04
カーテンの隙間から差し込む陽の光が眩しい。薄く目を明けて寝返りを打つと、そこは寝慣れないベッドだった。やたらと広く、自分のベッドよりも柔らかい。でも枕はおれの部屋の方が……と考えて視線を流せば、
「ニア」
「あ…………ドフィ?」
どうしておれと寝て……寝……寝たんだ。そうだった。なんだろう全然記憶がない。半分くらい入ったところまでは覚えてるんだけど。
なんて思い起こしていれば、ドフィがくすくす笑う。
「……おはよう。なに?」
「いいや?」
「変なドフィ」
「お前は可愛かったよ」
「……可愛かったって言われてもなあ」
正直あんまり覚えてない。と素直に言えばドフィはきょとんとした。
「あんなに乱れておいてか」
「やだ待って。あんまり話されると思い出しそう」
「ドフィ、ドフィって……」
「ああもう、やめて」
しーっ、といつかのように人差し指をドフィの唇に押し当てる。するとドフィは何か思い出したような声をあげて、おれの顎を長い指で掴んだ。
「なに?」
「キスをしてねえ」
「……それは忘れたドフィが悪いよ」
「いまさせろ」
「えええ……いいよ。いいけど、そんなに」
したいの? おれと? と混乱していればどんどんドフィの顔が近づいてくる。挨拶のようなキスが降ってきて、軽く吸って応えた。
「おはよう、ニア」
「…………うん」
「ドレスローザから離れていい」
「……ほんと?」
「嘘は言わねェ」
「ありがとう」
ただし、とドフィはつけ加える。
出来るだけ一ヶ月に一度は帰ること。なにも手掛かりが見つからなければ、すこし手を貸すので申し出ること。小まめに電伝虫で連絡をすること。
「おれは嫁入り前の娘さんか何かか」
「フフフ……似たようなモンだ」
「ベビーに言ってやれば」
「あいつは縛られるのを好かない」
なんだそれ、おれは縛られるのが好きみたいな言い方。
とは思うけど、別に構わない。ドフィに心配かけたいわけじゃないし、そんな条件をクリアするだけでローくんを探せるなんてありがたい。
「ローくんのことは、おれが責任持って片付けるからね」
「ああ」
「あと……帰ったときにこうやって夜付き合うのはいいんだけど、おれのことちゃんと家族だと思っててよ」
「思ってるさ」
「……ならいいんだけど」
娼婦みたいな扱い方したら、絶対やだ。ドフィに限ってそんなことはないだろうと思うけど。ゆうべおれを抱いたのだって気まぐれだと思うし、裏を返せば抱かれたのだっておれの気まぐれでもある。ドフィはファミリーを大切にする男なのだ。
おれが本気で拒めばやめてくれたろうし。逆らえないんじゃないんだよな。ただ、ドフィはどこか危なっかしいっていうか影があるから。おれがちゃんと見てなくちゃって思うんだよ。
「……早速明日ここを発つよ」
「ああ、わかった」
「もうおれも十八だからね。ドフィの役に立ってみせるよ」
そう言って微笑めば、ドフィはちょっと嬉しそうに「期待してる」と笑い返してくれた。
◆
「それじゃあ行ってる」
「ああ、楽しんでこい」
「なんだそりゃ。ローくんを見つけにいくんだから。わかってんの、ドフィ」
軽口を叩き合って、ドレスローザから出航する貨客船に乗り込む。見送りなんていらなかったのに、ドフィは心配性だなあ。
「ローくんのことは、ぜーんぶおれに任せてね」
だからドフィは心配しないで。
ローくんのことなんて考えないで。おれがちゃんと丸く収まるように頑張るから。
「ああ、お前に任せる」
「……じゃあね、ドフィ」
出航を知らせる汽笛が鳴って、ゆっくりゆっくり船が進んで行く。
甲板からドフィに手を振った。
「いってきまーす!」
ふざけて投げキッスを送ると、ドフィはやれやれと息を吐いた。
このときのおれはなにもかも甘かった。楽天的だった。ローくんもドフィも、話せばわかってくれるって信じてた。どんな結果になったとしても。
◆
新世界と呼ばれる海を逆走する形で渡り続けて、おれはひとり旅をする。行く先々でローくんについて聞き込みをするんだけど、なかなかこれといった手掛かりを掴めないでいた。
そもそも、一ヶ月に一度は帰るなんて約束が邪魔だ。これじゃあろくに遠くへ足を伸ばせない。そんな文句を電伝虫でドフィに伝えると「今更気づいたのか」と笑われた。
「おれもドフィみたいに空を飛べたらまだマシだったかも」
『悪魔の実のおねだりとは大きくでたな、ニア』
「んんん、そういうつもりじゃなかったけど」
飛ぶ能力と聞いて思い浮かぶのはトリトリの実だけど、あれは貴重も貴重すぎて手に入らないだろうなあ。
「これじゃあ行けてもシャボンディくらいだよね」
