13

面白おかしく暮らす海賊生活は、毎日が楽しくて一日が過ぎるのはあっという間だ。気のいいクルーくんたちが巻き起こす騒動はいつもおれを笑わせてくれたし、ひっそり楽しそうにしているローくんを見るのも好きだった。
 
こんな日がいつまでもいつまでも、続いていけばよかったのに。
おれがローくんの船に乗って、はや一年としばらくが経つ。その間ドフィとの接触は一切なかった。回収されたおれの電伝虫にも連絡もないようだし、誰かが迎えにくることもない。なのでおれはすっかり安心しきっていたのかもしれない。
 
あの日この船に乗っていたはずの麦わらくん率いる海賊団も今やそのなりを潜めているので、いつかまた会いたいなあとぼんやり考えた日の夜だった。
船内を歩いていると、ローくんに呼び止められる。

「ちょっとこい」
「あ、七武海さまだ」
「黙ってついてこい」
「はあーい」
 
ローくんは、ただひたすら自分の目的のために手段を選ばず邁進していた。七武海の称号を手入れるために労力を惜しまず、果ては海軍へ海賊の心臓を百個持ち込んでその称号を手にしてしまっている。
 
呼ばれるがままに連れ立って歩き、予想通り船長室へたどり着いた。
 
この一年間、ローくんの生活は不規則だ。島に降りたら随分長く帰ってこなかったり、かと思えば部屋にこもって一日を過ごしたり。島の滞在にはおれも付いて行くこともあったので、ローくんがなにをしているのかくらいは知っていた。
いつかにローくんが言った通りに行動しているだけだった。

ドフィの足元を崩す気でいる。ここしばらくの生活はその為の準備を進めている。七武海の一員となったことで、行動に移すまでの準備も終盤だろう。ローくんはクルーくんたちの手も借りず、ひとりであれこれ調べまわっていた。
 
ローくんは、おれにドンキホーテのことを問うてこなかった。 
聞かれたことと言えば、ドレスローザの簡単な地形や、周辺に位置する島のことくらい。まるで、わざわざお前から教わることなんて無いと言われているようだが、実は違う。

あくまでローくんは自分の足や手で、ドンキホーテへ通じる糸口を探しているに過ぎない。だからおれはずっと、じっと耐えてきた。手伝いたい気持ちを、ぐっと抑えて。ローくんの好きそうな医学書を買いためて置いたり、夜はコーヒーを淹れてみたり。
 
ことを成さんとする男の覚悟をそこに見た気がする。事実、ローくんはおれも曖昧な知識しか持っていなかった「ジョーカー」の件にも目をつけていたし、ドフィとの太いパイプを持っているカイドウのことまで突き止めていく。
 
何故おれがローくんの集めた情報を知っているかと言うと、おれが情報の確認係りだったからだ。簡単に言えば、ローくんが「こういう情報を元にこういう仮説を立てて、こう推理した」と言ってきたときに、正しいとか間違ってるとか、そういう役割を担っていた。ローくんはおれに多くを語らせず、緻密に計画を立てている。
だから今回も集めた情報の確認のために呼ばれたのだと思っていた。

「パンクハザードに乗り込む……? ひとりで?」
「ああ」
「……待って、整理したい」
「やつとカイドウをぶつける算段がついた」
「うん、うん、分かっ……ひとつずつ教えて」
 
ローくんの覚悟は本物なのだと、この一年を通して改めて感じる。本気で、これまでのドフィが築き上げてきたものを全て壊してしまうつもりでいるようだ。
おれにももう迷いはない。ローくんがそうしたいのならおれは従う。ドフィのことは好きだけど、ボスのローくんがそう決めたなら。おれも心に決めたひとりのために生きるべきだ。
 
ローくんの願いが叶うこと。それが長年抱え続けたおれの願いだから。

「……ほんとにローくんはおれの知らないことまで調べちゃうんだからなあ」
 
カイドウとの取引に使われているのはSMILEと呼ばれるものであり、その研究と原材料の製造を行っている工場がパンクハザードにあるのだという。その所在までは分からないが、SMILEを造り出す工場はドレスローザにあるらしいのでローくんは最終目的地をドレスローザへ定めた。とローくんは話して聞かせてくれる。

「聞き覚えはあるか」
「それが全く。おれ、ドフィのことはまだしもドレスローザのことならだいたい分かってるつもりなんだけど……ごめんね」
「いや、構わねェ。製造工場は破壊できりゃ万々歳だが、そこを考えるのにはまだ早いからな。まずはパンクハザードのSADをどうするか」
「…………おれは色々知ってるつもりだったけど、ドフィのことなーんにも知らないんだね」
 
あんなに一緒にいて、ずっと可愛がってもらってたのに。思えば、意図してドフィはおれに話さなかったのかもしれない。おれが出来ることには限りがあるし、そのSMILEってやつを任せることも、SADに関わることも無いと思っていたんだろう。
 
ただそばにいて、それだけだったから。

ドフィのことなら分かるなんてとんだ思い上がりだった。ローくんがドフィの悪業を次々暴いてゆくたびに、おれは少しずつドフィから遠ざかっていく思いだ。いや、初めから近くなんてなかったのかもしれない。
 
全くお笑い種だ。これじゃあほんとにペットみたいなもので、おれの暇つぶしのためにドレスローザ内地での仕事をすこし任せられていた程度に過ぎない。

「なにしょげてんだ。問題あるのか?」
「……ない。ないかな」
「当たり前だ。いいか。お前は、おれのだ」
 
確認するみたくローくんはゆっくり喋るので、おれは赦されたような気分になる。

「おれはドフラミンゴを止める。結果あいつがカイドウに消されても異論はねェな?」
「……うん。ローくんの望むままに」
 
それが今のおれの幸せだ。彼が彼の目的を果たして、本当の自由を手に入れること。ローくんがドフィを踏み越えて進むなら、おれだってそうしなくちゃならないし、ついていきたい。

「おれ、ローくんのためならなんだって、」

できるよ。そう言おうとしたときだった。
回収されてから随分と長い間沈黙を保っていたおれの電伝虫が、ローくんのデスクの引き出しの中から確かに鳴った。

おれもローくんも息を飲んだ。そもそも、いつ鳴り出したとしてもおかしくなかったのに今まで鳴らなかったほうがよっぽどおかしい。ドフィが放っておいてくれたこの一年間と少しの期間は、言葉通りの放し飼いだと思う。生かさず殺さずとはこのことだ。

「…………どうする?」
「どうしたいんだ」
「取らなかったときの方が怖いと、おれは思うね」
 
ドフィから連絡がないのをいいことに、おれはすっかり忘れたふりをしていた。そのツケがまわってきただけ。ドフィという男は辛抱強いひとだけど、家族と認識している人間がいつまで経っても連絡を寄越さないっていうのも不自然だろうし。おれたちが顔を見合わせている間にも、早く出ろと言わんばかりに電伝虫は鳴り続けている。

「……出るよ。怒らせて乗り込んでこられちゃそっちのが厄介だ」
 
しばらく思案していたローくんも、自分が標的に定めた相手のことも気になるんだろうな。しぶしぶながらも了承し、引き出しを開けて電伝虫を持ってきてくれた。
一呼吸置いて、おれは受話器を取る。

