01
朝に弱い体質が、煙草を始めてから更に弱くなった気がする。
おれは日々思い募るローくんに会えることだけを楽しみにこれまで散々頑張ってきた。と思う。白くまを仲間に引き入れた経緯も聞きたいし、その大太刀はどこで手に入れたのかも気になるし、可愛い帽子はどこで買ったの? とかも聞きたい。それでも今のおれがいちばん気になることは、おれのことちゃんと覚えてくれてるかなってことだった。
いや勿論、任された仕事はちゃんとやる。おれも今年で二十だ。あれから二年の間でドフィを説き伏せることに成功したので、ひとまずローくんと接触後には彼の船に乗り込んでしまおうって話に落ち着くことができた。
一安心、したのもつかの間である。シャボンディの酒場をウロウロしていた際にとうとうその噂を耳にしたのだ。
ルーキーどもがシャボンディへやってくる。
朗報だった。やっとの思いでおれはローくんのことを出迎えてやれる。真っ先に髪を切ったし、新しいジャケットも買った。革靴も新品を下ろした。
中でもお気に入りは黒い羽を使ったピアス。よく似てる。うんうん、よく似てるんだこれは。先代のコラソンが羽織っていたもふもふに。
まずはローくんの気を引きたい。そればかりだ。ああ、気づかれなかったらどうしよう。でもそれはそれでいいかな。初めまして、から始めるのもいいかもしれない。
楽しみだ。楽しみで楽しみで仕方ない。おれがこんな生き方をするハメになってしまった根元のローくんにやっと会える!
こんなにおれの気を引いて夢中にさせて、悪い子だローくん。ドフィにもたくさん迷惑かけてるんだぞ。なんて、おれが言うのも筋が違うか。
ルーキーが集結するだろうとの報せを受けて、おれはちゃんとドフィに連絡を入れた。いよいよだよ! って。そしたらドフィも嬉しそうな声で「そうだな」って言ったんだ。
ほんとはさ。ほんとはね。
おれ実は知ってるんだ。ドフィがあんまりおれに期待してないってこと。説得なんてさっさと失敗して、はやく自分の目が届く範囲に置いておきたいってこと。
だけどそれはそれ、これはこれ。ドフィにはドフィの人生があるように、おれにはおれの人生がある。ドフィのために働くのは楽しいしお金になるけどさ、どうしたって譲れないものがおれにもあるわけで。
ただただローくんが欲しい。そう思っている。
これは純粋な恋心なんかじゃない。そんな可愛らしい想いじゃない。まるで復讐じみた執着だって言っていい。おれをこんなにも妄執させて、欲しいとまで思わせたローくんが悪い。さよならも言わずに消えちゃったのが悪いよね。
おれはローくんが欲しかった。どんな形でもいい。ハートの席に着いたローくんの部下でもいいし、仮初めのクルーでも構わない。
ただひととき限りの関係でも、ローくんに好かれてみたかった。先代コラソンが命を賭けてドンキホーテから逃した男がいったいどんな人間になったのか。期待と不安が折り混ざるこの感覚。普通に生きててなかなか味わえるものじゃない。
ローくんを手に入れて、ドフィのところに戻る。それがいちばんいい。それがいちばん楽しそうだし、わくわくするし、きっとそれがおれにとっての幸せのかたちだ。
身綺麗にして、おれは朝早くからシャボンディ諸島をウロウロする。まだかな。もう着いてるかな。いかんせんシャボンディ諸島は広かった。
見つけたらなんて声をかけよう。
久しぶり、おれのこと覚えてる?なんて普通すぎるかな。ローくん! って呼びかけたらどんな顔するだろう。近づいておれの匂いを嗅いだ時の反応も楽しみだ。
頭の中はローくんでいっぱいだった。恋なんかじゃない。そんな生易しいもんじゃない。ドフィのためだと言い訳をして、いちばん欲しいものを安全に手に入れようとしてる卑怯者だ。
だけどそれでいい。
欲しいものが手に入ったときの快感は、セックスなんかの比じゃあないのだ。
そのとき、静かな通りに面したカフェからパリン、と何かが割れる音がした。なんだよ全く、人が気分よくローくんを探してる最中だっていうのにさ。
興味本位で近づいてみると、そこはドンキホーテのしるしを掲げたカフェだった。ドフィは本当に手広く商売をするなあ、なんて感心しつつも、こっそり店内を盗み見る。
「待って」
待って待って待って待って!
「居るじゃん」
居るじゃん!
