傾奇者の短刀 01
「前田藤四郎と申します。末永くお仕えします」
ゆったりと瞼を開けば、自分から溢れる桜と、それを眺める人物が一人と一振り。
じわりと、炉から漏れ出る火がじんわりと体温に馴染むように、この状況が把握できた。
自分は、成り代わってしまったのだと。
刀剣男士に成り代わり in前田藤四郎
まず最初に出てきた感想が「なんぞこれ」だった。
俺はかつて、学生であり所謂不良というような存在だった。いや、不良とはいっても雰囲気だけだが。授業もちゃんと出ていたし部活の演劇部にもちゃんと通っていたし皆勤賞をゲットしたような不良だ。やったことといえば、髪を染めたりピアス穴を空けたり、夜中に保護者を伴わずに外出したりだとか。
とは言っても、頭の悪い農業高校では規則が緩かったし、田舎なので咎めるような大人なんかいなかったがゆえの行動だ。
最後の記憶が思い出せない。友人と夜中に遊んでいた。高校最後の夏だということで、花火でもしようと出かけたところで……記憶がない。
気づけば、自分はここにいて。目を開ければ視界には審神者と、直感で刀剣男士だと理解した存在が加州清光がいて。ああ、頭が混乱してきた。
あれから数か月。
俺、もとい前田藤四郎を顕現させた審神者は新人でありながらも本丸が空いていないということで、政府に用意された家屋にて仕事があるまで待機させられている。
待機している間は暇だろうからと、いろんなことを勉強させられた。普通に審神者としての運営方法から呪物の祓い方に、機動部隊での動き方などなど……。一般の審神者に必要なのかと問いたいものばかりであった。だが、それらがあったおかげで俺の主は審神者代理として他人の本丸を任されたり簡単なものであれば呪いを跳ね返せるし、機動部隊の補助役として働ける優秀な審神者になり、俺もそのたびに働かされたものだから練度もぐんぐんと上がり、今では極の称号を得たほどである。
いやあ本当に俺ってば、頑張ったよ。
と、いうわけで。今日は俺が極を得たことへの宴である。
「前田君修行お疲れ様でしたカンパーイ!!」
ああこいつもう飲んでいやがる。
主が飲んだことで自分も、その次に加州が酒を煽った。ただの学生だった頃は苦くてまずくって酒なんて好きになれないと思ったが、この前田藤四郎になってからというものの、酒が美味くて仕方がない。
「主、新人研修お疲れ様。どうだった?」
加州の言葉に、今更ながらに思い出す。
まだ審神者として新人である主はつい最近まで、よその本丸で研修を受けてきていたのだ。
研修は最低でも30日はある。基本見習いは自分の刀剣を持ち込むことを禁止されているため加州と俺は剣術を磨いていたり機動部隊の手伝いや修行をしていた。
「いやー余裕だったわ。今まで先輩に教わってきたことばっかだったし、基本復習みたいなもんだった」
「さすがは主君です」
かつての自分では絶対にしないような演技をしつつ、俺お手製のイカフライをつまみつつ会話に茶々をいれつつ、酒を飲み……
飲んで……
「ひまやの。なんかしようず」
「んー、うん」
「お二人とも、少し飲みすぎなのでは」
「あるじはひまである。よって、いまからだれかにどっきりをしかけようず」
見事、主と加州が酔っ払いに進化しました★
「ええええええ」
「うええええい」
うえーいじゃないよ加州さんよ。主はまだ若いから慣れてないゆえにしゃーないとしても、お前主より年上だろ。主人の前だからほどほどに弁えろっての。これだから酒好きな神様ってのは……俺もか。お酒大好き芋焼酎うまいですうへへへ。
「よっし、かしゅーくんまえだきゅん」
「はーい」
「何ですか呂律回ってませんよ」
「架空の刀剣ダンスィ作って誰か驚かせようず!!」
「いえええええい」
「えええええええ」
本日二回目。
あかん。この二人おかしい。深夜+慣れないお酒で変なテンションになってやがる。
しかも架空の刀剣男士作ってドッキリとか何に影響されたんだこの人は、2ちゃんか?
