引越し当日

第十四話「引越し当日」

朝から、騒がしかった。

いや、いつも騒がしいのだが、今日は一段と違う。

家の前に停まっているのは、見慣れた“車”よりもさらに大きな鉄の塊。

(……でけぇな)

トラック。

そう呼ばれていたはずだ。

後ろが開いていて、中に荷物を積み込んでいる。

人間が、次々と段ボールを運び込んでいく。

軽々と。

効率よく。

無駄がない。

(……忍か?)

思わずそんなことを考える。

動きが洗練されている。

無駄がない。

だが違う。

ただの作業員だ。

それがまた、恐ろしい。

(一般人でこのレベルかよ……)

文明の力というやつは、よく分からないがすごい。

そんなことを考えているうちに。

「オビト、行くわよ」

綾乃に抱き上げられる。

(お、外か)

視界が変わる。

朝の空気。

ひんやりしている。

トラックの中は、すでに半分以上埋まっていた。

(全部入るのか、あれ……)

感心する。

容量が異常だ。

そして。

「よし、俺は先に車で行くな」

宗一郎が言う。

「会社寄ってから向かうから」

「ええ、気をつけて」

(……会社?)

また知らない単語が出てきた。

だが、気にしても仕方がない。

宗一郎は車に乗り込む。

エンジン音。

そして。

走り出す。

(やっぱり怖ぇな、あれ)

何度見ても慣れない。

あの速度。

あの重量。

あれを日常的に使っているこの世界は、やはりおかしい。

その後。

俺は、別ルートで移動することになった。

「ベビーカーで行くわね」

(ベビーカー……)

乗せられる。

車輪付きの椅子。

押される。

進む。

(……楽だな)

自分で歩かなくていい。

いや歩けないが。

視点が低いのも新鮮だ。

地面が近い。

人の足がよく見える。

靴の種類が多い。

(なんだこれ……)

革。

布。

色。

形。

バリエーションが豊富すぎる。

忍界では考えられない。

そんなことを考えているうちに。

次の衝撃が来た。

電車。

(……なんだこれ)

まず、長い。

異様に長い。

そして。

速い。

車よりも、さらに速い。

しかも。

大量の人間が乗っている。

(詰め込みすぎだろ)

素直な感想だった。

乗る。

揺れる。

音がする。

一定のリズム。

(……落ち着くな)

不思議と、嫌ではない。

規則的な振動。

それが心地いい。

その時だった。

「あらまあ」

声。

横から。

「かわいい赤ちゃんねぇ」

お婆さんが、覗き込んできた。

(……誰だ)

知らない人だ。

だが、敵意はない。

むしろ、柔らかい。

「何ヶ月?」

「三ヶ月です」

綾乃が答える。

「まあ、いいお顔してるわねぇ」

手が伸びてくる。

頬に触れる。

(……まあいい)

特に問題はない。

むしろ、優しい。

「将来楽しみねぇ」

(そうか?)

よく分からない。

だが、悪い気はしない。

その後も。

「ねえ見て、赤ちゃん!」

「かわいー!」

今度は、別の声。

女子高生。

複数。

テンションが高い。

「めっちゃ目ぱっちりじゃない?」

「将来絶対イケメンだよ!」

「ねー!」

(……そうか?)

再び、同じ評価。

イケメン。

よく分からないが、褒められているらしい。

「ありがとうございます」

綾乃が、少し照れながら笑う。

囲まれる。

視線を浴びる。

(……落ち着かねぇな)

正直、戦場より居心地が悪い。

理由は分からない。

だが、視線の圧が違う。

敵意はないのに、落ち着かない。

不思議だ。

やがて。

電車を降りる。

また、歩く。

ベビーカーが進む。

街が変わる。

建物が変わる。

空気が、少しだけ違う。

(……ここか)

新しい場所。

引っ越し先。

まだ何も知らない土地。

だが。

(まあいい)

どこでも同じだ。

やることは変わらない。

虫がいれば、潰す。

それだけだ。

その時。

ふと、視界の端。

黒い靄。

遠くに。

だが。

近づいてこない。

(……来ないな)

やはり、同じだ。

どこに行っても。

あれは、近づけない。

(なら問題ない)

結論。

シンプル。

ベビーカーが止まる。

家の前。

新しい家。

「着いたわよ、オビト」

綾乃が、優しく言う。

(……ここか)

見上げる。

空。

広い。

変わらない。

世界は相変わらず、意味が分からない。

だが。

それでも。

「……あぶ」

小さく声が漏れる。

悪くはない。

そう思えた。

それだけで、十分だった。


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