帰宅
夕方。
日が傾き始め、街が少しずつ落ち着いてくる時間帯。
裏葉オビトは、いつも通りの道を歩いていた。
(……疲れた)
正直な感想だった。
暑い。
喉も乾いてる。
その上、意味の分からない試合までやらされた。
(ほんと、最悪だな)
一応、約束通り“帰して”はもらえた。
そこだけは評価する。
だが。
「いやー、楽しかったね」
背後から聞こえる声。
軽い。
相変わらず軽い。
(……ついて来てんじゃねぇよ)
振り返らない。
振り返る価値もない。
だが、気配で分かる。
いる。
普通に。
堂々と。
(なんでだよ)
帰るって言っただろ。
終わっただろ。
なのに。
「ねえ、家どこ?」
「言うわけねぇだろ」
即答。
反射。
「えー」
不満そうな声。
だが、足音は止まらない。
(……もういいや)
考えるのも面倒になってきた。
どうせ、振り切れる相手じゃない。
だったら。
(勝手にしろ)
諦めた。
そのまま、家の前に辿り着く。
玄関。
見慣れたドア。
(……帰ってきた)
少しだけ、肩の力が抜ける。
ドアを開ける。
「ただいま」
いつもの声。
いつもの調子。
その後ろに――
当然のように。
白髪目隠しの男が立っていた。
一拍。
静止。
リビング。
キッチン。
そこにいた綾乃が、振り返る。
そして。
止まった。
完全に。
時間が。
止まったかのように。
「……」
手に持っていた皿。
指の力が、抜ける。
すとん、と。
落ちる。
次の瞬間。
ぱりん
乾いた音が、響いた。
床に、破片が散る。
その音に。
はっと、意識が戻る。
「……っ!?」
綾乃の目が、一気に見開かれる。
視線。
オビト。
そして、その後ろ。
白髪。
目隠し。
(……やば)
その一瞬で、全てを理解した顔。
「ちょ、ちょっと待って」
言葉が、少しだけ乱れる。
普段の余裕は、完全に消えている。
そのまま。
くるりと踵を返す。
早い。
とにかく早い。
リビングへ。
一直線。
(あ、逃げた)
オビトが、ぼんやり思う。
いや、逃げたわけじゃない。
分かる。
あれは――
(父さん呼びに行ったな)
確信する。
数秒後。
リビングから、慌ただしい音。
ガサガサ。
バタバタ。
そして――
「……出て」
低い声。
電話越し。
だが、緊張が伝わる。
一方、その頃。
会社。
会議室。
長引いた会議が、ようやく終わった直後。
宗一郎は、席に深く腰掛けていた。
「……はぁ」
疲れた。
心の底から。
内容は、正直どうでもいい。
無駄に長い。
結論も曖昧。
(不毛だな)
そういう会議だった。
手元のコーヒーを持ち上げる。
一口、飲もうとしたその時。
スマホが震える。
着信。
綾乃。
(……珍しいな)
この時間に。
少しだけ首を傾げる。
だが、すぐに出る。
「どうした?」
口に含んだコーヒー。
そのまま。
「宗一郎」
綾乃の声。
低い。
真剣。
そして――
「五条が来た」
「ぶっ――!!」
盛大に吹き出した。
コーヒー。
前方へ。
一直線。
「うわっ!?」
「ちょ、何してんだ!?」
同僚たちが、巻き込まれる。
シャツに飛ぶ。
書類に飛ぶ。
机に飛ぶ。
大惨事。
だが。
宗一郎は、それどころじゃない。
「は!?」
椅子から立ち上がる。
勢いよく。
「誰が!?」
「五条よ!!」
即答。
迷いなし。
「今、家にいる!!」
(はああああああ!?)
頭が、真っ白になる。
理解が、追いつかない。
だが。
一つだけ、分かる。
(終わった)
いや、終わってない。
むしろ、始まった。
最悪のやつが。
「すぐ帰る!!」
叫ぶ。
スマホを掴んだまま。
「ちょ、宗一郎!?」
同僚の声を無視。
そのまま、走る。
会議室を飛び出す。
廊下を駆ける。
(なんでだよ!!)
