障子向こうで鳴く狐


「やあやあこr」
「うるさっ」
 急に耳元で高い声を発せられたもんで、ついつい肩にいたお供の狐の口を摘み抑えてしまった。
 おっと、いけないいけない。審神者への挨拶の途中だったのに。
 怒ってないかなー? と顔色を伺えばおっさんが忌々しいといったような表情で「また打刀かよ」とまるで生ゴミを捨てるように言い放った。



刀剣男士に成り代わり In鳴狐




 高校生でした。過去形ですが。
 学生の頃に就職活動していたものの失敗続きで落ち込んでいたところ、気分転換に可愛い甥姪と散歩してたら二人が事故にあいそうだったので助けたら死んじゃっていまして、気づいたらあら不思議。ネット上で流行っていた刀のゲームに出てきていた鳴狐に成り代わっていましたアハハ。どうしてこうなった。
 まあ最後に見た光景から甥姪は無事だったっぽいしトラウマになってなかったら良いなーとか考えていたらコレだよ。近侍らしい刀剣二振りいるけど、甥っ子の乱はすんごいボロボロだしすごい辛そう。それに反して可愛がられてそうな、えっと、なんだっけ名前思い出せない。狐関係だった気がする名前のレアな刀剣は綺麗なまんまでいるし。二振りとも半分目が死んでるし。
こんな奴に挨拶とか不要だわ。と考えていたらこのおっさん審神者が乱に責任転換して責めだした。
オイオイおっさん何言ってんの狙っている刀剣が出ないのは近侍のせいじゃないでしょ。
涙を堪える乱を見て、昔の怯える姪に姿が被って、乱が手を出されかけて、
ぷっつんしました。

「おうおっさん」
「あん?」
「うちの甥子に何してんだクラァ!!」
「ななな鳴狐ェー!!?」


 まさに一瞬で、刹那とも言えるような速さでそれは行われた。
 まずは投擲。鳴狐は自らの顔半分を隠す面を審神者に全力投げつけ、見事に命中させた。
 それだけではなく怯んだ隙に彼は距離を詰め、無防備な腹に強烈な前蹴りを食らわせる。
 結果、審神者は鍛刀部屋向こうの庭へ転がり気絶してしまうことになる。

 改めて、現状を考え直す。
 埃に溢れ、戦場へ赴く部下を呼び出すには相応しくない鍛刀部屋。重症一歩手前で放置されている短刀。このような騒ぎが起きても駆けつけるどころか一切物音がしないこの本丸。
 歩くたびに軋み、悲鳴のような家鳴りを響かせる床を他所に、私は確信した。ここってネット上で一部の人に人気が出ちゃったブラック本丸じゃん。
 初対面の人間になんてことを、と騒ぎ出すお供もこの異様な本丸の空気に気づき察してくれたようだ。


「乱、大丈夫?」


 2振りでポカンと見ていて、現状把握をできていないようなので甥の乱に声を掛ければ、安心したのか泣き出して抱きついてきた。
 泣き虫だった姪にするように抱き上げて背中をさすれば落ち着き、涙も止まったようで安心した。
さてと。可愛い甥子のために行動せねば。

 まずはわるいさにわさんの物的証拠を集めましょう。
 以前読んだ二次創作小説のテンプレとかにありそうなことを思い出しつつ、お供と一緒に審神者部屋を探索。カメラがあったので汚い部屋やら傷ついたまま放置されている乱の写真を撮ってカメラとUSBメモリに保存。カメラのデータだけ消されて「ブラック本丸なんてなかったです」なんて馬鹿言われる前にこうしてコピーをとっておき保険をかけるのは大事です。浮気調査で聞いた知識は今こうして役に立っております姉さま。
 あとはこんのすけの情報。政府からの使い魔であると同時に彼らは審神者の監視役でもあるため、彼らの言葉はとても重要である。ずっと本丸にて第三者の立場で観察しているためにここがブラックであるという事実を政府に伝えることができる。
 こんのすけが駄目だったら日記でもOK。かつてDVされていた証拠を写真だけでなく日記でもとれると知っていた身内はこれを利用して慰謝料めっちゃもらってました。ありがとう姉さん、あなたの知識は今こうして役に立っております。
 こんなもんでも十分だけど、あとはメールとか被害者刀剣の証言かね。
 メールに関しては審神者のパソコンでも調べたけど、出るわ出るわブラックの証拠。メールのデータをコピーしつつ写真と撮って保存。
 証言に関しては、乱の様子が気になってやってきた秋田や前田たちがしてくれると言ってくれたので問題無し。ああうんそういえば姉さんもこうしてメール保存して友人から証言言ってもらったりしてたなあと懐かしむ。感謝。

