06

翌日の早朝。ヴィオラちゃんに電伝虫でお願いして、王宮に置いたままになっていたおれの荷物を侍女さんにコッソリ持って来てもらうことになった。あんまり眠れなかったこともあり、おれはうつらうつらしながら侍女さんの到着を待つ。

「……ねむ……自分で取りに行けばよかった」
「王宮になんて入れるワケねェだろ」
「それもそうなんだけど」

コーヒーを飲みながら過ごしていると、来客を告げる控えめなノックの音がする。

「侍女の者です」
「ん。はいはい、今開けるね」
小声で囁く彼女を出迎えるため、おれは玄関のドアを開けた。
「…………あれ? お姉さん」
「おはようございます、ニアさま……ええと、ニアくん……?」
「はは、そうだよね。うん、それでいいよ」

いつかにプールで膝枕してもらったお姉さんだ。

「お姉さん、怪我したりしなかった? ………また会えて嬉しいな」
「ニアくんこそ。大変だったでしょう」
「おれは全然平気。立ったままなのもアレでしょ。おれの家じゃないけど、お茶してく?せっかくまた会えたんだからゆっくりあいたたたた、なに、ローくん」

立ち話をしていれば、玄関にやってきたローくんに身体をぐいぐい押されてしまう。

「海軍の目もあるんだ。さっさと帰してやれ」
「ええ…………残念。でもびっくりした。リク王家に使えてた侍女さんだったの?」
「そうよ。あの時は助けてくださってありがとう」
「気にしないで。女の子に怪我させるのだけは嫌だったから」
「ニア」
「……いーじゃんか、ちょっとくらい」

彼女からリュックを受け取りつつ、おれはローくんに向かってぶーたれた。

「リュックだけでよかったかしら? 電伝虫と小物がいくつか。お洋服、全部は入りきらなかったからてきとうにしちゃったけど」
「じゅうぶんだよ、ありがと。街があんなだからな……おれのクローゼットじゃそんなに足しにならないだろうけど、着る人がいたら回してあげて」
「ええ、分かったわ」
「じゃあ。もう会えないかもだけど……元気でね」
「……ええ」

ひらひら手を振る。
だけど彼女はしばしその視線を彷徨わせたのち、なにごとか言いあぐねていた。

「あと、デスクの上にこれが」
「え?」

彼女がポケットから取り出したのは、品良く白を基調にラッピングされた小箱だった。おれは首を傾げて受け取る。リボンに挟まるメッセージカードにはおれの名前が書いてあった。

「なんだろ。おれ宛みたいだし、貰っとくよ。そうだ、お姉さんお名前は?最後に聞かせて」
「……ふふ」

リュックと小箱を渡してくれたお姉さんは、おれの手を握ってくれる。

「そうね……、リンゴでいいわ」
「……! リンゴちゃん!」

咄嗟に、握った彼女の手を引いた。頭一つ分背の低い彼女をなるべく優しく抱きしめる。

「…………ありがと……きみのおかげだな」
「私はなにも。助けてもらった恩を返しただけよ」
「このまま抱き抱えてぐるぐる回ってキスした、い……くらい」

あ。まずい。隣からの視線が痛い。
おれは、ゆっくり優しく彼女と身体を離した。

「おかげで大事なひとを……守れ、たのか微妙なラインだけど、うん……ありがと。ほんとに」
「お互い様だわ。でも最後だなんて言わないで。またドレスローザに来くることがあったら、そっちの彼も連れて一杯やりましょ」

そう言って、お姉さんはあまりにも可愛すぎるウィンクを贈ってくれた。
あまりにも可愛すぎる。あまりにも。

「うん。そのときは是非。またね、リンゴちゃん」
「ええ。また」

彼女は可愛い笑顔とあの日と同じりんごの香りを残して、王宮への道を戻って行った。



「……女ができたのか」
「まさか。彼女、おれを王宮からコロシアムの前まで運んでくれたんだよ。彼女が居なかったらローくんはあの人にもう何発か鉛玉ブチ込まれてる」
「…………ふうん」
「マンシェリーちゃんに治してもらうまで、立つのも辛いくらい体力落ちてたんだよ」
「軟禁か……はあ、なるほどな」