前々からうっすらと感づいてはいたが、こいつオタクだろ。
「まずは設定から作らねばな」
「俺でこりたーい」
「よし、じゃあまえまえにコスさせるか」
「あの」
「んじゃあさ、俺提案なんだけどさー。傾奇者みたいなのやってみたい」
「ミスターMAEDAにぴったりやの。かつての所有者の前田家は傾奇者多いと聞いたし、上司の織田信長もスバラシイ傾奇者だったと聞く」
「でしょ!! 幕末にはあんま傾奇者なんていなかったからさー少し憧れてたんだよね」
「ちょっと」
「傾奇者というと獣の革に女物の着物がええのう」
「前田家だから梅の派手な着物羽織っっててー、帯の代わりに黒の生地で黒の刺繍入ったこるせっとが良いと思うんだよねー」
「前ちゃんの髪型のまんまだったらバレるだろうし、ワックスで髪型変えて紫のメッシュいれるとすごく恰好良いと思うんだよね。で、やっぱ傾いている要素として隈取いれたりタトゥーシールで桜吹雪ならぬ梅の刺青いれて、黒の革ブーツだとめっちゃかぶいてると思うんだ」
「それいい! 刺青はいやだけど」
「待って」
「よーし早速作るぜええデザイン案はできた、布も以前にコミケで使ったあまりがあるし子供体系だからそんなに使わんし、化粧道具もあるし、今夜は徹夜じゃあああああ」
「デコっちゃうぞー!」
「待って」
おいまてこの審神者オタクだぞと思っていたら重度のコスプレイヤーだぞ道理で変装もとい化粧が上手いなと思ったしかも加州あんたデコるほうじゃあなくってデコられるほうだろなにしてんの。
「さあかしゅうさん、やっておしまい!」
「おらおらお縄につけーい」
「色々とおかしい!!!」
数時間後。時刻にして、深夜0時といったところだろうか。
「さすがわたし……かんぺき……!!」
「すぴー」
約一振り眠ってしまってはいるが、問題はない。自分の使命だとでも言うかのように、主の指導を受けつつ俺に化粧、というよりはさっき言ってた隈取? を、俺に施したあとはスイッチが切れたロボット人形のようにぶっ倒れて眠ってしまった。これはまだ良い。
問題はこのレイヤー審神者だ。
日頃絶対に入るなと言われている部屋に連れ込まれた挙句、半裸にされ寸法を測られ、押し入れから夥しい布を引っ張り出したかと思えば落ち着いた色の布をミシンにかけ始め、そこには成人男性が好みそうなデザインの俺用着流しができていた。
「うわ……すっげ」
長年続けていた演技を、思わず忘れてしまうほどの出来だった。
型紙も無しに何かの布を切って縫い出したかと思えば俺を半裸にしてその布もとい着流しを着させられた。と、思いきや押し入れの中をあさりだし出てきたコスプレの小道具を俺につけさせたところでバタンと倒れ、寝息が聞こえた。満足したのか眠かったのか、限界がきたようだった。
二つの屍のような酔っ払いをドン引きで見下しつつ、せっかくだからと玄関にある全身が映る姿見で自分の恰好を見に行った。うわあ原型どこいった。
さて、まず前田藤四郎を想像してみましょう。極めた前田藤四郎でも構いません。
その藤四郎を一部の髪束のみを紫に染め、ワックスで遊ばせつつ自然に後ろに流します。ナチュラルなオールバックです。
そして、顔には少しの化粧、隈取りを。目元に紅を少し、口元は端のほうに少しだけ紫を。
さらに、金色の控えめな鎖のネックレスで首を彩り、地味な枯草色の着崩した着流しに、派手な帯と細身の煙管。
前田の優し気な顔立ちではなく、俺本来の釣り目が影響してか、前田藤四郎の雰囲気なんぞ面影もなく、まさしく別の、架空の刀剣男士ができあがっていた。
「おー、さすがレイヤー。別人だわ」
煙管を加える真似をしつつ、よくできたもんだなと眺める。
外で涼し気に鳴く虫の音を聞きつつ、あの酔っ払いを布団に押し込まねばと考えこむ。
……すると、虫の声に紛れて、おかしな音が耳に入る。
「人の……声?」
誰かの声が聞こえた。それも、泣いている声。えずきながら、必死に泣き止もうとしているような。
今の時刻を改めて考え、良くない考えがよぎるもののこちらは刀剣男士。刀とは魔を払う物でもある。
主人の眠りを守るため、様子を伺うべく戸を開く。
しんとした暗闇の中、響くのは蛙と虫の鳴き声に、自らの足音と、誰かの悲痛な声。
政府から借りている家屋とはいえ、審神者に与えられている本丸のような異空間ではなく政府本部傍の建物だ。そこの職員であればいいが。
一つ一つと歩みを進めるたびに、声が鮮明に聞こえる。その先で暗がりの中に見かけたものは、美しい薄緑の髪をした刀剣男士であった。
「だ、誰だっ」
うつむいていた彼が勢いよく振り向き、赤くなった目で俺を見る。知らない人物がいたので驚いたのだろうか、まん丸にされて零れ落ちそうだなあとのんきに考えていた。
ああ、しまった。今の俺の姿は架空の刀剣であって前田藤四郎ではない。見たところどこぞの本丸にいた刀剣が迷い込んだものだろう、政府関係の刀剣であれば何かしらの目印があるはずだ。
あー、ええと、演技せねば。架空刀剣の設定なんかつくってねえよ。適当でいっか。
俺は東北田舎出身だからそこらの方言が得意なんだけど違和感あるし、前田藤四郎は前田家に長くいた刀剣だから、石川県あたりの方言使う設定で良いか。慣れないから変に混ざるかもだけど。
前田藤四郎の口調や俺の口調は、やめておくか。
「遠所者(えんじょもん:遠方の人)け? こんなよさり(夜)に……おとろしい(恐ろしい)もんが来るさかい、帰らんのけ」
「え、あ、……すまない」
ちょっ、と、これ方言に訛り入れすぎた? 田舎者がきやがったってドン引きしちゃった? いやそもそもこれ方言理解できてる? この刀ってなんて名前だっけ?
