赤井さん育成キット編 07
『拾ってください、名前はライです』
こんな文章が書かれたダンボールが道のはしに置いてあったのを見て、普通は猫でも捨てられたのだと思うだろう。仕事帰りで非常に疲れた私もそう思う。猫によくある名前だと思う。ライ。
だが現実は違う。まるでアイフルのCMに出てくるチワワブームの原因のようにこちらを見つめるのは、ねんどろいどのような姿をした名探偵コナンに出てくる登場人物のライもとい赤井秀一だったのだから。
「ぴ」
意外と声かわいいな。いやそうじゃなくって。
まるで日常もの漫画によくありそうな光景のようであってそうでない光景を見てしまい軽くSAN値チェックをしている私は混乱していた。ちくせう誰だこんなところに捨てたのは。保健所に持っていくか里親探すかしなさい最後まで面倒見るのが飼い主の定めでしょうがと言いたいがこれはペット動物として扱って良いのだろうか。きっとハム太郎に聞いても全肯定するだけでちゃんとした返答はされないと思う。
そうか私疲れているんだ。さっきだってバイト帰りで疲れまくっていたのに恋人に振られて憂さ晴らしに魚臭いと評判だった(過去形)アニメイトに寄って本を大量に抱えての帰宅。もう足がバンビ状態。生まれたての子牛のほうがまだマシだってレベルで私の貧弱な足は震えている。疲労で。
畜生仙台は階段が多いんだよと思いながらもきっと疲れているが故の幻覚なんだと信じて、これを無視して歩こうとしたもののそれは目の前の不思議生物に阻まれてしまった。
「むぅ」
再び子牛以下の足を動かし始めた私を見て、ライさん(仮)は必至にダンボールから這い出て私のもとにまで走り寄って、足にしがみついてきた。ちっちゃいあんよでボコボコの地面を走ったもんだから二回ほどこけたがそれでも懸命にしがみついてるが涙目だぞ君。
さて誰に向かって喋っているのかわからないが諸君。ねんどろいどのような姿なのに柔らかな頬を押し付けて絶対に離すもんかと言わんばかりに涙目でこちらを見つめる赤井秀一を無視できるだろうか。私はできませんでした。
……まあ、恋人がいなくて傷心中だし、アニマル(?)セラピーで慰めてもらおうか。
あれから数ケ月。本当に色々あった。
家に侵入してきた野生のヤモリに対してアリクイの威嚇みたいなポーズして固まってたライ
さん見かけて思わず写真撮ってしまったりだとか。
カレー作ってるときに乱入してきて危うく鍋のなかに落ちそうだったのをおたまで掬って助けたとか、カレーの翌日は高確率でライが沖矢になってたり戻ったり。
ツインテールにして遊ばせてもらったらゴスロリ似合うだろうなあと血迷って裁縫にはまってしまったり。おかげさまで裁縫が趣味になりました。あとライさんのツインテゴスロリ可愛かったです。
この数か月で恋人に振られて仕事のストレスでボロボロだった私の精神は多大に癒された。傷なんてどこにあったのかというレベルで。流石スパダリ。疲れて帰って来たとき仕事でミスして帰って来た時そっと隣に寄り添って慰めるように手にキスしてくれたときはもう惚れるかと思った。
「まあ、そんな生活が続くわけ無いか」
彼はいなくなってしまった。
朝目が覚めて、いつも彼専用ベットのカゴから脱走して枕の隣から挨拶してくる彼の姿はなくって。彼がダンボールに入れられていたときに一緒に持ってきた床材代わりのタオルも一緒に無くなっていたのに気づいて、彼はいなくなってしまったのだと気付いてしまった。
薄情にも口から出てきたのは諦めの言葉くらいで、だけど心のどこかで引きずってしまっているようで。
「……あれは夢だったんだ」
そう、夢。
疲れた精神と肉体が見せた幻。今の私はそれが癒えてしまったから、彼の姿が見えなくなっただけ。大人になったら見えなくなる妖怪や妖精と同じなんだ。
「今度はペットロスで精神ズタボロになりそう」
この家にいたら思い出に殺されそう。
もう、いっそのこと引っ越しでもするかな。
思い切って東京に引っ越してせっかくだからと美術館巡りをしていた最中に事件発生。なんでや。
都内はさすがに物騒だなあと思って壁のほうで待機していたら見知らぬ子供にぶつかってしまい少しよろけてしまった。
「お、っと。大丈夫かい」
「ごめんねお姉さん、よそ見しちゃってた」
怪我もなさそうだしそのまま気を付けるんだよと言って見送る。事件とは言っても美術品の盗難で殺害とかではないのだからまあ大丈夫だろうが、こう現場をうろちょろするのはどうなんだろうか。保護者は何やってるんだと考えて見知らぬ子供のそばにいた大人に目を向けてみた。
……。……あれ、沖矢昴じゃね?
