降谷さん記憶喪失編  13


 俺は、記憶喪失になったらしい。
 かといって全部失ったわけではなく、虫食いのように覚えていることと覚えていないことがある。知人の幾人かは忘れてしまい思い出せない。それだけなら良いが仕事に関しても欠けているものがあり、今までの疲労を回復する意味合いも含めて一般の病院に監禁されている。
 こうしている間にもやらなければいけないことは山積みになっているというのに、どうしようもないやるせなさが襲ってきて精神的に疲労がたまりそうだ。
 そんなときだ、彼女に出会ったのは。
 廊下で話しかけられ馴れ馴れしい言動から俺の知り合いだろうことがうかがえるが、俺にはまったく覚えがない。潜入先の喫茶店店員だという女性が、俺が大好きなお客さんだと言ってきたがこんな特徴も無いような女覚えていないし知らない。思い出さなくてはいけない、だけどどうにも思い出せない。そんな状態がストレスを呼び起こしイライラしていた。
 だから、つい。酷い言葉を口にしてしまった。

「勘違いじゃあないのか」
「えっ」
「記憶喪失なのを利用して俺を誑かそうとでもしているのか? 別に俺の好みでもないしやめてくれないか」

 そういって突き放して、病室に戻る。
 少し時間がたってから冷静になってから先ほどの発言に後悔した。もし彼女が潜入先で探っている最中の人物であれば俺はとんでもない悪手を打ったに違いない。
 うつむいて、頭を抱えながら今後について考えると、入り口のほうから子供の声がした。

「ひどいことするなぁ」
「……君、は」

 幼い子供。恐らくコナン君たちよりも小さいから幼稚園児くらいだろうか。ガーゼや包帯をところどころにつけている痛々しい姿をしていることから、この病院の患者であることが理解できる。
 黒髪に、透けるような白い肌。目は日本人によくある濃いブラウン。似ているところなんてまったくと言って良いほどないのに、この子供はどこか俺に似ていると、不思議にもそう感じた。

「ねえ。いらないなら、僕にちょうだい」
「なに、を」
「なにって、みぃちゃんのことだよ」

 無邪気な声で告げられる。みぃちゃんとは、誰のことだ。

「だめだっ!」
「なんで。好みじゃなかったんでしょ?」

 咄嗟に否定の言葉が出て混乱する。俺はみぃちゃんが誰かは解らないのに、それをとられるのがたまらなく嫌に思えて無意識にそれを口にしていた。もし許可していたら取り返しのつかないようなことが起きるような気がして、背中に冷や汗が流れる。
 夕刻時。黄昏時とも言える時間帯で、夕陽が少年を照らし不気味さを覚える。

「……それでも、だ」
「あんなひどいこといって、みぃちゃんを傷つけたのに」

 ひどいなあ、ずるいなあ。
 唇を尖らせてさも不満であることを隠さない子供。俺は、目の前の存在をどこかで見たことがあっただろうか。

「……彼女のことは何も覚えていない。確かに好みではないと言ったが」

 確かに、俺の好みではない。性格はわからないがあの外見はあまり相手にしてこなかった部類の人間だ。なのに、どうしてこんなにも俺は悲痛を感じているのだろうか。

「覚えていない? ……あれ、本当だ」
「?」

 唐突に問われて自己解決され、返答する間もなく子供が態度を変える。
 今までは憎々し気な意思を瞳に乗せてこちらを見ていたのに、今は子供特有の無邪気そうなそれを見せている。

「……じゃあ、仕方ない、かな」
「なにがだ?」
「次にみぃちゃんを傷つけたらもらいにいくから」

 じゃあね、と一声だけかけて子供は廊下の先へ走って消えようとしていた。
 どういうことだ、待ってくれ。そういって俺も駆け出し訳を問いただそうとしたが子供が閉めようとした扉に頭が挟まれて阻まれてしまった。
 鈍い音がした。病院用の怪我防止がついたドアといえど切り傷がまだ治らない頭には痛恨のダメージを与えやがった。
 それだけでなく揺さぶるような痛みに脳をかき回されてその場にうずくまるが、その痛みはすぐに消えた。廊下を見渡すが、子供の姿はどこにも見えない。
 あれは、なんだったんだろうか。夢といっても良いほど理解ができなない出来事だが不思議とただの夢だと切り捨てることができないでいる。
 あの子供と会ったからなのか、頭を強くぶつけたせいなのかよくわからないが、俺は記憶を全て取り戻していた。

 ……そうか、彼女がみぃちゃんだったのか。

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