ベビー5とバッファロー

晴れてドンキホーテファミリーへ迎え入れられたおれは、他のメンバーに紹介された。ずらりと並んでいたのは今まで会ったこともないような人間ばかりで、王様の仲間たちは子どものおれにも対等に接してくれる。

組織の人間が寄り集まって食事をする風景は圧巻で、ドフラミンゴ様が彼らを「家族」と呼ぶのなら、家族というのはこういうものなのかなとも思った。一般に家庭と呼ばれるものに縁がなかったおれにとっては初めて見るものばかりだ。

「ヤエっていう名前だったのね」

食事の後片付けを仰せつかったおれは、バッファローとベビー5と一緒に洗い場で食器を片付けている。

「ヤエはドフラミンゴ様がつけてくれた名前」
「コードネーム?」
「おれには元々名前がなかったから、ヤエが本当の名前になると思う」

そうなんだ! と笑うふたりからは嫌味は感じられなかった。泡立つスポンジを食器に滑らせながら、左右から挟まれてあれこれ尋ねられる時間は拷問に近い。うるさいのもそうだったけど、おれには自分についてまともに答えられることはほとんど無いから。

「どこからきたの?」
「死んだ国」
「おれはアイスが好きなんだけど、お前は?」
「特にない」
「どうして若様のところにきたの?」

——若様。
トレーボルたちはドフラミンゴ様を愛称で呼ぶし、他の奴らは「若様」や「若」と呼んでいる。ドフラミンゴ様とお呼びし続けて完全にタイミングを逃してるから仕方ないけど、なんだか本当に組織の一員っていう感じがして良いな。

「……ドフラミンゴ様が許してくれたから」
「キレーな髪だすやん! 生まれた時からこれなのか?」
「多分」

子どもも受け入れている組織らしいがそのほとんどが泣いて逃げ出すようで、おれが珍しくて仕方ないらしい。次から次に尋ねてくる方もよく疲れないな。ふたりはお喋りが上手なんだろう。

「おめー男だよな?」
「ちょっとバッファロー! ヤエはどう見たって男の子よ!」
「……おれのことなんだと思ってるんだ」
「髪が長かったから!」
「確かに……最近気にしてなかった」

濡れて冷えた指をタオルで包んで暖を取る。ふたりは未だ興味津々な様子でおれを解放する気はないようだ。

「でも、どうして若様と私たちの前だと態度が違うの?」
「当たり前。ドフラミンゴ様は……王様だから」
「王様? 王様ってどういうこと?」
「……説明しても分からないと思う。おれがおかしいのは知ってるから、何も言うな」
「でも確かに若は王様っぽい感じあるだすやん」
「ねーっ! 別におかしくはないと思うけど……」

まっすぐ見つめてくるふたりにやっぱり悪意はないように思う。長らく大人たちの相手をしていたので、子どもとのやり取りは慣れてなくて少し難しい。

だけど、おかしくないと言ってくれたのがなんだかむず痒くて何も言えなかった。

「ねえねえ、コラさんにも敬語で話す?」
「王様の弟だから!」
「……会ってみないと分からない。でもおれの王様はドフラミンゴ様だけ」

不在の弟についてはドフラミンゴ様からも説明があったけど、王様の弟というのは少し気になる。おれたちは王族に仕えるのではなくあくまで王ただひとりの為に在る生き物だ。だから「弟」というだけで何かしらの判断をすることはない。

もちろん、ドフラミンゴ様から直々に「コラソンへも敬意を払え」と命じられたならそうする。

「どんな人なんだ。コラさん」
「えー? ……ふふ! 内緒!」
「秘密だすやん! きっと驚くぞ!」
「……ああそう。片付け終わったから外に出てくる」
「もう夜なのにどこ行くの?」
「走ってくる。身体動かしたいから」

さっさとここから離れたくて、逃げるように玄関から出て行った。

子ども同士で話をしたらのなんていつぶりだろう。それに一度にふたりも。
国にいた頃は訓練ばかりで交流する暇もなければ必要もなかったから、所謂「おしゃべり」の中に自分が居ることも不思議な感覚だ。





走り込みから戻ると、任されていた仕事を終えた「コラさん」というドフラミンゴ様の弟がちょうど帰ってきていた。誰かから話は行ってるだろうけど、改めて挨拶しようと歩み寄る。

