ぜんぶ貴方にあげたい

それからの日々は毎日やることが違って新鮮だった。ドフラミンゴ様のお仕事に同行することもあったし、グラディウスに銃の取り扱いを習ったり、ラオGと組み手をしたり。

兵法などの大勢で行われる戦術について学ぶ時間も興味深かった。集団戦闘ではなく個別に働くのがおれたちだったので、まだまだ学ぶことは多い。

「……身体がちいさいのが嫌だ」
「もう五年もすればそれなりだろ」
「今すぐがいい。ディアマンテはどうやって大きくなった?」
「気がついたらだな!」
「参考にならない」

今日は剣術の稽古をつけてもらっていたけど、体格差もあるし獲物は重いしで散々だった。やっぱりまだナイフの方がマシだと思う。

「背が高かったら負けてないかもしれないだろ」
「生意気だなあ、お前も」

おれはこんなにも汗だくなのに、ディアマンテはまだまだ余裕そうなのも悔しい。戦闘は背丈で勝敗がつくものではないとは思うけど、かなりの体格差がある相手に同じ獲物で真っ向から勝つのは至難の業だった。

「そんなに言うならナイフで来るか?」
「いいよ。どうせヒラヒラ避けられる」
「実戦でそんな相手にどうやって勝つ」
「避けられない範囲に毒と酸を撒く」
「卑怯だろ」
「実戦想定なら……すぐ部屋から持ってくる」
「待て待てヤエ、剣の稽古をつけてくれって言ったのはお前だろうが!」

部屋に戻ろうとするおれの頭を大きな手で掴んで引き留めたディアマンテは、やれやれとわざわざ口に出す。

「だったら悪魔の実の能力を使わないでほしい」
「それなら勝てるって?」
「いや、基礎から叩き込んでほしい。すぐに覚えたい」

結局おれはその日、剣の先すらディアマンテに届かせることはできなかった。何度打ち込んでもゲラゲラ笑われながら跳ね除けられるのが悔しい。

おれはどれだけ身体ごと吹っ飛ばされても続けたかったけど、日が暮れて食事の時間になったからという理由で稽古はお開きになってしまった。





国にいた頃とやってることは変わらない日々だった。それでも貪欲に訓練や勉強にのめり込めたのはドフラミンゴ様がお側に置いてくださっているから。だからあの頃の訓練よりもずっと充実しているという実感があったし、稽古をつけてもらっているときに何らかの手応えがあった日はたまらなく嬉しかった。

「頑張ってるらしいな」
「もっとお役に立ちたいので」

何度目かの護衛任務という名の付き添いの仕事に向かう途中、ドフラミンゴ様が話を振ってくださる。

「もし、覚えさせたいことがあったらいつでも仰ってくださいね」
「フフ……迷っちまうな」
「何か候補があるんですか?」

それは知らなかった。
驚いたせいで少し声を張ってしまったのが恥ずかしい。

「火薬を触ってもいい。金の管理をさせてもいい……やれと言やなんでも勉強するだろ、お前は」
「はい。命ぜられたことは全てこなしたいので」
「お前ほど勤勉な奴もそう居ねェだろうよ」

ドフラミンゴ様はたまにこうして会話の中で突然褒めてくださるので、心の準備ができていないときに聞かされるとどう返事をしていいかさっぱり分からなくなる。

「出来ることをもっと増やしたいです」
「理由は?」
「ドフラミンゴ様にあげられるものを増やしたいから……? です。申し訳ございません、言い方が難しいです」
「充分だ」

件の工場長が待つ応接室の前でぴたりと止まった。ドアノブを握る前にドフラミンゴ様が「そうだ」と言っておれを見下ろす。

「明日から五日ほど留守にする」
「かしこまりました」
「ベビー5やバッファローが悪さをしねェように、しっかり見ててやってくれ」

ベビー5はまだしも、バッファローは四つも年上なのに。あんまりドフラミンゴ様に気苦労を掛けないでほしかった。あいつら一人ずつならそうでもないのに、一緒に居たらすぐにいろいろしでかすから。