『…………』
 
向こうは無言だった。
恐らくこちらの様子を伺っているのだろうと判じて、おれはいつもの調子で彼を呼ぶ。

「ドフィ」
『ニアか』
「うん。おれだよ」
 
囁くような声で返事をした。

「いま、隠れて話してる。ずっと連絡できなくてごめん。なにか急用?」
 
暗に今ひとりで居ますよ、と伝えれば向こう側の空気が仄かに和んだ気がする。

『……どうしてるかと思ってな』
「はは、ドフィらしくない。皆居るんだから、おれがいなくても寂しくないでしょ」
 
久しぶりに聴いたドフィの声。反射的に震えそうになる口元をどうしても引き締めていたくて、隣で黙って座っているローくんの手をぎゅっと握った。

『寂しくて死んじまいそうだ』
「そ? おれは楽しくやってるよ。昨日なんてね、」
『ニア』
「……なあに。ドフィ」
 
温度の感じられない声音で、ドフィがおれの名前を呼ぶ。張り詰めた空気に気圧されるも、おれは平気なふりをして言葉の先を促した。ああ、でもこれはきっと恐らく。

『話の続きは、おれの部屋で聞かせろ』
「…………ドフィ」
 
タイムリミットを報せるドフィの命令だった。ドレスローザへ帰還し、ゆっくり話して聞かせろと言う。おれはローくんの顔すら見ていられない。床へ視線をやって、ちいさく笑った。

「おれ、仮にも今ハートのクルーなんだよ」
『ああ。だがそりゃ仮だろう』
「里帰りしますね、なんて通らないよ」
『フッフッフッ……おまえが通せないハナシがあるか?』
 
おれはお前の話術を高く買ってるんだと、まるでおれを試すような語調で続ける。ほとんど回らなくなりそうな頭を必死で働かし、おれは上手く切り抜ける筋道を立てようとした。
でもどの言い訳もどの嘘も駄目だ。いくらお話するのが好きだからと言ったって、直接話を続けているドフィを欺くのなんてほぼ不可能。八方塞がりおれは思わず唸りそうになった。

「……どうしても?」
『あァ、どうしてもさ』
「それは……おれがローくんを連れて戻れそうにないから?」
『いいや? おれはお前を信じてるよ、ニア』
 
締め付けられる胸が、ぎりぎり痛む。ここでもうドフィのところには帰らないと言ってしまえたらどんなにいいか。でもそんなことしてしまっては、3日も経たない内にポーラータングの所在はドフィに割れてしまって、クルーくんやローくんを危険に晒すことになる。

「…………里帰り、ね」
 
すると握ったままのローくんの手が、おれの手を握りこんだ。
話に乗るな、と言いたげな眼差し。でもそんな視線の奥に焦りが見える。そうだよね。これはきっと逃れることは難しい。これまで一度も連絡をしていないし、一度もドレスローザへ帰っていない。ドフィがおれに不信感を抱くのには十分だ。

「…………明日の朝、発つよ」
 
ローくんがおれの手を強く握る。

『フッフッフッ……そうかそうか。こんなに嬉しいことはねェ。迎えを寄こそうか?』
「やだな、ドフィ。ひとりで帰れる。お土産はなにがいい?」
『そうだな……、そっちのクルーの首をひとつでも持って帰ってきて貰おうか』
 
笑いながらなんてことを。冗談でも冗談に聞こえない。

「だめだよ。そんなことしちゃ余計帰れなくなる」
『なら、お前の土産話を楽しみにしてるさ』
「……ん。美味しいワインでも買って戻る。また連絡するね」
『分かった。気をつけて帰ってこい』
「ドフィ。おれもう子どもじゃないよ」
 
それじゃあまたね。の言葉で切られた通話。通話時間は五分もなかっただろうが、どっと疲れた。冷や汗が止まらない。ドフィのことはちゃんと好きだけど、同じくらいだけ恐ろしい。

「…………ニア」
「ってわけだよ、ローくん。里帰りしてくる」
「誰が許すと言った」
「SMILE工場の場所、知りたいんでしょ?」
 
ローくんはきゅっと口を結んだ。

「おれ、向こうで調べてみるから」
「……ニア」
「大丈夫。きっと役に立てるよ。こっそり連絡だってする」
「だが」
「選んで、ローくん。ローくんの果たす目的にとって、なにが大事なのか。なにを使えるのか」
 
だってローくんあの日おれに言った。お前をおれのために使うって。

「心配?」
「当たり前だ。馬鹿野郎」
「……嬉しい。ローくんに心配してもらえるなんて……ずっと追いかけてきてよかった」
 
電伝虫を抱え、おれは握られたままだったローくんの手をやさしくほどいた。

「大丈夫」
「なにを根拠に」
「ドフィにはおれを拘束して酷いことする理由もないし。小さい頃からずっと一緒に居たんだよ。そりゃあ……ちょっとは怒られるかもしれないけど殺、」
「殺されやしねえ。か?」
 
離れていくおれの手を、ローくんは掴む。

「おれにそう言って……殺されたひとを知ってる」
 
悲しげな声がしっとりと響いた。

「…………そう」
「あいつが追ってきたって構わねェ。お前はおれと居るべきだ」
「……逃げたって無駄なこと、ローくんは判ってるくせに。おれはローくんにチャンスを逃してほしくない。ローくんの願いが叶うことが、おれの幸せだよ」
 
だから安心してね、とローくんに微笑みかける。

「殺されやしない」
「……ニア」
「証明してあげる」
 
ローくんだってなにをどうするのが一番いいのか判ってるのに、おれを行かせたくないって言う。その矛盾が、おれを想ってくれていることの裏付けのようでなんだかくすぐったい。

「案外すぐ解放してくれるかもしれないしね。みんなには上手く言っておいて。おれは荷造りしてくるから」
「…………」
「解放してもらえる前に、いつか迎えにきてくれたら嬉しい」
 
きっとローくんの計画は上手くいく。おれはそう信じてる。

「決意した時の覚悟を思い出して」
「…………勝手に死ぬのは許さねェ」
「うん」
「必ず戻れ」
「うん」
「お前は、おれのもんだ」
 
ローくんはきっと知らない。おれがその言葉を貰うのがどんなに嬉しいことなのか。

「ありがと。おれはローくんのニアだよ」
 
彼の案ずるような眼差しに、やがてあかく揺らめく瞬きを見る。
ドレスローザへ戻ると決めたおれの覚悟を後押ししてくれるローくんの淡い色をした瞳は、それからもう不安げに揺れることはなかった。



自室に戻ると、ベポくんの姿は無かった。丁度いい。見つかるとややこしいことになるので、さっさと荷造りをすることにする。とは言っても自分の持ち物なんてのはそう多くなかった。服はドレスローザでまた買えばいいから、三日ぶんもあれば足りるだろう。あとは洗濯しつつ着回せばいい。下着と、タオルと歯ブラシ。お気に入りの靴を二足。暇つぶしの文庫本。
 
この船に乗ったときに、シャボンディのホテルから持ち出した量と比べて随分と少ないように思う。ここへ帰る願掛けのためにも、細々したものは置いていこう。
 
ポケットの中にはローくんがくれたライターがある。これがあればおれはきっと大丈夫。だからベポくんとお揃いで買ったサングラスも、シャチくんと選んだ派手なピアスも、ペンギンくんの薦めで買ったサンダルも全部ここへ置いていこう。
 
思い出の詰まった物たちを眺めて、おれはぼんやり「出て行きたくないなあ」と呟いた。
この船に乗ることはおれの悲願だった。ここで寝起きしている間は、いろんな葛藤を忘れられた気がする。おれにとって本当に居心地のいい船だから、きっとまたおれはここへ。

「…………帰って、こなくちゃ」

まだみんなと話してないことだってある。みんなとしたいことだってある。また誰かの誕生日をみんなで祝って一晩中騒ぎたい。
ふらふらしてるおれに、みんなよくしてくれた。後ろぐらいことを忘れさせてくれるみんなと、ちゃんと真正面から向き合えるように、おれは過去を清算しに行かなくちゃならない。
 
おれはもうドフィのそばから離れるよって。これからはずっとローくんと一緒に居たいんだよって。素直にドフィに言ったら、どんな顔をするんだろう。
あのひとのことを傷つけたいわけでもないし、さびしい思いをさせたいわけでもない。けど。

