降谷さん育成キット編 05
「いい加減寂しくなってきた」
降谷さん(ねんどろいど)が消失してしまい一か月。彼は巣立ちをして行ったのだと無理やり自分に言い聞かせペットロスのようなものから卒業してから私は猛烈な寂しさを覚えた。
今までは小さなあんよを一生懸命動かせて寄って来た降谷さんがいたからそうでもなかったが、いざ彼がいなくなってしまったら家の中がもう自分の家ではないかのように物悲しい空間になってしまい、家にいるのですら苦痛になってきた。いないはずなのに、気づいたらケージの中を覗いている始末。末期である。
いっそのこと最近流行りのハム太郎もといハムスターを飼おうかと思ったが駄目だ奴らは寿命が短すぎる。あと降谷さんのいたお家をまだ使わせたくないというのも理由にある。
ああもう、うだうだ考えていてもしょうがない。家の周辺を散歩でもして気分転換がてら考えながら歩くかと何日ぶりか忘れた家のドアを開けて呆然とした。
「ここどこや」
玄関を開けたら、そこは見知らぬ風景でした。
電柱に書かれている住所を見上げる。「米花町四丁目」
「ちっかいな」
あれから十分ほどパニックになっていたが、自分がつけていた日記を改めて見たらいつの間にか自分はペットロスの影響でここまで引っ越して来たらしい。行動力ありすぎる。まったく覚えてないし宮城から東京って随分思い切ったなと思ったが、私が引きこもっていた間に何かあったのだろうかと考えても何も進展はしない。もうこのさい、自分が普通の世界だと思っていたところが実は漫画の世界とか気付かないうちにトリップしていたとかはどうでもいい。私の寂しさを埋める家族探しだ。
公園のベンチで地図から近場のペットショップを探しさあ行くぞと立ち上がろうとしたら、膝に見知らぬ猫がやってきた。決して汽車の中で勝手に話しかけて初対面なのに時間聞いてくるようなあの猫ではない。
「ニャー」
「お、おう」
いやまって私の膝で座らないでくれ今から家族探しに行くんだから。図々しさはあの見知らぬ猫といい勝負しやがる。ちなみに私はあやしいネコ派です。
「あら、君男の子なのね」
「ニャーゥ」
「三毛猫のオス……もしや貴殿は喫茶店の大尉殿でありますか?」
「ナァウ」
「ブフッ」
おい誰だ笑ったの。
「ふふ、すみません笑ってしまいまして」
「ああ、いえ」
あーそれにしても大尉殿かわいい。何もしてないのに喉ゴロゴロならされているんだが家に連れて帰りたいだがこの子はポアロの看板猫らしいから連れて帰れはしないそうだ別の猫を飼おう。猫にかつての押しだったウォッカと名付けよう。
いまだにゴロゴロ鳴らしおって。どおれ撫でてやろう大尉殿。セッコを可愛がるチョコラータ先生のように愛でてやろう撫でてやろう。
「隣、良いですか」
「はいどうぞー」
先ほど笑ってきた男が隣に座ってくるが気にせずに撫でまくる。よく知らん人の隣に座ろうと思うな他に空いてるベンチあるのに不審者か?
腕に尻尾を絡ませてきてはーーーーかわうぃーーー! ペットロスが癒される。
「僕、その子が良く来る喫茶店で働いているんですよ」
「へえそうなんですか……ん?」
大尉殿が来る喫茶店ポアロで働く男の人。思わず視線を大尉殿から隣の人へ向けると、あの特徴的な金髪に日焼けしたような小麦色の肌の、体格の良い男性がいた。
「あー、えっと」
あっこれ降谷さんもとい降谷さん(ポアロのすがた)だ。リュージョンフォームだこれ。
いや待て自分とっさにタマって言いそうになったわ。いくらオリジナル降谷さんと区別をつけるためにねんどろいど降谷さんをたまって呼んでたからって本人に向けてタマって言うのはどうかと思うよ。
「安室さん、でしたっけ」
「……すみませんが、ポアロに来店したことが?」
「いえ、ツイッターでちょっとした話題になってたので」
「そうでしたか」
100億の男(予定)として話題になってたからね。ちょっとどころじゃないけどね!
「……」
「……」
きっまずい。
降谷さん私に話しかけてきたということは何か用事でもあったんじゃあなかろうか? まず私はまだこの町で何もしてないからまず怪しまれる要素なんてないしこの自分の外見も特別目立つようなものはなにも無いと思うし。いやそもそも登場のしかたからおかしかったわ。最初から尾行……いやたかだか東北からやってきた女にそんなことするほど暇じゃあなかろうしここ米花町四丁目だし、ポアロのある五丁目と近いから実は通勤ルートだったりでただの偶然……? わからん。
「あの」
「はい」
「あ、えっと」
コミュ障か。
そも、この人にとってあの不思議生物もといねんどろいど降谷さんはどういう位置付けのものなんだろうか。私のもとで飼っていた記憶がある、なんて言ったらとんでもないぞ。女装させまくって写真撮りまくったのが覚えられてるっていうことだぞ。今スマホにだってナース服姿の写真があるんだぞやべえスマホ誰かにいじられる前にデータなんとかしないと。やることが増えていくわ。
「どこかで、会ったことありますか」
「……ないと思います」
私が君の女装写真についてどうすべきかを考えていたらナンパされていた件について。
「すみません、いきなり。僕の探している人に似ている気がしたので」
「はあ、そうでしたか」
……あれ、これねんどろいど降谷さんと記憶共有してる説大当たり? いやでもそれにしては反応が微妙だ。
というかそろそろ行かねばペットショップ閉まってしまうし日が暮れてしまう。膝でまったりしすぎて野生を失った大尉殿とお別れし、立ち上がる。
彼はリアリストだろうし、もし私と過ごしていた日々を覚えていたとしても知らないフリをしているほうがお互いにとって良いだろう。彼は危険なお仕事の最中だし、私のような一般市民は遠くで見てるだけでも足手まといになる可能性がある。
ではこれで失礼します、と彼を振り返ってみると表情がかつて飼っていたあの子を思い出させた。仕事で忙しくて、構ってあげられないときや出かけるために留守番させていたときにする、こちらを見つめる寂しげな顔。それにプラスして、疲れたような表情すらしている。
「随分とお疲れのようですね」
「ああ、探偵としていろんなことをするものですから」
「そうですか、あまり頑張りすぎないようにね」
彼の丸い頭に手を乗せて、軽く撫でる。
これも、あの不思議生物を飼っていたときにしてやっていたことだ。本来は成人した初対面の男性にするようなことではないが。今だけは、貴方をあの子として扱わせてくれ。
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