05
「ドフィ、ローくんの手配書が出たね」
『ああ、届いてる』
「もうすっかり有名人だ。聞いた話じゃここら辺に辿り着くまでまだまだ掛かりそうだね」
かちん、かちん。ライターを弄びながら電伝虫でドフィへ定期連絡を入れる。
『不良息子め。一丁前に煙草なんざ』
そう言うドフィはいつもの調子で笑っていた。
「ちょうどね、コラソンが吸ってた銘柄が見つかって」
『……へえ』
「複雑?」
『いいや? 好きにすりゃいい』
「もしローくんを見つけたときにさ、おれは、まずは好かれなくちゃいけないんだと思って」
するとドフィは鼻を鳴らしてしばし考える間を取った。
『話してみろ』
「いやね、ただ……そうだなあ、なんて言えばいいんだろ」
煙草に火をつけて、煙を吸い込む。ひと息ついて、おれは続けた。
「においっていうのはそのまま記憶と結びついてるもんだから。もしコラソンとローくんの間に並々ならぬ事情や思い出があったとするでしょ」
『ああ』
「おれからコラソンとおんなじ匂いがしたらさ、ちょっとは気を許してくれるかなって」
『フッフッフッ……そう上手くいくかな?』
灰皿へ灰を落とし、おれは「いいんだよ」と返した。電伝虫の向こうでドフィは、興味深そうにおれの言葉を待っている。
「なんでもいいの。きっかけがあれば。ひとの心なんてすーぐダメになっちゃうからね。それはドフィもよく知ってると思うけど」
『ニア、お前もまたとんでもねェガキだ』
「ローくんの出方次第になっちゃったとしても……おれはね、ドフィ。ローくんには交渉するとき少しでもリラックスしてほしいんだよね」
それがローくんをひと時だけ騙すことになってしまうとしても。ローくんから情を貰えばあとは簡単。ひとを絆すのは得意だった。悪魔の実の能力を持たないおれが、ドンキホーテに身を置いていちばん磨いた技術。
それがいったいどこまでローくんに通用するかは分からないけど。
「交渉を成立させるための用意だよ。成功率は百%にならなくても、あげることはできそう。ローくんもひとの子だしね」
『あまりナメて掛からねェことだ』
「分かってるよ。おれに任せて」
『上手くやる、か?』
「そういうこと」
定期連絡はここまで。通信を切るとおれは煙草の火をねじ消した。
そうそう上手くいくとは思ってない。ローくんは、コラソンという大人ひとりが命を投げうってでも救った命だ。そんな人間を甘くみられるはずがない。
おれとローくんは、そこのところはすこし似てる。生かしてくれたひとへの思いがどれだけ根強く人生に作用するか、おれはよくよく知ってるつもりだ。
「ただいまあ〜帰ったよ」
「ニアさん!」
「ニアくんだ!」
ドレスローザへ一時帰国し、港へ着けば見知った顔のやつらが声をかけてくれる。そいつらに「ありがとありがと」と返しながら、おれはひととオモチャたちが歩く通りをするする抜けていった。
王宮を目指して歩いていると、受け持ちのカジノの通りへ出る。チラっとなかの様子を伺ってみたけど、なかなかに繁盛しているようだった。えらいえらい。
「あ」
「ん?」
「ドフィ。お散歩? 珍しいね」
歩き続けて王宮までの一本道を進んでいると、見慣れたピンクのもふもふが見えた。小走りで駆け寄ると、ドフィは両腕を開くので遠慮なくその胸へと飛び込む。
「帰ってくるなら連絡しろ」
「びっくりさせようと思って」
「待ってろ、すぐに酒の席でも用意させる」
「いいよ別に。特別扱いしなくても」
「させてくれたっていいだろう。オムライスか? ハンバーグか?」
「そんな年じゃありません」
ローくんが名を上げた海賊となったいま、焦って探す必要もなくなった。彼が船を率いてこちらまでやってくるとするならば、その足取りを監視し続ければいい。シャボンディまでやってきたときに迎えに行けばよさそうだし。
「ただいま」
「おかえり」
「前に言った通り、これからはちょくちょく帰るよ」
「ずっと居りゃいいじゃねェか」
「だーめ。なにがあるか分からないんだから。あと、ひとりでブラブラするのも楽しいし、シャボンディでも馴染みの店もできたよ」
だから今日のお土産はこれ。
そう言っておれは馴染みの店で譲ってもらった上等のワインをリュックから取り出す。
「へえ、こりゃいいモンだ」
「でしょ。王様のお口に合うかな」
「お前が下手なモン選んでくるワケがねェ」
わしわしと頭を撫でる手が結構乱暴だ。くすくす笑って撫で受けると、おれはドフィの腕の中からするりと抜けだす。
「こんなところで何してたの」
「ヤボ用だ。それに自分の国を視て回るのは王の務めだろ」
「確かにね」
ドフィはそろそろ王宮へ戻るらしかったので、隣を歩いておれも帰ることにする。
「……ハートの海賊団だってね」
「アァ、そうらしい」
「かわいいね。ハートだって。もっとイカつい名前にするのかと思ってた」
「可愛げのねェやつだよ、あいつァ」
おやおや御機嫌斜めかな?