「大事なものには順番がある」
 
もう何度となく反芻した言葉は容赦なくおれを追い詰めていく。ドフィの手を取らないで、ローくんのそばにいることを選びたい。
どうか穏便に、ドフィには許してほしい。おれにも大事な居場所ができたんだよって心から伝えてみたら、なにか変わるかもしれない。
…………そんなうまい話、あるわけないか。

「あれ? ニアなにしてるの? そろそろご飯だよ」
「……っあ、ベポくん。呼びに来てくれたの? ありがと」

突然声を掛けられて、おれはとっさにベッドの向こう側へリュックサックを隠した。

「今日のご飯はなんだろなあ」
「カレーの予定だったんだけど、すこし前にキャプテンがシチューにしろって言ってきたんだ」
「……シチュー? はは、おれシチュー大好き」
「にんじん、星型にしてた」
「誰が」
「キャプテン」
「うそでしょ。なんで早く呼んでくれなかったの? みたかった」
「ニアには言うなってね、キャプテン言ってたんだけど」
 
ドアまで駆け寄れば、ベポくんはそれはそれは愉快そうに笑う。

「おれとニアは同室のよしみでしょ。内緒はナシ」
「…………ふは、サンキュー。にんじんいっぱい食べよ。おれシチューのにんじん好き」
「ニアはさ」
「うん?」
 
並んで廊下を渡っていると、突然ベポくんがおれの体を抱き上げてきた。軽々しく持ち上げられて、その浮遊感に一瞬目が回る。

「わ! なになに!」
「……キャプテンのこと好き?」
「え。なに? 好きだよ。ベポくんも好きでしょ」
「うん……それはそうなんだけど」
 
言葉を濁しながらベポくんはおれをダイニングの方へ運んでいく。楽ちん楽ちん。

「もちろんキャプテンもさ、おれらのこと好きなんだよ」
「言わないだけでね。そりゃ当然だ。ローくんにとってクルーはみんな可愛いよ」
「だけどきっと、ニアは特別なんだね」
「特別?」
「キャプテン、あんな目でおれらのこと見ないから」
 
ベポくんの言ってる意味もほとんど分からないまま、ダイニングへたどり着いてしまった。あんな目ってどんな目だ。それなりにローくんのいろんな表情は見てきたつもりだけど、おれにはベポくんが言うのがどの顔のどの目のことか見当もつかない。

「だからニアはもっとキャプテンに素直になっていいと、おれは思うんだよね」
「素直……ってどんな」
「それはおれから聞いちゃダメだ」
「ベポくん、たまに年上みたいなこと言うもん」
 
シチューのお皿がたくさん並んだ長テーブルの前で、ベポくんはおれを下ろしてくれる。ふたりで腰を下ろしてからいただきますと手を合わせた。

「……あれ? ローくん居ないね」
「部屋で食べるんだってさ。今日も夜更かしするのかなあ、キャプテン。ちょっと心配だ」
「ここ最近缶詰多いよなあ。あとで飲み物とデザート持ってってみるよ」
「ちゃんと寝てねってニアからも言ってあげて」
 
ベポくんはスプーンで野菜を掬って口に運ぶ。おれは真っ先に星型のにんじんをみつけ、それをなんとなくつんつん突いて一呼吸置いた。

「うん。ちゃんと言っとく」
 ああ、今夜がこの船で過ごす最後の夜になりませんように。



食事と後片付けを済ませたおれは、冷蔵庫からりんごを取り出した。ローくんはあんまり食べないかなあ、なんて考えながらフォークをふたつ。船長室のドアをノックして返事を待った。

「ローくん、おれだよ」
「……入れ」
 
デスクの隅っこにはシチューが入っていたお皿が除けられている。おれはローくんの居るそのデスクまで歩きつつ、デザートですよと間延びした口調で声を掛けた。

「シチュー美味しかったね」
「…………ああ」
「お星様のニンジンも可愛かったなあ」
「……」
「りんご剥いたげるね」
 
椅子に腰掛けるローくんの隣で、おれはりんごを持って自分のナイフを取り出す。ナイフの扱いには慣れているので、りんごの皮をスルスル剥いて見せた。

「上手いもんだな。コックか?」
「コックかもね」
「……明日の夜も」
「うん」
「なんでもねェ」
「…………うさぎに切る?」
「好きにしろ。食えば同じだ」
「確かにねえ」
 
と、返してしまうのでおれはたぶんコックには向いてないだろうなと笑う。りんごはもちろんうさぎに切ってみた。

「食べさせたげよっか」
「要らねェよ」
 
はい、どーぞ。口元まで運んでみると、ローくんはしぶしぶ口を開けてくれる。

「明日着く島からドレスローザ近くまでの船が出てるみたいで。とりあえず、そこ経由で戻るつもりでいるよ」
「……そうか」
 
しゃくしゃくとりんごを咀嚼して、ローくんは静かに返事をした。

「出来る限り、朝と夜に連絡する」
「ああ」
「連絡来なくても心配しないで。連れ回されてるだけだろうから」
 
椅子を軋ませて、ローくんは背凭れに身を預ける。視線をあげたローくんと目が合った。

「なーに?」
「余計なことを言うつもりはねェが」
「うん」
「お前の帰る家はここだ」
「……うん」
「間違えるな。なにも」
 
ある種の誘惑を滲ませるローくんの瞳が、自然とおれを引き寄せる。返事の代わりにその頬へ唇を落とすと、ローくんはすこし機嫌が良さそうに笑った。

「おれにはローくんだけだよ」
 
伸びてくるローくんの手を取って、温もりを確かめる。

「なんて言えば伝わるのか分からないけど」
 
心配しないでなんて言ったところで、彼の心配が拭えるわけでもない。無事に戻れる保証もないのに必ず戻るよなんてよく言えたものだ。不安と動揺が混ぜこぜになる。
あのドフィが、放し飼いにしていたおれをわざわざ呼びつけるだなんて何か理由があるはずだった。見当もつかないけど。でも、ローくんのために働ける絶好のチャンスにも変わりない。これはきっとおれにしか出来ないことだから。

「……おれ、あの……」
 
おれの揺らぐ視線を捕まえたローくんは、空いた手を滑らせておれの腰を抱いてくる。

「続けろ」
「……えっと、好きです。心から。だから……だから、ローくんも……おれのこと、好きって言っ……お、わ!」
 
その瞬間、身体が宙に浮いた。

「あのね! なんでベポくんもローくんもおれのことひょいひょい持つんだよ! おれべつに小さい子じゃないからね」
「……おれと比べりゃ小さい」
「ほぼ二メートルと比べないでよ……おれだってそれなりにある方なの、に……」
 
不服そうに舌打ちをしたローくんによって、おれの身体は運ばれてしまう。

「なんでベッド」
「……しねェつもりだった」
「そうなの?」
「おまえが悪い」
「怒っ……」
 
おれをベッドに縫い付けるローくんは怒ってるわけじゃなかった。ただ微かに色づく頬と仄かに浅い呼吸が興奮を伝えてくる。

「思い出づくりなんて、してやるつもりは無かった」
「……だからちゃんと帰ってくるって、」
 
行くな、と聞こえてくるようだった。ローくんはおれの胸へ顔を埋めて深く息を吐く。
言葉にすれば弱くなることを、この人はよくよく知っている。

「思い出づくりって言いかた、かわいいね」
「馬鹿にしてんのか」
「してないよ。思い出とかいいからさ、いつもの通りにして」
 
ジャケットを脱いで、カットソーからも袖を抜いた。

「しないつもりだったなんて寂しいこと言うんだもん。おれはお誘いにきたつもりだったのに」
「…………ああ、そうかよ」
 
それじゃあ遠慮は要らないなとばかりに、ローくんは意地悪な笑みを浮かべる。

「気を遣ってやったんだろ」
「慣れないことしないで。おれ女の子じゃないよ」
 
反論とともに少し上体を起こすと、ローくんはすぐさまおれの身体をシーツに押し付けた。

「オンナ扱いされるんだろうが。今から」
「……はは。ほんとたまんない。そういうとこ」
 
うるさいとばかりに乱暴な口づけでおれは口を塞がれてしまう。せめてものお返しに、ローくんの下唇を甘噛みしてやるのだった。
おれの脚の間に身体を割り込ませたローくんは、おれを食べてしまうのかと思うくらいに何度も噛み付くようにキスをしてくる。口の中を這い回る舌を捕まえて、軽く吸い付いてみた。

