小学校は虫だらけ

小学校という場所は、幼稚園とは違っていた。

広い。

人が多い。

そして――

(……多すぎだろ)

黒い靄。

虫。

校舎の隅。

廊下の影。

教室の天井。

至るところに、いる。

幼稚園にもいたが、ここは比じゃない。

密度が違う。

(……気持ち悪ぃな)

正直な感想だった。

だが。

(まあいい)

やることは同じ。

見つけたら潰す。

それだけだ。

教室に入る。

席に座る。

周囲の視線。

(……またか)

集まる。

気づけば、囲まれている。

「ねえねえ、名前なんていうの?」

「どこから来たの?」

女の子たち。

距離が近い。

興味津々。

(……普通に話しかけてくるな)

幼稚園でもそうだったが、小学校でも変わらないらしい。

「裏葉オビト」

短く答える。

「へー!かっこいい名前!」

「ねー!」

(……そうか?)

よく分からない。

だが、好意的なのは分かる。

そこに。

「おい!」

今度は男の子。

「さっき走ってたの見たけど、速くね?」

「スポーツ得意なの?」

(……見られてたか)

視線を返す。

「普通」

「絶対嘘だろ!」

笑い。

打ち解けた空気。

(……まあ、悪くない)

人付き合い。

嫌いじゃない。

面倒でもない。

問題は――

(虫だな)

視界の端。

ゆらり、と揺れる黒。

一匹。

二匹。

いや、もっと。

(……多い)

ここは、溜まり場か何かか。

放っておくと増える。

(……やるか)

だが。

血を使うのは、まずい。

さすがに。

学校でやるものじゃない。

(……別の手段だな)

思考を切り替える。

その時。

ぴちょん

音。

小さな、水音。

(……ん?)

耳が、拾う。

わずかな音。

だが。

それが、やけに鮮明に感じられた。

次の瞬間。

どくん

鼓動が、一つ。

強く。

深く。

体の奥で、何かが動く。

(……なんだ)

血じゃない。

別の感覚。

流れ。

広がる。

(……水?)

理解が、追いつく前に。

感覚が、広がった。

水道。

廊下の先。

蛇口。

中を流れる水。

教室の隅。

濡れた雑巾。

そこに含まれる水分。

外。

地面の湿り気。

空気中の、わずかな水分。

全部。

繋がる。

感じる。

(……おいおい)

意識していないのに。

全部、分かる。

流れ。

位置。

動き。

(なんだこれ)

未知の感覚。

だが。

扱える。

直感で、分かる。

(……やってみるか)

意識を向ける。

ほんの少し。

すると。

水が、応じる。

微かに。

だが確かに。

動く。

(……いけるな)

視線を、虫へ。

黒い靄。

そこへ。

水を、弾く。

目には見えないほどの、微細な動き。

だが。

確実に当たる。

ぱちん

小さな音。

そして。

ぼん

虫が、消えた。

(……おお)

成功。

血を使っていない。

目立たない。

痕跡も、ほぼない。

(便利だな、これ)

新しい手段。

しかも、周囲にいくらでもある。

水。

この世界には、溢れている。

(……いいな)

一匹。

また一匹。

静かに、消していく。

誰にも気づかれない。

ただ。

少しずつ。

空気が、澄んでいく。

「……あれ?」

誰かが呟く。

「なんか、教室スッキリしてない?」

(……気のせいだろ)

内心で返す。

表には出さない。

あくまで、普通に。

何もしていない顔で。

「オビトくん、聞いてる?」

声。

女の子。

(……ああ)

意識を戻す。

現実へ。

「聞いてる」

「ほんとー?」

笑い。

会話。

日常。

その裏で。

静かに。

見えない“掃除”が続いている。

(……悪くねぇな)

新しい力。

新しい環境。

そして。

変わらないやること。

虫を、潰す。

それだけだ。

だが。

その“それだけ”が。

少しずつ。

この世界に、影響を与え始めていた。


〆栞
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