虎杖家

数日後。

裏葉家の空気は、静かに張り詰めていた。

あの日の出来事。

そして、提示された選択。

逃げることは、もうできない。

「……行くか」

宗一郎が、ぽつりと呟く。

綾乃は、静かに頷いた。

向かう先は、決まっている。

呪術界。

そして――

京都。

かつて、すべてを捨てた場所。

だが、今回は違う。

戻るためではない。

守るために、踏み込む。

「……あの子は」

綾乃が、視線を落とす。

「連れて行きたくない」

即答だった。

迷いはない。

「……ああ」

宗一郎も、同じだ。

京都。

禪院。

加茂。

あの場所は、“普通”とは最も遠い。

「まだ小学生だ」

それだけで、十分な理由だった。

「……普通に生きさせてやりたい」

本音が、漏れる。

綾乃も、小さく息を吐いた。

「ええ」

その願いは、同じだ。

そして。

数日後。

場は、移る。

呪術界。

閉ざされた空間。

静かで、重い。

視線が集まる中――

宗一郎と綾乃は、真正面から立っていた。

逃げない。

もう、逃げない。

「……条件がある」

宗一郎が、口を開く。

はっきりと。

「俺たちは戻る」

その言葉に、ざわめきが走る。

禪院。

加茂。

両家にとって、それは大きい。

だが。

「その代わり」

続ける。

「息子には、通常の中学校に通わせてほしい」

空気が、変わる。

予想外の条件。

「義務教育が終わるまでは」

綾乃が、静かに続ける。

「普通の生活を、保証してほしい」

願い。

だが、それは同時に――

要求でもある。

沈黙。

重い。

だが。

「いいんじゃない?」

軽い声が、割り込む。

五条悟

場の空気を、軽々と越えてくる。

「どうせ、今無理に囲い込んでも逃げるよ?」

あっさりと言う。

事実を。

「それに」

肩をすくめる。

「自由にやらせた方が、面白く育つでしょ」

その一言で。

空気が、わずかに緩む。

完全ではない。

だが。

流れは、変わった。

「……」

最終的に。

完全な拒否は、出なかった。

条件付き。

だが。

認められた。

その結果。

宗一郎と綾乃は――

京都へ向かうことになる。

そして。

もう一つの問題。

「……頼む」

宗一郎は、頭を下げていた。

場所は、虎杖家。

夕方。

縁側。

目の前には――

虎杖倭助。

腕を組み、静かに座っている。

「オビトを、預かってほしい」

真っ直ぐな言葉。

逃げない。

誤魔化さない。

全部、乗せる。

「事情は、話した通りだ」

呪術界。

禪院。

加茂。

そして、自分たちが戻ること。

全部。

隠さず、話した。

「……」

倭助は、黙って聞いていた。

途中で口を挟むこともなく。

ただ、静かに。

全部を受け止めるように。

そして。

ゆっくりと、息を吐く。

「……そうか」

短く、言う。

それだけ。

だが。

その一言で、十分だった。

「……すまない」

宗一郎が、さらに頭を下げる。

深く。

だが――

「いい」

倭助が、遮る。

一言で。

「頭を上げろ」

静かに、言う。

宗一郎が、顔を上げる。

その目に、迷いはなかった。

「預かる」

はっきりと。

「問題ねぇ」

即答だった。

一切の躊躇もなく。

「……いいのか?」

思わず、確認する。

だが。

「いいも何もねぇ」

倭助が、鼻を鳴らす。

「今さらだろ」

視線が、少しだけ外れる。

庭の方へ。

そこには。

二人の少年がいた。

オビトと、悠仁。

いつも通り。

笑って。

走って。

騒いでいる。

「……あいつは」

倭助が、ぽつりと呟く。

「もう、家のもんみてぇなもんだ」

その言葉に。

宗一郎の目が、わずかに揺れる。

「……そうか」

小さく、頷く。

胸の奥にあった重さが、少しだけ軽くなる。

「頼んだ」

もう一度、言う。

今度は、頭を下げない。

まっすぐに。

倭助を見る。

倭助は、軽く手を振った。

「任せとけ」

それだけ。

だが。

それで、十分だった。

夕日が、庭を染める。

二人の笑い声が、響く。

その光景を。

大人たちは、静かに見つめていた。


〆栞
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