「ふあ……っ、あ……ん、んン」
「やらしい声」
「誰のせいだと思っ……ん!」
 
解放されたかと思えばお腹の上を滑るローくんの指が腹筋に沿って胸まで登ってくる。

「ここ」
「……っ、なに」
「食ってやろうか」
 
人の悪い笑みを浮かべるローくんに、おれは逆らうことなんてできなかった。視線を逸らしたくて顔を横に向ける。

「…………たべて」
「ん」
「ッ、ん……う、あっ」
 
熱いローくんの舌がおれの胸のさきの、弱いところを擽るみたいにして撫でてきた。それだけでおれはもう堪らなくて、背を反らせてしまう。

「ひぁ……ッふ、んん……っ、やっ」
 
虐められるみたいに歯でやさしく噛まれたり、口の中で転がされたり、潰されたり。あのローくんがおれの身体の一部を口の中に入れて遊んでるんだなと思うだけでクラクラする。

「はっ、あ……あ、んッ、あっ、……ん、ぐっ、ふ」

なんとかして快楽を逃がそうと目を瞑っていると、突然口の中にローくんの指が割り入ってきた。そのまま顎を取られて無理矢理ローくんの方を向かされる。今日はちょっと荒っぽいなあ。そんなところもいいんだけど。

「ン、ふ……ふあ、あ」
 
舌を摘まれて擦られる。その間にもおれの胸を離してくれないので、おれはもういったいどこが気持ちいいのかすらも分からないくらいだった。
ローくんの長い二本の指に必死に唾液を絡めて吸い上げる。品のない湿った音が鳴っても気にしていられなかった。がぷがぷ噛んでみれば指に舌が挟まれる。

「ふあ、あっ……う、あご、辛いぃ……」
 
すると舌を引っ張り出されるので、おれはたぶん間抜けな顔をしてるんだろうと思った。

「うるせえ」
「う……なに、ッ……ふ、ンンぁっ」
 
ほんとに顎がしんどかったの、と顔を胸から離してこっちをみたローくんに訴えれば引きずり出された舌に重なるようにローくんの舌が這ってくる。
今日はほんとに何回も何回もちゅーしてくれるんだな。気持ちいいなあ。幸せだ。 おれも夢中になって応えていれば、下着まで全部取り去られる。脚の付け根を擽る湿ったローくんの指がするりとおれのおしりのほうにまわってきた。

「っ……ぷ、ぁ……ろーくん」
「なんだ」
「おれも……ローくんの、したい」
 
するとローくんはおれの上から身体をどかしてくれるので、赦してくれたってことなんだろう。腰を下ろしたローくんの前に身を寄せて、ローくんの履いてるジーンズのチャックを下ろす。身を屈めてローくんのを下着から顔を出させてあげてると、やっぱりおしりを撫でられた。

「……できなくなっちゃうじゃん」
「できるだろ」
「むちゃくちゃ言うもん、ね」

ローくんのをぐにぐに押したらちょっと怒られたので軽く笑ってからそれを口に含む。ぷっくりした先っぽのほうを舌で擦ってみたら、鼻にかかった声がするので気分がいい。

「ん……んー……っふふ」
「なにがおかしい」
「あんでもな……、ッん゙……っ」
 
それまで入り口をやんわり撫でていたローくんの指が中に入ってくる。内側を撫でながらゆっくり奥の方へと進んでくるので、おれはもうご奉仕どころじゃない。思わずローくんのを口から出してしまう。

「……もう終わりか?」
「っ言った……んァッ、あ、いれられちゃうと……だめ、なんっ……ふ、あ……きもちー……」
 
中から拡げられるみたく押されてしまうとおれはもうなんにも出来なくなる。ローくんのを入れてもらう準備をしてくれてるんだと思えば思うほど目が回りそうなくらいドキドキした。

「したいと言ったのはお前だろうが」
「んっ……ン、んあ……ん?」
「ん? じゃねェよ」
 
ローくんのを力なく握ったままそこへ頬を寄せて後ろの刺激に集中してたもんだから、おれは一瞬反応が遅れてしまう。苦しいと思ったときには、おれはローくんに頭を掴まれてしまって再びローくんのを咥えさせられていた。

「ん゙ッ……っんん、ぐっ……ふ、ぅ、っ」
「ッ……止めるとコッチも辞めちまうからな」
「ンンっ、ゔ、っは……ふぁ、あっ」
 
普段よりもやっぱり意地悪だ。
おれは突然の苦しさに涙ぐみつつ、熱いローくんのを舌で柔く包む。軽く吸ってみると、とくとく脈打った。喉の奥まで迎え入れればいっそう質量が増した気がする。

「んっ、ん゙んっ……ぷ、ぁッ」
 
徐々にローくんの息があがってくのがなんとなくわかった。それでもやっぱりローくんはおれの後ろをいじるの辞めてくれないから、どうしたって頭が真っ白になりそうになる。きもちいい。けど、ローくんにももっともっと気持ちよくなってもらいたい。

「ふっ……ン、ンっ、んぅっ」

喉の奥にローくんのが当たる。喉を締めれば応えるように、ひくっと跳ねた。おれはそれが嬉しくって、なんとか咥えたまま上下に動いてみる。ゆっくりな動きだからあんまりヨくないかもしれないけど。何度も繰り返して、たまに吸って。
 
腰を上にあげてるから、それを支えてる脚だって今にも力が抜けそうだ。
 
ローくん、ちょっとは気持ちいいかな。どうかな。口でするのなんて滅多にないからすこし不安だけど。ちらっと上を向いて、ローくんの顔を盗み見る。

「っ……ふぅ、……」
「ん、っぁ、う、んッ」
「……あ?」
 
なんて、なんて顔してるんだ。
ローくんは顔を真っ赤にして、堪えるように歯を食いしばってる。熱く息を吐き出すたびに、ローくんのが口の中で跳ねた。それがどうしようもなく嬉しくて、たまらなくて、なんだかおれまで気持ちよくなっちゃって―目が、合ってしまった。

「あんま、見るな」
「っぐ……う、んんッ、ん!」
 
空いた手で顔を押さえつけられた拍子に、ローくんのを奥まで押し込まれる。もうこれ以上ないくらい膨らんだローくんのを口から離して、付け根のほうを握ってゆるく擦った。再びおれは視線をあげてローくんに微笑みかける。

「……ぁッ、ふ……ローくん」
「っ、なんだ」
「このまま、出しちゃう?」
「……」
「ねえ、らす? れる?」
 
舌を出して、その上にローくんのを乗っけた。そのまんまローくんを見ながら擦り続けて、おれは返事を待つ。やられっぱなしは癪だから。

「……お前は、どうなんだよ」
「おれ?」
「口ン中がいいのか」
「っ、ひ、あっあああッ、あんっ、あっ、ああっ」
「こっちか? あ?」
 
後ろの刺激にもそろそろ慣れてきたところに、ローくんの長い指がおれのいいところを力いっぱい押した。そんなの、そんなのされちゃ……おれもうほんとにだめだよ。

「あっ、あ、あっん、んんッ、ろ、……はっ、あっ待っ、んんっん、あぁあッ」
「選ばせてやるよ」
「ん、っ、あ、あっ、ら、らえ、んっ」
「聞こえねェ」
 
ああ、だめだ。だめだめ。こんなのだめだよ。すきってなっちゃう。こんな、こんなローくん、かっこいいの見せられたら、ほんとに女の子んなっちゃうから、やだ、だめ。だめなのに。