そう思って顔色を伺ってみると、なんとも不敵な笑み。心配要らなさそうだ。
「……ハートの席はずっと空いてる」
「ああ」
「座ってくれれば万事収まるけど、一筋縄じゃあいかないね」
「どう見る?」
「ローくんの噂は集めるだけ集めてみたけど。ドフィとの生活が長かったからすっかり捻くれてるみたい」
「そりゃお前もそうだな」
「おお、褒められてる?」
「バーカ」
陽気な音楽の流れる街をあとにして、王宮へ。侍女がおれたちを出迎えてくれるので、重たい荷物は預けてしまう。
「おかえりなさいませ、ニアさま」なんて声がかかるのもちょっと気分がいいもんだ。
「いろいろ考えたんだけど。おれがハートの船に乗るのが手っ取り早くない?」
「大胆だな」
「頷くならそれでよし。ドフィに刃向うとしても……どの道、ドレスローザには誘導できる」
「言い切るなァ」
「仮定の話をするね」
もしも、万が一。ローくんがドフィへの恨みからドフィを討とうとしてる。これがおれにとって最悪のケースだけど……と前置きをしつつ、おれたちはドフィの部屋へ入っていく。
「そうなったとき、ローくんが喉から手が出るほど欲しいもの」
「聞かせな」
どっかりとソファへ腰を下ろすドフィの前に、おれは立ったまま続けた。
「それはね、ドフィの情報」
「情報源自ら敵船へ乗り込むってのか」
こりゃいい。とドフィはおかしそうに笑う。
「もしローくんが敵になるとしても、そうなればローくんはおれを殺さないし殺せない。ドンキホーテの情報がこれでもかって詰まってる」
「確かにそうだ」
「ローくんはおれの口を割ろうとするでしょ。懐柔してもいいし、拷問にかけてもいい」
おれが口を割るまではおれの命は保証される可能性が高い。何故なら七武海のドフラミンゴの情報なんて、世界中に広まってるのはその上部だけだ。
ファミリーの内部構成も、ローくんがいたときよりも随分変わってる。ドレスローザという国の情報だって、一応現地の人間であるおれには地理もあった。
「敵の情報を多く握ったほうが勝ちの世の中だから。賢いローくんはおれに価値を見てくれる」
「そのあとはどうするつもりだ」
「どうとでも。臨機応変に対応する。ふん縛って玉座の前に転がしても構わないし。おれの仕事はローくんを探して、帰ってきてよってお願いすることだからね」
こうしてドフィと策を練っている時間にも、ローくんは新世界を目指して海を進んでくる。
はやくおいで、はやくきて。はやく君の顔を見せて欲しい。今はどんな声で、どんな顔しておれを呼ぶのかはやく知りたい。
「ぜーんぶ上手くいったら、おれにご褒美ちょうだいね」
「何が欲しいんだ」
「ハートの次席。おれはローくんのスペアだからさ。ドフィの右腕のための右腕になる」
「いい心がけだ」
「百点満点?」
「勿論」
もしかしたら、こんな空論に意味はないのかもしれない。それは目の前にいるドフィだって理解してるはずだ。
だけど人は語らずにはいられない。こうなればいいな、こうしたいな。その理想論こそが原動力だ。欲しいものは手に入れてみせると、野心を駆り立てるちからになる。
「お前は本当にローが好きらしい」
「うん、好きだよ」
だからおれはあらかじめ、ドフィに嘘をついておくのだ。いまは百点満点だって褒められていたいし、いまのニアという男はこう答えなければならない。
「ドフィの次にね」
心がひとつ、死んでいく。