05

満身創痍のおれたちは、マンシェリーちゃんに手当てを受けた後、ドレスローザの東に位置するカルタの丘へと運ばれた。そこにはキュロスさんの一軒家が建っており、辿り着くなり各々床へ身を放りなげて深く深く眠ってしまう。
ローくんもまた例外ではなく、鬼哭を枕にして寝転がってしまった。

おれはというと、泣きすぎて頭が重たいくらいで特別眠くはなくて。今まで眠りすぎてた反動かもしれなかった。なのでおれは麦わらくんたちに付きっ切りで包帯を変えたり、汗を拭いたり。身の回りの世話をして過ごす。なにかしてなくちゃ余計なことを考えそうだった。

「うちの船長がお世話になりました。ハートの海賊団を代表して、お礼…………申し上げます」

夕食を済ませた後、おれは起きてるみんなへ頭を下げる。元より麦わらの一味は巻き込まれたに過ぎなかったからだ。おれとローくんの過去を清算するこの戦いに。

「ふふ、よして。それよりあなた大丈夫なの?」
「え?」

気遣うロビンちゃんの言葉におれは頭を上げて首を捻る。

「良くない物を飲まされてたって聞いたわ」
「…………ッ、はは。ローくんが何か言ってた?」

まさか。おれは何も話してないのに。

「いいえ。だけどシーザーが」
「は……シーザー?そうだ、アイツどこ行ったの。絶対許さない。顔見たら殺すって決めてるんだけど」

ドフラミンゴがおれに与えてたお薬の瓶にはご丁寧にシーザーのマークが貼り付けられてあったから。アイツに会うことがあったらイジメ抜いてやろうと常々思ってたんだよね。

「残念だけど、彼はもううちの船で出航済みよ」
「ああ…………なんだ……残念。残念と言えばナミちゃんて子に会いたかったな……サンジくんのご飯も食べたかったし……トニーくんに綿あめあげたい……骨のひとと遊びたい……」

麦わらの一味といえば、ローくんのことを調べまわってるときから何度も何度も耳にした海賊団だった。海賊らしからぬ彼らの冒険の一端は、おれもよく新聞なんかで目にしてたから。
まさか同盟を組むなんて思ってもみなかったけど。

「そのうち合流するんだ。あとで会えンだろ」
「そ……? 楽しみにしとこ」

声を掛けてきたのはフランキーさんで、おれが答えればからから笑った。

「別になんともないよ。頻繁に飲んでたワケじゃないし」
「そうなの。よかったわ。トラ男くん、かなり心配してたから」
「へ……ああ、そう?そー……なんだ。ふーん……」

知られたらしこたま怒られそうだから耳に入れなかったのに。何もかもシーザーが喋ったせいだ。絶対許しちゃおけない。

「でもまァ、今更おれの頭の中がブッ飛んだって、あんまり変わらないしね」
「お前ンとこの船長も、同じこと言ってたぞ」
「は? なにそれほんとバカにしてる」

眠るローくんの鼻を摘んでやった。
ふが、と間抜けな声がしたのでおれはそれで許してあげることにする。

「……まー、マトモな頭じゃこの人になんて着いてけないから」
「言うじゃねェのよ。そりゃアおれ達も同じかもな!」

そう言ってフランキーさんは豪快に笑い飛ばすので、おれもつられて笑ってしまった。
すると、来客を知らせるノックの音がする。
ロビンちゃんが入るよう告げると、扉から顔を見せたのはサボという男だった。革命軍の。名前は知ってるので、思わぬ登場人物に身構えてしまう。

「彼、ルフィのお兄さんなの」
「……は? え、お兄さん」
「ああ、お兄さんだ。よろしく」
「よろしく……」

気のいい彼はおれに笑いかけて麦わらくんが眠るベッドへ腰掛けた。

「おれ、外出てくるね」
「いいのに、別に」
「いや……だって、お、わ!」

ローくんの隣から腰をあげたところ、何かに躓いた。躓いたというより引っ張られる。何かと思って下を見れば、ローくんの手がしっかりとおれのジャケットを掴んでいたのだった。

「フフ……何処へも行かせたくないのね」
「……寂しかったんだろな。半年以上船のみんなと離れてたから。麦わらくんたちを見て、みんなのこと思い出してたのかも」
「ハッハ! こりゃアいい! 目が覚めたらイジってやろうぜ」