「ッ、ごめっ……あっ、なか、なかがっ、……ふあ、あンッ、ああっ、もお……!」
「んー?」
「なかぁっ、中が……く、あっ、なかに、ほしっ、ろー……くん、の……っくち、ヤっ……なかがいい、のっ、なかが……いいッ、れしゅ」
 
選べなんて言われたら、中しか選べないじゃん。なになになんなの。おれもうなんにも考えらんないから、中がいいよおって繰り返すくらいしかできない。ローくんのを擦るのやめて、その先端に甘えるみたくちゅっちゅって口付けるので精一杯だ。

「っく……はは、ッ」
「んっ、んん……ろお、」
「じゃあ自分で入れりゃいい」
「〜ッ、……うん、ん、いれ、る……っ」
 
おしまいに、とローくんはおれの中をぐちゃぐちゃ掻き回してから指を抜いてしまう。
おれはほとんど力の抜け切った身体を起こし、シーツの上を這いながら胡座をかいたローくんの肩に手を置いた。

「ろーくん……」
「なんだ」
「いれたい、ろーくんの……いれてい? ここに……ッ、いれて、ろーくんの出してもら……っ」
 
胡座の上に身を乗せて、自分の後ろの入り口にローくんのをぐちぐちと擦り付ける。おれはローくんのだけど、ローくんのはおれのじゃないかもしれないから、ちゃんと聞かなくちゃ。

「待てねェのか?」
「っ、待てな……今日のろーくん、いじわるでカッコい……むり、だめ、だもん……」
「なんだそりゃ」
 
くつくつ笑ったローくんはおれの腰に手をやって支えてくれた。

「じゃあ待てだ、ニア」
「んっ……んん……はい……ッ」

お預けをくらってしまって、おれはどうしようもなく興奮してしまうからもうだめだと思う。入ってしまわないように、ローくんのをぐいぐい擦り続けるだけ。
そしたらローくんはおれに向かって舌を出した。薄く開いた口が誘うみたく笑っている。
それを見たおれはなんにも考えられなくて、誘われるがままにその口へ噛み付いた。熱い舌がおれの唇を迎えてくれるから、我慢できない気持ちがすこし和らいだ。筈だったのに。

「ふ……、んッ……あっ? ―ッあ゙あああああッ!」
「っく……ッ、待て、つっただろうが」
 
ひとを食ったような笑みで、ローくんは言う。キスの餌に食いついてしまったおれを笑うように、ローくんはおれの腰を掴んでそのまま一気に下に下ろした。ろーくんの、おっきいのがはいってる。そう思ったときには、ぎゅうっと締め付けてしまっていて。

「ッあ、っ、イっ……い、いっ……あっ、あんッ、あ、ンんんっ」
「ああ? もうイったのかよ」
「―ッ、イ、ってな、いっれなっ」
「へえ、嘘までつくのか」
 
ぐりっと奥まで捩じ込まれる。目の前が、まっしろだ。

「いっ、イったあっ……っふあ、あ、がまん、できっ、……くて、イき……ッまひ、た」
「ふうん」
「きもち、のしゅご、なか、あっ、なかぁ……ろーくんの、はいっ……おれ、嬉し……ッん」
「まだまだ……躾が足りねェんだなあ、この犬」
「はッ♡♡♡」
 
ことばぜめだ。すき。すきすき、ろーくん。おれ、ろーくんのことだいすき。きもちいいし、どきどきする。なにされたっていい。もうおれのことすきにしてほしい。すきにされたい。ろーくんのすきにされたい。すき。ろーくんがすき。

「……っ、おれ、もお……ッだめ、らから」
「…………ああ」
「ちゃんと、いいこにして……いいこになりた……ッ、おれのこと、すきになって……」
 
思わずローくんの背中に手を回してしがみつく。腰にはもうすこしも力が入らない。

「おれで、きもちくなって……ほし、ッ」
「それで?」
「……ッ……いっぱい、すきって、ゆって」
「それで?」
「おれのこと……っ、ぐじゃぐじゃにしてほしい……からッ、痛くして、いーよ」
 
今日のローくんはいじわるでカッコよくて、すっごくえっちなのなんなの。もう辛い。ローくんの顔見てるだけでイっちゃいそう。

「いいよ?」
「ッ、ごめ……ん、っふ……あ、ひどくして……ろーくんの……っすきに、されたい……です」
 
ゆるゆる腰を動かして限界を訴えれば、ローくんの優しい口づけが降ってきた。そのまま後ろに身体を倒されて、覆い被さられる。

「……ふ、……加減してやらねェからな」
 
貫くような眼差しがおれから声を奪った。おれは馬鹿みたいに頷くことしかできない。

「返事は」
「〜っは、あッ……してっ、してぇ……された、いっ」
 
屈伏してるなあと思う。この人に逆らう気も起きない。
言うことなんでも聞くって、決めてあるから。

「いい子だ」
 
ローくんに褒めてもらうだけで、おれはこんなにこんなに幸せだ。
額に張り付く前髪が邪魔で、掻き上げる。汗だくになってるのはお互い様だった。ローくんの汗がその顎や髪を伝っておれにぼたぼた落ちてくる。そのくらいローくんがおれに夢中で向き合ってくれてるのが何より嬉しかった。

「っ、はぁッ……はーっ、あ、あ゙ッ」
「……は、ッおいおいヘバんなよ」
「無茶言う……ッく、あ、もお……そこ、だっ……めぇッ」
「ダメなようには見えねェな」
「待っ、……止まっ……は、あっ、あっ、あ、あぁっ、やっ……やだ、いく……イっちゃ」
「好きなだけ……っ、イけよ」
 
こんなときにそんなこと言われたら、おれ何回イけばいいのかわかんない。

「は、……くッ、ん、んんっあ、イっ……イく、あ、や、ッ……あっ、は、ンんんぁっ」
 
言われた途端に中がきゅうってなっちゃって。おれの腰が跳ねるのをローくんは見逃さない。強く掴んだおれの腰を引き寄せて、いちばん深いところを抉ってくるから悪い。

「はっ……はぁーっ……ふ、あ、キツ、い」
「まだまだ」
「……ローくん、うそだろ」
「加減してやるつもりはない」
「お、鬼……わァっ!」
 
達した余韻に浸る暇もなく、おれの身体はローくんと繋がったままぐるっと反転させられる。ローくんはおれの背中を押さえつけながら、腰だけを高く引き上げた。

「……ッ、やだ、このかっこ、や……」
「あ? キツいならこっちのが楽だろ」
「だって……知ってるだろ、おれほんと……後ろから、弱いの…………!」
「ああ。知ってる」
「〜ッの、ばかぁ」
 
恥ずかしいからだとか、顔が見えないからだとか。そういう理由じゃない。おれバックでされるの好きすぎるからダメだって何回もこれまでに言ってきたのに。まあ、辞めてくれたことなんて数えるくらいしかないけど。

「好きにされてェんだろ」
「……ふ、ぅ……うう、意地悪」
「意地悪で結構だ」
「あ、はぁっ……ふあ、あっ……ンンッ」
 
この感覚がダメだ。征服されてる感覚が。支配されてるような心地になる。全部ローくんに委ねてしまいたくなる。まるで物みたく掴まれて、後ろからごりごりに中を潰してもらうのってどうしてこんなにイイのかわからない多分相手がローくんなのが大きいんだろな。
他のひとにされてもこんな風に思ったことなんてないから。

「ぁ……は、ッんっ、ん、あぁっ」
 
抱きかかえた枕に額を押し付けておれはひたすら喘ぐだけだった。膝立ちになったローくんが腰を休めないでおれを使ってくれてるのがたまらない。ローくんの玉のとこが、足の付け根にあたるのすら気持ちいいからどうかしてる。

