白い町の話
仕事をするうち、分かったことがある。商談だ取り引きだと言ったって最終的に暴力を以って捩じ伏せることもたまにあるということ。
それを初めからやらないのは若様のお暇潰しか遊び心なんだろうか。勿論まともな取り引きが行われることもあったけどコストや労力、利益を鑑みた結果「時短処理」されることがあった。
あの日手に入れた悪魔の実はベビーが食べることになり、今はその能力の研究に励んでいる。身体の一部またはその全てをあらゆる武器に変えることができる能力らしい。能力を最大限に活かす為、ベビーはここのところ毎日武器の構造や使用方法を頭に叩き込んでいた。
果物をひとつ食べただけで戦闘訓練の内容がガラっと変わることもあるんだな。
ローという子もここを出入りするようになってしばらく経った。相変わらず訪ねてくるたびコラソンに殴られ投げられるけど、それでも懲りずにまたやってくるのが不思議で興味深い。
おれはおれで若様の仕事にご一緒したり、剣や銃を学んだり。バッファローやベビーと組み手をしたり。充実した日々を送っている。
◆
ある日、夕食中にローがやってきた。全身傷だらけでろくに手当てもされていない。そんな彼が地獄を見てきたと言い放つ。真っ暗で、底のない視線だった。鋭い目つきで誰も彼ものことをじっと睨んでいる。
「コイツ肌が白イーン!」
「W珀鉛病Wざます! 伝染ったら大変っ!」
「えー!? うつる病気!? 気味悪ィ、お前すぐ出てけだすやん!」
突然騒ぎ出すので参ってしまった。おれは自分の皿を避けつつ黙って食事を続けることにする。聞いたことのない病名だったのは気になったが、伝染るとジョーラが騒ぎ立てたのに若様は動じなかったからだ。若様が落ち着いているのならおれも慌てることはない。
「W珀鉛病Wは中毒だ。他人には感染しねェよ」
なんだ、それなら若様は安全だ。
なのに怯えたバッファローが一応自分に寄るなだなんて言うので、おれは隣に座る彼を肘で打つ。
「聞き分けろよ。若様の話聞いてただろ」
「でも怖いもんは怖い!」
「騒ぐな……って、ああもう」
バッファローは自分の方が身体が大きいくせに、おれのことを盾にした。背中を掴まれて身体ごとローに向き直る形になったので、改めて彼のことを眺めておく。何を恨んでいるのか問われて「もう何も信じてない」と返した顔は野良犬というよりは小さな猛獣のようだ。
その後も先輩風を吹かせたいベビーが、海賊をナメるなと言ってローに張り手を食らわしたりで騒がしい夜だった。睨まれただけで泣くくらいなら初めから手を上げなきゃいいのに。泣きついてくるベビーを宥めつつ、おれはローに声を掛けた。
「お前は逃げないと思ってた」
「……頭のおかしい奴」
「顔も名前も覚えたんじゃなかったのか」
舌打ちで返されてジロリと睨まれる。
ちっとも怖くはなかったけど、こいつがここに居ついてくれたらいいなと思った。
◆
「お前はどう思う」
「……明日の工場襲撃の件ですか?」
「そっちじゃねェよ」
「ローのことでしたか」
若様のお部屋に仕事道具を持ち込んで明日の為に手入れをしていると、ふいに声が掛かった。
普段は子ども部屋で武器の手入れをしてるけど、若様の計らいでここで作業をしていい許可が貰える日ができた。大抵は仕事が割り振られず訓練だけだった日の夜。勘違いじゃなければ、多分若様が気を遣ってくださっているんだと思う。仕事の命令がなく待機の日が続くとおれが調子を崩すから。
はやく自分でコントロールできるようになりたい。若様の迷惑にはなりたくなかった。
「おれは彼のこと、いいと思います」
「理由を聞こう」
「理由ですか……」
研ぎ終わったナイフを静かに置いて考える。
「言い方が難しいんですが……」
「構わねェよ」
「若様がローに興味をお持ちになったようなので、それならヤエも彼を知りたいと思います」
