火種の内側

 うちはの集会所は、静かだった。

 「……最近、妙だな」

 誰かが、ぽつりと漏らす。

 小さなざわめきが広がる。

 任務の報告。巡回の記録。里の動き。

 どれも大きな問題はない。

 ――なさすぎる。

 「トラブルが減っている」

 「……確かに」

 「不自然だ」

 (……まぁそうなるわ)

 柱の影。

 オビトは壁にもたれて、ぼんやりと聞いていた。

 (消えてるんじゃなくて、“消してる”んだけどな)

 当然、口には出さない。

 「原因は分からんのか」

 「痕跡がない」

 「気味が悪いな……」

 不安が、じわじわと滲む。

 見えないものは、恐れになる。

 その時。

 「騒ぐほどのことではない」

 静かな声。

 一瞬で、場が締まる。

 前に立つ男。

 うちはフガク。

 (……やっぱこの人だよな)

 視線ひとつで空気を制する。

 それだけの“重さ”がある。

 「結果が良いのであれば、それでいい」

 淡々と告げる。

 だが。

 (見てるな)

 分かる。

 表だけじゃない。

 “流れ”を見ている。

 「無意味に騒ぐな」

 短く言い切る。

 場は、一度静まる。

 だが。

 完全には消えない。

 燻る。

 (……そりゃそうだよな)

 未来を知っているから分かる。

 この空気は、積もる。

 積もって、歪む。

 そして。

 爆発する。

 (だから止める)

 静かに、目を細める。

 ――――

 外。

 夕暮れ。

 「……お前か」

 声。

 振り向く。

 フガクが立っていた。

 (直で来るか)

 逃げ場はない。

 まぁ、逃げる気もない。

 「なんすか」

 軽く返す。

 フガクは、しばらく黙って見ていた。

 測るように。

 (……やりづれぇ)

 視線が重い。

 「最近」

 フガクが口を開く。

 「妙なことが起きている」

 「そうなんすか」

 とぼける。

 「知らんのか」

 「さぁ」

 肩をすくめる。

 (まぁ、知らない体でいくしかねぇよな)

 フガクは、少しだけ目を細めた。

 「……お前」

 一歩、近づく。

 「何をしている」

 (来たな核心)

 だが表には出さない。

 「散歩っすよ」

 「……」

 沈黙。

 (信じねぇよな)

 (まぁそうだよな)

 フガクは続ける。

 「結果だけが変わっている」

 「……」

 「過程が見えない」

 「……」

 「それが、ここ最近続いている」

 断定ではない。

 だが。

 確信に近い。

 (この人、やっぱ鋭ぇ)

 内心で苦笑する。

 「……」

 一瞬、考える。

 全部は言えない。

 だが。

 嘘もつかない。

 「放っとくと、面倒になるもんがあるんで」

 ぽつりと、言う。

 フガクの目が、わずかに動く。

 「……それを?」

 「減らしてるだけです」

 簡潔に。

 それだけ。

 「……」

 沈黙。

 風が通る。

 フガクは、しばらくオビトを見ていた。

 そして。

 「力とは」

 低く、問う。

 「何のために使う」

 (来たな)

 これは逃げない。

 迷わない。

 「助けるためです」

 即答。

 間を置かず。

 まっすぐに。

 フガクは、その目を見て――

 ほんの僅かに、息を吐いた。

 (……そうか)

 その答えは。

 軽くない。

 少なくとも、“間違ってはいない”。

 「……そうか」

 短く頷く。

 それ以上は、追及しない。

 (あ、引くのか)

 少しだけ意外。

 だが。

 「ならばいい」

 それだけ言う。

 「ただし」

 視線が、鋭くなる。

 「目立つな」

 「……」

 (あー……)

 (そこか)

 「余計な火種になる」

 言葉が、重い。

 それは忠告であり。

 警告でもある。

 (まぁ、分かる)

 うちはの立場。

 里との関係。

 全部込みで。

 「……気をつけます」

 素直に返す。

 フガクは、それを聞いて。

 何も言わずに背を向けた。

 ――――

 その背中を見送りながら。

 「……」

 オビトは頭をかく。

 「……やっべ」

 小さく呟く。

 (ちょっとやりすぎたか)

 だが。

 後悔はない。

 「まぁいいか」

 空を見上げる。

 夕焼け。

 変わらない景色。

 (ここは、守る)

 静かに、思う。

 そして。

 (そのためなら)

 少しだけ、笑った。

 「多少は目立ってもしゃーねぇか」

 軽く言う。

 だがその目は――

 まったく軽くなかった。



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