禪院家、加茂家

報告は、静かに上がってきた。

だが、その内容は、まったく静かではなかった。

「……全滅、だと?」

低い声が、空気を震わせる。

禪院家。

その一室に、重い沈黙が落ちていた。

「はい。対象――裏葉オビト。単独により、我々の術師複数名を……」

言葉が、僅かに詰まる。

報告者自身も、信じきれていない。

だが。

事実は変わらない。

「返り討ちにされました」

沈黙。

次の瞬間。

空気が、爆ぜた。

「ふざけるな!!」

怒号。

机が叩き割られる。

「子供一人に何をしている!!」

苛立ち。

怒り。

そして――

焦り。

「……確認は取れているのか」

別の声。

冷静だが、その奥は揺れている。

「はい。複数の証言が一致しています」

つまり。

間違いない。

禪院の術師が。

複数人で。

一人の“子供”に敗北した。

「……ありえん」

誰かが呟く。

だが。

ありえないことが、起きている。

そして。

その事実が、さらに火をつける。

「やはり血か……!」

誰かが、歯噛みする。

禪院と加茂。

その血が交わった存在。

「回収する!」

別の声が、割り込む。

「いや、我々が管理すべきだ!」

「ふざけるな、禪院の血が優先だ!」

言い争い。

いや――

それは、争いというより。

「ならば証明してみせろ」

静かな声。

だが、刃のように鋭い。

「次期当主として、相応しいのは誰かをな」

空気が、一変する。

争点が、変わる。

ただの“回収”ではない。

「……利用する気か」

誰かが、低く言う。

答えは、返らない。

だが。

沈黙が、それを肯定していた。

裏葉オビト。

その存在が。

禪院家内部の火種に、油を注いだ。

そして――

加茂家。

こちらも、似たような空気だった。

「……興味深い」

静かな声。

だが、その中にある熱は、禪院以上かもしれない。

「赤血操術に加え、別系統の力」

報告書を、静かにめくる。

「しかも、幼少期から」

常識では、測れない。

「……価値が高すぎる」

ぽつりと、呟く。

それは、評価ではなく。

欲だ。

「確保する」

短い言葉。

だが、揺るがない。

「如何なる手段を用いても」

禪院と加茂。

両家が、本格的に動き出す。

その中心にあるのは――

たった一人の、少年。

そして。

その頃。

「うまっ!」

裏葉家では。

全く別の意味で、熱が上がっていた。

鉄板の上。

じゅうじゅうと音を立てる丸い生地。

くるくると回される。

竹串で。

「見ろよこれ!綺麗だろ!」

宗一郎が、得意げに言う。

「ほんとね、上手だわ」

綾乃が、くすりと笑う。

(……器用だな)

オビトは、それを横目で見ながら思う。

焼き上がるたこ焼き。

表面はこんがり。

香ばしい匂いが広がる。

「ほら、できたぞ!」

皿に乗せられる。

湯気が立つ。

「いただきます!」

悠仁が、元気よく手を合わせる。

その隣で、倭助が腕を組んでいる。

「……ほう」

じっと見ている。

だが。

次の瞬間。

ぱくり、と口に入れた。

「……うまいな」

ぽつりと、呟く。

それだけ。

だが、十分だ。

「だろ!?」

宗一郎が、嬉しそうに笑う。

(……楽しそうだな)

自然と、口元が緩む。

オビトも、一つ取る。

口に運ぶ。

「……うまい」

外はカリッと。

中はとろり。

熱い。

だが、それがいい。

「だろ?」

宗一郎が、また言う。

(しつけぇな)

内心で突っ込みながらも、悪い気はしない。

「オビト、これも食え!」

悠仁が、皿を差し出す。

「おう」

受け取る。

そのまま、口に入れる。

笑う。

何気ないやり取り。

騒がしくて。

暖かい。

(……いいな)

ふと、思う。

外では。

何かが動いている。

面倒な連中が。

勝手に騒いでいる。

だが。

(関係ねぇな)

今は。

ここがある。

この時間がある。

それで、十分だ。

鉄板の音。

笑い声。

たこ焼きの匂い。

全部が、混ざる。

「まだ焼くぞー!」

宗一郎が、張り切る。

「食うぞー!」

悠仁も、負けじと声を上げる。

倭助は、黙って二つ目を取っていた。

オビトは、それを見て。

少しだけ笑った。

(……平和だな)

本音だった。

そして。

それが、何より大事なものだと。

ちゃんと、分かっていた。


〆栞
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