降谷さん育成キット編 06
Side:furuya
ポアロでの仕事を終えての帰り道だった。
あの夢を見なくなってからは眠ることを控え仕事に打ち込むような日々をして、疲れが少し表情に出てきてしまうくらいにはまいっている。今日はもう予定もないことだしはやく帰って明日のために休息をとらねばと思うが、どうにも眠ることを躊躇ってしまう。また眠って、あの人に会えないことに落胆して朝を迎えるくらいなら、眠らないほうが良い、なんて思いながら。
ポアロから近くの借りている部屋を目指し公園の脇を通ると、どこからか聞きなれた声が聞こえた。
「ニャー」
「お、おう」
戸惑った女性の声と猫の声が聞こえた。聞き覚えがあったのは、ポアロでよく見かける猫こと大尉のことだったのかと思い至り眺める。
公園脇のベンチに座る女性。見た目からして20代前半。顔はこちらから伺えないが、少々猫背気味なので事務仕事などといったインドア系の仕事をやっていて運動はあまりしないように思える。猫の扱いを心得ているようだから、動物好きもしくはかつて猫を飼っていた……といったところか。
どこにでもある、普通の光景。そのまま通り過ぎようとして。ふと彼女の顔が見えた。
俺は、この顔をどこかで見たことがある気がする。
ポアロの店員として珍しい三毛のオスである大尉を気にかけているという設定でもう少し観察させてもらおうとしたら、
「あら、君男の子なのね」
「ニャーゥ」
「三毛猫のオス……もしや貴殿は喫茶店の大尉殿でありますか?」
「ナァウ」
「ブフッ」
真面目そうな顔の彼女から軍人口調が飛び出してきた。大尉が随一返事をしているのもあってシュールだ。
まさか女性からそんな言葉が出てくるとは思わなくって、つい笑ってしまった。
「ふふ、すみません笑ってしまいまして」
「ああ、いえ」
こうなったらそばで観察させてもらおうか、と判断して隣に座らせてもらった。
彼女は俺を一切きにせずに大尉を撫でまわし、大尉もそれにまんざらでもなさそうだ。こうして横から見るが、既視感の正体をようやく思い出す。あの夢の女性だ。
日々を過ごしていくうちに消えていく思い出を必死に思い出しながら、夢の女性を思い出して目の前の彼女を当てはめてみる。夢の女性はよくパソコンで仕事をしていたために猫背気味だったし、外出は滅多にしないために運動不足のようであった。俺を飼育するためにケージをすぐに用意したこともあって、過去に動物を飼っていたことから動物も好きだろうとは思う。……いや、まさかな。
「僕、その子が良く来る喫茶店で働いているんですよ」
「へえそうなんですか……ん?」
ちらりとだけ、こちらに視線を向けられたがすぐに大尉のもとに戻されてしまった。
目の前の彼女と夢の彼女が同じだと思い至ってからは、大尉を撫でる仕草すら重なって見えてしまう。あれはただの夢だ。ただの夢だったはずだ。
やっと会えたのに。大尉じゃなくって、俺に構って。なんて、言い出しそうになる自分を抑える。
「安室さん、でしたっけ」
「……すみませんが、ポアロに来店したことが?」
もしかしたら、俺が知らないうちに出会っていたのだろうか。夢は記憶を整理するために見るものだと聞いたし、きっとどこかで出会っていたのかもしれない。そのほうが現実的だ。
「いえ、ツイッターでちょっとした話題になってたので」
「そうでしたか」
彼女の返答からして、一方的に知ってはいたものの会ったことは無いように思える。
あの日々を彼女はまったく知らないのかと思うと、少し胸が苦しくなった。幼い子供が迷子になったかのような寂しさがこみあげてくる。親に存在を忘れられていたかのような、寂しさが。
……そもそも、この人は知らないはずだ。あれは俺の見たただの夢でしかないのだから。
「あの」
「はい」
「あ、えっと」
思わず、言葉が詰まる。ずっと探していた人が目の前にいるような感覚さえしてきて震える声を強く押さえつけて、続ける。
「どこかで、会ったことありますか」
「……ないと思います」
聞いて、後悔した。聞かなければよかった。いつの時代のナンパだこれは。
「すみません、いきなり。僕の探している人に似ている気がしたので」
「はあ、そうでしたか」
彼女も反応に困っている。悪手どころではない。
俺がうだうだしていたことで彼女は立ち上がり、去ってしまうようだ。まだ話をしていたいしそばにいたいが、それは無理だろう。この人はあの人ではない。……俺も彼女を諦めるいい機会だと思う。
あれは夢だったんだ。ただの夢。そしてこれは現実だ。
「随分とお疲れのようですね」
「ああ、探偵としていろんなことをするものですから」
疲れが表に出すぎてしまっていたらしい。俺ももう帰って、明日に備えなければ。
明日は組織での仕事がある。休養をとって、頑張らなくては。
「そうですか、あまり頑張りすぎないようにね」
そう囁くように柔らかく呟かれて、俺の頭を暖かい手によって撫ぜられた。
あの夢でよく撫でられたことを思い出す。愛おしそうにこちらを見つめて、慈しむようにそっと撫でるあの手と彼女の手が重なる。目の前にいる女性も、まったく同じ顔で同じ表情をしている。
あの人だ。間違いなくこの手はあの人にしかできない。あの夢の人は、やはり彼女なのだろうか。
もう、非現実的だのと考えていられない。あの人は目の前にいる。それだけで俺は救われた気さえするのだから。
手のひらが離れ、彼女は背を向けて去っていく。彼女を引き留めたくなったが、それを堪える。今日会ったばかりの初対面の男に、そんなことをされては警戒されてしまう。
彼女は去り際に、いつかポアロに行きますねと言った。また、彼女に会える。
今夜はよく眠れそうだ。
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