障子向こうで鳴く狐 番外
文机に乗せられた一通の手紙。
本来であれば、それはどこでも見かけるような光景だっただろう。だがここは刀剣男士が住まう本丸。外との交流を持つことは稀な存在である。
ただ通りすがり、見かけただけ。視界に入っただけ。
それだけのことだが、小狐丸は大いに興味を示してしまった。あれは誰へ向けた手紙だろうか。それとも誰かから送られたものだろうか。どんな内容をしたためているのだろうか。
御法度であると知ってはいるものの、どうしても見てしまいたくなった。
あれがただの文であれば興など向かず素通りしただろう。だがあの文机の持ち主は鳴狐のものである。その事実が、小狐丸の意識を傾けさせたのだ。
初対面で獣のように鋭い目を見せた、通常個体よりも喋る鳴狐。それだけではなく、彼が唯一本丸にいた時間よりも政府のもとにいた時間のほうが長い刀剣であることも理由にひとつになる。
周りを見回すが、誰もいない。
今の時間帯は出陣や遠征に出ているものがほとんどで、あとは内番にかかりっきり。唯一仕事がないのは自分くらいなもの。
「少しくらい、ならば」
良いだろうか。
* * * * *
あれから幾月がたつだろうか。寒い夜になるたびに、**が恋しくなる日が続きます。
病気にはなっていないでしょうか。泣いていたりしていないでしょうか。私はそれが心配でなりません。
別れの日に、まともな挨拶ができなかったことが悔やまれます。
私はこうしてこの本丸にいますが、たくさんの甥っ子に囲まれて楽しい日々を過ごしております。昨日など甥っ子たちと一緒にひまわりを育てる準備をして過ごしていました。
ひまわり、というと貴方を思い出します。別れの日の前に、大量に育てたひまわりを持って楽しそうに見せてくる**が懐かしいです。
もう一度、会いたい。今では声どころか顔さえも思い出せません。夢に見る日が待ち遠しいとさえ思うほどです。
愛しい愛しい******。どうかお元気で。貴方の幸せをこの地で願っています。
* * * * *
ところどころ墨で塗りつぶされているものの、これを誰が書いたのかはっきりとわかった。
だが、これは一体誰に当てられた手紙なのだろうか。
文面を見ると、それはまるで送ることさえ叶わない恋人に向けたように思える。
彼には恋仲の人物がいたのだろうか。
名前が書かれていただろう場所を指でなぞる。思わず爪をたててしまいそうだ。
塗りつぶして忘れようとするほど、愛しい人なのか。
見なければ良かったと後悔するものの目はしっかりと文字を捕らえてしまった。知りたくなかった、こんな感情など。
* * * * *
「眠れない」
夏の暑さが過ぎ秋になるべく涼しくなってきた夜のできごと。鳴狐は眠りにつけないでいた。とはいっても、昼間に甥っ子たちを構うのに疲れて昼寝をしていたのが原因だが。「叔父さん構ってー」なんて複数の可愛い甥っ子たちに言われてしまえば構わざるをえない。可愛いのがいけないんだ小悪魔め。
台所で酒を手に自室へと向かう。今まで飲んだことがないのだが、良い機会だ。寝酒に飲もう。
丁度甥っ子部屋から元気な寝声が聞こえる自分一人の部屋の前に立ったとき、偶然小狐丸に遭遇した。
「何じゃ、このような時間に」
「眠れないから、酒とりにいってた」
「なるほど、故にこのような時間に……」
「飲もう」
「ん?」
「お酒、一緒に飲もう」
前世は未成年だったし今は成長障害とか関係ない体になってしまったから、せっかくだし飲んでみたい。でも初めて飲むから限界知らずに寝てしまうかもしれないから、小狐丸にはちょっと犠牲になってもらおうと思います。
了承してもらったのでお部屋にご招待。最初から誰か誘うつもりだったから杯は既にある。
それじゃ、かんぱーい。
最初は、常人と同じようによく喋る鳴狐に違和感を感じていた。しかしそれは時が経てば違和感はすっかりなくなってしまった。
今はどうだろうか。酒が進み顔を赤く染め上げた鳴狐は、今まったく声を出しはしない。それが違和感を覚える。普通の鳴狐に戻ってしまったのかと恐怖を覚えてしまうくらいには。
鳴狐がずっと沈黙を続けているなか、彼は枕に巻いていた手ぬぐいの両端を結び小狐丸に投げつけてくる。
「……何じゃ」
「噛むおもちゃ」
「犬ではないぞ」
「噛む癖」
骨の形に結われた手ぬぐいを投げ返す。顔に当たって鳴狐は痛がった。
噛む癖とは。はてと首をかしげるが、何もわからない。鳴狐のお供がいれば通訳してもらえただろうが、そやつは今夢の中。到底期待できそうにない。
「ん」
「うん?」
「それ」
指で刺されたのは自分。もとい自分の指。いつのまにか、噛みあとがある。
「わるいこだね」
首をかしげ薄く微笑み、つたない口調で告げられる。
まるで子犬に対するそれに、小狐丸は一瞬だけ、思考を止めた。
酒で潤みながらも据わった目をしている鳴狐。鳴狐の部屋近くに彷徨いていたことを咎められているようで、どこか居心地が悪かった。
「いけないこ」
再び回らない口で囁かれる。まるで自らの甥たちへ叱るように。
うつらうつらとようやく眠気がやってきた鳴狐にもう一度手ぬぐいを投げつける。が、眠気のほうが勝っておりそのままうつぶせて寝てしまった。
思わずため息が漏れるが、それを聴くものはいなくなった。
八つ当たりにもう一度、投げつけようとしたが畳に当たり跳ね返るだけで留まってしまった。
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