ローくんが! 十メートルくらい先のソファに座ってるじゃん!
どうしようどう声をかけよう。考え中だったからまだ全然きまってないんだってば。
ぐるぐるぐるぐる考えながら、えーっと、ローくんはおれの四つ上だから、二十四歳になったローくんを観察する。二十四歳! やばいだろ。カッコいいにもほどがあるのになんだあのふわふわした帽子。抜け感か? 抜け感狙ってるのかな可愛いなあ。なのに目つきが全然可愛くない。そんなところも魅力的、なんて恋する乙女よろしく現実逃避をしていたときだった。
「お前のことなんてな、ニアくんがさっさと捕まえちまうだろうよ!」
それは、店主らしき音が言い放った一言だった。
「えぇ……?」
せっかくの―せっかくのサプライズだったのに! 台無しだ!
「おはよおございまあす」
間延びしたおれの声が、緊張感のある店内には思った以上によく通る。朝も早いこともあってか、ハートの海賊団の面子数人以外に客はいなかった。好都合、好都合。
「あっ……ニアく、」
「ねえ、あのさあ。どうしてその悪いお口はおれの話をしちゃったの。おれが彼に会いたがってるってことは内緒にしてねってお願いしたでしょ」
悪い子だ! カツンと革靴のヒールが大理石の床を削るような勢いで音を立てる。
「わ、悪い」
「悪い?」
「すまねえ!」
「すまねえ?」
店主の顔色はみるみるうちに青ざめていく。可哀想。可哀想! だけどおれの長年の楽しみを奪った罪はとってもとっても重たいのだ。
「そうそう、悪いし、すまないことだね」
「ゆ、許してくれ! なにをそんなに怒って」
「怒ってる。怒ってるよ」
店主の傍らへ寄る。おれより頭一つ背の高い男だった。
おれは彼をじっとり睨め付け、眉をひそめる。
「店じまい」
「え?」
「おれが店じまいって言えば店じまいなの。お願いだから分かってね」
いまおれ、すっごく怒ってる。
「明日からのお仕事どうしよっか。職無しかァ……大変だ」
「な、なにを言ってんだニアくん」
「海王類釣りのエサとかどう? 明後日から働かなくてよくなるし、悪い話じゃないんじゃない」
「ま、待ってくれ待ってくれ話を聞いてくれ」
「君はおれより偉いひとなの?」
すこし虐めてみると、彼の言葉尻がみるみるしぼんでいく。
おれだってドンキホーテの一員だ。幹部でないにしろボスのお気に入り。そんなのはちゃんと耳に入ってる。だからこそ怯えきっちゃってて可哀想。
殺したって構わないけど、ローくんの一日の始まりに死体を見せるわけにはいかないもんね。
「沙汰は追って連絡が入るから。幹部でもないおれの名前を出して、億越えルーキーくんがビビるとでも思ったの。ほんとにバカ」
「すみませ、」
「もう喋らないで。時間が勿体無い。さっさと従業員連れて出てってね。ここはもう店じまい。いまからおれが使うから」
怒ってます。怒ってますよ、の視線を投げかければ店主は尻餅をついてそのまま這いずるようにして下がって行った。聞き分けはいいみたいだから、裏から他の人間を連れて外へ出てくれるんだろう。えらいえらい。
「…………お前」
「ストップ!」
ひと騒動落ち着いて、耳当たりのいい低音がおれに呼びかける。まだ向こうを見られないでいる。ああおれの背中の向こうにローくんがいるのに。
「やり直し」
「は……?」
おれは手櫛で髪を整えて、いまだ張り詰めた空気の中意を決して振り返る。
そこにはローくんの両サイドを護るみたいにして立ちはだかるハートのクルー。そしてその中央で未だ腰掛けたままの。トラファルガー・ロー。
「おはよう」
「……」
「参ったなあ、こんなはずじゃなかったんだけど」
人当たりのいい笑顔を作って、おれはすこしずつローくんに向かって歩き出す。
「おれのこと、覚えてるよね」
ああ、泣いてしまいそうだ。ずっとずっと会いたかったよ、ローくん。
ローくんは事態を把握しきれてないようだった。その気持ちもわかるよ、おれだってまだまだ頭が追いつかない。夢みたいだ。またこうしてローくんに会えるだなんて。
「船長」
「キャプテン」
「いい、下がってろ」
そう言うとローくんは両サイドのクルーを下がらせた。
さてここからどうしよう。まずはローくんの出方を見てからでいいかな。
「ニアだな」
「…………うん、そうだよ」