「ッ、あ、こんな……っ、すぐだめんなる……あぁっ、ん、ん、ッ」
「ふっ、……いい子に、なりてェんだろっ」
「あ、あッ……そ、だけど……ん、ぅ……あ、ろーくん、ちゅーしたい」
「ああ?」
「……ローくん、が……っふあ、イくとき、ちゅーして……ッほし、」
 
がつがつ後ろから貪られながら、なんとか言い終えると再びおれの口からは喘ぎ声しか出てこない。きもちいいとか、すきとか、ローくんとか。声にならない。全部喉の内側から言葉にならないで漏れ出ていく。

「ああっ、ん、あ゙……ッふ、ふあ」
「ニア……ッ、ニア」
「ん、んっ……ろーっ、くん」
 
ぐるぐる目が回る。頭が重たい。好きな人が、おれの名前を何度も呼んでくれる。何度も呼びながら、気持ちいいことたくさんしてくれる。

「……ッ、好きだ」
「ひっ、あ、あ、ッあ゙ん、ンンっ」
 
反則。反則! 訴えようにも言葉にならない。こんなに幸せなことってないかもしれない。嬉しくて嬉しくて、おれは返事も出来ずに自然と溢れてくる涙で枕を濡らし続ける。

「ッ、はっ……出すぞ……顔こっち向けろ」
「ん……んん、あ……ッは、はぁっ」
「……なに泣いてんだ。バーカ」
 
言われた通りにおれは枕から顔を離して横に向ける。おれの背中にローくんの固いお腹がぴったりくっついた。顔を寄せられて泣き顔をまじまじ見られてしまう。それでもローくんの腰は止まらないので、おれには反論の余地もない。

「き、もちぃ……の、ッもお……ばかぁ」
「ああそうかよ……っニア」
「っふあ、あ、なに、あッ」
「……なんでもねェ……ッく、ニア……っふ、ッ」
「んっ……んん、む、っんン……ふぁっ」
 
なにか言いかけて辞めてしまったローくんは、おれの肩を掴んだ。すこし上体が浮き上がる。そしたらずいっとローくんの顔が近づいてきて、おれがお願いした通りちゅーしてくれた。身体が全部熱い。どこもかしこも火照ってやまない。
どくどく吐き出されるローくんのが、おれの中に染み込んでくるのかと錯覚する。引き寄せられた腰が逃げ場もなく、まぬけに跳ねた。

「は、あっ……あ゙、ッん!」
「っ……はァ……ッニア」
 
ぐい、ぐい、とローくんが最後の一滴までおれに叩きつけるみたく腰を押し進めてくるのでおれはその度に背中が弓なりになる。

「ニア……、っ」
「あ゙、あッ……待って、まっ……あ、はっ、はァ、あっ、ん、ンンッ」
「足りねェのか?」
「ちが、ちがっ……あっ、あ゙、とまっ……ぐいぐい、しちゃっ……やァッ」
 
もうローくん出し終わった筈なのに。ずっとずっと固いまま、ぐいぐいしてくる。目の前がチカチカした。前も後ろももうどろどろだ。

「っ、ん、ンン……ッ、はっ」
「あ? どうした。ここか?」
「ひッッ、ん゙……! ま、ッ……も、あ、っ」
「びくびくしてる。またイくのか」
「ちが、あッ、んんッ、イっ、へ……も、ずっと……イって、ッ……イくの、とまんな、いっ」
 
一回出したはずのローくんのまだまだ固いし。ちゅーしてくれるし。大好きなバックだし。意地悪だし、えっちだし。ぐいぐいするし、きもちいとこばっか狙ってしてくるから。

「手、にぎって……おねが、うごかないでぇ……ッ、しんじゃ、ひんじゃ……あっ、あ゙……まら、またい、イ、くッ」
「しょうがねえ奴」
 
全然うまくコントロールできない。初めてローくんに抱かれた日からずっとだけど、今日は全然だめ。きもちいいのしか分からなくなる。好きなだけイっていいよって言われたら、きもちいいの全部拾っちゃうじゃんか。

「ろ、……ろぉ……ッ」
「んー」
 
動かないままで、抜きもしない。手を握ってくれたローくんはほんの少し退屈そうな顔で、だけどどこか愉しそうにおれを見てくる。

「きらいに、なんないで」
 
握られた手に指を絡めると、ローくんはちいさく笑った。

「頼まれたって嫌ってやらねェよ」
「……、すき」
「ああ…………落ち着いたか?」
「ん……んん、死ぬかと思った」
 
肩で息をして、少しずつ呼吸を整える。

「……抜かないの?」
「は?」
「はあ?」
「まだまだこれからだろ」
「……ちょっと休憩」
「したよな。今」
「〜ッ、した! けど!」
 
これ以上されたらほんとにおれ戻ってこれなくなっちゃいそう。イき続けて死ぬとかマジであるの? ってくらいなんだけど。

「しばらくお預け食らうんだ。もう少し付き合え」
「ローくんの少しって少しじゃない」
「……あと三回」
「おれが?」
「おれが」
「…………そお……ッ、あ、ンっ」
 
肩を引かれて、とうとう身体が起き上がる。膝立ちのローくんのお腹に、またおれの背中がくっついた。頭一つと少し。これがおれとローくんの身長差だ。
足の長さも違うから、抜けそうになるローくんのを必死で締め付ける。すると身を屈めたローくんが容赦なくおれの中に押し入ってきた。

「あ゙ッ……ん」
 
首元に埋まるローくんの鼻先がくすぐったい。ぬるりと舐め上げられて声が上擦る。軽く噛まれてそのまま吸い付かれるので、おれはとっさに振り向いた。

「待って、ローくん……ッ、痕」
「……あぁ?」
 
まずった。暗に「ドフィに会うから痕は付けないで」と口走ってしまった馬鹿な数秒前の自分を殴りたい。ずくり、と加減知らずに容赦なく穿たれておれは膝を立てていられなくなる。前へ倒れる身体をローくんが支えてくれたけど、そのままローくんの身体も降りてきた。

「ッ、や……ばっく、やだあ」
「あれも嫌これも嫌は通らねェな」
「だっ……」
「おれを怒らせた自覚があんだろ」
「…………あ、る……」
「さっきの約束はもうナシだ」
「約束……?」
「三回」
 
血の気が引く。

「あした、立てなくなっちゃう」
「明日のことなんて考えるな。今を優先しろ」
「…………分かっ……は、ァッ、はや、いぃ……ッ」
 
これはお仕置きだ。躾だ。ご主人さまのローくんのベッドで、ほかの男の話をしたから。まだまだおれはいい子には程遠い。

「ンッ……ふあ、あっ、あぁっ」
「叱られてンのに……っ随分よさそうだな」
「らって、ローくんの……ッろーくんがぁ」
「ハハ、なに言ってんのか分かんねェよ、ニア」
「んああああッ、あっ、あ゙ぁッ!」
 
いちばんいちばん深いところにローくんのが力任せに入り込んでくる。

「……っ、あ、だめ、ろぉ……ッだめなとこ、そこ、だめなとこぉ……っ」
「安心しろ……、おれは医者だ」
「ばか……ッひ、あ゙、っやら……出、でちゃ……でる、やだあ、やっ……あ゙ッ、ひあああああ」
 
腰をあげてられなくて、膝ががくんと落ちる。ローくんは咄嗟におれの腰を掴んでくれた。そこまでは良かったのに、おれのをやわやわ擦るから、促されるままに精を吐き出してしまう。シーツとローくんの手を汚しちゃったけど、もうそれも今更だった。

「……ンッ、んっ、あ、あ……馬鹿んなる……」
「もう手遅れだろ」
「なっ……あ、あっ♡」
 
息つく暇もなくローくんはおれの腰を揺さぶるので、おれの身体は浅ましく反応する。媚びるようにあがる喘ぎ声もだいぶ掠れてきた。
すると、またも繋がったままローくんはおれの身体をぐるっと反転させる。