混乱しまくりな精神を落ち着かせるべく、ゆったりと歩いて彼に近づき、ほどほどの距離でしゃがみ込む。立った状態では俺が見下ろすような形であったが、今度は俺が見上げるような姿勢になる。
子供に対し視線を合わせて怖がらせないように、を心掛けつつゆるうりとした口調を意識しながら語り掛ける。
「じゃまない(大丈夫)け?」
「あー、あ……う、うん」
あっれキャラ設定間違ったかなあ他に方言使ってる刀剣いるって聞いたから大丈夫かとは思っていたんだけんども。これ方言理解できてないっぽい?
「騒がせて、すまない……すぐに俺の本丸に、帰る」
あ、大丈夫か通じていたみたい良かった。いや問題はそこじゃない。
「うざくらしい(気に入らない)ことでもあったんけ?」
「そう、だな。少し兄者と喧嘩してしまって」
「兄弟喧嘩け」
「ああ、そうだ」
さて、何か問題があって帰り辛いご様子。
「ふむ……たいそい(疲れた)やろ、うら(私)ん家に来な」
「いや、でも、こんな夜更けに御邪魔してしまうのは迷惑だろう」
「気にすんな。今まで酒飲んでただけやし」
腕を強引に引き、家屋へ案内する。ちょっと狭くて散らかっているだろうが、問題無い。何より、体格の良い輩が泣いているのは放っておけない。
今は夏ではあるが、夜はかなり冷える。深夜にはよくないものもいるため、俺の家に連れて行くことにした。
主の待つ家に戻り、静かな縁側で酒を提供しつつ、話を聞く。酔いのせいか、するすると愚痴を吐き出した。
いわく、兄者がちゃんと名前を呼んでくれないだとか、顕現される時期が違ったせいか練度が違うせいで会える時間が無いだとか。
「泣き上戸かや……」
ようやく止まった涙も酒が進むにつれて、また流れてしまってはいるが、ここで思いを吐き出すことでスッキリさせるのも良いだろうと無理やり納得する。
えぐえぐ言っている、短刀である自分よりも体格の良い酔っ払い三号の頭を撫でて慰めつつ彼の話を聞いていると、何やらおかしな方向に話が向いている。
……近頃、歴史修正主義者の襲撃が増している。審神者候補として研修見習いに来た者の世話役を頼まれて張り切っていたのに、数日で急に挨拶も無く辞めてしまった。仲の良い刀剣となかなか会えない、などなど。
最初は、名前覚えてくれないぐらいで泣くか普通と草生やしながら聞いていたが、これはきついだろう。一つ二つくらいなら耐えられるものの、複数が重なり合い相談できるような身近な存在もいないとなると、こうなってしまうのも頷ける。
……粗方吐き出し終えたからか、はたまた泣きつかれたからか。うとうとしだし黙りこくったのを見計らい、布団の準備をしたところで、子供のように丸くなって眠ってしまっていた。
「主君」
「起きている」
「話は」
「粗方把握している。やっかいなもの持ってきたね」
「申し訳ございません」
「いや、放っておかれるよりよっぽど良い。良くやった」
流石は、補欠であれど機動部隊所属の優秀な新人審神者である。俺が帰った時点で狸寝入りをしていたらしい。
「どう思われますか」
「ただの家出、というにはちょっと怪しいよね。本丸に所属している刀剣がそうほっつき歩いて良いもんじゃないし、審神者の許可が無いとできないようになっているし」
「本丸に襲撃があるってのもおかしいよね。通常であれば結界が認識を阻害するし、見つかったとしても憚れて入れないし、襲撃できたとしても政府に連絡が入るはず」
加州も目を覚まし、会話に混ざる。彼も、俺たちの話をこっそりと聞いていたようだ。似たものめ。
「よっぽどのことが無ければ見習い研修は約一か月。中断するとしても本丸の刀剣に政府職員が直接連絡するはずなのに……」
「なにやらきな臭いね」
「明日、早朝に政府本部に連絡しようか」
さて、どうしましょうか。
「……ところで、さっきの演技。すごく様になってたよ」
「え」
「前田って方言仕えたんだね。デコってたの覚えてなかったら知らない人かと思った」
「え、ええ、まあ」
「よし」
嫌な予感しかしない
「その膝丸も信じこんじゃってるみたいだし、新実装刀剣男士として潜入しちゃおうか」
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