仙台郊外

第十五話「仙台郊外」

新しい家は、静かな場所にあった。

仙台郊外。

街の喧騒から少し離れた、落ち着いた住宅地。

「ここが新しいお家よ、オビト」

綾乃の声が、柔らかく響く。

(……へぇ)

ベビーカーの中から見上げる。

前の家と似ているが、どこか違う。

空気が、少し広い。

建物の間隔がある。

人の気配が、薄い。

(……悪くねぇな)

率直な感想だった。

その時。

車の音。

見慣れた鉄の塊が、家の前に滑り込んできた。

宗一郎だ。

「おーい、着いたか!」

窓を開けて手を振る。

(……相変わらずだな)

車が、ゆっくりと動く。

そして。

(……?)

違和感。

車が。

後ろに進んでいる。

(は?)

理解が一瞬遅れる。

前じゃない。

後ろだ。

なのに。

スムーズに。

正確に。

動いている。

(どういうことだ)

忍でも難しい操作だぞ、それ。

後方確認。

距離感。

制御。

全部必要だ。

それを。

あんな簡単に。

「よし……こんなもんか」

宗一郎が、満足げに頷く。

ガレージに、ぴたりと収まる。

(……意味が分からん)

文明、怖ぇな。

改めて思う。

そのまま車から降りてくる宗一郎。

「いやー、ちょっと混んでてな」

「お疲れ様」

綾乃が笑う。

そんなやり取りの最中。

「こんにちはー」

声がかかる。

振り向く。

そこにいたのは、一人の男。

爽やかな笑顔。

柔らかい雰囲気。

「引っ越してきた方ですよね?」

(……誰だ)

知らない顔。

だが、敵意はない。

むしろ、好意的だ。

「はい、今日からお世話になります」

宗一郎が応じる。

「虎杖仁です。近くに住んでるので、何かあったら遠慮なく」

(虎杖……)

聞き慣れない名字。

だが、どこか印象に残る。

その隣。

女性が一歩前に出る。

「よろしくお願いします」

穏やかな声。

優しい顔立ち。

だが。

額。

そこに。

縫い目。

(……?)

違和感。

だが、分からない。

知識がない。

だから。

ただ、“変だな”と思うだけ。

「妻の香織です」

「裏葉です、よろしくお願いします」

挨拶が交わされる。

普通のやり取り。

何も問題はない。

ただ一つ。

遠く。

少し離れた場所。

一人の老人が、立っていた。

こちらを見ている。

(……誰だ)

関わる気配はない。

ただ、観察している。

その視線の先は――

香織。

(……?)

よく分からない。

だが、気になる。

その時。

ぞわっ

来た。

(……あ、虫)

久しぶりの感覚。

黒い靄。

複数。

さっきまでいなかったはずなのに。

家の周囲。

電柱。

屋根。

じわじわと、集まってくる。

(……またか)

面倒だ。

だが、やることは同じ。

(潰す)

どくん

体の奥で、力が動く。

血。

それだけじゃない。

もっと、深い何か。

それが、外へ滲む。

空気が、わずかに震える。

見えない“圧”が広がる。

結果。

黒い靄が、止まる。

近づけない。

まるで、壁にぶつかったように。

(……ん?)

動きが変わった。

前みたいに、逃げる。

距離を取る。

そして。

そのまま、散っていく。

(……楽だな)

結界。

そんな言葉が、また浮かぶ。

何もしなくても、勝手に弾く。

(便利だな、これ)

ぼんやりと思う。

その様子を。

綾乃が、じっと見ていた。

虫ではない。

空気の変化。

流れ。

それを、感じ取っている。

そして。

確信する。

「……やっぱり」

小さく、呟く。

「原因、この子なのね」

宗一郎が、ちらりとオビトを見る。

そして、苦笑する。

「……だろうな」

否定する理由が、もうない。

目の前で起きている。

何度も。

繰り返し。

「……すごいわね」

綾乃の声は、驚きと。

ほんの少しの、誇らしさが混ざっていた。

(……なんだ?)

オビトは、ぼんやりと考える。

何かしたか?

いや。

いつも通りだ。

虫が来た。

だから、潰した。

それだけだ。

それ以上でも、それ以下でもない。

だが。

周囲は、違う。

この小さな存在が。

どれだけ異質で。

どれだけ特別か。

少しずつ。

理解し始めていた。

そして。

遠くから見ていた老人――虎杖倭助は。

静かに、目を細めた。

その視線は。

やはり。

香織へと向けられていた。


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