 念のため、コピーを作っておきオリジナルのデータはUSBメモリに保存して服の中に隠しておこう。

 ところで、一定の距離を保ってこっちを見ているあの太刀は一体誰だろうか。顕現された時に審神者の隣にいたんだけど、名前とかが思い出せない。
 前世のゲームでは打刀ばっかり使ってたからあんま他の刀って覚えてないんだよなー。なんかレアらしいってのは覚えているけど。

 ……ああ、そっか。あっちの刀からすれば主人を殺した不届きものか。私。
 昔じゃすっげえ酷使されたり非道なことされんのがよくあるし、こうして主人を害するのは敵とか謀反者って立場なのかね私。あれこれ私殺される? よくも主をーって抜刀される? コロコロされちゃう? こわ。でも甥っ子たちが死んだ目しなくなったからいーや。甥っ子可愛い。

「楽にしてくれて良いよ、うん大丈夫そんな尋問とか拷問だとかしないからさ」
「鳴狐は怪しい者ではございませぬ、どうかお聞きくだされ」
「んで、何すんの?」
「わ、喋った。普通の鳴狐なら無口なのに」
「……随分と楽しそうでございますね」
「本当にね。仕事でやっているというより楽しいからやっているように見えるけど」
「あはは、やっぱそう見える? まあ趣味のようなものになってきているからねぇこの仕事」
「趣味?」
「そ。ぶっちゃけて言うと君みたいに個体差の激しい刀剣なんてちらほらと居るのが現実なんだよね。俺はそれを見るのが楽しみなワケ。まあ敵組織のスパイだったら今君に巻きつけてある御札が反応して燃えたぎるからその可能性もなくなったわけだし」
「うわ、これそんな危険物だったの? 言ってよ怖いな」
「燃える!? 鳴狐大丈夫ですか?」
「なんも反応しないから大丈夫でしょ。現にその札は反応せずにいるわけだから君は敵の諜報員じゃないって判明したしさ」
「へえ」
「話を戻そうか。さっき個体差の激しい刀剣がちらほらといるのは言ったよね。分霊といえども呼び出した審神者やその場の環境や生活などによって個体差が大きく変わることがわかっている」
「……同じ分霊でも環境が違えば性格が変わるってこと?」
「まあそんな感じ。例えるならば双子でも育つ環境が変われば趣味趣向が違ってくるようもんだよ」
「じゃあ僕以外にも個体差が激しい刀剣ってのはいるんだ」
「そうそう。敵組織と交戦中に権限した結果戦闘狂になった岩融とか、通常個体と比べて格段に機動力の高い秋田藤四郎、女装及び潜入捜査で敵を騙すのが美味い薬研藤四郎が政府所持の刀剣としているかな」
「まあこれはあくまで序の口。審神者所持の刀剣を調べたらもっと出てくるんじゃないかな。随分前に女子力カンストした加州とか色っぽい山伏とか見かけたし」
「……けっこういるんだね」
「うん、そう。だから怪しい研究だとか実験だとかやんないから安心して。ちゃんと検査したらあの本丸に返すからさ」
「ならよかった」
「まあ簡単なデータはとったけどね。はいおしまい。あとはちゃんと刀剣として活動できるか出陣したり刀装作ったりに一週間かかるから、まあ頑張って。大丈夫だろうけど」
「わかった」
「君は本当に他の鳴狐と比べてよく喋るしお供はあんまり喋らないなぁ」
「おそらくですが、通常なれば鳴狐の代弁をするために多く喋るからそう感じるのではないしょうか。このようにわたくしめの鳴狐は代弁を必要としていないものですから」
「ああ、なる程。そういうことだったんだ。ふーん……あ、そうそう。出陣に関してだけどさっき言った岩融が部隊に入るから」
「えっ」
「えっ」
「あいつ戦闘以外は昼寝ばっかしてるから大人しいけど戦場になると敵味方見境なく切り裂くベルセルクになるから死なないようにがんばってねー」
「え、え、ちょ、まってようわあああああ来たああああああ!!」


