるの」
「当たり前だこの馬鹿ニア。女遊びしてくるとはどういう了見だ」
「ええ……おんなのこのおみせでおさけのむのもあうとなのかよお」
 
こころせまいよ、と眉を顰めるニアにおれたちふたりは必死で「謝れ!」「謝れ!」と小声で叫んだ。

「ごめんなさいのちゅー、しますか?」
 
ば、馬鹿か? 馬鹿か、ニア!

「…………ハァ」
 
お? 船長気が削がれたのか? いいぞ。ナイスだぞ。

「テメェらが身も蓋もねェこと言うからだ」
「お、おれら?」
 
チラっとこっちを振り返った船長は、未だふらふらしているニアの身体を支えながらおれらの方へ歩いてくる。

「ニア」
「あい」
「足首どうした」
「んんー? へへ、ほってもらった」
 
足首?
おれたちはニアの足首へ目をやる。するとそこには白くて生々しい包帯が巻かれていた。

「じゃじゃ〜ん」

自分が何故叱られていたのかも分かっていない風のニアは、包帯をぐるぐる取り去ってしまう。するとそこに現れたのはドンキホーテのマーク……ではなくて。

「かわいーしょ。おきになの。ろーくんとね、おそろにした」
「……熱烈……」
「ニアおまえ……」
「ろーくんとね、おんなじハートほってほしいっておねがいしたの。おねーさんがねえ……ほりし、らっ……から」
 
ねむたいなあ、とニアは普段の百倍増しに船長に甘えて寄りかかる。ニアの足首に巻きついていたのは、確かにキャプテンの胸にあるのを少しばかり簡易にした彫物だった。ちょうどそのまま小さくしたハートのモチーフが、綺麗に筋張ったニアの足首にくっついている。

「……おこった? 真似しちゃ、らめだっらか」
「もう喋るな」
 
キャプテンは言うなりニアの身体を抱き上げてしまった。ニアは抱えられたまま、恥ずかしそうに「おろして」と力なく暴れている。

「…………テメェら」
「「ハイ」」
「二度はねェからな」
「「……ハイ!」」

それからおれとペンギンは買ってきた荷物を抱えて自分らの部屋へと逃げ込んだ。