『危ない海をひとり旅させるわけにいかねぇだろ』
「……でもそれじゃあ」
『わからねェのか。そりゃあローの件も大事だが、おれはお前だって大事なんだよ』
「へ」
フッフッフッ、と不敵に笑う声がする。
「……おれに任せるって言ったよね」
『ああ、嘘じゃねェよ」
「わかった。あんまりわがまま言うのもよくない」
『物分かりがよくて助かる』
ドレスローザからシャボンディ諸島の間がおれの捜索範囲になった。直線距離で言えばそう遠くはないけれど、いかんせん周囲には島も多い。これだけでもかなりの数になると言える。
「もうすこしローくんの海賊団が名を上げてくれれば探しやすいのにね」
『へえ?』
「そしたら手配書が出る。海軍の捜査網にもかかるから、ヴェルゴさんに聞けば情報は集まるし。何より口コミだよねえ。あそこの島でローくんを見たって目撃情報を辿れるし、次の島にもアタリをつけられる……し、ああ、ごめん喋りすぎた」
はっとして口を押さえるけど、ドフィはややあって「続けろ」と先を促した。
「別に、ローくんからじゃなくていいんだよ。そう……クルーの誰かを捕まえられたらローくんの足取りも掴めるだろうし」
『そう簡単に口を割るか?』
「ドフィドフィドフィ〜?」
『うん?』
「おれ、拷問は得意中の得意だよ」
胸を張ってそう言えば、ドフィは満足そうに「そうだったな」と返してくれる。
捜索範囲にシャボンディ諸島が含まれるのはラッキーだ。七武海であるドフィの後ろ盾のおかげであの諸島へ行くのには不便もない。
「……あと。もしローくんがこれから先力をつけて海賊やってくとしてさ。シャボンディまで来られないようじゃ、そのうちどこかで死んじゃうでしょ」
『厳しいねェ』
「そしたらゆっくりオペオペの実を探せばいいだけだからね。おれが食べて、ドフィのために死んであげる」
『百点満点だ、ニア』
ドフィったら嬉しそう。よかった。今日は機嫌がいいみたいだ。
ただ、十中八九ローくんは新世界までやってくる……っていうのはおれの予想に過ぎないわけだけど。コラソンのあの口ぶりを思い起こすに、ふたりの間にはそれなりの……いや、かなりの信頼関係が築かれたんじゃないかな。
もし、ふたりの立場がおれとドフィだとしたら。おれはきっとドフィを殺した奴を許さないだろうし。気の強いローくんのことだ。多分、ずっとずっと根に持ってるだろうな。
「おれはドフィのおかげで海軍の力も借りれるからさ。危ないことはしないし、ちゃんとお土産とかも持って帰るから心配しないでね」
『ああ、待ってる』
電伝虫の通信を切ると、おれは宿のベッドに潜り込んだ。
ローくんは、おれにとっての恩人だった。あの日あの時、彼と巡り会ってなければきっと助からなかったし。万が一生き繋いだとしても、待ってたのは詰まらない人生だったろうな。
飢えの辛さも、貧困の苦しさも嫌というほど味わった。あんな生活が続いていたのなら今のほうが何倍もマシだ。
あのままローくんと一緒に、ドフィのところで楽しく過ごすとばかり思ってたのに。
ドンキホーテ・ドフラミンゴという男がどういう奴かは理解してるつもりだった。幼い頃に抱いていた盲信と、いま抱いている忠信はまったく別物だ。
おれも流されるままに生きてきて、ただ身体が大きくなったわけじゃない。
世間にとって彼がどんなに「悪いこと」をしているかどうかは分かっているつもりだ。
だけど恩がある。
食わせてくれて、学ばせてくれた。悪いこともいいことも、だいじなこともくだらないことも。おれのこれまでの人生は、ドフィ抜きじゃ語れないものだ。
ローくんだって、そうなるんだと思ってたのに。
心のどっかじゃ、分かってたのかもしれない。ローくんに戻って来る気があるのなら、この十年の間になにかしらの連絡があった筈だ。なのにそれもない。
挙句に海賊団を組織して、いまでは一船の船長さんだ。
もし。もしおれの説得がなんの意味もないものだとしたらどうしよう。話せば分かってくれるはず、で押し通せるような事態じゃない。
なにごとも準備はしておくべきだ。
ローくんがドンキホーテに戻る気はないと言ったそのときはどう判断すればいいんだろう。
行動方針は決めておかなくちゃならない。いちばんいいのは、勿論ローくんがおれの説得に頷いてくれることだけど。首を振った彼にどうするべきなのか。
ある程度予想や筋道を立てて考えてはいるがどうも定まらない。なぜなら、おれはいまのローくんを知らないからだ。
いまの彼がなにを軸に考え、動き、判断しているかを知らなけらばならない。説得とは説き伏せることだ。そのための準備が要る。