12

「ローくんは顔が怖いからここで待ってて」
「なんだと」
「ほらすぐ怒る」

いつもの調子を取り戻し、おれたちは賑やかな街へと繰り出した。シャボンディ諸島で買ってきた荷台は、すっかり買い出しのお供になっている。
いまは消耗品の買い物だ。ティッシュやタオル、洗濯用の洗剤に食器用洗剤。消毒用のアルコール、それから細々したものがやたらとたくさん。集団生活とはなにかと物が必要で、少しずつ慣れてきたけどおれにとってはまだまだ大変な部類に入る。

けど今日はローくんが一緒だし。いいとこ見てもらいたい。

「よう兄ちゃん。そんな荷台引いて大変そうだな」

カウンターの向こうから掛けられる声に顔を向けると、初老の男性がこちらを見ていた。店長さんかなと思って確認すると、そうだともと返事が返ってくる。

「そうなんだよ……おれまだ下っ端でね。兄さん方も人使いが荒いったら」
「何探してんだ? どれ、見繕ってやろう」
「ほんと? 嬉しいなあ。ありがとう。えっとね」
 
あらかじめ書き出していた買い物リストを見せながらひとつずつ確認することにした。

「ここまではウチで用意できるな。でもこの辺りの薬品は向かいの店に行ったほうが値が安い」
「ありがと、お父さん。向かいのお店にある薬品は全く同じ物?」
「ちょっと型落ちするが似たもんって具合だな。消毒用のアルコールなんかは向こうで買いな」
「んー……でもおれこっちのが欲しいの」
 
するとお父さんは「なんでまた」と首を捻る。

「予算的には安いほうがいいんだけど……うちのボスのお肌にはこのアルコールのが良いみたいなんだよね」
「へえ……お兄ちゃん、仲間想いなんだなァ」
「はは、そうかな。……必死なんだよ。まだ下っ端だからさ。ちょっとでも役に立ちたくて」
 
切なげに眉を下げて告げれば、店長さんはぎょっと目を見開いた。

「っかー! こんな量の買い出しひとりで行かせるような奴の顔が見てみてェや! いいぜ。向かいの店と同じ値段で持っていきな」
「……ほんと? そしたら、おれこっちのタオルと包帯、もう一ダース追加するよ」
 
観察していくうちにみるみる店長さんの顔色は良くなってくる。よしよし、上手くいきそう。
 
いいお買い物は気持ちのいい交渉から。結局量はそれなりに増えてしまったものの、長期間倉庫に入れたままで構わない消耗品なので問題はない。それより安く買い上げられるほうが断然こちらの利になる。

「ありがと、お父さん。おれ買い物上手だって褒められちゃうね」
「おおよ! たんと褒めてもらって給料も上げてもらえ!」
「はは、おねだりがんばろ。じゃあね。助かったよ」
「まいどあり!」
 
重たくなった荷台を引いてお店を後にする。しばらくしてローくんがお店から出てきた。

「イイコでしょ」
「じゅうぶんだ」
「やったあ。気前のいいお父さんのお陰で楽ちん楽ちん」
 
荷台を引きつつ、ローくんの隣を歩いていく。

「もっと褒めて」
「……よくやった」
「見直した?」
「ああ」
「ほんと?」
「疑い深い奴だな」
 
ふたりして控えめにクスクス笑いあって、おれたちは次の目的地である薬局へ向かう。そこでもなかなかのいい買い物ができたので、おれとローくんは大満足だった。
 
遅めの昼食は屋台で軽く済ませ、あとはもう船へ戻るだけ。長く滞在する予定はなかったので、明日にはもう出航だ。早めに帰って軽く航路の確認くらいはしておきたいね、なんて話をしているとき、おれは向かいから見知った女の子が歩いてくるのを見つける。

