好きな食べ物

それからドフラミンゴ様からの通信も特になく、お帰りを待つこと四日が経った。明日の何時に戻られるんだろう。もうずっとそればかり考えてる。

夕飯のあと、すぐに部屋へ引っ込むつもりだったおれはキッチンで偶然ベビーと鉢合わせになった。水だけ取りに行こうと思っただけなのに。

バッファローよりもずっとお喋りなベビーは、いつどこでおれを見かけても必ず声を掛けてくる。初めの頃よりは慣れたものだったけど今は上手く付き合える自信がなかった。

「ヤエ〜……」
「何?」
「あのね……私、アイスを食べようと思ったの」
「食べたらいい。ジョーラが好きにしろって言ってたろ」

早く会話を切り上げてベッドに潜り込んでしまいたかったのに、普段と違うベビーの様子がどうしても気になる。

「私ね、いちごのがよかったの。でも最後のいちご、バッファローが食べちゃって……」
「そうなのか。チョコは駄目?」
「駄目。いちごがよかったの」

泣き出しそうな顔をしていた筈なのに、なぜかおれに向かってむくれた顔を見せてきた。そんな顔をしたっておれはアイスを作ってやることもできない。腹いせにバッファローに喧嘩を吹っ掛けるのかと訊ねても「ちがう」と言う。

「……買いに行きたいからついてきて」
「わがまま」
「わがままでもいいの! いちごがいいんだもん」

頑として譲らないベビーはおしまいにおれの腕を引っ掴んだ。

「……おれ、もう眠いんだよ」
「アイス屋さんはすぐ近くだからお願い! 大人に知られたら『アイスくらいでわがままなヤツだな』って思われちゃうでしょ。ヤエにしか言えないの」

ここにいる大人たちに知られたくないことがあるという気持ちには共感できるので、おれはそれ以上強く言えなかった。それに、いつもは聞き分けがいいベビーがこんなにも我を通したがるほど「アイスの味」は彼女にとって重要らしい。

興味がないこともない。
気を紛らわせるには丁度いいのかも。

「…………ゆっくり歩いていいなら行くよ」
「本当!? ありがとう!」

おれたちは大人に見つからないようにこっそり歩いて倉庫を抜け出した。昼間はごみごみした印象の港町は、夜になると静かで過ごしやすい。

でも、すこし歩いたところで足音を聞きつけたらしい耳ざといグラディウスが玄関から顔を出して何事か言ってきた。部屋の中を指差しながら何かを伝えようとしている。

「きゃあ! 見つかった!」
「戻れって言ってるんじゃないのか」
「ちょっとそこまでのお散歩でしょ? 夜なんだから子どもは家に居ろなんて言う人じゃないし……何か緊急事態ならもっと大きな声で呼ぶと思う」

本当かなあと再びおれがグラディウスを振り返ると、彼は斜め上の何もないところを見上げていた。少しだけ悩むような素振りを見せたかと思ったら部屋の中に引っ込んでいってしまう。

「ほらねっ」
「急用じゃないならいいか。すぐ済ませて早く帰ろう」





「ヤエはアイスで好きな味はある?」
「ない。食べたこともない」
「一度も? じゃあ一緒に食べようよ。いちごね」
「何でもいいけど。分かった」

ぼんやり街灯が灯っている道を歩いて中心街を目指す。ベビーはおれのゆったりとした歩幅に合わせて歩いてくれるので少し楽だ。

ドフラミンゴ様のお帰りを待つばかりだった倉庫を後にして、自分の意思でドフラミンゴ様の居るはずのない店へ向かう。
それはなんだか不思議な感覚だったけど、これが俗に言う気晴らしなのかもしれない。なるほどこれが——決してあの倉庫に居るのがストレスになっているわけじゃない。あそこに居るとずっとドフラミンゴ様のことを考えてしまうから、離れてみると少し気が楽になった。気休め程度ではあるけど。

「お店しまっちゃう前でよかった!」
「いちごのふたつ」
「あいよ」

店の中には子ども連れの家族や、女性が多い。男女の組み合わせもあったけど、おれたちみたいに子どもだけで来ている奴は居なかった。

おおきなアイスの塊からまるく削られたピンクの塊がひとつ、またひとつとカップに盛られていく。それを見るベビーの瞳はきらきらしていて、彼女は本当にこれが好きなんだなと思った。

「ん」
「え? いいの?」
「お前いつもバッファローにたかられてる。嫌ならちゃんと断れ」

ふたつ受け取ったカップの片方をベビーに渡す。なのにベビーはなかなか受け取らない。

「何? いちごだろ」
「……私、頼られると何でもしてあげたいし、欲しい物を買ってあげたりしたくなっちゃうから。だから誰かに何か貰うことって、あんまりなくて」
「へえ」
「若様のところに来たとき、記念だって言ってこのリボンをくれたの。すごく嬉しかった。だから今もすっごく嬉しい!」