「そう見えたか」
「……出過ぎたことを言いましたか」
若様は首を横に振る。
おれはほっと胸を撫で下ろして、持ってきた箱の中へナイフや銃を片付けていった。
「ヤエにも」
「お前にも?」
「…………えっと、いえ、なんでもありません。お部屋を使わせてくださってありがとうございました。おやすみなさい、若様」
ぺこりと頭を下げて逃げるように立ち去る。
危なかった。欲が出るところだった。自分にも興味を持って欲しいだなんて。おれの方がずっと若様と一緒に居られているはずなのにどうして不安になるのかが分からない。
胸の裏側のところが、何故かじくじくした。
◆
前々から「商談」の為に赴いていた工場への襲撃計画実行日。これが若様が言っていたおれの出番だったと聞いた日からずっと楽しみだった。
武器をまとめて部屋を出る。全員で列を作ってぞろぞろ向かったのでは目立つのでバラバラに向かうことになっていたから、おれはディアマンテと出発することになっていた。
「ヤエ」
「若様、おはようございます。そろそろ出ます」
「ああ……その前に部屋へワインを運んでくれねェか」
「ワインですね。お好みはありますか?」
「なんだっていい。お前が選んでくれ」
そう指示を出す若様の手元には一冊の本がある。白い表紙の本だった。チラリと振った視線で題を読む。白い町、フレバンス。
「すぐに持って来ます」
なんとなく後ろ髪を引かれる思いだったけど、深くは考えないようにする。言われた通りにワインを届けたらすぐ仕事へ向かわないといけなかったから。
言われた通りのことを言われた通りにやるだけだ。
◆
「ローって、可哀想な子だったのね」
工事の襲撃と港での戦闘を終えてそう呟くベビーは、ひと通りフレバンスという町の話を聞いてからなんだかずっと元気がない。
「ロー、ほんとに寿命が短いって話してたんだって」
「……そうなのか」
「そうなのかって! ヤエはなんとも思わないの!」
「うーん……ローがうちに来てくれても、何年かで死ぬのは惜しいとは思う」
「もー! ヤエは人の気持ちが分からないんだからっ」
戦闘の後片付けをしながら答えていると、ベビーがおれの背中をぽかぽか叩く。それを宥めるのも最近お約束になってきた。
「いいから手伝って」
「……うん」
「金が入ったケース、重かったら持つ」
ベビーはおれにだけ「私が必要なのね」と言わない。おれもまた奉仕をする側の人間だと分かっているんだろう。だからというか、なんというか。このわがままや甘え方が彼女なりの仲間意識の表れなんだろうと思う。特別迷惑でもないうちは好きにさせておく。
ベビーはおれより年下だし。子どもだし。
「……ローは同情して欲しそうには見えなかった」
「でも!」
「慰められたい奴は海賊のところには来ないんじゃないか」
他に行くところもなかったのかもしれないけど。
「帰ろう、ベビー。若様が待ってる」
「うん……!」
若様はおれたちが子どもだからといって無駄に甘やかしたりはしない人だった。ひとりの人間として接してくださるので、ローに関しても同じだと思う。彼の故郷であるフレバンスの歴史や顛末に触れて、若様なりにローを理解しようとしているのかもしれない。
きっと、おれのときもそうだった。
おれの一族のことを書き記した本なんてこの世には無いはずなのに、少し前から若様は「セレネ」を扱うコツみたいなのを掴まれている気がする。どうやって調べたのかは知らないけど少しずつ過ごしやすくなっているのは確かなので、若様がセレネについて見識を深められたのは間違いないと思った。
それなら、ローが正式にこの海賊団に迎えられるまでそう遠くないのかもしれない。若様のお考えを想像するだなんて烏滸がましいことだけど。
なんとなくそんな気がした。