「あ! おねーさん!」
「ん?」
「あらニアくん」
 
手を振って彼女に呼びかけると、お姉さんはおれたちの前で足を止めてくれた。

「ローくん、お姉さんがおれのコレ彫ってくれたんだ」
 
サルエルの裾を引っ張って、足首を晒す。ローくんはそれをひと目見てふうんと鼻を鳴らすくらいで、あとはお姉さんのほうをじっと見ていた。

「あら、そちらがローくん?」
「そう。一緒に買い物してた」
「よかったわね。ふふ、ゆうべフラフラで帰って行ったから無事に戻れてよかったわ」
「ありがと。あのねローくん。お姉さんの左手にすごい綺麗な彫物があってさ。それどこで入れたのって聞いたら自分で彫ったって言うんだもん。おれその場でお願いしちゃった」
 
ねー! ってお姉さんに笑いかけて、彼女の左手を取る。うつくしい蓮の花が浮かぶその手の甲をローくんに向けてみた。
黙ったままのローくんだったけど、お姉さんは物怖じしないでローくんに向き直る。

「ニアくんたら可愛いのよ。あなたに早く見せたいって聞かないの。絶対綺麗に入れてよねってそればっかり」
「酔ってたからね」
「あら、酔ってなかったら言わなかった?」
「……言った」
 
お姉さんはからから笑って、改めてローくんにその朗らかな眼差しを向けた。

「大好きなひととお揃いにしたいからって言ってたわ。愛されてるのね」
「…………当然だ」
「ちょっ……と、おねーさん!」
「ふふ。ニアくん、またこの島に来たら必ず寄ってね。待ってるわ」
 
ヒラッと手を振ったあと、お姉さんはおれたちふたりに向かって投げキッスをくれる。手を振り返して見送ると、彼女は次第に人混みの中へと紛れていった。

「…………恥ずかしー」
「外面が良すぎるのも考えものだ」
「え? なに」
「別に」
「別に、じゃないだろ……あ、待って!」
 
スタスタと歩き始めてしまったローくんを慌てて追いかける。荷台を引いてるおれの身にもなってほしいな!



船に戻るなりローくんはベポくんを呼びつけて船長室へ。
おれは荷台の消耗品を倉庫へ運び込んだ。明日になればこの陽気な島ともお別れかと思うとなんだか寂しい気がする。

午後は何もすることがなかったので、倉庫の整理を続けた。誰かが乱雑に置いたケースの中身を数えてチェックしたり、段ボールの中身を確認してラベルをつけたり。それが終われば船内をぐるっとまわって消耗品の補充をした。いく先々でクルーくんたちにお礼を言われるのも、なかなか悪くないものだった。

夕飯の支度をちょっと手伝うついでに摘み食いをさせてもらったり。
ひと通り作業が済むとまたもや手持ち無沙汰になる。誰かが置きっ放しにした今朝の新聞を取り上げて、目を通すことにした。


 
本日の夕食も終え、甲板に出て食後の一服をしていたとき。誰かがドアの向こうに立つ気配があったので、おれはくるっと振り返る。この感じはローくんかな。そう思ってなんとなく前髪を整えていると、開いたドアからやっぱりローくんがやってきた。

「ローくん、こっち煙たいよ」
「知ってる」
 
おれがいる柵の方まで歩いてきたローくんは風上に立つ。灰皿代わりにしてた空き缶へ、おれはまだ少し長い煙草を放り込んだ。

「どうかした?」
「……おまえにやる」
「え? なに?」
 
ポケットから綺麗な小箱を取り出して手渡してくるので、おれは慌てて受け取る。

「や、……え? 開けていいの」
「ああ」
「わー……なんだろ。嬉し……ん?」
 
別に今日はおれの誕生日でもなんでもないのに。
そう思いながらもシックなリボンを取り去って、丁寧に包装紙を剥いでいく。片手に収まるくらいのサイズだけど、箱に入ってるなにかは硬そうだ。

「…………へ」
 
いかにも上等なものですよといった佇まいで、小箱の中身は鎮座していた。
銀装飾の施されたうつくしいライターだ。品のいいシェルモチーフには黄色い石が収まっている。いわゆるイエローダイヤモンドと呼ばれるもので、おれは落としてしまわないように両手でそっとライターを覆った。

