禪院接触

第三十三話「禪院接触」

数日後の夜。

空気は冷たく、音はやけに遠い。

静かなはずの住宅地に、わずかな“違和感”が混じっていた。

(……また来たか)

布団の中で、目を閉じたまま思う。

気配。

あの時の連中とは、少し違う。

もっと硬い。

もっと、尖ってる。

(……面倒くせぇな)

正直な感想だった。

眠い。

普通に眠い。

明日も学校だ。

(さっさと終われよ……)

だが、そうはいかないらしい。

外。

裏葉家の前。

一人の男が立っていた。

無駄のない立ち姿。

重心が低い。

呼吸も乱れていない。

(……強いな)

宗一郎が、玄関先で向き合う。

一歩も引かない。

「……宗一郎」

男が口を開く。

低く、押し殺した声。

「随分と探したぞ」

「そうかよ」

宗一郎は、肩をすくめる。

軽く見せているが、その目は笑っていない。

「帰れ」

短く言う。

それだけ。

だが。

「それはできない」

即答だった。

「禪院の名を捨てた者として」

一歩、踏み出す。

「回収する必要がある」

(……禪院、か)

布団の中で、ぼんやりと思う。

さっき聞いた名前。

父さんの、元の家。

(……めんどくせぇ連中だな)

その時。

動いた。

宗一郎が、先に。

地面を蹴る。

一瞬で距離を詰める。

拳。

速い。

だが。

「遅い」

男が、最小限で捌く。

受け流し。

反撃。

肘。

膝。

無駄がない。

(……いい動きしてんな)

冷静に、観察する。

あの二人。

似てる。

戦い方が。

無駄を削って、最短で潰す。

純粋な技術勝負。

音が響く。

ぶつかる。

弾く。

地面が、わずかに軋む。

(……まあ、父さんなら勝つだろ)

実力差は、ある。

分かる。

だが――

(……長ぇな)

決着がつかない。

互いに、崩れない。

だから、長引く。

(……寝てぇんだけど)

本音が出る。

その瞬間。

どくん

鼓動が、一つ。

体の奥で、何かが動く。

水。

感じる。

外。

地面。

空気。

わずかな湿り。

全部。

繋がる。

(……ああ、これか)

理解する。

前に使ったやつ。

水。

(……使うか)

理由はシンプル。

早く終わらせたい。

それだけだ。

意識を、外へ。

流れを掴む。

操作する。

そして――

弾く。

目に見えない水の塊が、走る。

ぴちん

音。

小さい。

だが。

正確に。

男の動きが、崩れる。

「……っ!?」

一瞬の隙。

宗一郎が、それを逃さない。

踏み込む。

打ち込む。

衝撃。

男の体が、吹き飛ぶ。

地面に叩きつけられる。

(……よし)

終わった。

満足。

そのまま、意識を切る。

布団に潜る。

(寝よ)

外。

沈黙。

宗一郎が、動きを止める。

「……今の」

呟く。

違和感。

明らかに、自分の一撃だけじゃない。

タイミングが、完璧すぎた。

視線を、綾乃へ。

綾乃も、同じ顔をしていた。

「……見た?」

「ええ」

短い会話。

だが、理解は一致している。

「水……よね」

「ああ」

しかも。

ただの水じゃない。

動き。

精度。

まるで――

「赤血操術と、同じ……」

綾乃が、静かに言う。

形を作る。

弾く。

貫く。

血でやるそれと、全く同じ動き。

だが。

使っているのは、水。

(……まさか)

二人の視線が、同時に家へ向く。

静かな窓。

灯りは消えている。

「……」

沈黙。

数秒。

そして。

「……あいつか」

宗一郎が、ぽつりと呟く。

「……でしょうね」

綾乃も、苦笑する。

ありえない。

だが。

一番、ありえる。

「……寝たいから、早よ帰れってとこか」

宗一郎が、ため息をつく。

「多分ね」

綾乃が、小さく笑う。

張り詰めていた空気が、少しだけ緩む。

足元。

倒れた男が、かろうじて意識を保っている。

「……っ……」

立ち上がろうとする。

だが。

無理だ。

完全に、崩されている。

「帰れ」

宗一郎が、もう一度言う。

今度は、先ほどとは違う。

完全な、拒絶。

男は、歯を食いしばりながら。

それでも。

立ち上がる。

「……覚えておけ」

それだけ言って。

消えた。

気配が、遠ざかる。

完全に。

静寂が戻る。

冬の夜。

何もなかったかのように。

「……ほんと」

綾乃が、ぽつりと呟く。

「とんでもない子ね」

宗一郎が、苦笑する。

「間違いねぇな」

二人の視線は、同じ場所へ。

家の中。

眠っているであろう、小さな存在へ。

その力が。

少しずつ。

確実に。

目覚め始めていた。


〆栞
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