それにしても——

「五日か…………」
「どうした」
「いえ、なんでもありません」
「誕生日でもくるか?」
「ヤエは自分の生まれた日を知らないので大丈夫です」

ドフラミンゴ様は「そうか」と言って応接室のドアを開いた。





次の日、ドフラミンゴ様は何人かを引き連れてお出かけになった。五日間のお留守だと言ったので恐らく船を出すんだと思う。近くの島国で必要なものが見つかったと報告を受けていたからそれを取りに行ったのかもしれない。

「……ヤエ? ヤエ、もう起きて! お昼ご飯も食べ損なっちゃうよ」
「んん」

王様がおれの側を離れてもしばらくは平気だと思っていたのに。ドフラミンゴ様に出会う前には一ヶ月誰からも命令されないなんてのはざらにあったから。なのに。

どうしてだろう。自分の身体なのにコントロールしきれていない感覚が気持ち悪い。

「ベビー、今日は何日?」
「えーっと……今日は十六日!」
「…………あと二日か」

頭が重たい。
ベッドから身体を起こしても動かないおれを心配したベビーが「熱がある?」とおれの額に手を当てる。

「熱はない。平気」
「どうしたの? 元気ないね」
「大丈夫」

ベビーとバッファローがおかしな悪戯をしないかどうかちゃんと見ていろと言われていたのにこの有様だ。あれはおれにとって「命令」じゃなかったんだろうか。確実にドフラミンゴ様からの指示だった筈なのに、どうして。

「心配いらない。たまにこうなる」
「可哀想……ヤエ、ひとりで仕事に行って帰ってきたときみたいになってる」

ドフラミンゴ様からの命令で海兵を殺しに行ったときのことか。言われてみれば、あの時はギリギリ大丈夫だったのにな。たかだか三日間しか離れていないのにこんなことになるなんて思わなかった。

「大丈夫。昼ご飯食べたらひとりで本を読むけど、バッファローとはしゃぎすぎるなよ」
「分かった。はやく元気になってね」

ここに来るまではこの状態になったらめんどくさがられたり気持ち悪がられたりしたのに。やっぱり、ドフラミンゴ様が束ねている組織だからおれにとって居心地がいいのかもしれない。

世話焼きのベビーはおれをリビングまで連れて行く。途中でディアマンテとすれ違ったので、ドフラミンゴ様から電伝虫の通信があったら必ずおれを呼んでほしいと伝えた。

「用事があるならこっちからドフィに連絡するが」
「いや、いい。急いでない」
「そうか」

せめてお声が聞きたかった。自分から話せるようなことは特別なくても、トレーボルたちと話しているドフラミンゴ様のお声が聞けたならだいぶマシになると思ったから。

自分の身体と頭のことなのに、なにも自由にならないのが歯痒くて仕方ない。もうおれには王様が居るし、仕事も都度くださってる。褒めても頂ける。それなのにご本人とたかが数日離れただけでこうなってしまっては先が思いやられてならなかった。

もしもこのことがドフラミンゴ様に知られてしまったら、いよいよ面倒に思われるんだろうか。

「…………」
「ヤエ?」
「……なんでもない。大丈夫」



大丈夫とは言ったって。ろくな解決策も思い浮かばなかった。食後に開いた本の内容もまともに入ってこない。

事情を話して王様の代役を持ち回ってもらえばいいのか? そんな簡単な話じゃないし、ドフラミンゴ様に対して不誠実だ。命令の内容だってなんでもいいわけじゃない。そもそも事情を話して受け入れてもらえたなら上手く行く可能性はあるとしても、誰かに拒絶されてしまったら、おれは一番新参だからもうここには居られないような気がする。

もしも。もし、ドフラミンゴ様がこの忠誠の本質を知ってしまう日が来たらどうしよう。必要に駆られて生まれた忠誠心は果たして信用に足るんだろうか。

国にいた頃には湧いてこなかった不安が一度に押し寄せてくる。全て王様の言う通りに働いていればいいような環境じゃなくなったから。

どうにかして解決しなくちゃならなかった。できるだけはやく。誰にも知られないうちに。