父さん母さん事件です@

四月下旬の午後。

授業も終わり、校門を出た時の解放感は、何度味わっても悪くない。

六年生になってからというもの、周りの空気も少し変わった。下級生がちらちらとこちらを見るし、先生たちの視線もどこか一段階引いたものになっている。

(まあ、どうでもいいけどな)

ランドセルを背負い直し、帰り道を歩く。

空は明るく、風も穏やかだ。平和そのものの光景。

だが――

視界の端に、違和感があった。

立っている。

道の先。

一人の男。

背筋が伸びていて、無駄な動きがない。周囲から浮いているわけではないのに、妙に存在が際立っている。

(……ああいうの、最近増えたな)

なんとなく分かる。

“普通じゃない側”の人間。

父さんや母さんと同じ匂い。

(加茂か?それとも禪院か?)

どっちでもいい。

面倒なのは変わらない。

歩みは止めない。

そのまま、何事もないように近づく。

男の横を、通り過ぎる。

視線も向けない。

完全に、無関係の他人として。

(とりあえず、知らんぷりだな)

これが一番だ。

関わらない。

それが最善。

だが。

「――裏葉オビト」

背中に、声がかかる。

足は止めない。

聞こえていないふりをする。

「加茂の血を引く子」

(……ほら来た)

内心でため息をつく。

予想通りすぎて、驚きもない。

(直接かよ)

普通は親を通すだろ。

いや、普通じゃないか。

この世界は。

(まあ、親通したら)

一瞬だけ、父さんと母さんの顔が浮かぶ。

(たぶん返り討ちだな)

だから、飛び越えてきた。

そういうことだ。

合理的ではある。

面倒だが。

「無視か」

背後で、わずかに気配が動く。

足音が、近づく。

(……しつこいな)

それでも、歩き続ける。

関わらない。

それを貫く。

次の瞬間。

腕を、掴まれた。

止まる。

物理的に。

がっちりと。

逃げられないほどではないが、簡単には振りほどけない程度の力。

(……あーあ)

ゆっくりと、視線を落とす。

自分の腕を掴む手。

無駄のない力の入れ方。

指の位置。

(……慣れてるな)

ただの人間じゃない。

やっぱり、そうだ。

そして、ゆっくりと振り返る。

男と、目が合う。

感情の薄い目。

だが、確かにこちらを“見ている”。

「少し話をしよう」

淡々とした声。

命令に近い。

(……やだね)

心の中で即答する。

だが、口には出さない。

代わりに。

「誰だよ、お前」

低く、返す。

さっきまでの気の抜けた調子じゃない。

少しだけ、踏み込んだ声。

男は、わずかに目を細めた。

「名乗る必要はない」

(あるだろ普通)

内心で突っ込む。

「お前は“加茂”だ」

続ける。

「そして、その価値は――」

(あーもう)

聞く気が失せる。

長い。

面倒くさい。

「離せよ」

遮る。

短く。

はっきりと。

男の言葉が、一瞬止まる。

「話はそれからだ」

「必要ねぇ」

即答。

一歩、踏み込む。

視線を、正面からぶつける。

「用があるなら、親に言え」

筋は通ってる。

それが普通だ。

「子供に直接来るとか、どうなんだよ」

少しだけ、眉をひそめる。

不満は、普通にある。

男は、無言。

だが、手は離さない。

(……やる気か)

空気が、少しだけ変わる。

周囲の音が、遠くなる。

だが――

(面倒だな、ほんと)

本音はそれだけだった。

腕を掴まれたまま。

オビトは、小さく息を吐いた。

逃げるか。

振り払うか。

それとも――

どうするかを、考えながら。


〆栞
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