08
大船団と言うだけあって、主船であるヨンタマリア号の他にも船は何隻とあった。まるで魚の群れみたいだなあと、おれは周囲を見渡して海を走る船を眺める。
どんちゃん騒ぎは日が暮れた今も続いており、メイン会場となったヨンタマリア号のデッキは酔い潰れた海賊や空の酒瓶で溢れたまま。意識のある男どもは飽きず酒を飲み交わし、ずっとご飯を食べ続けている麦わらくんのお腹は風船みたいに膨れていた。
おれもローくんもそれなりによく食べる方ではあるものの、流石に何時間も食べ続けるような胃は無いし。浴びるようにお酒を飲むような気分でもなかった。
「意外だな。お前は酔い潰れるまで飲むかと思った」
「そう? ハートのクルーは今おれしか居ないんだから……潰れて船長に恥かかせる訳にはいかないし」
「いい心掛けだ」
「褒められた」
空のジョッキを床に置いて。そろそろ何処か部屋を借りようかと立ち上がる。するとベロベロに酔ったキャベンディッシュが呂律を迷子にさせながらおれたちを呼びつけた。
「きみらのへやは、ぼくの船れ!」
「ありがたいな。この船じゃまだ賑やかだもんね。船長は静かなとこが好きだから助かるよ」
「ふっ……きゃまわないよ、貸しをつくっ、ておくのもあるくな……っははは」
後半は何を言ってるか分からないので、お礼もそこそこにおれはキャベンディッシュを床に座らせる。それからおれたちはメインデッキを越えて船尾へ移動して、キャベンディッシュの船を探した。目を凝らせば異様に飾り立てられた船が見える。
あれかな、とローくんに視線を流せば次の瞬間断りもなく抱きかかえられた。
「ROOM=v
「ひえ」
「シャンブルズ」
襲い来る謎の浮遊感にはもう慣れっこだったけど、いつ誰が何処から見てるか分からないのにひょいひょい抱き上げるのは辞めてもらいたい。
とは口にしないでいれば、そこは既にキャベンディッシュ船長が率いる船の上だった。最低限の乗組員を残し、あとはみんなヨンタマリア号へ移っているらしい。
船員を呼びつけて案内を頼むと、なんだか落ち着かないほど豪勢な客室に通されてしまった。まばゆい。他の海賊団の船に難癖をつけるつもりはないが、ここまでする必要があるのか? と問いたいくらいには豪華客船の客室を思わせる内装に正直すこし怯んだ。
案内を頼んだ乗組員に下がってもらうと、おれもローくんも黙って視線を合わせる。
「…………もういい?」
「……」
「……死んじゃいそう」
客室のドアを後ろ手に締め、鍵を掛けた。
「…………待てが長い」
隣から見下ろしてくるご主人さまは「待て」を解いてくれないので、おれはジャケットを脱いでソファの背凭れに掛けた。それから律儀にもドアの前まで戻る。
「…………ローくん」
「なんだ」
「……まだ怒ってんの」
「いや」
腕を引かれる。
行き先がベッドなのは分かりきってることなので抵抗する気なんて起きなかった。
「…………ひとのベッド」
「だから?」
「だから? じゃないん、だけど」
微かに残った理性が、欲に食われそうだ。
「……バスタオル持ってくる」
流石に「致しました」なんて痕跡を残せば何を言われてどう思われるなんて分かったもんじゃない。おれは足をのたのた動かしてバスルームへ向かい、おおきなバスタオルを何枚か持って部屋へ戻った。ローくんはベッドに腰掛けて、おれをじっと見てる。
ベッドの中央にタオルを投げたおれは、ローくんの脚が降りる床に腰を下ろしてぺたんと座り込んだ。そして彼の膝の上へ頭を乗せる。
やっと二人きりになれた時間を、どう使うかなんて知れたこと。おれは殆ど泣き出しそうになりながらも、彼の膝の上からローくん見上げた。
おれに尻尾があったなら、今頃ゆらゆらと床を這っているだろう。
「ニア」
「はい」
「……来い」
「ローくん、っ」
待てが解かれた。許された。それがどんなにおれにとって特別で、嬉しいことなのか。きっとローくんには分からないかもしれない。
