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「適切な接し方は個体によって違います。底抜けに甘やかされたいのか、厳しく管理されたいのか。スキンシップが必要なのもいれば、王に触れられることを嫌う者もいる。それに関してはよく観察するか、本人にどう対処してほしいのかを直接聞くのがいいでしょう。ですが何より重要なのは基本サイクルを守ることです。命令を与え、実行させ、褒めてやる」

学者はファイリングされた資料を見せながら言った。それを手に取るドフラミンゴは文字を追って視線を滑らせる。

「逆らわない兵隊、というのは誤りです。出来ないことは出来ないと素直に言います。個々の能力に見合った指示を出せるのが『王様』に必要な素質です」
「従いたくない命令に対してはどうなんだ」
「内容にもよりますが『従いたくないと感じたこと自体に』苦悩します。最終的には従いますが精神的に負荷が掛かる。相手はロボットではなく思考する生き物ですから、ケアは必要ですね」

散らかっているテーブルの上には、セレネについての研究書類が散乱しており中には人体実験の経過観察と記された物もあった。

「手間は掛かりますが上手く躾ければこれほど使い勝手の良い生き物は居ません。あなたが王であることに努める限り逆らわず疑わず、言われた通りの仕事を従順にこなすでしょう。意思疎通が可能な知性ある家畜、とても興味深い研究対象でした。国と共に滅んでしまったのが惜しい……機会があればあなたのセレネにも是非お会いしたい」
「…………機会があればな」
「構われたがりの犬と変わりませんよ。どんなに無表情であっても、冷静な個体であってもね。さあ、お客様がお帰りだ。玄関までお見送りをするように」

男がそう言うと、側に控えていたひとりの女がドフラミンゴへと歩み寄った。降り積もった雪のような髪、端正と呼ぶべき部類の顔立ちに笑みを浮かべている。恐らく二十歳を超えるか超えないかくらいの年だろう。

「どうやって書き換えた」
「所有権ですか? 簡単です。時間をかけてゆっくりと教えたんですよ。飴と鞭と言いますか。王の元を離れて離脱症状に苦しむ彼女に命令という餌をやっただけ。根気強く教えてやればいいんです。今までの王様は偽物で、自分こそがお前のご主人様なんだって」

そんなやり取りは彼女の前で行われているにも関わらず、彼女は取り乱すことも否定することもなかった。

「いい子なんです。本当に。もうウチにはこの子しか残っていませんがね、とても優秀で賢い」

男が近づいてくると、彼女は慣れたように膝をついて顔をあげた。丸い瞳を蕩かせて男を見上げている表情は恍惚としてどこか危うげだ。

「お困りでしたらいつでもご連絡ください。専用の健康診断も承ります」





戦争によって滅んだ国の王が抱えていたのが、セレネと呼ばれる特殊遊撃部隊であった。彼らは王の命令によって戦闘のみならず暗殺や諜報活動も行うと集団であり、異色な思想と並外れた忠誠心の高さについては当然ドフラミンゴの耳にも入っていた情報だ。

縁があればひと目見てみたいと思っていたし、己の望みを果たすために有用であれば部隊丸ごと奪ってしまうことを考えた時期もあるのだが、惜しくも国ごと滅んだのだと聞き及んだ折には落胆した。自分であればもっと有効活用出来たのにと考えたからだ。

なのでそれらしき少年に偶然出会った時には驚いたと同時にしめたとも思った。何をどのように教え込まれてきたのか、その経緯を識れば再現することも可能だろう。

恐らくあの時のヤエは離脱症状に苦しんでいたのだろうとドフラミンゴは推察する。セレネ自身が王と認めていない人間から質の悪い命令を受けていたのなら、それは飢えているのと同じだと学者は語ったからだ。見知らぬ男に指示を乞うているヤエに「殺せ」と命じた瞬間、即座にナイフを手に取った。言葉を交わすうちにドフラミンゴは彼こそがその一族の生き残りであると確信を持つ。

ドフラミンゴから何も問わなかったのは単純に興味があったからだ。暇つぶしと言ってもいい。いかに戦闘訓練を受けていたと言っても教育課程の途中にあると踏んだからだ。ヤエは人間としてもまだ未成熟であり、技術も充分ではない。これを育ててどうなるのかを知りたかった。

主人に生涯の忠誠を誓う一族という作り話のような集団がいるという程度の知識しかなく、精神を蝕む離脱症状というデメリットについては理解していなかった。ドフラミンゴはヤエというセレネの生態を把握しきれていなかった為、稀有なことにセレネの研究を続けているという学者の元を訪ねるに至る。

知り得たことは多かった。王と認識した者の指示に従うことを最上の喜びだと捉える彼らは、理由なく王の側を離れることを極端に嫌うこと。王の対象は書き換えが可能であること。王の為に働く見返りに充足感を欲し、こなした仕事に対しての称賛を求めること。

上手くコントロールすれば良く育ち、粗悪な環境では使い物にならない。しかしそこにリスクはなかった。とすれば、これは単なる主従関係ではなくあくまで信頼関係の元に成り立つ雇用関係に近い。確かにリスクはないし特別なコストも掛からないが、なるほどこれは手間を掛ける必要があるとドフラミンゴは本日改めて認識した。

はじめのうちこそ手に余るようであれば処分しようと決めていたのだったが、思っていた以上にヤエというセレネは無垢で純粋であった。それがどうにも気になったのである。

迷いなく人を欺き、陥れ、殺すくせに、ドフラミンゴを見上げる眼差しが耀いていたからだ。生まれた瞬間から異質であることを強要され、本人の素養を完全に無視した上で教育を施される。そこに尊厳はなく、人格すら考慮されていない。そうであった筈なのに、ヤエの瞳は夜空に溶ける朧月のように曖昧な輪郭で、しかし強く光る。真っ直ぐに求められるというのも気分がよかった。

『こちらグラディウス。若、何かありましたか』
「早く片がついたんでな、早めに戻る」
『珍しいですね、これまでそんな連絡を受けた覚えは……』
「ヤエに伝えてやれ」
『は……そうだ、ヤエが若から通信があれば教えて欲しがっていると聞いているのですぐ呼んできます』

数日間側を離れても問題はなかったと認識してはいるものの、殺しの命令を告げたあの時と今の状況は違う。そう判じたドフラミンゴは船に乗り込んだあとスパイダーマイルズの根城へ連絡を取ったが、生憎ヤエはそこに居ないらしかった。

グラディウスが言うにはベビー5と出掛けて行ったとのことだったので、動けるようなら杞憂だったかと受話器を下ろす。

自身の海賊団が次の島を目指すまでには今しばらく時間があった。ドフラミンゴは寝具に大きな身を横たえて目を閉じ思案する。

あのセレネに次は何を仕込もうかを考えた。王の為に仕事をするならばどんなことでも素直に学ぶだろう。彼が滞りなく成長し本格的に勝手よく使役が可能になった際、何を教育しておいてやればより役に立つだろうか。

帰還ののち、まずは留守番できたことを褒めてやらねばと考える。真面目なヤエのことだ、きっとバッファローやベビー5に手を焼いたに違いなかった。どんな褒め方で労われるのが最も効果的なのかを探る必要がある。

向こう何十年、自身がヤエの王であり続ける為に。余所見ができないくらいに心酔させて、誰よりも忠実に職務を全うさせ続けなければならない。それを彼が幸福と呼ぶことをドフラミンゴは嘲りはしないが、全く数奇な命運だなと憐憫に笑んだ。