脅迫し、寝起きに乱れる


01 脅迫

 なあ、本当は、刀剣男士じゃあないんだろ?
 そう告げられたのは、夕刻の出来事だった。夕日の見えない暗雲は自分の心境を表すかのように暗く、重い印象を受けた。きっと、明日には雨が降るだろう。
 その言葉を言い放ったのは御手杵で、空を見上げたまま固まっているのは鯰尾藤四郎。首が錆ついたように、動かない。視線を変えぬままに、聞き返した。
「どうして、それを」
 鯰尾藤四郎、もとい、その者は正しい意味では刀剣男士ではなかった。
 かつては、戦争などとは関係のない生活をしていた人間。それがどういうことだろうか、学校からの帰り道にて大雨が降り続いており近くの川に落ち、死んでしまったというのに。自分はこうして刀剣の精神の中に寄生して生きている。
「……見ていれば、なんとなくわかったさ」
 ほぼ同時期に権限させられ鍛えられたために、ずっと御手杵は鯰尾のことを見ていたが故の考えだった。演練や他審神者の言葉から連想される鯰尾の印象とはかけ離れた人格に、彼は疑問をずっと抱いていたのだ。
「……どうする、つもり?」
 顔を真っ青にさせる鯰尾。自分はこれから一体どうなるのだろうか。よくも騙してくれたなと殺されるのか、珍しいと実験台にされるのか、はたまた間者だと判断されて拷問を受けるのか。
 また、死ぬのか。死ぬ瞬間を鮮明に覚えている鯰尾は、死を恐れている。また、あの苦しみを味わいたくない。
「誰にも言わないでやるよ」
 思わぬ発言に、思わず顔を上げた。
 視界には、自分をじっと見つめる御手杵。彼が、困ったように眉を下げ目を潤ませて自分を見下ろしている。
「誰にも言わないからさ、俺と、恋仲になってくれよ」



 あれから数ヶ月。
 初めの頃は、一体どんなことをされるのだろうかと怯えていた彼であったが、思っていたよりも安定した生活を送っていた。
 いつもの生活に、御手杵が入り込んだだけだ。部屋を移され同室となり同じ時間を過ごすことが多くなったが、それだけであった。特にひどいことなどされないし、約束通り彼は自分が本物ではないということを口外しないでいてくれている。
 恋仲になれと脅すわりには、その様は生娘のように初心であった。他に誰もいない空間にいればより近くにいようと傍に寄り、常に自分を愛おしそうに見つめる。それは閨であっても変わらず、常に赤面しながらも手を握るのには、少し、愛らしいと思う。
 唯一自分の秘密をぶちまけられる存在に、鯰尾自身も彼の存在に安堵し依存しかけている。
 だが、
「もう、この関係、やめにしよう」
 今にも涙が溢れそうにした目をしながら、御手杵が呟いた台詞によって終わりを告げようとしていた。
「どうして」
 まるで少女漫画の物語みたいだと思いながらもこの関係には満足していた。言いだしたのは彼であるのに、どうして。この時は鯰尾もすでに彼のことを好いていたのに。
 どうして、と問う自分に彼はえずきながらも答えてくれた。自分を好いていたのはずっと前からだった。自分が正しい意味での鯰尾でないのに気づいたのはそれ故だったが、そんなことはどうでも良いと思えるほどに想っていた。俺はたいした能力を持たないから、ああでもしないと自分をものにできないだろうから脅迫したが、時がたつにつれこの状態がただ虚しいとしか思えなくなったんだそうだ。
 ごめんなさい、と言葉を繰り返しつい涙が溢れ出る彼の表情を見ると酷く胸が痛む。
 自分は別に、彼のことを嫌ってなどいないし、むしろ好ましいとさえ思っている。むしろ悩みを聞いてくれる存在がいてくれて安心していた。
「……そんなこと、言わないでよ」
 身を寄せて、抱きしめれば彼の涙がとまる。
 今度はこちらから脅してみようか。
「もう、好きになってしまったんだから、責任とってくださいよ」


*   *   *   *   *


02 寝起きに乱れる

 朝。今だに眠っている部隊長を起こそうとしたときのこと。
 大倶利伽羅は審神者に言われ嫌々ながらも従い、乱藤四郎の部屋を訪れた。乱暴に戸を開けようと足音をたてて近づこうとしようがお構いなしに眠ってる乱を見て、こんなのが部隊長とは情けないと思い始めた。
「おい、起きろ」
 返事はない。
「チッ、おい、さっさと」
 布団に手をかけ無理にでも起こそうとしたとき。彼の褐色の腕を、乱の手が掴む。今まで眠っていたとは思えないほどの動きに一瞬怯み動けずにいた大倶利伽羅は乱の表情を見て驚愕した。
こちらを、睨んでいるのだ。
「な、み、みだれ?」
 まるで血に飢えた獣のように、獲物を捕らえんとする蛇のようなその目に大倶利伽羅は金縛りにでもあったかのように身動きできずにいた。戦場であろうとなかろうと、こんな表情は見たことがない。突然の状況に頭の中は混乱し、彼を放置したまま乱はもそりと起き上がる。
「んー、うん、あれ、大倶利伽羅じゃん」
「あ、ああ」
「うー、おはよう」
 僅かに開けられた戸から差し込む光を浴び眩しそうに挨拶する乱に、先ほどまでの殺気は嘘だったかのように消え失せている。
 大倶利伽羅は乱暴に、さっさと着替えて準備しろと言い放ち退室したがすぐさま力を失ったかのようにその場に座り込んでしまった。
 高鳴る心臓に乱され、掴まれた腕の痛みが消えない。
 一体、なんだったんだ。そう呟くが答えてくれる者はいない。
 以来、大倶利伽羅は乱を見かける度に心臓が高鳴ることが多々あると同時に、積極的に乱を起こすようになった。痛む腕と睨む目が忘れたくなくて、あの朝が忘れられないために。

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