「け」
「け?」
「結構……しただろ」
「そこかよ」
 
喉の奥でくつくつ笑いを始めるローくんとは違って、おれは混乱の真っ只中だ。

「な、なんで……? え? な……だってローくん、煙草……控えろって」
「そうだな」
「待って、訳わかんない。どうして? え、嬉しい。ありがとう……綺麗……」
「忙しいやつ」
「わ!」
 
伸びてきたローくんの手に引き寄せられ、おれの身体はあれよあれよとローくんの腕の中。

「吸うときに」
「は、はい」
「もうそれ以外で火をつけるな」
「はい……え? え?」
「吸うたびにおれを思い出せばいい」
「な、何言って」
「火をつけるたび、煙草を控えろと言ったおれのことを思い出せ」
 
な、なんだそりゃ。なんだそれ!
そんな風に言われたらもう本格的に禁煙に向かって減煙するしかなくなっちゃうだろ。

「禁煙のためにこんないいライター贈るなんて……ローくんほんと極端」
「不満か?」
「ごめん。すっごく嬉しい。ありがと」
「……おまえには長生きしてもらわねェとな」
 
コラソンのことも言い含めたつもりでいるのかもしれない。そんなことが分かってしまうくらいにはローくんの表情もそれなりに読める。

「……ん」
「失くすなよ」
「失くさない……嬉しい。毎日眺めちゃうよ」
 
かくしておれは、とびきり大事な宝物を手に入れてしまった。それと同時に、一年と少し連れ添った煙くんとも少しずつ離れなければならなくなってしまう。だけどそれは他でもないローくんのお願い事なんだから、おれは素直に叶えてあげたいのだった。


   ◆


翌日、ポーラータングはシャボンディ諸島近海で浮上する。洗濯物を干している途中から姿の見えなくなったベポくんは、いつの間にか甲板で昼寝を始めてしまっていた。

「ベポくんたら、サボってお昼寝?」
「ん……ニア?」
「あ、起こしちゃった」
「へーき……おひさまポカポカだねえ」
「だねえ」
「ニアも、こっちおいでよお」
「いこうかなあ」
 
呼ばれるがままにベポくんが寝転ぶ左側へ身を滑り込ませる。ベポくんの腕枕がふっかふかで気持ちいい。どうしよう。もう起き上がれない。

「ああ……これ寝ちゃうやつ」
「お洗濯終わったんでしょ?」
「終わったよ。取り込むのは手伝ってよね」
「アイアイ……」
「あのねベポくん、きのうろーくんがねえ」
「うーん? うんうん……おいしそお」
「だよねえ……」
 
お互いの言葉の終わりがふにゃふにゃしてきて、もうベポくんがなにを言ってるのかも定かじゃない。おれもてきとうな返事をしているうちに、あっという間に夢の中だった。


   ◆


「取るべきイスは……必ず奪う!」
「「「船長〜!♡」」」
「っわァ! なに? びっくりした!」
 
突然の大声に驚いて飛び起きる。うっかり柵の向こうへ落ちるかと思った。

「あれ、なに? なんの集会?」
「ニアおまえそんなトコ居たのかよ」
「おはよシャチくん……あー、ちょっとローくん! おれのバディをソファにしないでよ〜!」
「あ?」
 
おれとは反対側……というか、ベポくんのお腹を思いっきり背凭れにしてるローくんは、なにやら上機嫌らしかった。

「ニア、この船、新世界にはまだ入らねえんだってさ!」
「あ、うん。こないだ聞いたよ」
「さっきの船長超カッコよかったんだぜ!」
「ゴチャゴチャ言ってねェで」
「黙っておれに従え……」
 
クルーくんたちは心底惚れた男のモノマネを何度も披露してみせてくれる。その間ローくんは呆れたような面持ちだったけど、気分は悪くなさそうだった。

「はは、楽しそうでなによりだ」
「おいニア」
「はいはい、ローくん」
「おれは計画を変えるつもりはねェ」
「……うん。おれも気持ちは変わらないよ。ローくんにちゃんと着いてく」
 
するとローくんはベポくん越しに手を伸ばして、おれの頭をぽんと叩く。

「それでいい」