まてどういうことだ。休日暇つぶし兼仕事の参考資料にとやってきた美術館で盗難事件発生までは1000歩譲って理解できよう。その美術館で沖矢さんと遭遇??? 意味わからん。あ、コナン君もいるっていうかさっきぶつかった見知らぬ子供がそうじゃあねーか。
あ……ありのまま今起こった事を話すぜ! 『おれは傷心治療のために東京に来たと思っていたら東都に来ていた』な、何を言っているのかわからねーと思うが、おれも何をされたのかわからなかった……頭がどうにかなりそうだった……催眠術だとか超スピードだとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……。
ふざけていられるっていうことは案外冷静だな自分。忘れよう。
さて、状況を整理しよう。
今回美術館に盗難が入り重要文化財である美術品が盗まれてしまった。誰が盗んだかわからないが、ついさっきのできごとなのでここにいる誰かなのは確実らしい。平日のできごとなので人数が少なく、いろんな痕跡を犯人は残していったために今ここにいるのは確実ということで推理が開始されている。現場近くに美術品の保存資料用の紙やら犯人が持ち主に対して送った匿名の脅迫状なんかもあって素材はたくさんあるが捜査は難航しているようだ。
にしても。さきほどチラッと紙類を見させてもらったがなんか違和感がある。捜査の邪魔をしてはいけないからもう一度見に行ってみることなんてできないし。それにしてもはやく帰りたい。帰ってとうらぶやりたい。イベントの最中やねん。ウチナータイム入りまーす!
「ねえお姉さん」
「ん? ああ、さっきの子か」
「あはは、さっきはごめんなさい」
「いや別にいいんですよ。で、どうしたの?」
「お姉さんさっきからずっとあの脅迫状とか見てたから、何か気づいたのかなーって」
「ああ、なるほど。いやちょっと違和感があってさ」
「違和感?」
「うん。でもチラッと見てそう思っただけだし邪魔になるから警察に全部まかせたほうがいいなって見てるだけだけどさ」
「でしたら近くで見てみますか?」
「ヴァッ」
唐突にアニメやゲームで聞きなれているけど現実じゃあ聞きなれない声を間近で聞いてしまい思わず初代ピカチュウみたいな声を出してしまった。キャスバ、いや沖矢さんおっお前……!! 背後から音もなく近付かないでくれゴルゴになるぞ。それはもうディアボロ並みに「オレのそばに近寄るなああーーーーーーーーーッ」ってなるぞ!!
それはもうホラー映画の人形のようにゆっくり振り向いたらそこには眼鏡の胡散臭い男が……! ホラーですね。
不審な私の行動に疑問を思ったのか何なのか知らないがこちらをのぞき込んで来た彼の顔はすさまじく良い。モンスターボール投げつけたいくらい良い。ヨーギラスみたいでかわいいとか思ってしまった私はきっとまだペットロスが続いて精神おかしいことになっていると思う。
彼が一瞬目を見開いて「君は」とか呟いたけどなんだったのだろうか。すごく小さな声だったので気のせいかもしれないが。
「ほら、僕あそこにいる刑事さん僕の知り合いなんだ」
「あ、そうなんですか」
手をひかれてつい行ってしまった。イエスロリショタノータッチを守っている私だが向こうからタッチしてきた場合はどうすれば良いのでしょうか教えてグーグル先生。
「んー」
「どうですか」
「いやあ、フォントがバラバラで気持ち悪いなあと」
「フォント?」
「でもこれ、全部同じ明朝体に見えるよ?」
「君よく明朝体ってわかったねえ」
小学生にゴシック体と明朝体の存在を知っているのってそんないないんじゃあなかろうか。気を付けなはれや。
「これ全部違う明朝体なんだよねえ」
「えっ」
「これはリュウミン、これはヒラギノに小塚でしょ、これは遊明朝だし」
「全部同じじゃないんですか」
「まあそんな違い見えないですよねえ」
そう、フォントの違いである。文字を構成するデザインで文章デザインにおいてとてつもなく重要な役割を持つのがフォント。たとえばマンガの表紙を飾るロゴデザインもフォントによって格好よかったり可愛かったりするがそれはデザイナーさんとか作家さんの努力の結晶。ほんの少しの違いしか素人にはわからんだろうが、私のようなイラストレーターにとっては大変重要なものなのです。
これら小塚やリュウミンなどといった同じなように見えて実は違うフォントたちも、よく見ればハネや払いが微妙に違うのだ。
「もしかして、貴方はイラストレーターなんですか?」
「そうです」
まあこんなフォントに詳しいのってそういった職業の人しかいないだろうしなあ。無駄にデカいカバンにも、いつ商談ができても良いようにポートフォリオが入っているし。ペンダコあるし。
その後、フォントの違いで何かわかったらしい名探偵は見事推理して見せて犯人を当て、盗まれた美術品は持ち主のもとに返された。あとは後日事情聴取すれば解放されるらしい。デカいカバン持ってたから何か犯罪に使う道具持ってたんだろとか女がこんな美術館に来るなんておかしいお前だろとかめっちゃ言われたけどそれ言ってきた人が犯人だったっていうね!!
さー帰ろ。帰って撮りまくった写真整理しよ。
「待ってください」
「はい」
沖矢さんに呼び止められてしまった。
「今回はありがとうございました。きっと貴方の言葉がなければ犯人は捕まらなかったでしょうから」
「ああ、いえ、とんでもないです」
「それで……」
なんすか。
「また……会えますか」
「えっ」
「えっ」
えーと、これはどういうことだろうか。彼は私と暮らしたねんどろいどライさんとの出来事を知っているのだろうか。だとしたら秘蔵の和風ミニスカゴスロリコレクションはどうなってしまうのだろうか。
「……会えるんじゃあないでしょうか」
まるで迷子になっていてようやく待ち人に出会えたかのような表情をされてしまえばNOだなんて言えない。
とりあえずコレクションの保護活動を開始せねば。
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