サボくんもクスクス笑っているので、どうやらおれも居ていいらしい。

それからサボくんは身の上話を少しして、麦わらくんのビブルカードをゾロくんに手渡すと挨拶もそこそこに家を出ていく。
おれは、みんなそれぞれ数奇な人生送ってるんだなあと思いつつ彼を見送った。
お兄さんか……おれにも居るよ。とっても悪いひとだけど。大事な兄貴分が、一人いる。



「…………っ、寝すぎた」
「おはようローくん」
「……おはよう」

律儀にそう返したローくんはまだぼんやりしてるみたいだった。
時刻は夜中の二時をまわったころで、他のみんなは眠ってる。おれはなんだか寝付けなくて、ローくんの隣に座って彼の寝顔を観察していた。

「……まだ、夢を見てるみたいで」
「ああ」
「でも、現実なんだなと思ったら色々考えちゃうけど……これで良かったんだなって思うよ」
「当たり前だ。万事うまくいった。やっと……肩の荷が下りたよ」
「大変なのはこれからだけどね」
「……違いねェ」

そんなローくんの機嫌は幾分かよさそうで、脚の具合を確かめたあとに立ち上がる。

「少し歩くか」
「はい、ローくん」

連れ出された丘の上には海軍の姿もない。昼間あんな一大事件が起こったというのに、海も野原も、まるで何事もなかったのように穏やかだった。
しばらくローくんと並んで歩き、丁度よさそうな切り株を見つけたのでそこへ腰を下ろす。

「……何から話せばいいか分からねェ」
「そーだねえ」
「ニア」

ローくんの手が伸びて、おれの頬を撫でた。

「…………色んなことがあったよ」
「……そうだろうな」
「散々好き勝手してくれたから、実は結構キツかった」
「ああ」
「でもおれは男の子だからさー……女の子じゃなくてほんと良かったって思った」
「……馬鹿。男も女もあるかよ」

あやすようなローくんの手は、ゆっくり滑り、おれの唇も撫でる。

「薬は」
「ん?」
「なんともねェのか。飲みたくないって魘されてたのはそれだろ。どういうのを飲まされてた。テメェ、おれに嘘ついてやがったな。全部吐きやがれ」
「え……ええ、この雰囲気でそんな強気な」

ごまかしたかったけど、シーザーの件もあったのでローくんの鋭い眼差しに押し負ける。

「市場に出回らないくらいキツめの薬。トンでる時に何されてたかは覚えてないんだけど……ローくんが考えてるような酷いことはなかったと思うよ」
「お前が別の男に抱かれた時点で、おれにとっちゃ酷いことだがな」
「んん……そう言われるとなんとも言えない」

眉を下げて言えば、ローくんはため息で返した。

「……拷問されたわけでもないし、軟禁されるまでは別に」
「軟禁」
「あ、やべ」
「ア?」
「んん……、ねえ、全部話さなきゃダメ?聞いてて楽しくないと思うし、ローくんに嫌われたくないんだけど……っていうか、ローくんおれのことまだ好き?素直に言っていいよ」
「馬鹿野郎。確認しなきゃ分かんねェのか」

強い口調で言い張られてはおれも立つ瀬がない。ごめんなさい、と呟いておれは俯く。

「ここ数ヶ月、あの人の部屋から殆ど出なかった」
「…………」
「ほらもう辞めようよ〜顔怖いもん」

わざと駄々をこねてみせれば、ローくんは両腕を広げておれを後ろから抱きすくめる。そんなことされて「話せ」なんて命令されたらおれは素直に話しちゃうだろ。

「……ベッドに足枷で繋がれてて」
「……へェ」
「諸々制限されて……連絡出来なくなったのはその頃から」
「かなり長いな。足か。診せてみろ」

淡々と、ローくんは受け答えをする。おれはパンツの裾を掴んで引き上げた。お気に入りだったハートの彫り物は、あの人によって引き裂かれたまま。枷の痕もまだ残っている。

「…………チッ」
「……ごめ、」
「あ? テメェがアイツにこうしろっつったのか?」
「違う……」
「なら謝るな。お前はお前の仕事をしたんだろ。責めるつもりはない」
「…………」