「……ッ? まえから、するの」
「横顔は見飽きた」
「……おれの顔飽きたなんて言えるの、ローくんくらいだ」
「…………前から見せろっつってんだよ」
「……は、い」
 
開いてろと言わんばかりにローくんはおれの両膝をぐいっと左右に割る。それからまた何度も繰り返し口づけてくれた。

「ンッ、ふ、ン゙……うぁ……ふ、あ」
 
散漫な動きで両足を持ち上げて、ローくんの腰に巻きつける。すると幾らか気を良くしたらしいローくんは、おれの頭を撫でてくれた。
どうしようもなく満たされる。もっともっと褒めてもらいたくて、力が入らないなりに脚を絡ませてローくんの動きに合わせて自分の方へと引き寄せた。

「……ッ、淫乱」
「だ、れのせい……っ、は、あン」
「おれのせいか?」
「ったりまえ……あっ、あ゙、は」
「そりゃあ気分がいい……」
 
だんだんとローくんが打ち付けてくる速さがはやくなる。イきそうなのかな。おれもおれでとっくのとうに限界だ。これ以上は絶対死んじゃう。

「ッ、ニア」
「ろー、くん……ッふあ、ろー……っ」
「…………好きだ、っ……お前だけだ」
「ひっ……あ、あ゙、あああっ」
「ニア……ニアッ」
「〜っぁ……は、ッッ」
 
もう声も出ない。ぐるぐる喉がなる。ふうふう荒い呼吸の合間に、喘ぎにもならないような音が混ざった。今まで、こんなに幸せなセックスしたことない。いっぱい好きって言ってもらって、ちゅーしてくれて、なんかいも名前を呼んでくれる。

「ろ……ろお、くっ……」
「ニア……」
「ッ、すき……おれも、すき」
 
ローくんに向かって手を伸ばせば、ローくんはそこに頬を乗せてすり寄ってくれた。かわいいなあ。好きだなあ。愛しいなあ。こんなにだいじなひと、他に居ない。

「いっ……いく、やぁっ……い、ぁっ……ろー」
「ッ……ああ、イけよ」
「や、もっと……ッ、もっと、したい、のに……ごめ、ん……んんっ」
 
手からローくんの顔が離れて、その代わりに手を握ってくれた。

「ほんと……ッ、たまらねェよ、お前」
「……ふ、あ? ンッ……あ、いく……いくぅ、やああ……っ」
 
もっとこうしていたいのに。身体が言うこと聞いてくれない。おれの中が、はやくこれにイかされたいって、ぎゅうぎゅうローくんのに甘えて縋ってる。

「……ッおれの、ニア」
「あ、あ゙っろ、ろぉ……く、いくいく、いっ、……ん、い、あ……は、ああ、〜ッッ」
 
背中がしなって、胸が持ち上がった。喉が反って上手く息が出来ない。ローくんがそんなおれを大げさにも大事そうに抱きかかえてくれるものだから、おれはもうなんにも考えられなかった。最後はもう、声にもならない。

「……っ、っ……は、ッ」
「……ニア」
「ろ、……」
「いい。もう寝ろ」
 
抜かないまま入りっぱなしだったローくんのそれがずるりとおれの中から出て行った。

「ふ……ぁ、ろー……くん」
「なんだ」
「また、……ッ切ったげるね。うさぎの、りんご」
 
ふわふわする意識のなかで、なにか言わなくちゃと思って。ろくに脳みそを働かせられなくてそんなことを口にしたように思う。ローくんの返事は覚えてない。おれの意識はそこで途絶えてしまったからだった。


   ◆


身体が軋む。途中で力尽きて寝ちゃうの、なかなか治らないな。体力の差もあるんだろうけど、それにしたって情けない。
最中だってあまりに快楽に流されすぎてる。治したいと思いはするけど、どうすれば気持ちよくなれるのか身体が知ってるもんだから、なかなか改善されるものでもなかった。

目が覚めたのは早朝で、隣にはローくんが居る。眉間にしわを寄せたまんま、寝息を立てていた。その頬を撫でる。こんな、だらしないおれでごめんね。

「…………ニア」
 
寝起き特有の掠れた声が、おれを呼ぶ。

「まだ寝てていいよ」
「……船は」
「もう島につけてあるみたい。停まってる」
「分かった。起きる」
 
と言いつつもローくんはおれの肩に手を回して抱き込んできた。

「……言ってることとやってること違う」
「こうしてねェと、寝てる間に行っちまうだろ」
「しないよ。そんなこと。お昼前まではちゃんとここに居る」
「……そうかよ」
 
おれの首元に顔をうずめるローくんはそのあと何やらもごもご言ったけど、寝言みたいなものだろうと思う。よく聞き取れない。

「ごめんね、寝ちゃって」
「構わねェ。いつものことだ」
「…………そーだね」
 
ポーラータングは海面に出ているようで、窓からは柔らかな日差しがさしている。どこか眩しい光から逃れるように、おれもローくんの腕の中に潜り込んだ。

「ローくん」
「なんだ」
「……ごめんね」
「なにが」
「…………なにがだろ」
「寝ぼけてんのか。もう少し寝てろ」
「ん……んー……そうする」
 
ローくんの腕の中はあったかい。考えたくないことを、その間だけは忘れられる。

「おれはローくんのでいられて、幸せだよ」
「そうかよ」
「照れてる?」
「黙ってろ」
「……わんわん」
 
ローくんの脚に自分の脚を絡めて、おれはまた瞼を閉じた。



シャワーを済ませて、リュックを背負う。ベポくんは海図と睨めっこしながら器用に自分でブラシをかけていた。

「でかけるの? ニア」
「……うん。そう」
「あんまり危ないところに行っちゃダメだよ」
「おれとベポくん同い年じゃん。子ども扱いしないでよお……あ、貸して」
 
おれはベポくんからブラシを取り上げて、ブラッシングを始める。気持ち良さそうに瞳を細めるベポくんは、海図を放り出して鼻歌なんて歌っていた。

「…………みんなには言ってないんだけど……しばらく、帰んない」
「……そうなの? キャプテンは」
「知ってる」
「そっか……なら大丈夫だ」
「ほんと?」
「うん。キャプテンが良いよって言ったなら、良いよ」
 
すこし寂しそうにベポくんは眉を下げるので、おれは慌ててブラシを動かす手を止める。

「おれの問題だから自分でケリつけなきゃで。じゃなきゃおれ、ずっとここに居られない」
「うんうん」
「おれはハートのクルーでいたい……だからケジメを……」
「それ、ちゃんとキャプテンに言った?」
「……必ず戻る約束はした」
「言わなきゃダメだよ、ニア」
 
ベポくんはおおきな前足をおれの頭の上にぽんと乗せた。

「……帰ってきたら、おれたちにもちゃんと話してね」
「いま、聞かないの」
「聞かないよ。ニア、言いたくなさそう」
「……怒らないの?」
「どうして?」
「おれが……元居たところと、フラフラしてるの……みんなだって知ってる筈なのに、なんで」
「怒らないよ。ニアがおれたちのこと大好きなの、おれたちみんな知ってるから」
 
よしよしと撫でられてしまって、鼻の奥が熱くなる。

「……帰ったら話すね」
「うん、待ってるよ」
「みんなのこと大好きだから」
「うんうん」
「…………ローくんのこと、よろしくね」
 
多分まだまだ無茶するだろうから。そう告げるとベポくんは、勿論! と笑ってくれる。

「じゃ、行ってくるね」
「お見送り行く?」
「目立っちゃう……シャチくんとか、ちゃんと説得しないと行かせてくれなさそうだもんな」
「はは、そうだね。じゃあ、行ってらっしゃい。ニア」
「…………行ってきます」


   ◆

辿り着いたのは工業が盛んな島だった。この辺りの海域に点在する島々とも交易があり、島を一つずつ渡っていけばドレスローザの近くまで行くのには苦労しなさそう。
港まで、おれはローくんとふたりで並んで歩いた。

