喧嘩

幼稚園という場所は、基本的には平和だ。

笑って、遊んで、食べて、帰る。

それが日常。

だが――

「やめろって言ってんだろ!」

「うるせー!」

例外は、ある。

園庭の隅。

砂場の近く。

二人の男の子が、取っ組み合いになっていた。

理由は、よくあるやつだ。

おもちゃの取り合い。

些細なこと。

だが、子どもにとっては重要らしい。

(……やってるな)

少し離れた場所で、それを見ていた。

周りの子どもたちは、距離を取っている。

先生は、まだ気づいていない。

声は大きいが、園庭全体からすれば埋もれる程度。

(どうするか)

放っておくか。

それも選択肢だ。

だが。

一人が押されて、転んだ。

地面に手をつく。

顔が歪む。

次の瞬間。

もう一人が、さらに詰め寄る。

(……面倒だな)

小さく息を吐く。

そして。

足を動かす。

間に入る。

二人の間に、立つ。

「……やめろ」

短く言う。

声は大きくない。

だが、はっきりと届く。

「……は?」

片方が、睨んでくる。

もう一人も、息を荒げながらこちらを見る。

「関係ねーだろ!」

(……そうだな)

確かに、その通りだ。

だが。

それでも。

放っておく気はなかった。

「……やめとけ」

もう一度言う。

その瞬間。

空気が、わずかに沈んだ。

意識していない。

だが、漏れる。

内側から。

どろりとした何か。

圧。

目には見えない。

だが、確かに存在する。

じわり、と。

周囲に広がる。

「……」

二人の動きが、止まる。

表情が、変わる。

さっきまでの怒りが、すっと引く。

代わりに浮かぶのは。

戸惑い。

そして。

「……なんか」

小さく、呟く。

「怖い」

もう一人も、同じように後ずさる。

(……あ?)

自分では、何もしていないつもりだ。

ただ、止めに入っただけ。

だが。

空気が、変わっている。

周囲の子どもたちも、少し距離を取っている。

ざわ、と。

波が引くように。

(……まあいいか)

結果的に、止まった。

それで十分だ。

「先生呼んでくる!」

誰かが走っていく。

騒ぎは、そこで終わった。

数分後。

「もう、ケンカはだめですよー!」

先生が駆けつけて、二人を叱る。

オビトは、少し離れた場所でそれを見ていた。

特に問題はない。

いつも通りだ。

そう思っていた――

「オビトくん……」

声。

振り向く。

女の子。

数人。

じっと、こちらを見ている。

「さっきの……」

「かっこよかった」

(……は?)

意味が分からない。

「ちゃんと止めてたし」

「優しいよね」

「ねー!」

(……いや)

ただ、止めただけだ。

特別なことはしていない。

だが。

評価は、違うらしい。

「やっぱりオビトくんすごい!」

「うん!」

囲まれる。

視線が集まる。

(……なんなんだ)

さっきの空気とは、真逆だ。

怖がられたと思ったら、今度はこれだ。

(……よく分からん)

結論。

理解不能。

だが。

「オビトくん、あそぼ!」

手を引かれる。

誘われる。

(……まあいいか)

断る理由もない。

そのまま、流れに乗る。

遊びに戻る。

さっきの出来事は、もう終わりだ。

園庭には、またいつもの空気が戻っている。

笑い声。

走る音。

呼ぶ声。

平和だ。

(……悪くねぇな)

ふと、そんなことを思う。

面倒なこともある。

分からないことも多い。

だが。

こういう日常も、嫌いじゃない。

そう思えている時点で。

もう、十分だった。


〆栞
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