これからのこと

夜。

裏葉家のリビングは、静まり返っていた。

ついさっきまでの騒がしさが嘘のように。

空気は張り詰め、誰も軽口を叩かない。

テーブルを挟んで座る三人。

宗一郎。

綾乃。

そして――

五条悟

「……で?」

五条が、軽く口を開く。

だが、その声には先ほどまでの軽さはない。

「どこまで聞いてるの?」

視線は、オビトへ。

オビトは、ソファに腰掛けたまま、腕を組んでいた。

「禪院と加茂が来たのは、今日言っただろ」

淡々と返す。

それ以上でも、それ以下でもない。

その言葉に――

「……来た?」

宗一郎の声が、低くなる。

ゆっくりと。

確かめるように。

「いつだ」

「何回か」

「……何回か?」

綾乃の目が、細くなる。

静かに。

だが、その奥には怒りが滲んでいた。

「何で言わなかったの」

「面倒だったから」

即答だった。

一切の迷いもない。

その答えに、宗一郎が額を押さえる。

「……お前な」

呆れと、安堵と、怒りが混ざる。

だが、それ以上に。

「無事で良かった……」

本音が、漏れる。

その言葉に、綾乃も小さく息を吐いた。

だが。

次の瞬間。

「で?」

五条が、楽しそうに口を挟む。

「結果は?」

その問いに。

オビトは、ちらりと視線を向けた。

「……返り討ち」

短く。

それだけ。

沈黙。

数秒。

そして――

「……は?」

宗一郎の思考が、止まる。

「……全部?」

「全部」

簡潔なやり取り。

だが、その意味は重い。

綾乃の目が、大きく開かれる。

「……本当に?」

「嘘つく理由あるか?」

ない。

確かにない。

だからこそ――

「……」

二人とも、言葉を失う。

理解が、追いつかない。

だが。

現実は、そこにある。

「だからさ」

五条が、楽しそうに笑う。

「僕が来たわけ」

軽く、指を立てる。

「興味持ったんだよね」

そのまま、オビトを見る。

「で、試した」

あっさりと言う。

試した。

それだけのことのように。

「結果は――」

一拍、置く。

そして。

「最高だった」

迷いなく、言い切る。

「十一歳であれは、反則でしょ」

笑う。

本気で。

その評価は、軽くない。

むしろ。

最大級だ。

宗一郎と綾乃が、顔を見合わせる。

そして。

静かに、覚悟を決めたように。

「……で?」

宗一郎が、低く問う。

「何が目的だ」

核心。

五条は、少しだけ首を傾げてから。

あっさりと答えた。

「預かりたい」

その一言。

空気が、変わる。

「高専で」

続ける。

「ちゃんと教えた方がいい」

理にかなっている。

今のままでは、危険だ。

力が、強すぎる。

「――駄目よ」

即答だった。

綾乃。

一切の迷いなく。

「まだ小学生よ」

声は、静かだ。

だが、強い。

「せめて義務教育が終わるまでは」

視線が、オビトへ向く。

優しく。

だが、確固たる意思を持って。

「普通の生活をさせてあげたい」

その言葉に。

宗一郎も、ゆっくりと頷いた。

「……ああ」

同意。

完全に。

五条は、それを見て。

少しだけ、目を細めた。

「まあ、気持ちは分かるよ」

否定はしない。

だが。

「でもさ」

指を軽く振る。

「もう、動いてる」

禪院。

加茂。

止まらない。

「このままだと、その“普通”も長くは持たないよ?」

事実を、突きつける。

沈黙。

重い。

だが――

「……なら」

宗一郎が、口を開く。

決意の声。

「条件がある」

五条の視線が、向く。

興味深そうに。

「俺と綾乃が戻る」

その言葉に。

空気が、一瞬で変わる。

「呪術師として」

はっきりと、言い切る。

「だから」

続ける。

「その代わり――」

視線が、オビトへ。

真っ直ぐに。

「こいつには、普通の時間をくれ」

願い。

それも、強い。

「その後、どうするかは」

一拍、置く。

「こいつ自身に決めさせる」

選ぶのは、オビト。

強制しない。

押し付けない。

「……」

五条は、黙ってそれを聞いていた。

数秒。

そして――

「いいね」

小さく、笑う。

「それ」

面白い、という顔。

だが。

「ちゃんとしてる」

評価も、している。

「自由に生きてほしい、か」

ぽつりと呟く。

その言葉に。

綾乃が、静かに頷いた。

「ええ」

それが、願い。

ただ一つの。

「……そっか」

五条が、軽く息を吐く。

そして。

立ち上がる。

「じゃあ」

手をひらひらと振る。

「今日は帰るよ」

あっさりと。

だが。

ドアの前で、止まる。

振り返る。

「ちゃんと考えて」

軽く言う。

「僕は、いつでも歓迎だから」

そのまま。

外へ出る。

静寂。

再び、戻る。

三人だけの空間。

オビトは、黙っていた。

何も言わず。

ただ、考えていた。

そして。

宗一郎が、静かに口を開く。

「……時間をくれ」

誰に向けた言葉かは、分からない。

だが。

確かに、重かった。

「後日、正式に連絡する」

それだけ。

決意としては、十分だった。

そして。

夜は、静かに更けていく。

それぞれが、それぞれの想いを抱えたまま。


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