口から溢れかけた「好き」をごくりと飲み込んだ。

「この程度、治してやる」
「……ん」
「墨もまた入れたきゃ入れればいい」
「うん」
「……そんな顔するな」

だって、と呟くおれの言葉の続きは喉の奥に消えていく。
ローくんはまた、おれをあやすようにおれに顔を近づけて頬を寄せた。

「他は」
「他?」
「何されてたんだ」
「……室内犬みたいな暮らしを」
「ニア」
「ほ、ほんとだよ! ほんとに……ローくんが考えてるような怖いことも酷いことも無かったんだって! マワされたりもしてないし……なんか……すごい……言い方が分かんないんだけど、大事にされた方っていうか」

あの人を庇ってるわけじゃないんだよと付け加えると、ローくんはおれの顔をじっと見たあと息を深く吐き出す。

「…………枷で繋いで大事もクソもあるか」
「……仰る通りで」
「まァいい。お前はおれのモンだ。アイツを選んじまおうなんざ考えなかっただろうな」
「それは誓って無いよ。全部ローくんのためだったか、ら」
「ならいい」

するとローくんは、ひとの悪い笑みを浮かべた。ああ、好きだなあ、この顔も。

「ハッ……ざまあみろってんだ」
「ローくん?」
「おれの勝ちだ…………なァ、ニア」

唇が、触れそうなくらい近い。

「そうだね?」
「お前のローくんで居てやる。お前もずっとこの先、おれので居ろよ」
「…………っ、はは」
「なにがおかしい」
「……好きだなあって、思、ッ」

噛み付くようなキスだった。空気の漏れる隙間もないくらい深い。確かめるような、刻みつけるような。荒っぽい口付けに、おれはクラクラする。

「ふ、ぁ……ッん、っ」
「ニア……」
「ぁぃ……」
「好きだ」

焦がれて焦がれてたまらなかったローくんが、今おれの目の前に居る。もう帰れないとすら思った彼の温かい腕の中におれは居る。もう、おれのことなんて要らないって言われるんじゃないかって思った日なんて幾日もあったのに。

「…………おれも、すき……です」
「……ふっ」
「え、え……笑うとこ?」
「……もっと傷ついて帰ってくると思ってたんだが」
「そりゃ……まァ、男の子だし……いや、待って。貞操観念が緩いって話じゃないよ。あの……えっと、なにされても基本的には全然ヘーキで」
「…………」
「あ、勘違いしてるな?違うんだよ。ローくんのためだって思ったらねえ、大丈夫だった」

そしたらローくんは音を立てておれの唇を軽く吸ってくる。

「んッ…………うう、聞いてる?」
「聞いてる」
「……ローくんのこと殺すぞって脅された時はすっごい怒った」
「へえ?どんな風に」
「ローくん殺すドフィなんて大嫌いって言ってやった」
「……、ッハハ」

愉悦に浸る笑い声だった。品がない。けどそんな笑い方するローくんだって、おれは好きだ。

「どうやってお前を慰めてやりゃァいいかと思ってたが……存外気分がいい」
「…………おっかねェ……」
「無事でなによりだ」

ローくんにしては珍しく、ころころ表情が変わるので可愛くて面白い。
優しく笑った顔だって、おれは好きだ。

「……あの、聞きたかったんだけど」
「なんだ」
「トラ男ってなに。トラファルガーのトラ……だよね」
「…………」
「かわいいね。虎だって。ふふ……っはは」
「笑うな」
「だって」
「…………いや、いい。笑ってろ」
「うん?なに、ローくん」
「その顔、もっとよく見せてくれ」

腰が。
腰が抜けるかと思った。

「〜〜んんん」
「ニア?」
「好き……好き…………」

手の届かないところで好き勝手されてきたおれを、許してくれて嬉しい。暖かく迎えてくれて嬉しい。そばに置いてくれて嬉しい。
ふわふわしてくる。心底惚れてる。この人どうしてこんなにカッコいいんだろ。

「大好き、ローくん。もう何処にも行かない」
「……ああ。それでいい」
「心配かけてごめんね。迎えに来てくれてありがとう」

夜中に抜け出して来た先で、今まであったことをお互いに話して。そろそろ空も白む頃になってようやく二人で腰を上げた。静かに家へ戻って寝転がる。ローくんの隣で眠れることは、こんなにも幸せなことだったんだな。