一歳、虎杖家の異変
第十七話「一歳、虎杖家の異変」
季節が巡る。
気づけば、時間は過ぎていた。
裏葉オビト、一歳。
歩くにはまだ覚束ないが、這い、立ち、掴み、転び、それでも前へ進もうとするだけの力は身についた。
視界も、世界も、少しずつ広がっている。
(……広いな)
庭。
空。
風。
そして。
相変わらず、意味の分からない文明。
だがそれにも、少しずつ慣れてきていた。
そんなある日。
空気が、変わった。
それは、静かで。
だが確実な“変化”。
裏葉家ではない。
少し離れた、あの家。
虎杖家。
(……?)
いつもと違う。
気配が。
音が。
ない。
静かすぎる。
違和感。
(なんだ?)
オビトは、ぼんやりとその方向を見る。
だが、分からない。
何が起きているのか。
ただ。
“何かが消えた”ような。
そんな感覚だけが残る。
その日。
夕方。
宗一郎が、少し沈んだ顔で帰ってきた。
「……聞いたか?」
綾乃に、低く問いかける。
「ええ……」
答えも、同じ温度だった。
重い。
「虎杖さん……」
言葉が、続かない。
宗一郎が、息を吐く。
「事故、らしい」
「……そう」
短い返事。
だが、その中に詰まっているものは重い。
「二人とも、帰ってこなかったって」
仁と、香織。
二人とも。
突然のことだった。
理由は、曖昧。
事故とされている。
だが。
はっきりしない。
(……?)
オビトは、二人の会話を聞いていた。
意味は、完全には理解できない。
だが。
“いなくなった”ということだけは、分かる。
あの二人が。
(……ふーん)
それ以上の感情は、まだない。
一歳だ。
理解できる範囲は限られている。
ただ。
あの“違和感”の正体が、少しだけ繋がる。
消えた。
あの気配が。
完全に。
「……倭助さんは?」
宗一郎が、問う。
「残ってるわ」
綾乃が答える。
「悠仁くんと、二人で」
沈黙。
短い。
だが、重い。
虎杖倭助。
そして。
赤ん坊。
虎杖悠仁。
残されたのは、その二人だけ。
その夜。
裏葉家の窓から、遠くを見る。
灯り。
一つ。
虎杖家。
静かだ。
以前とは違う。
笑い声も。
会話も。
何もない。
ただ、あるのは。
「……」
老人の気配。
そして。
小さな命。
(……)
オビトは、ぼんやりと見ていた。
分からない。
だが。
何かが変わったことだけは、分かる。
そして。
虎杖家。
中。
薄暗い部屋。
虎杖倭助が、座っている。
その前に。
小さな布団。
すやすやと眠る、赤ん坊。
悠仁。
「……」
何も言わない。
ただ、見ている。
その目は、静かだ。
だが。
深い。
悲しみか。
怒りか。
それとも、別の何かか。
感情は、表に出ない。
だが。
消えてはいない。
「……ったく」
ぽつり、と。
小さく呟く。
それが、精一杯だった。
手を伸ばす。
悠仁の頭に、そっと触れる。
温かい。
確かに、生きている。
「……生きろよ」
低い声。
誰に向けたものかは、分からない。
だが。
その言葉だけが、確かだった。
静かな夜。
二つの家。
それぞれに。
何かを抱えながら。
時間は、止まらずに進んでいく。
季節が巡る。
気づけば、時間は過ぎていた。
裏葉オビト、一歳。
歩くにはまだ覚束ないが、這い、立ち、掴み、転び、それでも前へ進もうとするだけの力は身についた。
視界も、世界も、少しずつ広がっている。
(……広いな)
庭。
空。
風。
そして。
相変わらず、意味の分からない文明。
だがそれにも、少しずつ慣れてきていた。
そんなある日。
空気が、変わった。
それは、静かで。
だが確実な“変化”。
裏葉家ではない。
少し離れた、あの家。
虎杖家。
(……?)
いつもと違う。
気配が。
音が。
ない。
静かすぎる。
違和感。
(なんだ?)
オビトは、ぼんやりとその方向を見る。
だが、分からない。
何が起きているのか。
ただ。
“何かが消えた”ような。
そんな感覚だけが残る。
その日。
夕方。
宗一郎が、少し沈んだ顔で帰ってきた。
「……聞いたか?」
綾乃に、低く問いかける。
「ええ……」
答えも、同じ温度だった。
重い。
「虎杖さん……」
言葉が、続かない。
宗一郎が、息を吐く。
「事故、らしい」
「……そう」
短い返事。
だが、その中に詰まっているものは重い。
「二人とも、帰ってこなかったって」
仁と、香織。
二人とも。
突然のことだった。
理由は、曖昧。
事故とされている。
だが。
はっきりしない。
(……?)
オビトは、二人の会話を聞いていた。
意味は、完全には理解できない。
だが。
“いなくなった”ということだけは、分かる。
あの二人が。
(……ふーん)
それ以上の感情は、まだない。
一歳だ。
理解できる範囲は限られている。
ただ。
あの“違和感”の正体が、少しだけ繋がる。
消えた。
あの気配が。
完全に。
「……倭助さんは?」
宗一郎が、問う。
「残ってるわ」
綾乃が答える。
「悠仁くんと、二人で」
沈黙。
短い。
だが、重い。
虎杖倭助。
そして。
赤ん坊。
虎杖悠仁。
残されたのは、その二人だけ。
その夜。
裏葉家の窓から、遠くを見る。
灯り。
一つ。
虎杖家。
静かだ。
以前とは違う。
笑い声も。
会話も。
何もない。
ただ、あるのは。
「……」
老人の気配。
そして。
小さな命。
(……)
オビトは、ぼんやりと見ていた。
分からない。
だが。
何かが変わったことだけは、分かる。
そして。
虎杖家。
中。
薄暗い部屋。
虎杖倭助が、座っている。
その前に。
小さな布団。
すやすやと眠る、赤ん坊。
悠仁。
「……」
何も言わない。
ただ、見ている。
その目は、静かだ。
だが。
深い。
悲しみか。
怒りか。
それとも、別の何かか。
感情は、表に出ない。
だが。
消えてはいない。
「……ったく」
ぽつり、と。
小さく呟く。
それが、精一杯だった。
手を伸ばす。
悠仁の頭に、そっと触れる。
温かい。
確かに、生きている。
「……生きろよ」
低い声。
誰に向けたものかは、分からない。
だが。
その言葉だけが、確かだった。
静かな夜。
二つの家。
それぞれに。
何かを抱えながら。
時間は、止まらずに進んでいく。
【〆栞】