おれとローくんは室内へ戻りながら、互いにどこか棘のある言い合いをする。でもそこに疑いや嫌味はなくて、じゃれるような軽口の叩き合いだった。

「そもそも、どうして軟禁なんてされたんだ。暴れたのか?」
「きっかけが何だったのかは分からないや。身につけるものなら何が欲しい?って言われて、足の傷があったからアンクレットかなって軽い気持ちで答えたんだよ。そしたらああなった」

参るよね、と笑えばローくんは間を取ったのちに「なるほどな」と呟く。

「……あの女を助けたってのは?」
「あの女とか言わない。王宮で諍いがあったとき、巻き込まれないようにしてあげただけ」
「…………寝たのか」
「ど〜してそうなった? でも確かに彼女はおれの好みど真ん中だよ。めちゃくちゃ可愛い」
「へぇ?」

やきもちかよ! 可愛いなローくん。可愛いな。とは口に出さずに胸の内に秘めておこう。

「綺麗な黒い髪、気の強そうな目。声はハスキーで最高」
「……」
「ローくんを思い出してた、っていうのは彼女には内緒ね」

しー! と人差し指を立てて唇に寄せると、ローくんはややあって少し複雑そうではあるものの笑ってくれた。

「似てるか?」
「全然。でも会った時は精神的に割りと追い詰められてたから。連想ゲームで気を保ってたの……って言えば最低な男みたいだから言い訳するけどタイプなのはマジでホント」
「フォローになってんのか?それ」

みんなが居る室内へ戻り、おれとローくんはぐっすり眠ったままの麦わらくんが横になるベッドへ腰を下ろす。リュックは部屋の隅に寄せておいた。

「女好きにも困ったもんだ」
「癒しを求めてんの、おれは」
「おれじゃァ癒されねェってのか」
「癒し系になってから同じこと言っておいでね」

冗談まじりにむくれるローくんもなかなか見ものだ。

「で?」
「ん」
「それは」

ローくんが指差すのは、リンゴちゃんが最後に渡してくれた小箱だった。

「ベビーに腕時計貸してって言ってたからそれかな」
「なんだそりゃ」
「お願い聞いて貰ってる間に王宮から逃げたんだよね」
「……豪胆だな」
「褒めてる?」
「ああ」
「へえ? うれしー……開けてみよ」

するするリボンを解いていく。

「爆弾とかだったらどうしよう」
「スキャンするか」
「冗談だよ」

白いリボンと白い包装紙を取り去って、おれはいよいよ蓋を開けた。

「………………、うそ」

真っ白な箱の中に静かに佇んでいたのは。

「ピンクゴールド……」
「……ああ?」

ピンクゴールドの、アンクレット。
品がいいなんてもんじゃない。
華美な装飾もなく、すっきりした仕上がり。うつくしい曲線はその優雅なシルエットを際立たせる。ひと目見ただけで、それがどんなに高価なものか判るくらいだ。

誰からの贈り物かなんて。

「…………」

無駄になったと言ってたのは、このことだったんだ。
こういうのには決まって文字が彫られるもの。
箱を傾けてみれば「formyHeart」の字がおれの目に飛び込んでくる。隣に居るローくんにも、きっと見えた。

「…………ばかじゃないの」

言葉の終わりが震えて弱まる。流石におれは頭を抱えた。

「ニア」
「……なに」
「どうするんだ。それ」

聞いてくれるんだ。
さっさと捨てろとは言わないところが、ローくんらしい。

「……どうするもなにも……おれが受け取っちゃダメなやつじゃん。全く、最後の最後までこんなの残しちゃって。迷惑ったら……ないな」
「そうか」

するとローくんは、おれの手から箱ごとアンクレットを取り上げる。

「捨てておく」
「うん」
「いいんだな」
「勿論」

なんの未練も、あるわけ無いし。

「……さ、そろそろキュロスさんが食材持って帰ってくる頃かな。お腹減った……」

受け取っちゃいけない。ドフィのことを選ばなかったおれが、貰っていいものじゃない。

「みんな起こして待ってよ」



朝ごはんの食材を持って帰ってきてくれたキュロスさんを出迎えて、おれは早速朝ごはんの支度を始める。とは言っても出来合いのものを幾らか都合してもらったようなので、たいしたことはできなかったけど。

海軍はドレスローザに留まっているままなのに、何故だかここには誰も来ない。

おれたちは、それまでの疲れを少しずつ溶かすようにして過ごしていた。その間おれはひと時たりともローくんのそばを離れない。自分でも女々しすぎるんじゃないかとも思ったけど、ローくんが嫌そうにしないので甘えておいた。