護衛任務

次の日、おれは早起きをして外に出た。急いで身だしなみを整える必要があったからだ。昼前までには必ず戻らないと。

ドフラミンゴ様が商談に向かわれるということは取引き相手にも会う。ただでさえおれは子どもなのに、てきとうな格好をした護衛をつけているドフラミンゴ様の品性が疑われでもしたらおおごとだ。

取り急ぎ、飛び込んだサロンで髪を切ることにする。ドフラミンゴ様に出会うまでは死なないことで頭がいっぱいだったし、ドフラミンゴ様に出会ってからはお側に置いてもらう為に必死だったから、自分の身なりに気を配っていなかった。失態だ、こんなのは。

「あらー、随分伸ばしたのねえ。久しぶりに切るでしょう? どのくらいの長さにする?」
「……拘りはないのでお任せしたくて。視界がよくないのが気になるから、目が見えてればなんでも」
「分かったわ」

次は服のことを考えなくちゃならない。何を着ればいいんだ。もちろん商談なんてものに同席した経験もなければ、そんな訓練受けてもいない。

そうだ。ドフラミンゴ様は普段スーツを着てるから、おれも同じような感じでいいんじゃないか。スーツって大人っぽいし、一才でも上に見られたい。中心街まで走るのがいいだろうか。商店街で見つかるかどうかも分からない。

「子どもが着られるスーツを売ってるお店に心当たりとかは」
「あなたが着るの?」
「大事な日で」
「そうなんだ。うーん……今日中に必要なのよね」

伸びっぱなしになっていた前髪がおもしろいくらいに切られていく。

「噴水がある広場があるでしょ? パン屋さんの隣に服屋さんがあるからそこで聞いてみるといいわ」
「分かった。親切にどうもありがとう」





「なんだ、切っちまったのか」
「えっ」
「服も自分で揃えてきたんだな」

大急ぎで買い物を済ませて走って戻ったら、早めの昼食を摂っている若様と出会した。少し残念そうな声音に、おれは朝のあいさつをすることすら忘れてしまう。

「切っ……てしまいました……服も、」
「ンなこの世の終わりみてェなツラするなよ」

ドフラミンゴ様が指を動かして、こっちに来いとおれを呼ぶのでおずおずと歩み寄る。ご機嫌を損ねてしまったのかもしれない。お詫びのために膝を着こうとしたら「待て」と止められた。

「顔がよく見えるようになったのは良いな」
「……でもドフラミンゴ様、少し惜しそうです」
「服は仕事前におれが見立ててやろうと思ってたんだよ。全く手の掛からねェやつだ」

残念がられているのか誉められているのかよく分からない。ドフラミンゴ様は食後のコーヒーを傾けながら、短くなったおれの髪に触れた。

「身の回りのことは自分でできますが……ドフラミンゴ様は、ヤエの見てくれも管理しますか、じゃない。なさいますか」
「いいや? 好きにしろ」
「かしこまりました。あまり驚かせないようにします」

反省の意を込めてそう伝えると、ドフラミンゴ様はおかしそうに笑う。片手で持ち上げていたカップをソーサーに戻してから、体ごとおれの方に向き直った。

「いい色だな。夏の雲や雪にも似てる」
「……そんなふうに言って頂けたのは初めてです。国では骨の色だと言われていました」
「ニンゲンの骨はそう綺麗なモンじゃない」
「認識を改めます。これは雲や雪の色です」
「フッフッフッ……そろそろ出るか。支度しろ」
「かしこまりました」





まさか身だしなみを整えようとしただけで失敗するとは思わなかった。せめて与えられたら仕事はしっかりこなそう。護衛任務は初めてだけど、要はドフラミンゴ様をお守りする仕事だ。何があってもこの方を危険にさらさないように。

おれはドフラミンゴ様に続いて応接室へ踏み入る。既に初老の男が三人掛けのソファへ深く腰掛けていて、その後ろには強面の黒服がふたり控えていた。

「待たせたな」

ドフラミンゴ様も腰を下ろす。おれもソファの背もたれの後ろに立とうとしたけど、もしもナイフを握るようなことがあれば背丈が足らないせいで咄嗟に動けない気がした。

邪魔にならないといいけど、と思いながら肘掛けの隣へ立っておくことにする。お叱りは受けなかったので一旦胸を撫で下ろした。

話し合いは滞りなく進んでいるように見える。知識がないなりに耳を傾けて理解したことは、今日はまだ顔合わせの段階らしい。これからお互いに良い関係を気づいていきましょうねと交わしながらも腹の探り合いに近いのかなと思った。

工場長らしき男は自分よりもずっと若いドフラミンゴ様を侮っているように見える。これまでに何度も海賊と取り引きしてきたことや、腕の良い警備部隊を有していることを踏まえながらいくつも軽口を叩いた。ドフラミンゴ様はどこか棘のある言い方をされてもどこ吹く風でかわし続けているので、おれもぐっと耐える。手を出して良いのは合図があった時だけだとあらかじめ取り決めがあったからだ。

でももし、合図が出たならすぐに殺せるようにシミュレーションはしておこう。



「失礼な取り引き相手でしたね」
「フッフッフッ、お前もまだまだガキだな。こういうのはコツコツやるから面白ェんだ」
「…………出過ぎたことを言いました」

屋敷を出て、やっと気が楽になった。お話し合いがもう少し長引けは流石に手や口が出ていたかもしれない。そういう駆け引きをドフラミンゴ様が楽しんでいるのなら勝手に台無しにしてしまわなくてよかった。

「叩いて壊すのは簡単だが、今の時代は頭も使わなくちゃあな」
「……はい」
「あの工場にはまだ働いてもらわなくちゃならねェ。時が来りゃあお前の出番だ。今日はご苦労だったな」
「…………ヤエはお側に居ただけなので。付き添わせてもらえて嬉しかったです。ありがとうございます」

少しだけど、王様のお仕事のことが知れて嬉しい。将来的におれの出番もあると教えてくれたことはもっと嬉しい。

「そうだヤエ、何か欲しいモンはねェか」
「……? 仕事以外にはありません」
「言うと思ったよ。ウチに来た記念に何かやりてェんだがな」
「お側で働けるならそれで充分です。名前も頂いたので」

これ以上何かを授けて頂いても、むしろ困る。今日だって隣に立ってるだけだったし。記念というのもおれにはよく分からない。

「働ける場所も貰ったので……ヤエは幸せです。とても」
「幸せですってツラでもねェんだよな」
「……? 顔ですか」

泣いて喜んでみせたらいいんだろうか。笑顔を作るべきだろうか。分からない。どういう反応をするのが正しいのか教えて欲しい。

「………………ヤエには難しいです。話すことも、顔を使う? ことも、早く覚えます。お仕事では上手くできるので大丈夫なはずです。捨てないでください」
「馬鹿だな、捨てやしねェよ」

苛立たせていないだろうか。煩わしく思われたくない。ドフラミンゴ様にとって扱いやすいおれでいたい。

「でも、ヤエは幸せです。本当です」
「フッフッフッ……分かった分かった」
「本当なんです。信じてください」

すたすた歩いてしまうドフラミンゴ様の歩幅は広い。おれは必死になってついていく。

「手が掛からねェ奴かと思ったが」
「……? はい」
「案外そうでもねェかもな」

ドフラミンゴ様は、そう言いながらも笑っていた。おれにはドフラミンゴ様の考えていることは分からない。

お手を煩わせるような奴にはなりたくないけど、今何を言っても無駄な気がする。せめてドフラミンゴ様のお邪魔にならないように、お手間を取らせないように生きていこうと思った。