すぐさま身を起こして彼の膝の上へ乗り上げ、そっとローくんの唇を奪った。
「……いいの」
「なにがだ」
今更お風呂に入ってないなんて野暮は言わないけど。
でも、とおれは左右に視線を流してしまう。
「……責めるつもりはない」
「でも、」
「おれの為によく働いた身体を労ってやる」
「ねぎら、っ」
なんだその口実は。と続くはずの言葉はローくんによって阻まれ、飲み込まれた。合わさる唇の端が微かに震える。
「嫌か」
「なワケない……はやく抱き潰されて殺されたい」
「……馬鹿か」
おれの頭を撫でたローくんは、おれの身体を引き上げてバスタオルの上へ下ろしてくれた。
「責める気はねェが、面白いワケがなかった」
「……だよねえ」
「加減してやらねェ。それであいこだ」
「ん…………」
「甘いか」
「全部分かった上で受け入れてくれるってことでしょ。ならおれは嬉しくてたまんないな」
くすりと溢れるおれの笑みに、ローくんはひとつ呼吸を置いたのちに口の端を持ち上げる。
「……ごめんね」
「謝るな。馬鹿にしてんのか?」
「なんで」
「不可抗力だ。重荷になるなら忘れろ。お前はおれの物だ。それだけ分かってりゃいいんだよ」
高圧的な物言いで、ローくんはおれの身体を押し倒す。強気な態度を取られてしまえば、今にも気が触れそうだった。
返事のひとつも出来ないおれは、ただ胸を高鳴らせてローくんに身を委ねるしかない。
手を取られて指先に唇を落とされ、瞼が震えた。
「……っ、はは……夢みたい」
「夢じゃねェよ」
「…………部屋のせいでお姫様にでもなった気分、んっ、ッ」
軽口を叩くおれの唇はローくんの唇で塞がれる。彼の舌に自分の舌が捕まって味わうかのように吸われ、ぞくぞくした。腰から背中にせり上がってくる快楽の逃がし方が分からない。
「……ふ、ぁ」
「こんな血の気の多い姫が居てたまるか」
「…………言えてる」
おれの返事を合図に、ふかふかのベッドへ二人で沈み込む。世界に二人きりになったような不思議な心地だった。おれの頭を甘く痺れさせる口付けは、ぽっかり空いたおれたちの時間の穴を埋めていくようで。
「……は、ッ…………んぅ」
「まだバテんなよ」
「誰が、……あ、待っ……ひッ」
おれの服を次々に脱がしていったローくんに、脚を取られる。足首に生々しく残る傷跡が晒されたかと思えば舌が這ってきた。ぬめる彼の温かいそれが、おれの傷跡を撫でるように滑る。
「っ…………ッ、は」
頭がぐわぐわした。酔いは醒めたはずなのに。この状況を脳が処理しきれないで悲しいわけでもないのに涙が出てくる。
「すぐ泣く」
「……っ、だ……あ、は……っん」
「ご褒美やろうってんだ。そう身構えンなよ」
あー……ああ……ダメだもう馬鹿になる。無理だ。なんのしがらみも感じず、なにも考えずにこのひとに抱かれたい。酷くされたい。優しくされたい。愛されたい。
この半年以上の期間でおれは女々しくなってしまったのかもしれなかった。そんなの絶対認めたくないのに、ぼやける思考は否定してくれない。
先を期待するあまりに浅ましくも呼吸が荒くなる。
「う……ろ、くん」
「どうした」
足首をそっとシーツの上に下ろしたローくんが、案ずるようにおれの上へ覆い被さってほっぺにちゅーをしてくれた。
もたらされたのは意外にも、興奮でも悦びでもなく。安堵だった。底抜けに穏やかでいて、あたたかい。彼から分けて貰えるぬくもりがこんなにおれをダメにする。
帰ってきたんだな。この人のそばに。やっと。
「…………おれ、」
「ああ」
「……怖かっ……たって、言って、いい?」
「…………おれの他には誰も聞いちゃいねェよ」
「がっかりしない?」
「すると思うのか?おれが」
そんな言葉が目の前から降ってきた。
なのでおれはもう我慢なんかできるはずもなくて。
「…………っ怖かった、です」
「二、三日程度のモンじゃねェ。当然だ」
「……でも、おれ……ただの里帰りで」