小さな声で「ありがとう」と言って大切そうにおれの手からカップを取る。あんまり大事そうにアイスを眺めてなかなか食べようとしないので、他の客の邪魔にならないようにとりあえず店を出た。

当たり前のことだけど、ベビーもなにか事情があってドフラミンゴ様のところに来たんだな。じゃなきゃおれよりも幼いベビーが海賊になる理由なんてないと思うし。



「ねえ、食べてみて。美味しいから」

港と街の境界には石の階段があったので、ふたりで腰を下ろす。人通りも少ないから親切な大人が「早くお家に帰りなさい」と声を掛けてくることはないと思う。普通のひとはこんな裏通りじゃなくてもっと明るい道を通るだろうから。

潮風にあたって落ち着いたのか、ベビーはいちごのアイスをスプーンですくってひとくち食べた。本当に好きなんだな、という感想以外が浮かばないくらい喜んでいるので普通の子どもっぽくていい勉強になる。

「はやくはやく」
「急かすな」

服を引っ張られて揺さぶられながら、スプーンで小さく削って口に入れてみた。つめたい。

「つめたい」
「当たり前よ。アイスなんだから」
「いちごは?」
「すり潰されてアイスと混じってるんだって」
「……? ふうん」

甘い。けど、確かにいちごの甘酸っぱい味がするかもしれない。バッファローもベビーもこれが好きなんだな。他のみんなはどうなんだろ。ドフラミンゴ様にも好きなアイスがあったりするんだろうか——またドフラミンゴ様のことを考えてしまった。

「ほんとはベビーカステラが一番好きなの」
「知らない。なんだそれ」
「この島にはないみたいだから、いつか一緒に、」

カタン、と音がしたことに遅れて気づいたのはさっきよりも多めに口に入れたアイスの味をじっくり確かめていたからだ。

「ヤエ!」

——知らない大人がいる。

大人の男が、ベビーの身体を抱えて持ち上げているのが見えておれは血の気が引いた。ドフラミンゴ様からちゃんと見ておけと仰せつかっていたのに。

「どっちだ」
「両方だよ。さっさと持て!」
「静かにしてろよ」
「む゛ー! ン゛ーーー!」

ろくな奴らじゃないことくらいは察しがつく。口を押さえられているベビーは両足両手を力いっぱい振り回して暴れてるけど、大人の力に敵う筈もなかった。

おれはアイスをカップごと男に投げつけて、持ち歩いているナイフを握る。

人数が多い。男が三人。一人はベビーを抱えてる。計画的に狙われた? あとを付けられてたのか。どこから? 違う、重要なのはそこじゃない。

「ドンキホーテに喧嘩を売るのか」
「ああそうだよ。お前らのボスは今お留守なんだろ? 今がチャンスだと思ってな」

ベビーを拘束している男が、ベビーに銃を突きつける。分が悪すぎる。おれが一人殺す前にベビーが死ぬ——ベビーが死ぬ? 駄目だ。絶対。

「……そいつはウチのハウスキーパーの子どもだから、連れてくならおれだけにした方がいい」
「ほ〜?」
「身代金が目当てなら、要求金額と受け渡し場所をそいつに伝えて帰らせろ。おれの為ならいくらでも用意する筈だから」
「へえ! 賢いな。でも駄目だ。所詮海賊だろ? ガキなんかを取り返しに来るかどうかも分からねェんだ。このままトンズラこいてお前ら売っ払うのが確実だね」
「二ヶ月くらいは遊んで暮らさせてくれよ。ドンキホーテのお嬢ちゃんとお坊ちゃん」

聞くに耐えない汚い笑い方だった。

ベビーだって確かにファミリーの一員だけど、戦闘訓練はまだ充分じゃない。戦えるのはおれだけだ。それでも人数不利、体格差もある。相手が銃を持っているのもよくない。おれがナイフをひと振りするうちに、ちょっと指を動かして引き金を引かれればベビーは死ぬ。

「……そいつが死んだら売れなくなるんじゃないのか」
「べっぴんなガキは死んでたって値がつくんだよ。知らないか。知らない世界だよなあお子様は。知らないなら教えちゃおっかなあ」

揺さぶられもしない。他に仲間がいないとも言いきれない。こいつらが船に乗るつもりなら、今すぐおれだけ逃げてみんなを呼んだ方がいいか? でもベビーをひとりにする時間ができてしまう。それは駄目だ。何をされるか分からない。一緒に捕まった方がマシだろうか。

大きな声でそこらの大人に助けを求めるのも考えたけど、誰かが来る前に最悪ベビーが死ぬ。打つ手がなかった。

「……分かった。ついていくから銃を下せ」
「下せェ?」
「…………下ろしてください。本当は傷をつけたくないんだろ」

おれのせいだ。
おれがベビーの頼みを断らなかったから。
おれがこんなところに座ろうと言ったから。

おれがまだまだ弱いせいだ。