名前を、名前を呼んでくれた。もう感無量だった。ローくんがおれのことを覚えてくれてた。あれからもう何年経った? 十一年。十一年だよローくん。おれはね、ずっとずっとローくんに会うためにいままで生きてきたんだよ。
「びっくりした?」
「どういうつもりだ」
「……どういう?」
「おれを捕まえるだって? 幹部でもないってことは……お前まだあそこに居るのか」
ほらやっぱりローくんは賢い。
ちゃんとおれと店主のお話を聞いてたんだね、ってそりゃそうか。いやあちょっと失敗しちゃったなあ。あんなに怒ったところ見せるつもりはなかったのに。
「……居なくちゃならなかったんだよ」
ほんとだよ。そうでなくちゃローくんを探せない。そうじゃなくてもおれはひとりでドレスローザを、ドフィのそばから離れられない。
けどそれは今日までの話だ。ローくんが来てくれたおかげで、長年の夢が叶うんだ。さあ、おれを悪いドフラミンゴから奪って攫って。
オーケー、筋書きはできたよ。この線でいこう。
「…………おれの話を聞いてくれる?」
「そりゃあおれに利のある話か」
「勿論。おれはそのためだけに今まで生きて来たよ」
す、っとローくんの視線が持ち上がっておれをまっすぐ見た。いまの言葉の中に気になるワードがあったのかな。いいよ、今は突かないでおいてあげる。
「お隣座ってもいい?」
「そこを動くな」
鋭い言葉が飛んでくる。
それは命令? いいよ、ローくんの言うこと聞くよって昔に約束したもんね。
「けち」
「…………」
「ああ、怒らないで」
おれは取り出した煙草に静かに火をつける。しばしあってローくんの眉間のシワがぐんと深くなった。ああ、効いてるな、と確信する。コラソンの煙草の匂い、ちゃんと覚えてるんだね。
「おれはまだあそこに居るよ」
「……そうかよ」
「ローくんのために」
テーブルを挟んだ向こう側で、またもローくんの視線が緩やかに跳ねた。目は口ほどに物を言うとは言うけど、まさにそれだね。
おれはテーブルに乗っかってる灰皿へ灰を落としながら、電伝虫を取り出した。
「もしもし、おはよう」
『ああ、ニアか』
その瞬間、ローくんは立ち上がろうとしたけど指を振って制す。それだけで、ローくんはドフィのことが嫌いなんだなってよく分かった。想定内だけど、やっぱりそれはさびしいことだ。
「ローくんを見つけたよ。帰って来てねってお願いするね」
『ああ、いい報せを待ってる。可愛いニア』
「いつもそんな言い方しないだろ」
『期待してるよ、お前には』
ドフィの嘘つき。どうせ失敗するって思ってるくせにさ。連絡はそれで終わり。ローくんを見やればそうとうお怒りのようで、これにはおれも参っちゃったな。
「っていうことなんだよ」
「お前程度に捕まるようなおれじゃねェ」
「……やだなあ。本気にしたの? おれはね、ローくん。あの人に嘘をついてる」
これは本当のこと。
「裏切り者のおれのこと、助けてくれる?」
じんわり滲んだ涙なんかに効果はないかもしれない。だけどこれも本当のこと。ずっとずっと迷ってるふりをしてた。悩んでるふりをしてたんだ。
もしもローくんがおれのお願いに頷かなかったらさ。
「ひょっこり現れた仇の身内の素性も知らねェで匿ってやれると思ってるのか。めでてェな」
「ちがうよ、ローくん」
断られちゃったときにする次のお願いは、ほんとはもうとっくに決まってたんだよ。
「おれのこと殺してくれないかな」
だってもう、おれの幸せは叶わないんだから。
ローくんが帰って来る気がないと分かった場合の身の振り方について、おれ自身熟考してきたつもりだ。
そのときは、ふん縛ってでも玉座の前には転がすとは言ったけど。そんなこと到底できっこない。そんなの分かってたよ。相手はオペオペの能力者で億越えルーキー。それに比べておれはちょっと諜報が得意なだけの鉄砲玉。
元からドフィがローくんのこと、つまりオペオペの能力を見逃すつもりなんてなかったことくらい知ってたし。だけど表立っての捜索なんかはされてない。それは今日までおれが抑えてきたからだし、ドフィがおれの我儘を通してくれただけ。
ドフィはローくんを諦めない。おれの我儘を通したのだってただの暇つぶしに過ぎないことくらいわかってる。
ドフィは身内の失敗を責めない男だけど、出来っこない命令なんかは絶対しないから。
