拳を交える距離。

空気が、張り詰めている。

男の構えが変わった。

さっきまでの“確保対象”を見る目じゃない。

完全に、戦う相手として見ている。

(……いいじゃねぇか)

その方が話が早い。

無駄がない。

一歩。

踏み込んでくる。

速い。

だが――

(見える)

身体が、反応する。

横にずらす。

最小限の動きで、拳を外す。

同時に、踏み込む。

懐へ。

(そこだ)

だが。

男も、対応する。

膝。

下からの一撃。

(ちっ)

咄嗟に、腕で受ける。

衝撃。

骨に響く。

(……重いな)

ただの一撃じゃない。

しっかりと、乗せてきている。

だが。

(それでも)

崩れない。

踏ん張る。

体勢を保つ。

距離を取る。

一瞬の間。

睨み合う。

(……悪くねぇ)

思わず、口元が緩む。

強い。

それなりに。

だが。

(負ける気はしねぇ)

その確信がある。

理由は、分からない。

ただ――

内側が、熱い。

どくん

鼓動が、強く打つ。

血じゃない。

もっと奥。

もっと、根源的なもの。

(……来てるな)

自分でも分かる。

何かが、上がってくる。

火。

(……ああ)

思い出す。

夢の中で見たもの。

あの感覚。

火。

風。

雷。

土。

水。

木。

そして――

(うちはといえば)

自然と、言葉が浮かぶ。

(火だろ)

それは、当たり前のことのように。

疑う余地もなく。

体の奥で。

何かが、弾けた。

「――」

空気が、歪む。

わずかに。

だが、確かに。

熱が、発生する。

(……おいおい)

自分でも、分かる。

これ。

やばい。

でも。

止める気は、ない。

むしろ――

(いいじゃねぇか)

手を、軽く握る。

力を、込める。

すると。

熱が、集まる。

一点に。

「……っ!?」

男が、反応する。

一歩、引く。

本能だ。

危険を、察知している。

(正解だな)

内心で、笑う。

次の瞬間。

踏み込む。

速い。

今までより、さらに。

熱が、後押しする。

拳を、振る。

一直線。

「――!」

当たる。

衝撃と同時に。

熱が、弾けた。

ぼん

鈍い音。

男の体が、後方へ弾かれる。

地面を滑る。

数メートル。

止まる。

沈黙。

焦げた匂いが、わずかに漂う。

(……マジか)

自分の拳を見る。

煙は出ていない。

だが。

確かに、熱はあった。

(火、か)

理解する。

これは。

血でも、水でもない。

別の力。

さっき、夢で見たもの。

その一つ。

「……はは」

思わず、笑う。

抑えきれない。

「面白ぇな」

本音だった。

体が、応えてくる。

思考に。

意思に。

それが、こんなにも気持ちいいとは。

男が、ゆっくりと起き上がる。

だが、その動きは鈍い。

ダメージは、確実に通っている。

「……なんだ、それは」

低く、問う。

さっきまでの余裕は、完全に消えている。

(……知らねぇよ)

内心で返す。

だが。

答える必要もない。

「さあな」

肩をすくめる。

軽く。

「でもよ」

一歩、踏み出す。

「効いただろ?」

にやりと、笑う。

その顔は。

完全に、楽しんでいた。

火が、まだ内側で揺れている。

消えない。

消す気もない。

(……いいな、これ)

初めて使う力。

なのに。

妙に、馴染む。

まるで――

最初から、自分のものだったみたいに。

「……っ」

男が、歯を食いしばる。

警戒。

恐れ。

全部、混ざっている。

(……終わりだな)

判断する。

もう、勝負はついた。

これ以上、やる必要はない。

面倒だしな。

「帰れよ」

軽く言う。

「親に用があんなら、そっち行け」

それが筋だ。

最初から。

男は、しばらく動かなかった。

だが。

やがて。

「……覚えておく」

低く言う。

そして。

そのまま、後退る。

気配が、遠ざかる。

完全に、離れた。

静寂が戻る。

(……ふぅ)

小さく息を吐く。

肩の力を抜く。

熱が、少しずつ引いていく。

「……火、ね」

ぽつりと呟く。

うちはといえば――火。

その言葉が、やけにしっくりきた。

(……悪くねぇ)

むしろ。

かなり、いい。

そう思いながら。

オビトは、何事もなかったかのように歩き出した。


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