卒園式

第二十三話「卒園式」

三月。

空気はまだ冷たいが、どこか柔らかい。

季節の変わり目。

区切りの時期。

そして――

卒園式。

(……もうそんな時期か)

園のホール。

整然と並べられた椅子。

子どもたちは、いつもと違う服装で座っている。

制服ではない。

少しだけ、きちんとした格好。

(……堅苦しいな)

率直な感想だった。

だが、雰囲気は悪くない。

静かで、落ち着いている。

「これより、卒園式を始めます」

先生の声が響く。

普段とは違う、少し緊張した声音。

(……まあ、こういうのもあるか)

話が進む。

挨拶。

歌。

証書授与。

一人ずつ名前を呼ばれる。

前に出る。

受け取る。

戻る。

単純な流れ。

だが――

「はい、オビトくん」

名前が呼ばれる。

立つ。

歩く。

視線が集まる。

(……慣れたな)

もう、この程度では動じない。

前に出る。

証書を受け取る。

軽く頭を下げる。

戻る。

それだけだ。

だが。

戻る途中。

ふと、視界の端に入る。

宗一郎。

(……ん?)

様子が、おかしい。

顔が、ぐしゃぐしゃだ。

目が赤い。

鼻も。

口元も。

全部。

崩れている。

(……は?)

理解が追いつかない。

あれは。

「うぅ……オビトぉ……!」

声。

震えている。

涙。

ボロボロと、落ちている。

(……なんだあれ)

正直な感想。

引いた。

完全に。

(いやいやいや)

何がそこまで感動する要素なんだ。

まだ幼稚園だぞ。

これからだろ。

本番は。

なのに。

「成長したなぁぁ……!」

ぐずぐずになっている。

(……重症だな)

内心で、冷静に分析する。

隣。

綾乃が、くすりと笑っている。

「もう、泣きすぎよ」

「だってよぉ……!」

止まらない。

完全に、感情が溢れている。

(……面倒だな)

正直なところ。

対応に困る。

どうすればいい。

慰める?

いや、違う気がする。

放置?

それもどうなんだ。

(……まあいいか)

結論。

放置でいい。

自然回復を待つ。

それが一番だ。

式は、進む。

最後の歌。

みんなで歌う。

声が揃う。

(……これも、最後か)

ふと、思う。

この場所。

この日常。

終わる。

次に進む。

小さいが、確かな区切り。

(……悪くなかったな)

素直に、そう思う。

騒がしくて。

面倒で。

意味不明なことも多かったが。

それでも。

平和だった。

それで十分だ。

式が終わる。

ざわめきが戻る。

保護者が、子どもたちの元へ向かう。

「オビトぉぉ!」

宗一郎が、勢いよく抱きついてきた。

(うわ)

避けられない。

捕まる。

ぎゅう、と抱きしめられる。

「よく頑張ったなぁ……!」

(……いや)

別に、頑張ってはいない。

普通に過ごしただけだ。

だが。

「えらいぞぉ……!」

涙。

まだ出ている。

(……まだか)

しぶとい。

綾乃も、近づいてくる。

「おめでとう、オビト」

優しく、頭を撫でる。

その手は、いつも通り温かい。

(……ああ)

こっちは、分かる。

この感覚は。

「……ありがと」

小さく、答える。

声に出す。

自然に。

その瞬間。

「今喋った!?」

宗一郎が、さらに騒ぐ。

(……面倒だな)

思わず、ため息をつきたくなる。

だが。

それでも。

(……まあいいか)

こういう日も。

悪くない。

そう思えた。

それだけで。

十分だった。


〆栞
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