だからおれはね。いつまでたってもドフィのオモチャのまんま。ペットとおんなじ。
「……おれのお願い、聞いてもらえる?」
「馬鹿馬鹿しい」
「どんなにおれが考えてること話したって、ローくんは納得しないよね。例えば……そうだな、この店にくっついてる後ろ盾のしるしを踏むとか壊すとか。そういう踏み絵みたいなことしたってローくんは納得しない」
「分かってるならさっさと失せろ」
上手くいかないんだもんなあ。ドフィとローくんがまた仲良くしてるところを、おれはそばでみていたかっただけなのに。
「どんなに大事なものでも順番を決めて選ばなきゃならない。おれがあそこで学んだこと」
「だから?」
「おれは育ててくれたあの人に恩があるけど、恩の話で言えばローくんのほうがずっと重たい」
「さっさと忘れちまえばいい」
「おれ一人程度、ここで殺さず逃してもなにも変わらないから?」
「…………そうだ」
「ローくんならそう言うと思った」
大事なものに順番をつけて、選んでいく。選ばなかった方は捨てるだけ。そうしてきたのはドフィも同じで、おれはそれを真似してる。
ドフィにとってコラソンもファミリーも大事なものだった。だけど順番をつけてファミリーを選んだ。そういうこと。
「なにが狙いだ」
「……おれはもうなんにも出来ないや。ほんとはね、ローくんがあの人のところに戻って来るのがいちばんいいんだって思ってた」
「あり得ねェ」
「だろうね」
ほんとはね、ほんとは分かってたよ。
「……お手上げだあ。おれはもうどこにも行けない」
「帰りゃいいだろうが」
「帰れないよ。帰れるわけない」
灰皿に煙草を突き立てて、ぐじぐじと火を消した。ローくんはさして興味のなさそうにおれの指をじっと見てる。
「……ほんとはおれだって、賢く生きたい。このままローくんの説得に失敗しちゃったって、あの人のところに帰るのがいちばん安全」
「だろうな」
「だけど……駄目なんだよね。ローくんとこうして顔も合わせて話もしちゃったし。何よりおれのほんとうのお願いだって言っちゃった」
ローくんを諦めて、ドレスローザに戻るとして。そしてまたおれはドレスローザでドフィと楽しく暮らしながら、なに不自由のない生活を送る。
だけどもうそこにローくんは居ない。
「……あれだけ会いたい会いたいと思ってたけど、会うんじゃなかった。きっとおれは向こうに帰ってもローくんのことを思い出して、すーぐ使い物にならなくなる」
「……」
「けど、最後に会えてよかったな」
「なにを考えてる」
くるりとローくんに背を向けて、おれはいまにも締まりそうな喉を無理やりこじ開ける。
「この先あの人に会うことがあったらよろしくね」
「……なんの話だ」
「ローくんは本当にあの人と敵対するわけでしょ。そんな相手にうつつを抜かしてたら、あの人だっておれを処分しなくちゃならなくなる」
そうしたらドフィにまた、ファミリーだった人間に手を掛けさせてしまう。
「もう疲れちゃったからさ。念願叶ってローくんにもまた会えたわけだし。おれはこの瞬間のためだけに生きてきたから、もういいかなって」
「殺されねェなら死ぬつもりか」
「どこにも逃げられないからさ。追ってこられないためにはそうするしかない」
どう足掻いてもおれはドフィのお気に入り。生きているなら必ず探し出されて手元に置かれる。一度逃げ出したのならもう王宮の外にも出られないかもしれないな。
ドフィはそういう人だから。ドフィがおれに飽きるまで、おれはドフィに尻尾を振り続けなくちゃならないわけだ。二度と会えないローくんを想いながら。そんなの絶対耐えられない。
「ばいばい、ローくん。やっとちゃんとお別れできるね」
こつんこつん、と足音を響かせておれは出口に向かって歩き出す。
すると後ろからローくんがおれを呼び止めた。
「待て」
正直おれは、その続きを聞くのが怖かった。
「待たないよ」
「頑固だな……お前は昔からそうだ」
こう、と決めたら曲がらねえ。なんてローくんの口調がすこしだけ穏やかになる。
「なにを企んでやがる」
「何も。考えてることは全部……」
「言ってねェよな」
おれの背中にかけられる声がだんだんと重たくなってくる。ぎし、とソファが軋む音がした。