「初めまして。ドフラミンゴ様からはヤエという名前をもらいました。よろしくおねが——」

ドフラミンゴ様の弟とは言え、彼を前にしたときのような独特の雰囲気はないし、王様でもないと思う。頭の色は似てるけど空気感は似てないな。そう考えた瞬間、握手の為に差し出した右手を大きな手で取られ、そのまま雑に持ち上げられたかと思うと部屋の窓から外に向かって放り投げられた。

「な、んなんだよ……」

あんなにも高いところから放られた経験はないので受け身を取るのも苦戦してしまったのが悔しい。ゴミ捨て場は足場も悪い。

すぐさま倉庫という根城へ駆け戻ると、バッファローとベビー5がおれを見てケラケラ笑っていた。

「コラさんね、子どもが嫌いなの」
「洗練を受けただすやん! ゴミみたいに吹っ飛んだ!」
「…………はあ」

何を秘密にしてるのかと思えば。

おれはソファで何故かひっくり返っているコラソンへもう一度歩み寄っていく。

「……」
「……ドフラミンゴ様の所有物を乱暴に扱うな」

コラソンに取り合う気はないようで、おれのことを見てみぬふりだ。ただ伝えておかないといけないことは初めに言っておく必要がある。

コラソンは声を出すことができないと聞いたので、返事がないのは当然だった。

もういい。汗もかいたしシャワーでも浴びようかな。

そう考えてこの場を去ろうとしたとき、コラソンはいつの間にかおれを見ていて深くため息をつく。

「なに」
「…………」

面倒な物を見る目に似ていた。ドフラミンゴ様とは違ってどこか昏いまなざし。するとコラソンは舌打ちをしておれから視線を外すので、これ以上は態度にも出さないという拒絶にも思える。

「おれもさっきやられたぞ!」
「私も! でもデリンジャーのおしゃぶりを踏んづけてコケちゃったの。ヤエにも見せたかった!」
「……はいはい」
「どこ行くの?」
「シャワー」

着替えを掴んで風呂場へまっすぐ向かった。

コラソン。ドフラミンゴ様の弟。話せないのでいまいち何を考えてるのか分からない。殺意までは感じなかったから、本当にただの子ども嫌いなのかもしれないけど。





「ここに居たか、ヤエ」
「ドフラミンゴ様。申し訳ございません。寝支度をしていました」

子ども部屋という何とも言い難い部屋に詰め込まれているおれは眠る前に武器の手入れをしていた。そこへドフラミンゴ様がやってきたので慌てて手を止める。

「続けていい」
「いえ、片手間にお話を聞くわけにはいきません」
「律儀な奴だ」

ドフラミンゴ様は普段通り笑顔で子ども部屋のベッドへ腰を下ろした。この部屋の椅子は王様が座るには小さすぎる。呼んでくれたならお部屋まで向かったのに。

「何かご用ですか」
「明日は昼前から隣町に行くんだが、お前も来い」
「かしこまりました。戦闘ですか?」
「商談だ。まあ、しばらく荒事はねェだろうから退屈かと思ってな。散歩ついでの護衛任務だと思ってくれりゃあいい」

気を遣って頂いたのか。もったいないくらいだけど、その気遣いがとても嬉しい。

ドフラミンゴ様のお仕事にも興味はあったし、これから先も彼の物で在れるなら仕事の内容などは可能な限り把握しておくべきなので願ってもない命令だった。

「是非同行させてください。ここに置いてもらって退屈ということはないですが、ドフラミンゴ様とご一緒できて……その、ヤエは嬉しい、です」
「フッ……そうか」

ドフラミンゴ様からのご褒美にもらった名前はまだ自分のものだという気分にならないのは、おれ自身まるごと王様の持ち物だからなんだろうか。こんな時、何をどう言い表せばいいのかちっとも分からない。

「ヤエ」
「はい」

素敵な名前をもらえたこと。
大切な名前を呼んでもらえること。
それに返事ができること。
脳が内側からどろどろ溶けていく。

「気に入ってるようでよかったよ」
「ドフラミンゴ様から初めてもらった……頂戴した、ご褒美なので。ずっと大切にします」

おれにとって最初で最後のおれの王様。
はじめての贈り物。

あの国で教わったことは本当だった。
王様はおれに幸せを与えてくれる。