*   *   *   *   *


 かえってきたぜわがほんまる。
 うふふふふたった一週間で僕はたくましくなりました我が甥姪よ。なんということでしょう、出陣したのはたった三日程度なのにこんなにもたくましくなりました。ってか。
 戦力拡充計画に引きずり回された結果練度が50超えましたよ。


「叔父さーん!!」
「おかえり叔父さんっ」
「おっと」
「そちらの方はどちら様でしょうか」
「ここの新しい審神者だよ。ほとんど新人みたいなもんだから仲良くしてあげてね」

 さて、新しい審神者さんとやってきた本丸。甥っ子たちが迎え入れてくれて叔父さん嬉しい。涙出そう。
審神者についてはちょっと警戒されたけどおっとりした人だから大丈夫じゃないかな。新人に毛の生えた程度だけど。まー大丈夫でしょ。


 政府により検査に関しては問題ナシでした。そりゃ政府本部に自分よりもっとヤバイのがいるんだものこのくらい問題ないよね。ブラック本丸の最悪な環境下で顕現してしまったが故に突然変異を起こした鳴狐として。
 審神者に怪我させたことに関して何か言われるかと思ったけど、契約前だったから主従ではないし問題があったのは審神者のほうだからお咎めなしで良かった。この本丸にいる刀剣に関しても、あの審神者に対して良い感情が無いってのが全員だったそうで俺の命は暫く安全みたい。良かった良かった。


*   *   *   *   *


 このような想いを抱くようになったのはいつごろだっただろうか。
 今は埃が一切なくなった綺麗な鍛刀部屋にて、小狐丸は過去を思い出していた。
 しゃがみこみ髪が垂れようと、塵が張り付くこともなく。指を壁に滑らせようと黒く染まることは無い。面影すら消え去ったように思える鍛刀部屋に、小狐丸はただ佇んでいた。
 ここにこれば何かわかるだろうかと訪れたというのに、ただ鍛刀式神を困惑させるだけで終わってしまった。

 小狐丸は、気づけば鳴狐のことばかりを考えてしまっていた。顕現されるなり、その名に相応しい獣のような目をして忌まわしい存在を払ってくれた鳴狐を。
いつから、だっただろうか。彼が政府の人間に連れて行かれて眠れぬ夜を繰り返し恋しく思うようになったのは。
ここへ訪れれば何か解るやも知れんと来たものの、昔の影すら無く変わり果てた部屋では何も思い出せないでいた。何も。
ふと、庭から聞こえるのは短刀や新しく来た鈍臭い審神者に混じり鳴狐の低い声が耳に入る。
鳴狐が連れてきた審神者は新人ではあるが前任者のように過ちは起こしていない、むしろ警戒するのが馬鹿らしいとさえ思えるような人間でこの本丸にいた刀剣たちも慣れてきた。
退出し、庭を一望できる縁側に出ればあの審神者と仲良さげにする鳴狐に、胸が痛んだ。
こんなものは、知らない。知りたくもなかった。だというのに、視線は彼を追ってしまう。

難儀なものだ。小狐丸は一人、こっそりとため息をついた。

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