コツコツ鳴る音はきっとローくんの足音だ。ああ、いやだな。こっちに来る。どうしようかな。どこから何をどう話せば、いちばん欲しいものが手に入るんだろう。
考えろ。考えろ。
「素直に話せ」
「……だいたい話しちゃった」
後ろを振り返れば複雑そうな顔をしたローくんが居る。そんな彼の顔を見ればもうダメだった。おれは結局その場にしゃがみ込んでしまう。
「いっかい断ったくせに、引きとめないで欲しい」
「……気が変わった」
「嘘つき」
傷ついた演技をするのは得意だ。これまでの人生で何度も使った手段。
なのに心を上手く制御できない。また涙ぐんでしまいそうだ。これは演技。演技なんだよ、ローくんの気を引くためのお芝居だ。そう自分に言い聞かせてなんとか涙を引っ込める。
嘘をついてるのはおれのほうだ。ローくんにも、ドフィにも。けど、いくら嘘をついたって、いちばんの幸せはもう叶わない。だからもう何がどうなっても構わない。
「洗いざらい全部吐けば何か変わる?」
「さァな」
「……おれ、行くね。船のコーティングやるならしばらくは居るわけだ。ならローくんがここを出てくまでは死なないでいる」
よいしょ、と立ち上がって崩れた髪を整える。未だ何か言いあぐねている様子のローくんは、歯がゆそうにおれを見ていた。
「おれは二つ隣のグローブにあるホテルにいるから。何か困ったことがあれば声かけて……ああ、なんでもいいよ。金貸せとか、美味い店連れてけーとか。女紹介しろとかでも全然」
「…………お前と話すと疲れる」
「こっちの台詞。ローくん相手だと全然ダメだ。思うように喋れない」
なんだそりゃ、とローくんは顔をしかめる。
「言ったでしょ。ローくんがおれにして欲しいことがあるなら、おれは言うこときくよ」
「……ニア」
「だって死にかけてるおれを、ローくんが見つけて拾ってくれたんだよ。さっき忘れちまえって言ったけど……、忘れられるわけない。生かしてもらったんだからね」
新しい煙草に火を灯して、おれはローくんのそばから離れてゆく。
「ローくんのために何かできることがあるなら嬉しい。だから、水買ってこいとか、皿洗えとかでもいいよ」
「……変なヤツ」
「でしょ。あの人のところに居るんだからさ、そりゃ感覚もおかしくなる。まともに取り合ってくれてありがとね」
だからさ、おれという存在がローくんにとって善いか悪いかはローくんが決めて。
「ここを出てくまではなんでもお手伝いしてあげられる。だからなんでも言って」
「いいコーティング屋を紹介しろと言ってもか」
「うん、いいよ」
「そこに払う料金」
「勿論」
「アイツの息のかかってねェ店」
「いくらでも知ってる」
「アイツの情報を寄越せと言っても?」
「…………いいよ」
なんでもいいよ。
どうせおれにはこの先なんて無いに等しい。ドフィに飼われるままの暮らしが待ってて、それも悪くないかなって自分を騙せばいつか幸せだって思える日も来るかもしれないし。
だから、おれをどうしたっていいよ。
「なんでもいいよ。おれはずっとローくんの部下だからね」
「命を放り出すような馬鹿は要らねェよ」
「……厳しいなあ」
おれは店を後にする。うしろでハートのクルーが船長を気遣うように声をかけているのがなにやら聞こえたけど、聞き耳をたてるようなことはしなかった。
外に出てしばらくして、おれはドフィに連絡を入れる。
「おれだよ」
『ああ、どうだった』
「ドフィのことあんまり好きじゃないみたいだから作戦変えようと思って。また報告するね」
第一段階は失敗しました、と言外に仄めかせばドフィはさして気にした風もなく「わかった」と返事を寄越した。
「じゃあまたね、ドフィ」
『ああ。早く帰ってこいよ』
「うんうん」
そこで通信は途切れた。おれは電伝虫をしまいながら、深くため息をつく。
「……おれはもう帰れないよドフィ」
おれの心はすっかりローくんの方ばかり向いてる。あの日から今日まで、心だけはずっとローくんの部下でいたつもりなのかもしれない。
勿論ドフィのことを大事にしたいという思いに偽りはない。なのにこの息苦しさはいったいなんだろう。おれにはドレスローザから勝手に抜け出す度胸も、ドフィを正面切って裏切る覚悟もなかったけど。
だけどもし叶うなら。おれだって、ひとらしく夢を見てみたい。どうすればローくんに好いてもらえるのか、そればかり考えている。