「ニア」
「怖いなんて……あるワケ、ないって」
視界がブレる。呼吸が乱れた。喉が乾く。
「クソ……っ、ほんとは嫌で……でも、でもあの人は、おれにそうしろって言っ」
頭を抱かれた。ローくんの胸に額が当たる。
心臓の音が聞こえた。そこへ擦り寄りながらおれは泣けもしないで困惑する。自分が何を言ってるのか分からない。
「なんでおれ、許された気になって、」
「悪い、ニア」
「……?」
「真っ先にケアすべきだった。お前が平気そうにしてるんで……つい、」
「………………ご……ごめん、大丈夫」
彼の背中に腕をまわして抱きしめる。
「なワケあるか」
「……ちょっとぱにくった」
「…………長期間に及ぶ軟禁、制限と強制。解放されても初対面の奴らと家に閉じこもってりゃ自然と負担になる。無理させてすまなかった。早く二人の時間を作るべきだった」
悔いるように続けるローくんは、とんとんとおれの背中を叩いてくれた。
「……おれとお前だけだ。吐いて楽になれ」
「…………嫌われたくない」
「まだそんなこと言ってんのか。放り出すぞ」
「やだ……」
迷惑かけたくなかったのに。やだな。やっとローくんのところに帰ってこられたんだと思ったら気が抜けすぎた。
「……平気なのはほんと」
「…………そうか」
「なんでぐわぐわしてるのか分からない」
「極限状態から解放されりゃ誰だってそうなる」
「甘やかしてない?」
「治療だ。弱音言ったって気にならねェよ」
治療。治療か。
その言葉はおれの心にストンと落ちる。
「あの人がどうしておれに執着したのか、未だに分からなくて」
「……そうか」
「ちゃんと大事だったつもりなのに。でも許せなくて。ローくんの悪口言うし、殺すって言うし、何も教えてくれないし、飼うし、痛いこともするし、薬は嫌だよっておれ言ったのに」
子どもみたいな感情の発露をローくんはおれを抱きしめながら受け止めてくれた。
「ローくんのこと守りたいから言うこと聞いてたら、いつの間にか……ほんとに大事だったのか分かんなくなっちゃって」
「…………ああ」
「もうローくんのことしか考えたくなくて、ローくんだけ信じてて、ローくんはおれにちゃんと全部話してくれるから。なのにおれは何個も約束破って、流されて、酷いときは毎晩だろ。おれもう……なんだったんだろ…………」
今まで気付かないふりをしてきた感情のいなし方がわからない。
「…………寂しくて、怖かった」
「ああ」
「いつ終わるんだろうって」
「……ああ」
「でも、絶対ローくんは上手くやるんだって思ってたから……折れなかったんだと思う」
するとローくんは腕にちからを込めて、強く抱いてくれた。
「……ローくんのことが好きで、ローくんしか欲しくない……でもおれは狡いやつだから」
言葉に詰まる。声にするのは怖くない。告げることも、彼に聞かせることも恐ろしくない。受け入れさせてしまうのが忍びなかった。
「…………忘れなくていい」
「……ローくん」
「お前にとってのアイツが、おれにとってのアイツと違うことは理解してる」
「…………死にたい」
「馬鹿言え」
頭を胸から引き剥がされる。ローくんの真摯な瞳が、乾いたおれの目をじっと見据えた。
「おまえの思考回路がそうなることすら織り込み済みの教育だった」
「…………、う」
「忘れなくてもいい。無理に忘れようとしてアイツのことを考えるのは許さねェ。お前はおれだけ見て、おれにだけ尻尾振ってりゃいいんだよ」
わかったか、と鼻を摘まれる。
「わ、……わかっら」
「ならいい」
「…………もっと怒るのかと思って」
「おれはあの人からそんな狭い心を貰った覚えはねェ」
「……はは、なるほど」
おれは背中に回した腕をぐいっと引いて、近づいてきたローくんにキスをした。軽い音を立てて離れ、彼を見つめる。
「聞いてくれてありがと」
「当たり前だ。おれを誰だと思ってる」
「……ご主人さま」
「バーカ」