「ローくん」
「なんだ」
「おれ、ハートのクルーで……居たい、よ」
 
ベポくんに言われた通りに伝えてみる。おっかなびっくりローくんの顔を窺うと、ローくんはすこし目を見開いていた。

「ローくんのことも好きだけど、おれ、みんなのことも好きで……もっとみんなと一緒に居たい、から、頑張ってくる」
「ああ……、ニア」
「んー?」
「…………行かなきゃいい」
「……はは、おれも行きたくない」
 
ローくんを見上げて笑えば、ローくんのいつもの悪い笑顔と目が合う。

「うっかり死んだら承知しねェからな」
「船長命令だ。アイアイ、キャプテン」
「何かあったら逃げていい」
「何かあったらね。……電伝虫さ、向こうで誰が聞いてるかわからないから。ローくんはあんまり喋らないって約束して」
「……分かった」
「パンクハザードにもそのうち行くんだろ。出られないときは無理しないでいいから。それと、おれのおはようとおやすみは大好きって意味ね」
 
そしたらローくんはくすくす笑うもんだから、おれはちょっと恥ずかしい。

「ちゃんと連絡するから。向こうに着くまでは何日か掛かるし。小型の電伝虫も新しく用意したよ。これ番号ね。もしもこっちに来るようなことがあったら使って。あと、あと……」
 
何からどう言っておけばいいのか分からなかった。貨物船が出ている港に近づくにつれて、歩幅が狭くなる。ローくんはそれに気づいてるのか、おれと歩調を合わせてくれた。

「遊ぶのは全然気にしないけど、おれの他に好きなやつできちゃヤダ」
「……ハッ」
「なにその笑い方傷つく」
「前の男のところに行くお前が言えた台詞か?」
 
ローくんの指がおれの頬を引っ張る。いだいいだいって騒ぐと、ローくんは笑いながら離してくれた。

「前の男って……そういうのじゃないの! おれはずっとローくんが好きで、ローくんがよくて……ローくんに、会いたくって」
 
港を目の前にしてとうとう足を止めてしまって、おれはローくんの服の裾を引っ掴む。

「これからも、ちゃんと一緒に居られるように……頑張って、くるから」
「……ああ」
「ちゃんと戻ってこれたら、いっぱい褒めて」
 
するとローくんはおれの腕を引いた。止まってしまった足が動く。船着場には大きな貨物船。おれはこれからこの船に乗せてもらって、ひとり旅をすることになっている。

「約束する」
「うん」
「……ひとりで行かせる。許せ」
「許すもなにも、おれが決めたことだよ」
「危険なことはするな」
「……ローくんも、無茶しすぎないでね」
 
船に乗り込もうとした瞬間、肩を掴まれた。ぐいっと引っ張られて、顎を取られる。

「ひ、ひとまえ……なんだけど」
「だから?」
「……これで許して」
 
めいっぱい背伸びをして、おれはローくんの頬にキスを贈った。これなら挨拶の範疇だから。と言い訳しながら微笑む。

「次に会ったら、いちばんにちゅーするから」
「……期待しておく」
「じゃあね、ローくん」
「ああ」
 
ローくんのお願いごと全部叶いますように。彼の目的が滞りなく果たされますように。

「行ってきます」
「行ってこい」
 
送り出してくれる声は、いつもと変わらない。まるでお使いに行く前のときみたいだ。
だからきっと大丈夫。なにがあったとしても、おれはきっとこの人のところに帰ってくる。

「大好きだよ、ローくん」

貨物船に乗り込むと、おれとローくんの間に境界線が引かれたみたいに感じた。寂しくないわけないし、不安じゃないわけない。それは多分お互い様だ。
おれはおれのすべきことを。ローくんはローくんのすべきことをする。
そのための、しばしのお別れ。

「おれもだ」
 
返ってきた小さな声は、おれの耳にしっかり届いた。


   ◆


しばらくの船旅になる。おれは後ろ髪を引かれる思いで船室へと踏み入った。貨物船なので広い客室は用意されていない。無理言って乗せてもらったので、小さな倉庫を借りることになった。狭いところにいると、捕虜の名目でポーラータングに乗ったことを思い出す。思い返せば、随分昔のことのように感じられた。
そのくらいにハートの海賊団で過ごした日々は濃密だったし、おれにとっての宝物だ。

ローくんへの連絡は朝と夜の二回行われる。陽が落ちてきたので、お夕飯を頂いてからおれは電伝虫の受話器を取った。

「今は一人だよ。ベッドあるからのんびりできそう。誰も居ないから、お喋りしても平気だよ」
『……ニアが居ねェと騒ぐんで、あいつらがうるせェ』
 
特にシャチ。とローくんは溜息を吐く。ローくんの顔を思い浮かべながら、この調子だとだいぶ喧しく絡まれたんだろうなあと思った。

「ごめんね。ありがと」
『……別に』
「離れたばっかりなのにもう恋しい」
 
みんなに会いたい。
気を抜くと弱音が漏れてしまいそうだ。

『そうだな』
「……え、意外」
『あ?』
「あんまりそういうこと、言うタイプじゃないだろ」
『…………話は変わるが』
「照れちゃって」
『発つ日を決めたぞ』
 
パンクハザードに向けてのことだろう。おれは自然と背筋を伸ばす。

「いつ?」
『明後日』
「みんなには?」
『……明日話す。お前が動いた以上、こっちものんびりしてられねェからな』
「焦ってない?」
『問題ない』
「そ……。ならいいよ」
『そろそろ切るぞ』
「んん……切りづらい」
 
電伝虫の向こうで、ローくんが小さく笑った。

『また明日だ、ニア』
「……うん。おやすみ、ローくん」
『ああ。おやすみ』
 
静かで低い声がおやすみを告げると電伝虫は瞼を下ろす。
おれのおはようとおやすみは大好きって意味ね、なんて乙女なことを口走ってしまった手前、ローくんもそんなつもりでいたらどうしよう。それってめちゃくちゃロマンチックじゃない? なんて現実逃避もそこそこにしておいて。

おれは次にドレスローザに居るドフィへかけた。数コールあって、受話器を取られる。

「もしもし、ドフィ。おれだよ」
『ああ、声が聞きたかったところだ』
「いま貨物船に乗ってそっちに向かってるところ。近くに着いたらまた連絡するけど、一週間は掛かりそうだよ」
『だから迎えを寄越すと言ったんだがな』
「いいよ。ひとり旅、慣れてるからね」
 
再会する前に戻ったみたいな心地だ。あの頃はまだまだ若かったなあ、と思い耽る。

「あんまり心配しないで。ちゃんと戻るよ」
『当然だ、ニア』
「近くに着いたら拾ってくれる?」
『ああ、勿論。楽しみに待ってる』
「ん。じゃあまたね、ドフィ」
『おやすみ。ニア』
「…………おやすみ」
 
胸が押しつぶされそうだった。
苦しい。

でもこの状況は自業自得だ。おれの身勝手のせいで、こうなった。理解してる。受話器を置いて、おれはベッドに仰向けに寝転がった。
逃げられるものならとうに逃げてる。逃げられないからずっと飼われてきたんじゃないか。

ドフィのこと、嫌っちゃえたらまだ気が楽なのかもしれないけどそれもできない。
おれにとってのドフィは恩人で、親で、兄弟だ。
ローくんがなんと言おうと、おれの人生において欠かせないひと。

そろそろ独り立ちしたいと伝えたら、どうなるんだろう。当然許しちゃくれないんだろうな。とにかくドレスローザに戻って、ドフィの出方を見るしかない。
この貨物船、出来るだけゆっくり進んでくれたらいいのに。そんなことを考えながら、おれはすることもないので電気を消して瞳を閉じた。
ポケットに入れたままのライターを握りしめる。大丈夫。きっと上手くいく。