心の中で、全力で叫びながら。
裏葉家では。
静かな、嵐の前の空気が流れていた。
「お邪魔しまーす」
白髪の男が、軽く手を振る。
場違いなほどに。
明るく。
「……」
綾乃は、無言でそれを見ていた。
笑顔。
だが、目が笑っていない。
完全に。
(あ、怒ってるな)
オビトは、そう思った。
かなり。
深く。
日が傾き始め、街が少しずつ落ち着いてくる時間帯。
裏葉オビトは、いつも通りの道を歩いていた。
(……疲れた)
正直な感想だった。
暑い。
喉も乾いてる。
その上、意味の分からない試合までやらされた。
(ほんと、最悪だな)
一応、約束通り“帰して”はもらえた。
そこだけは評価する。
だが。
「いやー、楽しかったね」
背後から聞こえる声。
軽い。
相変わらず軽い。
(……ついて来てんじゃねぇよ)
振り返らない。
振り返る価値もない。
だが、気配で分かる。
いる。
普通に。
堂々と。
(なんでだよ)
帰るって言っただろ。
終わっただろ。
なのに。
「ねえ、家どこ?」
「言うわけねぇだろ」
即答。
反射。
「えー」
不満そうな声。
だが、足音は止まらない。
(……もういいや)
考えるのも面倒になってきた。
どうせ、振り切れる相手じゃない。
だったら。
(勝手にしろ)
諦めた。
そのまま、家の前に辿り着く。
玄関。
見慣れたドア。
(……帰ってきた)
少しだけ、肩の力が抜ける。
ドアを開ける。
「ただいま」
いつもの声。
いつもの調子。
その後ろに――
当然のように。
白髪目隠しの男が立っていた。
一拍。
静止。
リビング。
キッチン。
そこにいた綾乃が、振り返る。
そして。
止まった。
完全に。
時間が。
止まったかのように。
「……」
手に持っていた皿。
指の力が、抜ける。
すとん、と。
落ちる。
次の瞬間。
ぱりん
乾いた音が、響いた。
床に、破片が散る。
その音に。
はっと、意識が戻る。
「……っ!?」
綾乃の目が、一気に見開かれる。
視線。
オビト。
そして、その後ろ。
白髪。
目隠し。
(……やば)
その一瞬で、全てを理解した顔。
「ちょ、ちょっと待って」
言葉が、少しだけ乱れる。
普段の余裕は、完全に消えている。
そのまま。
くるりと踵を返す。
早い。
とにかく早い。
リビングへ。
一直線。
(あ、逃げた)
オビトが、ぼんやり思う。
いや、逃げたわけじゃない。
分かる。
あれは――
(父さん呼びに行ったな)
確信する。
数秒後。
リビングから、慌ただしい音。
ガサガサ。
バタバタ。
そして――
「……出て」
低い声。
電話越し。
だが、緊張が伝わる。
一方、その頃。
会社。
会議室。
長引いた会議が、ようやく終わった直後。
宗一郎は、席に深く腰掛けていた。
「……はぁ」
疲れた。
心の底から。
内容は、正直どうでもいい。
無駄に長い。
結論も曖昧。
(不毛だな)
そういう会議だった。
手元のコーヒーを持ち上げる。
一口、飲もうとしたその時。
スマホが震える。
着信。
綾乃。
(……珍しいな)
この時間に。
少しだけ首を傾げる。
だが、すぐに出る。
「どうした?」
口に含んだコーヒー。
そのまま。
「宗一郎」
綾乃の声。
低い。
真剣。
そして――
「五条が来た」
「ぶっ――!!」
盛大に吹き出した。
コーヒー。
前方へ。
一直線。
「うわっ!?」
「ちょ、何してんだ!?」
同僚たちが、巻き込まれる。
シャツに飛ぶ。
書類に飛ぶ。
机に飛ぶ。
大惨事。
だが。
宗一郎は、それどころじゃない。
「は!?」
椅子から立ち上がる。
勢いよく。
「誰が!?」
「五条よ!!」
即答。
迷いなし。
「今、家にいる!!」
(はああああああ!?)
頭が、真っ白になる。
理解が、追いつかない。
だが。
一つだけ、分かる。
(終わった)
いや、終わってない。
むしろ、始まった。
最悪のやつが。
「すぐ帰る!!」
叫ぶ。
スマホを掴んだまま。
「ちょ、宗一郎!?」
同僚の声を無視。
そのまま、走る。
会議室を飛び出す。
廊下を駆ける。
(なんでだよ!!)
心の中で、全力で叫びながら。
裏葉家では。
静かな、嵐の前の空気が流れていた。
「お邪魔しまーす」
白髪の男が、軽く手を振る。
場違いなほどに。
明るく。
「……」
綾乃は、無言でそれを見ていた。
笑顔。
だが、目が笑っていない。
完全に。
(あ、怒ってるな)
オビトは、そう思った。
かなり。
深く。
【〆栞】