鼻を鳴らして笑うローくんは、どこかすっきりした顔を見せてくれた。
「おれのローくん、でしょ」
「ああ。その通りだ」
◆
ニアが吐露する言葉と思いを、おれはただ聞いていた。
他の誰にも聞かせられないコイツの心の内側は、おれが考えていたよりもよっぽど凄惨な状態だったことにようやく気がつく。
元々ニアは嘘や誤魔化しが上手い男だ。
知らずのうちに他人に心配や迷惑を掛けないように振る舞い、立ち回る。そのことはじゅうぶん承知していたつもりだった。
しかしそんなニアであったとしても、当然傷付いて泣きながらおれのところに戻ってくるのだとばかり思っていたおれは、いつかと同じようなニアの笑顔をみてすっかり安心しきっていたのかもしれない。
平気なはずがない。人のあるべき形を踏み躙られ、その身と心の自由を奪われた。意に反した発言を強要されたことも窺える。二度や三度ならまだいいが、長期的に繰り返されれば当然精神に負荷が掛かる。
頭では分かっていたはずが、あまりにニアが普段通りなので油断した。
発言や行動を制限され、不本意な行為の強要に投薬、軟禁。今一度、ニアがいかに劣悪な環境に身を置いていたのか認識する。
「…………頼りなかったか。おれが」
「ううん。自分でもびっくりした」
「気持ちが追いついてねェんだろうな」
「……おれの頭の中、ローくんのオペで治ればいいのに」
ね、と首を傾げるニアはどこかあどけない表情だ。
「でもおれ、ローくんのことが大好きだよ。ずっと変わらなかった。十三年間」
「…………ああ」
「ほんとだよ」
「疑っちゃいねェよ」
だからそんな泣きそうな顔しなくていい。
ドフラミンゴに対して腑の煮え繰り返りそうな怒りを感じるのは当然だが、今はその怒りを向ける相手も居ねェ。決着もついた。だから今はコイツの心のケアを最優先で考えたい。
「……お前はどうしたい」
「ちゅーしたい……んぅ、ッ」
お前の願いはなんだって叶えてやる。
どこか細っそりしてしまったそんな身体ひとつでアイツからもたらされる全てを受け止めてきたニアに対し、おれは敬意のようなものすら感じていた。
「……よく耐え抜いてくれた」
「…………ん」
「よくやった」
「……ん」
浅く頷くニアは、おれの言葉を素直に受け取る。
「パンクハザードにモネちゃんが居るって聞いたとき、心臓とまるかとおもった」
「そうか」
「でもおれはちゃんと言うこと聞くから何にもしないでってお願いした」
「……そうか」
「ヴェルゴさんがパンクハザードに行くって聞いたときも、ローくんに酷いことしないでってお願いしたんだけど…………おれ、失敗しちゃっ」
「もういい」
淡々と話すニアの言葉の終わりが頼りなくなっていくので、おれはニアを抱き竦める。
「……苦労かけたな」
「でも、結局何もできなかったし」
「ニア」
「……? ……ん……」
言葉を区切って瞳を細めれば、要求通りにニアはおれに口付けてきた。
「……お前、おれのことはどう思ってる」
「好き」
「それが言えりゃ充分だ。おれは」
嬉しく思う相手がキスを厭わず、おれに好きだと囁いてくれる。それがどんなにおれにとって幸福なことなのか、ニアは分かっているんだろうか。
「……甘い」
「極論だがな」
「うん……おれ、もっとローくんの役に立ちたいし……望んでくれるならなんだってしたい」
「おれもだ」
「へ……?」
きょとんと目を丸くするニアは意外そうにおれを見る。
「当たり前だろ。惚れてんだ」
「う……おお、でも、それご主人さまの台詞じゃな、」
「うるせェな。素直に喜んでろ。おれがこんなに言ってやるのはお前だけだし、振り回されるのだってお前だけだ」
「……わん」
下手くそな犬の鳴き真似をして、ニアは真っ赤になった。返ってくる反応が少しずついつもの物に戻りつつある。
「取り乱しちゃった……」
「別に、」
「おれが嫌なんだよお……カッコ悪いとこ見せたくないもん……好きなひとにはイイトコだけ見て欲しい」
「ヘェ?じゃあおれの泣き顔は見たくねェのか?」
「え………………すごく見たい」
「そういうことだ」
「待って何言っ……ひ、ッ」
再びニアの上へ覆い被さり、先程のお返しに耳を柔く食んでやった。
「取り繕わなくていい」
「……うう」
「堪え切れないときはちゃんと言ってくれ」
じゃなきゃおれが困るんだよ。
そう言い含めるとニアは「わかりました」とか細い声で返事を寄越す。
「……あ、あの……」
「あ?」
「するの……? この流れで」
「当たり前だ」
「そう言われちゃうとなー……」
苦笑しつつもおれの背中へ回るニアの腕が赦すようにおれを抱いた。
「正直我慢の限界だ」
「……わかる」
「覚悟しろよ」
「う……ハイ」
「…………まあ」
ニアを上から見下ろしつつ、その目を見ておれははっきり告げる。
「辛くなりゃ……すぐに言え」
「………………んん」
伏せられる瞼を縁取る睫毛が揺れ、唇はなにか言いたげに緩んだ。ほんのり赤く見える頬は逸らされて、ニアの指は丸まって口元へ添えられる。
そして、チラリとおれを見た。
「…………辛くなんかなんない、よ」
はやくしたい。
そんな思いを滲ませつつ、ニアは恥じらいながらカットソーの裾をたくし上げ、おれのと比べればだいぶ薄っぺらな腹を見せてくる。
こいつを犬だなんだと呼び据えていいのはこのおれだけだ。そう思った。
◆
「…………っ、ふ……ぁぁ」
目元を手の甲で覆いながら、ニアはずっと悶えている。他人の船であるが為に声を抑えて大人しくしており、理性を繋ぎ止めるようとする健気な姿は見ていて愉しい。
なのでおれは顔を隠すなとは言わないでおく。
「は、ぁ……ッ……んっ」
全身くまなくおれの物だ。頭も顔も耳も胸も背中も腹も腰も足もつま先も。おれはおれの物全てに口付けていく。労うように、煽るように。もう離してやるもんかと誓いつつ、覚えておけと刻むように。
肩を噛み、鎖骨を吸う。ただそれだけでニアの身体は予想以上に跳ねた。敷いたバスタオルに腰を擦り付けてなんとか凌いでいるようだが、何十分と続けられる行為に酔っているらしく、もう随分と言葉を発していない。
時折「大丈夫か」と声を掛けるも、期待の滲んだ顔をして首を上下に動かし先を促してくる。
「ん……っ、ん、ぁ……ゃ、ッ」
立てられたままだった片膝が、ついにシーツへ沈んだ。綺麗に浮き出る腰の骨に噛み付いたときだった。
「はっ……は、ァ……っ、ぅ」
自分の中指を咥えて熱く息を吐き出す姿は腰にクる。とうにぼんやりし始めているニアのその手に唇を寄せてみると、目元を覆っていたほうの手が顔から離れた。
「ぁ…………っん」
「なんて顔してやがる」
「ン……っ?……ふ、ぅ」
潤んだ目。普段は人を食ったように吊られる眉も今は下がりきっている。耳まで真っ赤に染めるニアを見ていると、まるで処女の相手でもしているような気分になった。
「っ、ん、…………ぅぅ」
「……ばか。悪い意味じゃねェよ」
「ふ……んぁ……ンん、ッ」
不安げな面持ちになるのが面白くなくて、後頭部に手を差し込み、そのまま深く口付ける。途端、ニアは両足を緩くバタつかせた。
「ん゙……ッ! ……ンっ……ふぁ」
舌を擦られて揺れる腰、閉じられた瞼は震えて涙の粒を溢れさせる。おれがそれを指で拭えば、苦しげな息継ぎの合間にニアの喉がゴクリと鳴った。
「ろ……っ、ッ……は、ぁ……!」
「……なんら」
喘ぐばかりでいたニアが、ようやく口にする言葉がおれの名前だというのも気分がいい。
「……んっ、ンッ……ゃ……ッ、あ゙っ」
大げさなまでに肩を揺らしたニアは、先程バタつかせた両足をおれの腰に巻きつけてきた。
「……っ……ぅ」
「あ?」
「…………、……ッ」
身を起こそうとすれば咎められる。いったいなんだと視線を投げれば逸らされた。
「……やだ、もお…………」
幾らか落ち着いたらしいニアの口元へ顔を寄せれば、長らく間を取ったのちに観念したニアは脚の力を緩める。
「…………なァ、ニア」
「や……だ……」
「こりゃなんだ?」
視線を下半身へ移せばまだ脱がせていなかったニアの下着が濡れているのが分かった。ニアの反応も相まって加虐心を煽られ、腰を押し進めてその股間を押し潰す。
「…………っ、いじわる」
「ん?聞こえねェな」
「……ずっとちゅーしてくる、ローくんの……せいだ」
頑なにイきましたと白状する気のないニアは両目を閉じておれから顔を背ける。そんな態度を取られたとあっては、たまらない。おれはニアの脚を持ち上げて下着も取り去る。
形の良いスラリと伸びた脚が、恥じるように閉じられた。
「…………ろーくん」
「なんだ」
「も……頭どろどろ……溶けちゃう前に、はやくほしい……」
限界ギリギリですとでも言いたげな眼差しがおれを誘惑する。勿論おれだってキツいものはキツい。ニアの下腹部に飛沫したそれを指で掬い上げて絡ませる。
「…………うう」
「なんだ。辞めるか」
「やだ……っでも、すごい恥ずかし……ッん、あっ……ッ」
すんなりおれの指を受け入れておいてどの口が言うんだか。
「……っ、ふ……う、あッ」
ぐいっと中から腹を押してやれば眉を寄せて喘ぐ。
「…………やっ、むり……っこんな」
「……無理か?」
「ちが、……ッいやじゃな……」
とは言うものの。気を落ち着けて考えてみれば今のこいつは心と身体がちぐはぐだ。ニアが強いられてきたことを思えば、ニア自身は求めていたとしても身体が反発……してるか?キスされただけでイっておいて?
「……ヨすぎて、……いっぱいイくの……先、ゆっとく……」
散々気を遣ってやったというのに思いもよらない爆弾発言を投下され、遠慮する気などとうに消え失せた。
「……なんだって? もう一回言えよ」
「っ……聞こえてッ……は、あ゙っ……う、やら……っ、んっ……んぅ」
ニアのナカを押し拡げる指をもう一本増やしてみると、内壁はおれの指に甘えて縋る。
「……っ…………ッ♡」
困惑の色が見える表情のままニアは下唇を噛むので、流石にそれは辞めさせた。代わりに咥えさせたおれの指を甘噛みするさまもおれを高ぶらせる。
「ろ……ッ、ぃ……んっ、ぁ」
柔く蠢くニアのそこが、もっともっとと誘って強請った。
「…………チッ」
「……? ……ん、っ」
「丁寧に扱ってやろうかと思ったが……もういいか……?」
「〜〜ッは……あ、」
困った奴だ。おれが何か言うたびことごとく反応するので、流石におれも意思が揺らぐ。断りもなくぶち込んでやりたい。
「い、いい……ッおれ、ろーくんに……好きにされるの、す、き……ッ」
こっちの気も知らねェで散々煽ってくるニアは、舌の上におれの指を乗せて弄び始める。
「指も……すきなんら、けど……っ」
「……」
「ここ、ろーくんので……いきたいって」
ゆってる。
腹を撫でつつ覚束ない口ぶりで逆上せたように呟かれて前戯を続行できる奴は男じゃない。すぐさま指を引き抜けば、ニアの声が切なくあがる。
「ふ……っ、のヤロ……」
「あは……♡どきどき、した?」
「雄なんだか雌なんだか分からねェ犬だな」
「ッ……あ、っ……」
そう囁くと腰を引いたので、間髪入れずにニアの耳元へ顔を埋めて耳輪に噛み付いた。
「その内ココでイけるようにしてやろうか」
「……あッ……も、手遅れなんじゃ……っないの」
背中を丸めて耳への刺激に耐え、なかなかに疑えないセリフを吐くニアは脚を伸ばしておれの腰を引き寄せる。
「がんばったニアに、ごほうびください……っローくん」
これ以上焦らす気はない。おれはニアの耳を解放して起き上がった。同時に、おれの腰に添えられていた脚はなにも命じずとも左右へおおきく開かれる。
「……っ……」
「いっぱい……、よしよし、シて」
酔っているのはニアだけじゃない。おれだってそうだった。目眩がする。
散々な目に遭って尚、おれだけを求めてくるニアが愛おしい。
ニアの頭に手をやって、そのてっぺんを少々荒っぽく掻き撫でた。